第四十一話 規定
佐伯さんと王子、三人で食事するために階下へ向かう。途中ではすっかり僕の妹という役を演じきっていた。オスカー間違いなし、エミー賞もゲットでアカデミー賞のノミネートレベル。僕ですらそうであるかのように錯覚してしまったほど。ビュッフェスタイルという食べ放題の席について、佐伯さんは早速食べ物を取りに行った。そもそもできあいの物ではなく、中にはステーキを焼いてくれるシェフまでいるし、寿司を握ってくれる職人さんもいる。多分、凄く豪華で特別な場所なのだろう。しかし僕には少し、ぴんとこない。僕には、あまり食欲が無くなっていたのだ。これもヴァミリヲンドラゴンの影響なのだろう。
第四十話 規定
マッキーはこれから具体的にどう動く?
出し抜けにそんなことを聞かれた。
「別にどうもしないですよ。ギルマスの手伝いをしたり、一番の大仕事に備えたり」
「考えが一貫して変わってないな。お前はどう生きたいのか。それを聞くべきか。いや、それも変わらないんだろうな。一人の、ただの男の子だ」
少し落胆されたように肩を落とされた。
「やがて少しずつ分かってくる。その時に私が生きている事を願ってるよ」
上から目線で言われた。でも、なんかそれが少しわかる気がする。今なら。
「ヴァミリヲンドラゴンの影響で、眠たいとか疲れたとかは思えなくて、食欲もあまり無いんですよね。言いたい事ってそういう事ですか?」、
「自覚はあるのか」
少し間を置いて彼女は続けた。
「神性に近づいている、というよりも。マッキーの場合はドラゴン化と言えるか。過去、地球上に飛来したヒトならざる存在が人間という種に近づいたらどうなるか。文献上、滅びている」
なんだその夢のあるアンビリーバボーは!
「ええっと・・・」
「人間は基本的に弱い生き物だ。合体なんかいう生易しいものではない。憑依なんて軽いものでもない。ソレは侵食だ。やがてお前はヒトではなくなるだろう」
「そんなことない!」
僕の口が勝手に喋った。僕も同意する。
「それは根本的に間違ってるかな。僕たちはお互いがそれぞれ必要としているから、出会った。それに、ヴァミリヲンドラゴンを強大で最強で月を丸呑みできるトンデモだと思ったらそれは間違いだよ。大体僕に似てる」
「ふうん。納得できんが同調しとこうか。私が言いたいことは、マッキーの心の有り様について。ひらたくいえば、人生。私の場合はどうか話そうか」
ソロモンの指輪、その呪縛によって強大なパワーを手にした彼女の場合か。
「その前に、人間はなにをもって人間たらしめるのか。それを先に、私の目線から簡単に言おうか」
でもその前に、その話が長くなりそうなのはなんとなく分かった。
「佐伯さんがそろそろ」
「彼女は別のテーブルへ移ってもらってる。今彼女は幻を見ている」
「怒るよ」
ぴきり。空気にヒビが入った。頭に血が上った。一瞬で沸点に達するのを感じた。
「・・・」
「彼女は高校生の僕たちに起こりうる最悪のトラブルに巻き込まれた。これ以上ないってほどの大きく最悪なトラブルだ。彼女に何かしたり、何かするつもりなら、僕はそれら一切の全てを許さないよ」
「恋人か?やっぱり」
煽られてる。でも。
「違う。彼女は僕のために力を尽くしてくれた。彼女の言う台詞じゃないけど、助けたなら助けたなりに最後まで助けるつもりだ。いい人生を送ってもらいたいと思う。僕には責任がある。そして彼女を巻き込むつもりは無いよ」
「別に危害を加えてない。ただの幻術だ」
「そういうのをやめてって言ってるんだ」
「友達以上なのか?」
「そういう問題じゃないよ!ただのクラスメイト、彼女と一緒に食事をするつもりじゃなかったら、そういうふうに僕に言えばよかったんだ。そういう魔法の力の一切は、彼女の人生から」
切り離したいんだと言おうとした途端。
「既に巻き込んでる。ここにもういる。彼女の人生は一生普通の普通、ベーシックな標準なんかには戻らない。お前が壊したんだよ。永遠に普通はやってこない」
