第四十三話 征服
円柱に挟まれた絨毯の先には玉座があり、そこに座っているのが神と呼ばれている存在なのだろう。円柱の隣には、石像が並んでる。生きている石像だ。命令があればこの女神像は封印から解き放たれるのだろう。神の姿を見た。そこには、顔なんて無かった。ただ座っているのは、一人の男性。それは理解できる。でも、そこからは分からない。皮膚の色も、どれほど大きいのかも、目玉の色も、認識できない。正確には、変わりすぎていた。ある時には、白人の青年であり、次の瞬間には老人になっていたり。なんだ。これは。
「人間全てが創造主の一部であり、また逆も言える。その魂は独立しておらず、主たる支配者に属する」
場違いで派手な格好の若人。ラスベガスに居そうなとっぽいお兄ちゃん。そんな感じの人が、玉座の隣に現れた。
「僕はその中でも遊びが好きな人格だ。もっとも、創造物の中で一番魂の割りが入った存在。東雲君。よくここまで来たね」
日本語で言われた。なんというか、普通だ。普通すぎた。あまりにも。
「日本語が上手ですね」
「まさか。僕は全てに繋がってる。いわゆる神と言っても差し支えない存在だ。なんだってできる。全知全能だからね」
やりづらい。
「殺すつもりでやってきたんだけど、言葉が理解できるなら話しやすいですね。今すぐ、僕たち人類に対する攻撃を停止してもらいたい。未来永劫、関わらないことを保証するなら、それはここで、終わらせます。問題の解決として」
「冗談だろ?」
ばかな冗談を聞いたように彼は返した。
「順を追って説明しようか。君はここにハルマゲドンを停止させるためにここに来たんだろ。でもね。神という存在、絶対的な存在である強者は、意思の具現化の装置になってる。むしろ機械的と言っていい。一度決定された実行は、なにがあろうと覆らない。例え、それが強者によって脅かされそうになっていてもね。感情は無いし、およそ人間的とはかけ離れているからね。次に君は僕を狙うだろう。当然の帰結としてね。でもね。創造主が死亡すれば、創造物もまた滅する。つまり、地球も消滅するわけだ。ここで君と戦って負けたとしてもね」
多分真実のことを言ってる。
「もちろんだよ。真実以外口にする価値が?もっとも、ポーカーじゃ話は別だけどね」
そういってけらけら笑う。なんだこいつは。
「じゃあ、聞くけど、あなたが僕の立場ならどうする?」
「それを敵に聞くあたり、君はなかなかだ。幾つか方法はあるけど、僕なら、人類のことには興味が無いからね。君だってそうだろ?」
「義務と義理があってね」
「偉いな。君が僕の立場なら、もっと快楽を追求してるよ」
いらいらしてくる。こいつは、終わらせた方がいいような気がしてくる。
「そういう人格なんだ。楽しいこと、おもしろいことを追求するのも、人間として当然じゃないか。もっとも、僕は神だから、君の許可は必要すらないんだけどね」
そういって、また笑う。
「封印する。悪いけど、あなたの遊びもここまでだ」
「君のレベルは1300を越えてるな。僕のレベルは1000を越えてるところだ。決定的な差だ。しかも、君は変動する。瞬間的な自乗すらも可能なヴァミリヲンドラゴンだ。でも」
いい加減、飽きてきた。
「ここまでだ。おしゃべりはここまでだ」
「え?ちょっとまっt」
全ての力を出した。僕の全部、ありったけを一瞬にそそいいだ。僕の右腕は巨大なドラゴンの頭になり、あっという間に、玉座に座る存在と男を食べた。食べ終わった後、血肉に変えた。
「なかなか美味しかったよ」
ヴァミリヲンドラゴンは、そう言った。確かに、気分は良い。
「・・・」
何百、何千という天使が僕たちを見つめていた。それがあまりにもかわいそうで、だから僕は、玉座に座った。
「紅茶を頂けませんか?」
天使も神と呼ばれていた存在も、王様も、学生も、サラリーマンも。多少の違いはあっても、特に差はない。みんな同じだ。
征服
歌を歌われた。何千何万というコーラスが、宮殿を包んだ。祝福の歌だ。彼らにとって、神という存在は、全て等しいのだろう。それだけで、彼らは、きっと救われる気がした。
「玉座からの眺めもぱっとしないな。自宅の椅子に座ってるのと同じだ」
なんて事を考えたら、思い出した。そういえば、戦いが好きな天使がいた。約束してたな。だから、そのまま飛んだ。
「・・・」
そのままの位置で、刃を光らせてた。そして無言の無表情のまま、僕を見てる。
「下級天使は事情を知らんだろうが、今、変革が終わった。パラダイムシフトだ。お前は、本当に神になってしまった。なんてことをやったんだ」
「それで。特に何かが変わるわけじゃないでしょう?」
