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第四十話 安全

ブロンズ調に統一された西洋的なゴシックの空間で、世界に君臨する王子と二人。

これで、僕がこれまでひたすらに追い求めていたモノが手に入る。僕の、僕なりの日常と安全。


表面上ではただの小学生か中学生くらいの肌が焼かれた女の子だが、この人物が見た目通りとは異質な存在だというのが、この人間の流れるマナを見て、感じる事で理解できる。ただの日常を送っている僕でも分かる、世界で五指に入る資産家、独裁国家。その次期国王がその実態。それだけじゃない。彼女の持つ指輪。それそのものからも夥しい魔力を帯びている。


「楽にしろ。私もそうする。英語の方がいいか?」


流暢な日本語だが、どこか鈍っている、外国語が母国語として育った第二言語として習得したらしいイントネーションだ。やっぱり僕も緊張してるな。こんな女の子が、大人物とは。だなんて思わない。似た雰囲気をこれまで何度も感じてる。マスターや副大統領、あれ?そういえばあのジョーク好きなお爺ちゃんもこんな雰囲気がより穏やかなになった雰囲気してたっけ。


「上手ですね。日本語。助かりますよ」


「こうみえても文化通のつもりだ。日本の男性向けアニメ制作会社へかなり投資してる」


「え、あ、ありがとうございます」


成人向けアニメ会社へ投資してるのか。なるほど。文化的なジョークだ。


「本来私は秘密を明かさない。驚いているようだが、我が国では女では王にはなれなくてね。兄を頭に立てた傀儡政権の形を取ってる。一度のチャンスのつもりだった。お前は気付いた。合格だ」


「ありがとうございます」


ちょっとだけ鼻で息をしてから言葉を続ける。


「随分印象とは違うのはお互い様のようだな。Realでは組織の連中及び重鎮達を皆殺しにして、プレイヤーキラーに肩入れしてそのギルドの一員にもなった。どれほど凶悪な人物かと思っていたが。私はあくまで対等な立場で付き合いたいと思っていた。座ってくれと言わなくても座ればいい」


「えっ。あ。はい」


びびってる。のか。僕は。やっぱり。とりあえず、目の前のでかい机に座った。


玄関を出てから吹き抜けるような天井の高さの一室。どこかしらに無駄にベッドがのっかってる豪華な部屋だ。僕には無用の長物。彼女はベッドに腰掛けた。


「本題を出す前に電話をいいか?我が兄と忍びが最上階で立ち尽くしているだろうからな」


「どうぞ」


そして電話一本手短に終える。


「それでは本題に入ろうか。これからマッキーはどうする?」


出し抜けにそんなことを聞かれた。これから。これからってのは、これからの事。将来の人生、夢なんかについて聞かれてるのだろうか。っていうかマッキーか。愛称で呼ばれるのは悪くないけど、いきなり王族の人間が僕に対してフレンドリーに接するのはいかがなものか。なんて考えながらも。


「どうでしょうかね。僕は僕だけじゃないですから。多分。ヴァミリヲンドラゴンの旅に付き合うことになるんじゃないですかね」


「世界の事は?もっと良くしたいとか。世界征服なんか」


にっこり冗談のように可愛らしく言われた。これが美少女ってやつだろうか。間近でこんな笑みなんて初めてのことだ。


「まさか。そういう考えは今は無いですね。世界征服とか俗っぽすぎて普通で」


そう。そんな簡単な目標を、夢だとか人生の指針だとかに形容することすら馬鹿げてる。


「一番とか、制覇とか、誰かが居ないと成り立たない過ごそうな言葉は、最強とはまるで違うと思います。もし、人物が最強だと思うなら。思ったとしたら、それはとても孤高なものだと思いますよ」


僕がそう素直な意見を言ったら彼女は声をあげて笑った。最高に可愛い笑顔で。


「おもしろいな。最高だよお前は。私がお前なら男が下で女が上の女性優位の地球を築き上げるだろう。じゃあ何もせずに干渉しないのか?それほどの力がありながら!」


「地球の危機とか誰かが僕に対して攻撃したとかなら話は別ですけどね。僕は覚悟しました。僕を殺そうとする人間、僕の周囲を殺そうとする人間、そういった部類の連中は迷わず殺します。もう、それは」