「あのね!言っていい事と悪いことがあるって知ってる!?」
「逆に普通でなければ、いけないのか?」
「僕には彼女を普通の人生に戻してあげる義務が」
「普通?いい人生?なにを基準にしてお前はのたくってるんだ?普通の人生、悪い人生、良い人生、とっても良い人生、死んだ後に採点でもされると思ってるのか?バカらしい!!恥をしれ!お前の価値観でヒトを見てほしいなどと彼女が望んでいるとでも思ってるのか?くだらない!!彼女がどう生きようと、どんな悪い選択をしようと、どんな一日を過ごそうと、決めるのは彼女自身だ!私の最終目標は女性優位の世界を築くこと。全てはお前のように男が全て優れているという絶対の自信で満ち溢れたマッチョ主義の鼻っ柱を叩き砕いてやるため!!男はこれだから最悪なんだ。私の地域も大分マシにしてきたものだが、もっと地球規模での女尊男卑をやらなければいけないと痛感するよ!」
「うっ」
僕の価値観、僕の想い。
「僕の気遣いが間違ってるって言いたいの?」
「大きなお世話だろって言いたいのだ。わかるか?例えこれから何百回間違いを繰り返そうが、彼女自身でそれを正して未来を築き上げていかなければいかんのだ。わかるか?お前はもう既に、市民じゃない。だからよくよく記憶に留めておけ!例え誰かが死ぬような目に合ったとしても!それはお前の責任ではない!!お前は世界に奉仕する必要なんかない!!そして、お前の人生は誰かに対して責任を負わせるべきではない同様に!この世界に生きているあらゆる人間の一切の責任は自分自身で持たなければならないのだ。例え生まれてすぐ死のうが、十代で事故で死んでも、100才まで生きようが、自分以外、全ての責任は発生しない。自分自身のみだ。究極のところ、人間は結局一人なのだよ」
納得がいかない。そんな最悪があってたまるか!事故がなんだ?僕なら治せる!あらゆる不幸から僕が!守護れるさ!
「家族でも?彼女もう家族の一人だ。ただのクラスメイトだけど、それでも、僕の、僕の友達なんだよ!友達の心配ぐらいさせろよ!!」
「それが嫌なら結婚すればいい」
「そういう問題じゃな・・・」
「そういう問題なのだ。お前は縁のある彼女を管理したいんだろう。お前の良心のために犠牲にさせたいのだ。しかし、様々な男特有の思考がお前を狂わせる。本心を私が言ってやろうか?」
「言ってみてよ!!」
「彼女が将来自分の役に立つか心配だ。今彼女と一緒になってもっと後でもっと素敵でカワイイ女の子と出会ったらどうしようか。今決めることなんてできない。もっといろんな女の子と仲良くなりたい。今身を固めて子供を作りたくない、もっといろんな遊びで人生を楽しみたい。一緒になって一緒の生活ができるのかどうか不安でたまらない」
「そうじゃない!僕は彼女を助けた。僕は彼女に見返りを求めるようなことをしたら、それはただのゲスに成り下がる!今彼女はただ、僕を好きになってると錯覚してるだけだ!あと2年もすればきっぱり忘れるさ!」
「そうじゃなかったら?お前は一生お前という絶対強者の幻影を追わせて一生を棒に振らせるつもりなのか?私がかけた幻術なんかよりも、マッキーの方がよっぽど罪深いものだぞっ!!」
そうかもしれない。そう。確かに、そう。
「わかってるさ。でも。僕の人生に口だしさせない!!」
「友人の心配もさせてもらえないのか?」
く。心が、一瞬にぶい痛みを。
「人生の経験値が月とすっぽんだ。私に口で勝とうなんて思うなよ。私は王であり、王になるべく生まれ育った。お前は市民に生まれ、市民に生きようとしている。お前が太陽を壊せても、私には、或いは他人を救えるなんて思わないことだ。でなければ、足元をすくわれるのは、マッキー。お前になる」
「じゃあ、どうすればいいっていうんですか!」
