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最終話 幸福

核戦争を生き残り人類を再建できるだけの地下シェルターを与えられたり、アカデミー賞のノミネート候補希望を聞かれたり、全世界のパワーバランスに対する意見を求められたりした。言えば大抵のモノは用意されるし、やってくれる。神としての人類への立ち振舞い方には心得があったけど、支配者となるとピンとこない。神様なら何もせずに過ごすのが人類として有益な事だろうし、僕と僕以外の他人は完全に切り離して考えられた。超然としていればいい、ラクなものだ。しかし、支配者となると。話は別だ。


「忙しすぎる・・・」


特に自分の時間を持てない。どっかの大統領だとか会社の重役だとか訳のわからないぐらい土地を所有している一族だとか、僕の知ってる本来ある人間ならまだいい。ラノベに出てきそうな魔術師のなんとか大学の教授とか人間じゃ発音できない銀河からやってきた保護環境監督官とか、地球のマントル付近に住む地底人とか、地球を取り巻く他の異星人とか、正直ここ一週間やってきた政務とかいう仕事を体よくデイヴィおじいちゃんから押し付けられたような気がしないでもない。


「寝なくても大丈夫だけど、さすがにちょっとはゆっくりしたいよね」


本当に久しぶりに自宅に戻ってベッドでごろごろしてた。一応午後から政務も入ってたけど、全部エーリスという有能な秘書に押し付けた。僕以上に完璧にこなしてくれるだろう。大方方向性の決まった会議とかだったし。


「お盆かぁ」


カレンダーを見たら、もうそういう時期だった。あれからメチャクチャだったけど。それなりに生きてるし、人類はいまだにテレビ見ながらジュース飲める毎日なんだから、これ以上の贅沢はないだろうし、これ以上の成功もないだろう。


シャワーを浴びて、ジュースを飲んで、テレビでやってる稲川淳二の怖い話を聞いた。


「お邪魔しまーっす!」


玄関のドアには鍵をかけてない。入ろうと思ったら、どうやっても入れる連中ばっかりだ。意味も無いし。だなんて思ってたらこんなところに伏兵がいた。佐伯さんだ。


「・・・」


リビングのソファでだらだらしてるとこを、佐伯さんに見られた。しかし、それが全く気にならないし、気にしてないというのが、なんか、佐伯さんを家族みたいな感覚で認識しているからなのだろうと思える。実際、佐伯さんは僕の家に入るのは初めてじゃないし。


「ごめん、一人じゃなんか、嫌で。一人でゆっくりしたそうなら、私帰るね」


たぶん、どうして佐伯さんはこういう事を言うのか、僕には直感でわかった。


僕は、きっと、最悪につまらなさそうな顔をしてたんだろう。


世界のことなんて、世界の展望や発展の事だなんて、心底どうでもいい事に、付き合った結果だ。


「あ。いや、いらっしゃい。久々に自宅でゆっくりするとはメッセージ送ったけど、まさか来てくれるとは思わなかったから。えーっと。コーヒーでいいかな。あ。いや、紅茶がはいったんだ。どうかな」


「えーっと。お茶がいいかな。いいよ。冷蔵庫の麦茶で」


そう言って佐伯さんはキッチンに向かった。


「麦茶ないから紅茶がいいよー。天使の作った紅茶だから、味は保証するよー」


佐伯さんは笑って答えた。そして僕の分まで作ってくれた。美味しい香りだ。そして僕の隣に座った。


「東雲君、ああいう仕事、辞めた方がいいと思う」


お互い、どうでもいいくだらない惰性なテレビを見てた。時折、ティーカップとソーサーが弾ける音がするだけ。


「あはは。そうかなぁ。どうしてそう思うの?」


「だって、今、ほんとに、なんか、顔が、死んでたから」


ひっどいことを言われた。けど、もしかしたら、いや、真実を突いてる。


「ヴァミリヲンドラゴンも初めは結構面白がったんだけど、四日目からはうんざりしてたね。こういうのって、気質っていうのかなぁ。正直僕には合わない。どうでもいいと思うんだ」


本心を口にするなんて、いや、本心というよりも、心そのものを口にするなんて、久しぶりだ。


「何か欲しいわけでもないし、何かしてもらいたいわけでもない。今はゆっくりと人生を楽しみたいと思ってるんだけどね。こういう紅茶、時間かけて、ゆっくり飲んでいたいし」


「東雲君、そういう人だから」


こういうことを喋ってしまうあたり、僕は佐伯さんに甘えてるなぁって思っちゃう。


「あんまり、人からやって欲しいって思ってる事を、自分を殺してやる必要はないよ」


「佐伯さんがそう言うんだ」


あ。言ってしまって失敗した。だなんて思う。本当に、少し今は、疲れてるんだろう。


「私だからだよ」


「そうだね」


同意してしまうあたり、今の僕の、心は。体力の精神も無敵のまま。でも。あまりの雑事に、忙殺されてた。


「私しか言えないから」


「ありがと」


そして無言。なんか、なんかな。なんなんかな。


「あっそうだ。この前東雲君にはマッサージしてもらったから。次は私がやってあげるね」


「えっ?いや、いいよ」


「肩もみ。だから」


そう言って、ソファの後ろへ回って肩を掴まれる。もみ。もみもみ。


「あっ。結構固い」


「んっ。最近結構忙しかったから」


もみもみ。もみもみもみ。うん。なんだろうか。うわ。すっごい気持ちいいというのか、なんというか。そういえば昔、本当に小学校の頃、お母さんに肩を揉んであげたっけ。それがとても嬉しくって、肩揉みって自分の密かな特技にしていた。やってもらうのは、これが初めて。