心に決めたことだ。Realにおいて、僕が学習した生き方。現実世界で痛感した矜持。発見した哲学。


「僕はもう、甘くない」


「・・・ほう。なるほど。確かに」


一瞬、彼女のオーラが膨らんだ。しまった。僕のたぎる魔力が漏れだしたか。


「自分を絶対の力だと思うわけか」


「暴力は世界の一部でしかないって思います。一番でも、誰かの心を動かせるわけじゃない。絶対の力を他者に誇示することでしか分からせる事ができないのはむしろ弱さだ。信念を持つ誠実な人間には価値がない。絶対的な力を奮っても幼稚な子供の暴力にすぎないじゃないですか。大人はただ笑って見てるだけですよ。そんなもの。絶対の力っていうのは、超然としているべきじゃないかって思うんです。神と呼ばれる存在が、誰にも都合が良くて、特になにもしない。そんな存在がちょうど良いですよ」


僕の言葉にふぅんと反応した。


「面白い意見だな。それは市民の意見だ。力は行使してこその力。使わなければ無いにも等しい」


「僕は市民で、有るのと無いのとは大違いだ。それに、万一の必要な事態なら、手を貸しますよ。人類の存亡には寄与しますよ。あなたがあなたの為に力を使ってくれというのなら、それは最小限度の事」


「世界を支配したい。頂点に位置するものなら誰でも一度は持つ野望だ」


「いや、それは誰もが見る夢ですよ」


「良い返答だ。良い感じだ。お前は私と並んでる。むしろお前の方が大人だよマッキー。超然か。神のようだ」


「神殺しがなったら。神と呼ばれても良い。なんだっていいんですよ。一個人の主張だなんて、誰にも影響なんてでやしない」


「いや。あるね。宗教は進化の循環油。加えてその万能な力、現実ではどこまで出せる?それこそ人類を飛躍的に進化できるじゃないか。いや、人類の進歩だ」


現実では、どこまで出力できるのだろうか。ジャンプして、月まで飛べるか?


がんばればできる。とおもう。


「僕はもうヴァミリヲンドラゴンの一部だ。いや、それはちがうか。ぼくたちが、ぼくたちがヴぁみりをんどらごんなんだ。似た意思に同じ魂。僕にとって必要だったように、彼にとっても必要だったんです。そして僕はただの市民で、僕らはただ最強ってだけだ。何かが変わるわけじゃないし、何かを変えるわけじゃない」


でも、なんとかやってとか言われたら受けちゃうんだろうなぁ。バイトはコンビニしかやったことないんだけど。僕の高校原則バイト禁止なんだけど。何かやろうかってんでも、実際のところ、一応のところ、世界平和は簡潔した地球なんだ。何かやることも特に無いわけだ。


「・・・」


一瞬目を丸くして、そして喉をごくり。彼女は答える。


「なるほど。よく理解した。そこに意見を加えるつもりはない」


「ありがとうございます」


「野心は無いのか?」


野心か。野心。


「誠実で家族を愛してくれる女性と結婚して、休日には子供とキャッチボールしてマリオのゲームがしたいですね。そこから先は、奥さんの贅沢で。それは中学校から変わらないです」


「それはできない!!」


いきなり。


「どこをどうとったらお前の相手がいる?世界最高の暴力を持ち、オツムはただの少年のお前に!お前と誰が夫婦喧嘩ができるというんだ!?冗談でも笑えんよ!」


そして声をあげて不思議な笑いをやってる。自嘲気味な。


「何人か居ますよ。そして僕は、他人と口喧嘩して勝てるイメージが沸かないし」


「お前はヒトじゃない。その事を強く自覚するつもりだな。今は理解できたよ」


「それで何か不都合が有るわけじゃないですよ」


実際、Realでは何度もヒトの雛形を否定して大きく変貌を遂げたっけ。でも。結局は、祖先を、これまでの僕という生まれてきた存在をリスペクトして、ヒトの雛形に戻ったけど。


「人類はお前という脅威という絶対を抱え込んだわけだ」


「意地悪ですね。独裁国家が核持ってる方が遥かに危険だと思いますけど?」


「その意見には同意できないが、今はそれは私のプール金だ。Realにおける交遊費をそこから捻出している」


「月間Realで散々特集組まれた、お金のばら蒔きがそこから組まれてるとは驚きです」


言い返してやったぞ!オッケ。今日は風呂場でダンスパーティだ。いつもの二倍の声で歌ってやる。


「むしろよくやってると言われたいものだ。実際核はもう各国が所有している。そして多くが私と同様の意義をそれらに見出だしているだろう。年に100億使えば、私はRealの絶頂でいられる」