「そのまま放置だ。間違いなく彼女は政治利用される。挙げ句に不幸に殉ずるだろう。でも問題は無い。お前はその過程で頑張るだろう。でも。彼女の心だけは決して満たすことなどありえない。なぜなら、彼女を満たすものは、決して手に入ることなどないのだと理解しているから。そこでお前は良心を痛めるだろう。犠牲が表面上に出て、初めてお前は、自分の人生の重大な重みを感じるだろう。それでいい。それでいいのだ」
「それでいいわけないでしょ!!!」
「お前の人生は、一分一秒、すでに、大勢の命の生き死にに関わってる。でも、お前は傷つく必要はない」
「え?」
唐突に、出し抜けに、そんな事を言われた。前に、誰かに、そういえば、そういう事を言われた気が。
「それを言いたかったんですか」
「そうだ。この問題を深く掘り下げると、無邪気に笑って楽しむ人生なんて一瞬だって来なくなるからこの辺りで終わらせておこうか。では、本題に入るぞ。いいか」
「今本題じゃなかったんだ!!!?っていうかこれ問題提起の話だったの!?哲学的な話だったよね!?」
「本題というのは、人間はなにをもって人間たらしめるものか。だな」
「また哲学的な話題出ちゃったよ!」
つっこんだ。まぁいい。ええっと。最初の話は人の人生、その話だったな。二転三転話題がころころ変わった挙げ句に煽り立てられるものだから、受け身としては大変な思いだ。まぁ、有意義な時間で僕に必要なことだとは分かるけど。
「先に言ったように、人間は人間として生きている。これが大前提だ。この話の趣旨は、私たち、いいか。私たち二人の人生が。いいか。人間を越えているという人間というわけだ。つまり、これが神性を帯びるということだ。ここまではいいか?」
「ぜんぜんわかんないです・・・」
なんだ。なにがいいたいのだろうか。人間を越えてる人間。そりゃその通りだ。間違いない。確かに今僕の現状は人間を遥かに越えてる。体育測定で先生の顔色を真っ青にさせる自信がある。
「映画は観るか?」
「はい」
「スーパーヒーローでスーパーミュータントが普通に生きてると思うか?」
え?いや、たしかいろいろと問題があったような。
「えーっと、人間とミュータントで争いがあったような」
「私が言いたい極論はそこだ。究極のところ」
「え。えーっと」
「先に私の話からしようか。ちなみにさっきはここで流れがぶっちぎられた」
「うむぅ・・・はい」
渋々うなずき、話を促す。
「私の母は第二王女だ。つまり、日本的に言えば側室に近い。幼少の頃から王になれと言われて育ったものだ。ゲームの中のキャラは全部昔から公用での語りだった。男装までさせたりしてな。大学の卒業と同時に王になるためには何が必要なのかを考え、そして行動した。資金面では圧倒的に兄が有利で、私は覚悟を決めなければならなかった。世界最大の影の組織、多国籍企業や各国の支配者階層に位置する、その中でも王の王と呼ばれた存在。魔術体系を完成させた男、デイヴィ・ジョーンズの墓を荒らす事にしたんだ」
「なんで墓荒ししちゃうんですか!!」
いや、思わず突っ込んでしまったけど、デイヴィ・ジョーンズ。確かログインして知り合ってからいろいろ教えてもらったりフレンドになった人。デイヴィお爺ちゃんと同じ名前か。偶然だな。
「その墓にはソロモンの指輪への手がかりがあった。彼の王でも使用せずに闇へと葬った、人類には危険すぎるアーティファクト。悪魔を使役する、一つの指輪。私にはそれが必要だった。場所はすぐに特定できた。彼が残した最悪の人食い迷宮、ダンジョン。マリアナ海溝最深部に位置する秘境へと部隊を派遣した。私がここに王として君臨しているのは、彼らの犠牲を得たからに他ならない。三年がかりだった。438名の兵士の命を失った。手にいれたのは、世界を統べる悪魔の軍隊だった。私はそれで、アラビアを統一した。中東情勢を一新した。悪魔の軍勢を得ても、それらは難しい仕事だったよ。ソロモンの柱を得て、尚、人間は強かったよ。王の仕事だった。まだ王子であるが、まがうことなき、王の仕事だった。仕事が終わった後、私は考えた。王とは、孤独なものだと。王は市民ではない。国民ではない。王は、国民の上に立つ王なのだと。私の一生はすなわち、王のものなのだと。そして、もはや人間ですらないということも」