「・・・」


自然と涙が出てきた。これまでの出来事、ここまでの出来事、僕は、本当に頑張ったと思う。頑張って頑張って、メチャクチャ頑張ったと思う。


「・・・」


僕の両親はバンドマンで、常に海外で生活してる自由人だ。それでも、小学校を卒業するかしないかぐらいまでは、両親は家から離れることをしなかった。きっと、子供の僕のために。そう思うと、自分が思ってた両親は最低な人間だという認識は、間違ってたかもしれない。良い両親ではなかったにしろ、悪くない両親だったのかもしれない。父親は、お父さんは、音楽の話しかしなかったけど、音楽の話しはおもしろかった。僕が音楽を好きなのも、父親の影響だ。僕はこの家で生まれ育って、この家で生活して、この家で生きていた。


「ごめん、ちょっと」


どうして泣いてしまったのだろうか。メチャクチャ泣いてる。ズボンがびしょびしょになって、ティーシャツ下の方は色が変わってるぐらいまで濡れてる。


「ありがと、元気でてきたよ」


「そ。良かった」


そして背中をぽんぽんと叩いた。


「おしまいって意味。私ってお母さん一人だけだから、よく肩もみしてあげたんだ」


「上手だったよ。僕もやってた。昔を思い出した」


お父さん、お母さん、何故かしら、胸が締め付けられる思いがした。あ。この感情って。寂しいって気持ちなのか。僕はもしかして、ずっと、ずっと、ずうっと昔から、寂しかったのかもしれない。


「お母さんって、さっきぽつりと言ったでしょ。海外出張してるんだよね。電話してみたら?」


そんなことを提案された。


「僕が電話しても、きっと忙しいよ。今なら少し時差もあるだろうし、ニューヨークかもしれないし、カリフォルニアかもしれないし、それに嬉しくないと思うし」


「ううん。そんな事ないよ。きっと嬉しいよ。だってお母さんだもん」


「いや、昔さ、子供の頃、両親が喧嘩しててさ。僕のせいで、僕がいるから、好きに仕事ができないって。お父さんとか、僕を生んだせいだとか言ったりしてたし」


「それはそれ。そういうこともあるし、そういう気分なことだってあるでしょ。人間はフルタイムで働けないし、言っちゃう事だってある。その一面だけが、お父さんの全てじゃないでしょ」


そんな事を言われた。そうか。僕は、自分の事に、とことん興味が無かった。自分がいない方が二人にとって良かったという事も、それは、一面でしかないのか。言われてから初めて気付いた。そういえば、良いお父さんだったことも、ある気がする。


「電話してみれば?」


「いや、いいよ」


「ダメ。電話しなさい」


僕はそう言われたから渋々電話を取り出して、半分機械的にお母さんへの電話ボタンを押した。


「もしもし」


元気そうな声を聞けた。


「ああ。元気にやってるよ。そっちは?うん。まぁそれなら良かった。こっちはいいよ。これ以上無いってぐらいの平和そのもの」


それから少し電話した。電話した後、また少し泣いた。


「ぐぐっぐぅう」


寂しさが爆発した。きっと、僕の心には、どれ程のエネルギーが蓄えられていたのだろうか。ティッシュを一箱空にしてから、紅茶を一すすり。うん。電話して、良かった。


「帰るね。また」


そう言って佐伯さんは帰っていった。僕は少し、ソファに深く腰を下ろして、目を閉じた。


案外、悪くないんじゃないか。そう思えた。 


「なんだよ。悪くないじゃないか」


僕はその閃いたアイディアのため、佐伯さんに電話した。


「良かったら、一緒にお墓参りに行かない?」


「いいけど、私は飛ばないよ。行くなら電車で」


「飛行機になっちゃうよ」


それから二人で並んで墓前に手を合わせた。それから今後について話し合った。セミの音が聞こえる、とても綺麗な夕暮れで、静かに眠れるなら、それはそれで悪くないと思った。


「うん。どんと任せて。東雲君馬鹿だから私の力が必要だよ」


「ひっどい事言うなぁ!」


「でもそこが好きだから」


「ありがと」


結婚を前提として、付き合ってもらうことができた。きっと、この人となら、僕は良い夫になれるし、最高のお父さんになれる。


「こっちだよ、それは」


そう言って、泣かれた。それで良い人生だったのだと悟った。こういう感情、僕の両親は経験し、そしてこのお墓に眠っているじーちゃんばーちゃんもそうだろう。そうやって、繋がってきたのだ。そしてまた紡いだ。


「どこか行きたい場所はある?」


僕はそう聞いた、どこへでも行ける。


「もう夜だから。お母さん心配するから、もう帰らなきゃ」


「そうだね」


佐伯さんを送った。佐伯さんのお母さんに挨拶をして、結婚前提で付き合ってると言って、それを承諾してもらった。就職先も決まってるし、僕は力強く言ったのだった。


「幸せにします」


僕の心は、完璧に満たされていた。そして、もう落ち込まない。もう死なない。よりよい人生へと進み続けたい。そして、これからも。

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