第三十九話 テスト
幾度の破壊と再生を繰り返す中、その度に僕は自分の最強と未熟を交互に痛感してしまう。戦闘が開始される直後の速攻で僕はすぐにやられてしまって、その後の再生でより強固に自分で強いを意味する自分に成ってから最強を自負しているのだ。
精神が、心が、現実の僕というスペックに追い付いていない。馬鹿なほど今さらとすら思えてしまう。僕の余りにもガキらしさが、まるでアニメの主人公のよくあるチープな主張にすら感じしまう。
始めから、ヤレよと。僕がそもそも最強なら、そもそもオルガさんとトモちゃんが接近する時点、いや、そもそも、敵性勢力が近づいている時点で皆殺しにすべきだったのだ。ギルマスの手負いは僕の責任だし、急所を攻められ一撃で仕留められた僕は、もはや、冒険者すら名乗れないかもしれない。僕じゃなきゃ、先ず食らわないのは言いすぎにせよ、出鼻から挫かれて。
「クソっ」
ドラゴンヘッド東雲末樹は最強だ。それは間違いないだろう。実際負けない自信はある。でも、それ以前の問題だ。攻撃に入る前、戦闘の前、僕は、あっけなくやられてしまうのだ。
これが現実じゃなくて良かった。寝ている所を銃で頭を撃たれたら?トイレに入ってるところを爆破されたら?アラスカでオーロラを見に行く時、僕の家族が殺害されたら?そもそも基準点がまるで違うのだ。
人生は、ヨーイドンの掛け声なんて、誰も言わない。生まれたときから始まって、それは今も続いているのだ。今日、運が悪ければ全滅してた。頭を切断された時、人間ビデオも発動しなかった。ドラゴンの力が出なかった。もしかしたら、あのままでも、ヴァミリヲンドラゴンが代わってくれたかもしれない。いや、そもそもがそういう問題じゃない。激しすぎる敵の攻撃に、僕が防衛できていないのだ。
最強だと思う。でも、いつでも最強ではいられない。そして、一番大切な事は、これがずっと続くだろうという事だ。今後、REALでも、現実でも。ドラゴンの力を出しっぱなしだとそのままでは体力が持たない。でも、急な相手の奇襲に対応できていないという事実。
現実はなんて、ズルいんだろうか。あっけない死が目前に迫るのは、僕だけじゃないのに。僕が死ねば、きっと最悪だ。ヴァミリヲンドラゴンは、僕を信じてくれてる。最悪だ。最悪なんだ。きっと、この子も、多分、死ぬ。マジな話、本当に。これはもう、死ぬんだ。いや、多分。ひょっとしたら。でも可能性の問題じゃない。僕が死ねば、どうなる?召喚獣以上の繋がりを感じているし、もし。もし。ヴァミリヲンドラゴン自身が、僕に生死を委ねているのだとしたら?ヘタはもう打てない。
怖い。怖い怖い。変な汗が顔から出てくる。目の前の強者であるプレイヤーキラーを圧倒した今現在ですら、僕が勝ち取ったのは純粋な勝利じゃない。威嚇して無理矢理交渉のテーブルにつかせただけ。
これが現実の兵士なら?相手には奥さんも子供もいる、本当の意味での忠誠心を持った敵なら?そもそも自分の死すらも仕事なのだと割り切った連中なら?答えは出てる。僕は、仲間を守れない。
今、ようやく理解に及んだ。現実で僕が生きてるのはたまたまラッキーなだけだ。現実の世界では、僕よりも遥かに強い強者がいる。かもしれない。相手がマックスの状態で核ミサイル並の魔法を僕が熟睡してる家にぶちこんでくるかもしれない。地図から市街地が消えるような攻撃を受けてないのは、幸運だ。ラッキーに過ぎない。ヤバイ。
「けっこースゴイね!キミ!」
それぞれがこれまで見たこともないモノを見たような目で僕を見ている中、そう言われた。
「マッキー。マッキーって呼んで」
「オルガって呼んでね。でもスゴイねー。結構面白くなってきちゃったかも」
他人にはそう見えるか。実際そうかもしれない。でも、僕は何度も死にかけて、その度に学習しないで誰かの助けを得てたんだ。