彼女が座る椅子の影が、ざわめいてる。
「人間は規定されてるから、人間なのだ。食べて、寝て、交尾し、増える。そこには集団があり、役割があり、義務がある。人間は子供であり、父であり、社会人であり、爺である。私は、それら一切を排した、別の存在なのだと。それは人間ではなく、王ですらないのかもしれないと。倫理があり宗教があり、ルールがあり、ハウスルールもある。父としての顔、子としての顔、社会人としての顔、人との結びつき、ペルソナとしての無数の仮面。人間として生きる生活。不自由こそが、人間を規定する。空を飛べず、他人の心を除けず、天気もわからず、物を自在に動かせず、生死すら自由に動かせない。不自由極まりない不便さこそが、人間という存在を規定する。私は、それら一切を排した。別の存在。この地球上で初めて生まれた、発生した、自由という究極を持ち合わせた人間という存在。わかるか?人間ではない別の存在。そして、実態は、意思という名の下に成就される現象そのもの。しかし。思うんだ。この意思すら自分のものではないのだろうかと。なぜなら、私を規定するものなぞ、ありえるはずが無いからだ」
食べてるとこ間違ってるじゃんとは思ってみても、その意見は比較的マトモだ。ただ、少し考えすぎてる。
「あんまりそういう事考えない方がいいですよ。眠れなくなるし、怖くなるし、寝る前は最高の好きなキャラとのイチャラブエッチでぐっすり最高ですよ」
「お前はずっとそれでいいのか?」
「そうですね。ずっとそうだと思いますよ。でも、それ、あなただけが考えてるわけじゃないですから。誰でもそういうことを考えてるんです。それで、ああ、最高の人生だったなぁとか思いながら死んでくんです。それに答えを求めたって、結局誰かに答えを教えてもらった、納得できるのは究極のところ自分自身ですから」
まだ、納得のいかないような、そういう顔をされた。だから続ける。
「あんまりそういうの考えない方がいいですよ。たぶん、最高に贅沢で悩みだと思います」
「お前はこれからの未来に戦慄するだろう。震えるぞ」
「別にぃ。まぁ。市民は市民なりに幸せになれればいいなぁって思います」
「じゃあいってやろうか。お前に釣り合うお嫁さんが来るなんて幻想、ほんとに持ってるのか?」
「当たり前じゃないですか!!なんのために生きてるんですか!」
僕は激昂した。
「いないだろ!!そんなムチャな釣り合いは!」
「僕は未来を信じてるんです」
「それがお前の宗教か。脳死状態で反吐が出るよ」
「いいですよ。そんな言葉じゃ僕のハートにはこれっぽっちも響きませんもん」
「ガッカリだよ」
本当にその可愛らしい顔がガッカリしているように見えた。本当にがっかりしてるのだろう。
「期待してたんですか?」
ちょっとだけ煽ってやり返してみる。
「ああ。期待してたよ。お前なら、私の敵になれるかも。とね」
「なんで敵になることを期待してるんですか!?」
どんだけだよ。間違いない。王子はゲームのオプションをいきなりハードから始めるタイプだ。
「お前なら。マッキーなら。私の敵として規定してくれるってね」
「友人としてって規定の方が、もっとあったかいですよ」
「友人か」
少し唸った。
「しばらくは、そうだな。そっちの方が大変かもしれないな」
「大変なんですか?」
「マッキーがドラゴンヘッドとして君臨したように、この世界には、もう一つの覇者の復活の呼び声があるんだ。英雄マイクロ・マーヴェイの手によって心臓を撃ち抜かれたはずの、デイヴィ・ジョーンズ。彼が復活するらしい。そして彼らは、お前の敵だ。お前の敵であり続ける、悪のカリスマ、偉大なる支配者なんだ」