「そういう数字を言われても、100万円以上の値はぱっとしないですね」


むしろ100万円の方がスゴく感じるぐらいだ。ガチャに100万使ったぐらいの方が分かりやすい。


「ふぅ。お前がどういう人間か、よく理解できたよ」


「そういう風に言われるのって、なんかばかにされたような感じがするからやめてください」


少しだけ鼻で笑われた。


「見かけ上では私の肉体は十代前半からストップしてるが、実際の年齢はもっと上だ。マリアナ海溝の更に下、始粗の造り上げた異世界を改編したダンジョンでは地球とはまるで違った時の流れ方でな。加えて自国のダンジョン踏破を加味すると、むしろお前より遥かに年上だ。年功序列は偉いのだろう。伝統的な日本の処世術だ」


なるほど。だから、時期国王になるほどの、そのオーラを湛える程に成長できたのか。


「ただのソロモンの指輪の呪いではないという事だ。分かったか?」


「対等、でしょ」


「そうだな。ああ。その通りだ」


彼女の言葉の直後。インターフォンが鳴った。そして。


「東雲君!」


佐伯さんの声。


「いる?東雲君。ちょっといいかな」


佐伯さんが扉一枚挟んで向こうにいる。流石に現状、この会談を終わらせるわけにはいかない。


「出るか?出ても良いぞ。ガールフレンドだろ?」


「クラスメイト。友達とかそういうのじゃない。話はまだ終わってないよ」


「東雲君居ないかぁ。あー残念。でもスゴかったなー。東雲君ってば、まさかの趣味」


えっ。


「まさか東雲君の机のエッチな漫画。テーマがスゴかったなー。ヤバくないけどドン引きだなー。まさか」


ヤバイ。


ガチャリと僕は気付いたらドアを開けていた。しまった。条件反射で。


「あれ?その子だれ?」


佐伯さんは不思議そうな声で言った。誰?誰だって?僕だってなんて説明すればいいかわかんないよ!


「オニイチャン!この人だれ~?」


えっ。


「あっ。ぼ、僕の・・・」


妹?妹??明らかに目の色も違うし、身なりも上等だし、人種すら違うこの人が、妹?あっ。あっ。悪魔的閃きが僕の頭にほとばしった。


「い、従兄弟。従兄弟なんだ。僕の母さんの妹の子供なんだよ。こっちは佐伯さん。僕のクラスメイト」


僕の母親に兄弟は居ない。居ない。しかし、今日何故か発生してしまった。この神秘。僕に突如として出来てしまった可愛い従兄弟。宇宙は何故誕生したのか。人類はどうして地球上の覇者になったのか。人間の持つ美意識とクオリア。魔法のような重力というエネルギー誕生の理由。この世の中には、分からない事が多いのだ。


「オネエチャン宜しく~!」


「宜しくー。お名前は?」


名前?名前だって?名前・・・なんだっけ。目で合図する僕。


「ナッチャン~!」


「へぇナッチャンっていうんだ。佐伯だからさっちゃんって呼んでね」


「サッチャン~!」


これ。何気にヤバくないか?いや、頑張るしかない。


「この子も大変だったね」


「いろいろとね」


佐伯さんはシャワーを浴びたせいか、ショートカットに水分を含んで、顔が少し赤みがかってる。カワイイ、かなりカワイイため、あえて目を合わせない。ここをナチュラルにやってのけるやつが人生を楽しむ事が出来るんだろうな。だなんて考えてしまうのは僕の悪い癖。


「少し二人で喋りたかったんだけど」


「ゴメン」


「あっ。そうだ。下にはバイキングもあって無料で食事できるらしいからこれから三人で行かない?」


「行く~!」


完璧な妹を演じきってる。でもマッピー知ってるよ。それはアニメの中だけだってこと。現実に妹いる奴から話を聞くと、つまり会話ゼロってこと。っていうかそのキャラなんだよ。完璧すぎるじゃないか。ちょっと。


「オニイチャンスキ~!」


そんな事を会話の狭間で言われた。僕には妹がいた?いてない?いや、いるのかもしれないが、ここに存在している。これまでの人生はひょっとして何か間違っていて、ちょっとだけ忘れてただけもかもしれない。記憶の齟齬というやつだ。


人生は、案外悪くないかもしれない。本当にそう思える。


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