「もうゲームじゃないさ」
強大な力を持つ者にはそれ相応の責任が伴うと、あのおじいちゃん、デイヴィーはそう言った。でも、僕の力は。もう。
「東雲末樹」
ケルベロス、さんが僕の肩を強い叩いて握って言った。
「私は以前はちっぽけな存在だった。ファミレスで働いてたウエイトレスに過ぎない。看護師も辞めててそれはもう問題じゃなかった。つまらない人生がずっと続いてた。どうしようもないクズみたいな人生さ。なにもなし得ないね。でも、この世界が、なによりギルマスが全てを変えてくれた。世界が違うんだ。家賃払ってるだけの人生だった。今はもうどこにだって行ける、自由だ。完璧な自由だよ。フリーダムの中に私はいて、そして私はそれを強く感じ取ってる。いいっか。いいか?いいか?」
「はい」
死闘の後のボロボロに崩れた顔面にはヒビが入り、肉体と精神両面で限界ギリギリといった本気の女性の顔を見た。ギクリとするような、ゾっとする衝撃的な真実。
「私達の敵になるようなことが今後あったら、どんな手段を用いてもお前を殺す。後悔させてやるからな。心底」
「そんなことするわけないじゃないですか。ありがとうございました。先程は。ケルベロスさんがいなければ、終わってたかもしれない」
「貸しじゃない。これは貸しなんかじゃない。私たちはファミリーなんだ。もう、すでにそうなんだ。家族の絆は断ち切れない。時に争う事もあるだろう。離れる事だって珍しいことじゃない。でも、家族は、殺し合わない。ギルドエクスターミネーションでもシャーメルマークでもマーメイリーでもない、私に誓え。このギルドを、攻撃しないとな」
「誓いますよ。でも、家族だからこそぶつかり合う時もあると思いますけど。もちろん、刃物無しで」
「良い返答だ。それなら助けた甲斐はあった」
かなり力強く僕の背中を叩かれた、前に進んだ。
「今から書面上での契約を行う。あのホワイトハウスに集合だ。マッキー。少し時間をかけて悪かったな。後はこっちでなんとかする」
ギルマスが言った。ギルドマスターは、責任がある。この人も、背負ってる。
あのなぁマッキー。いいか?ギルマスはメンバーからちょっと離れたところにいるべきだと思うのが持論なんだ。どうしても贔屓目見ちゃうし、全体が見れなくなる。未来もな。なによりギルマスは無駄にモテるから最悪だ。今REALがキテるけど、大切な事は変わらない。人間同士って意味でな。え?なんでモテるのが最悪かって?気を使うんだよ、いろいろと。ギルマスが特定のコンテンツにべったりだってなったら、そのギルドはおしまいだ。だから、もしマッキーも今後誰かを楽しませたいとか、最強を主張したいとか、そういうギルドやりたいって思うときは、いいかマッキー。俺からの個人的なお願いだが。学生が終わるまで夜十二時以降のREALは控えた方がいい。じゃないと人生がブレるよ。
僕の年の離れた友人の言葉を思い出した。責任を持つって、大変だ。自分の周囲に気を配るのって大変だ。だからきっと大人はもっと大変なんだろう。
「それとマッキー。助かった」
ギルマスがついでに付け加えた。なんか、心に風が入ったようだ。僕はもう前を向いていた。
「現実に用事があるんでログアウトしますね」
「ああ。約束だろ?アイツどうだ?王子は」
「悪い人じゃないみたいでした」
「王位継承のため、アイツは二人、年の離れた妹と従兄弟を殺してる。気をつけろよ」
「もちろんですよ」
崩れ落ちた素晴らしい邸宅だった瓦礫の山を見て、トップレベルの戦いの規模に改めてゾっとした。簡易ポータルがまだ健在だったので、ドゥルーガの酒場経由でログアウトした。
目が覚めるというよりも、目を開ける。感覚が、やはり違う。心臓の音、チョッピリの汗の匂い、ボサボサの髪から抜けるフケ、多少の飛蝿症。