「変わらないよ。ただ。お前のせいで、それは永遠に。未来永劫、変わらないだろう。未来永劫、この場所は閉ざされたまま。目的がないまま、全てが進み、沈んでゆく」
「モチベーションが下がったならまた上げればいいじゃないですか。全てを解き放ちます」
「お前は自分がしでかした事の大きさを理解していない」
「具体的にはどうなるんですか」
確かに、勢いでやってしまった。けど、人生ってそういうものではないだろうか。結婚も勢いって言うし。後先考えてちゃ、足元すらすくんでしまう。大切なのは、ポジティブであり続けることじゃないか。
「この世界は狙われる。防衛機構も破壊された」
「僕がなんとかしますし、大丈夫ですって」
「自己修復プログラムはある。しかし、これで人間界も大きく変わるだろう。それによってここもまた変わる。神の不在を、人間が許すとでも本当に思ってるのか?」
「いてもいなくても特に変わんなかったと思いますけど」
「本当にそう思うか?」
「ええ。宗教はそれぞれありますし、まぁ。そういうこともあるだろうってことで、神様を信じてる人も、納得しますよ。それ以上の事は、人間の問題であって、心の問題です。中にはそれでお金儲けしてる人には、痛手になるかもしれませんけどね」
「心が空っぽになったよ」
「サービスで一発殴らせあげますよ?」
拳が見えた。ぶっ飛ばされた。宮殿をぶち抜いた挙げ句、吹っ飛ばされてる途中で思いっきり蹴られた。肉体の臓器が震えるほどの衝撃。空間が破れる程の威力だった。唐突に叩きつけられた。地面ではない。海水だ。海。戻ったのか。
「気持ちいい」
ぷかぷか、海に浮いてた。そういえば、夏だった。海水浴なんて行ってなかったなぁと思う。
「あ。電話」
壊れてない。ソニー製で良かった。なんか、帰ってきたなぁって感じがする。
「もしもし」
「東雲末樹君のお電話で宜しいでしょうか?」
「はい」
「お電話代わりますので、少しお待ちください」
「はい」
誰だろ。っていうか名前出してよ。なんて事を考えながらグリーンスリーヴスを聞きながら待ってる。
「やあ。久しぶりだね。マッキー」
どこかで聞いたことのあるような、声質。でも、どこかで。英語だし。いや。えっと。まさか。
「おじいちゃん!?」
僕も英語で応答した。なんとか返せた。
「そうだ。今実はセレモニーをやっていてね。有楽町の国際フォーラムだ。君はジャンパーだろ?今ヒマかね?」
「え、ええ。まぁヒマっちゃヒマですけど」
特に、まぁ今は日光浴やってるんですけど。
「今からこれないかい?君の知り合いも来てるよ」
「いいですけど、誰ですか?」
「君の友達だ。なにやら魔法使いだと言ってた。男は30を越えて童貞なら魔法が使えるようになると力説されたよ。なるほどと思った。そういう発想は無かった。さすが忍者の国だと関心した」
マスターだ。間違いない。エロゲのくだりをまだ人に言ってるのか。変わらないなぁ。
「行きますよ。今からいいです?」
「ああ。私の隣に来てくれ」
なんだかなぁ。どういうお祭りなのだろうか。国際フォーラムって、結構デカイとこだった。たしかコンサートホールなんかに使われてるとこだ。
「今海水浴でびっしゃびっしゃなんですけど、いいですか?」
「ああ、構わないよ」
「それじゃちょっと待っててください」
「ああ、待ってるよ」
電話を切って、有楽町まで飛んだ。デイヴィおじいちゃんのオーラはかなり特徴的だからすぐに見つかった。その隣まで飛んだ。
「うわ」
スポットライトが輝いてる。満席の観客、ここは、ステージ。隣には、皺くちゃのお爺ちゃんがいた。
「やあ。よく来てくれたね」
拍手、拍手、スタンディングオーベーション。そして。
「第四代グランドマスターに就任した私、デイヴィ・ジョーンだが。早速皆さんに報せたいと思う一報を発表しよう。私、デイヴィ・ジョーンは第五代グランドマスターに東雲末樹を指名し、ここに引退を宣言する」
え。ええ。
「ここにいる連中は皆ヒマしてる連中だから、そういう暇人に対してなにか挨拶してくれればいいよ」
そう耳打ちされてウインクされた。このお爺ちゃんにしてやられた気がする。マイクを渡された。
「よ、宜しくお願いします」
一言だけ、言った。言わなければならない空気に押された気がする。
「我々、正義の味方は、ここに二千年の楔を解き放った。神は死に」
僕はここでお爺ちゃんに耳打ちした。
「食べたんです」
「えー、神は平らげられ、全ては解放された。ここに、人類の、新時代を宣言する」
拍手、拍手、拍手の嵐。僕は、一体なにに同意してしまったんだろうか。老人ホームの発表会にしては、豪華過ぎる気がする。
「おめでとう、マッキー」
お爺ちゃんは言った。
「世界征服はこれで終わった。全部君の物だ」