「起きたか。ここはホテルのスイートだ。王子は今からすぐにでもと面会を求めてる。そっちに着替えは準備してある。正装はいいし、ネクタイも必要ないそうだ。それじゃ。私のシフトは終わりだ。寝させてもらう」
「えとっ」
「三上だよ。ここでバカはありえないが、万一攻撃されたら迷わず本気で応戦しろ」
「ありがとうございます、三上さん。もう油断はしないし、攻撃してきたら殺す事にします。ありがとうございました。えと、頭領は?」
「先に打ち合わせ。ボスはあのガ、王子のお気に入りだからな。部屋から出たら突きあたりのエレベーターの最上階だ、一室しかないからすぐわかる。それと、ここはオートロックだ。キーは化粧台に。忘れるなよ」
そして部屋から出ていった。ゴールはもうそこ。
部屋の中の調度品や内装、でっかいベッドに鼻が心地よいお香も、問題ない。とりあえず、シャワーだ。無駄に広くてピカピカ真っ白に輝いているタイルの浴室で汗を流し落とした。サッパリとした気持ちの中、用意された洋服へ着替える。ピッタリとはいかないものの、正確なサイズ。清潔な靴下。良いシャツ。着替え終えてから、カードを尻ポッケに入れる。
「部活で遠征した時の宿泊ってこんなもんなのかも」
なんてばかな事を考えて、それから部屋を出る。カーテンで仕切られていたから分からなかったけど、ここは角部屋で、一本の絨毯が真っ直ぐエレベーターまで延びていた。
「・・・」
エレベーターホールが広く、待つ時間が少しあった。ふと。視線を感じた。後ろを振り替えった。
ありえない。女の子がシャボン玉を飛ばしていた。褐色の肌、元気いっぱいなショートカット。中学生ぐらいだろうか。小学生ぐらいだろうか。異国の人、だ。別の気に止める必要なんてない。でも。その、オーラ。視認で確認すらできる異常なマナの濃度が、なによりも僕の気を引いた。特殊過ぎるし、異質過ぎる。いや。
「・・・」
待て。まさか。ありえない。そんなばかな。でも。間違いない。
「・・・」
オーラが、あの王子と同じだ。そして。いや。確認すれば、まさか、わかる。かもしれない。
「・・・!」
異様な指輪をはめている。それもまた。異質。なんというか、ラーメン食べ終わった直後にコーヒーを胃に注ぎ込むような妙な感覚。
どうする?声をかけてみるか?これはまさか。テストかなにかなのか?
「王子、じゃないですよね」
「よくわかったな」
マジかよ。アニメかよ。目の前の現実に変なテンションが上がってきた。これから年長の長い話で僕の平和を勝ち取るつもりが、なんか妙な感覚だ。まぁ。年下なら僕の気持ちもわかってくれる気もするし。
「魔術系統も使うか?どこで気付いた?」
上手な日本語だ。たどたどしいし、なんか、僕の方が変に気を使いそうだ。
「オーラで。纏ってるマナが目に見える程異質で」
「これでも抑えてる方なのだがな。まぁ良い。数日と幾分の労力を倹約できた」
エレベーターの扉が開いた。
「まぁいい。話を詰めるとしようか。お前の部屋へ行くか」
「かまわないですけど、えと、あの、それは姿を変えてるんですか?テストかなにかです?」
「私の国家は女は王になれんのだ。だから傀儡政権の手法を取ってる。兄に殺さない条件としてな。背が延びてないのは指輪の呪縛だ。ソロモンの指輪はそれ自体が強制力のある強大なアーティファクトだ」
マジだ。頭領の話と一致する話。
「悪魔を召喚できると聞きました」
「そうだ。柱そのものも、軍勢も。お前が。いや、マッキーが敵対する組織の初代のボス、始祖が永久投棄したマリアナ海溝から発掘したものだ。曰く、人類が持つべきではない力、らしいがな。なかなかどうして、契約者の魂にしがみつくのだ」
僕の部屋のドアを開けるように王子は促した。
よし、がんばってこう。




