第三話 かつて世界を支配したであろうラスボス
ワールドファースト。
という言葉が存在する。前人未到の土地に降り立ったり、誰も習得していないまったく新しい魔法を生み出したり、誰も触れた事の無いアイテムを入手したり。何よりも誰もが関心を抱くのが、ダンジョン攻略だろう。或いは、未知のモンスターとのレイドバトル。
後者に至っては現在のサーバーにおけるプレイヤーが余りに脆弱過ぎるのであまり関心は抱かれない。RealにおけるPCのトップ層がLv80を考慮しても、最序盤における非活性モンスター10種以上すら倒せない。或いは倒そうとする実力を隠さなければならない事情が存在した。
よって、到達すればクリア。最深層に到達し、宝物を入手したパーティ(複数プレイヤーにおける協力プレイ)はワールドファーストレコードとして記録される。
栄誉、賞賛、アイテム、スポンサーにおけるペイバック、イイネ!の嵐に、人々は熱狂する。
現状ワールドファーストという言葉には、それほどの意味合いがあるのである。
第三話 かつて世界を支配したであろうラスボス
引き続き快晴が続いて、心地良さそうで日向ぼっこできそうな野原の道をぐんぐんと進んでいくと、一人のお爺ちゃんが切り株に座ってた。皺くちゃなお爺ちゃんが、ローブをまとって、物憂げに空を見上げていた。
「NPCかな。声をかけてみようかな」
そう思った。あまりにも寂しくなっちゃって。どうしようもなく胸が張り裂けそうになっていた。話す相手なら誰でも良かった。こんな感情、今までハッキリと感じた事は無かったのに。どうしてだろうか。これもRealという別世界でゲームしているせいなのだろうか。
「こんにちは…」
お爺ちゃんから5メートルほど手前から話しかけてみた。こちらの方を向いてくれた。彫りが深く、目の色が黒い、鼻が西洋人っぽく尖がってる。若ければかなりのイケメンだったと思っちゃう。でも。田舎にいけば腰を据えて往来を見ているヒマを持て余したどこにでもいるおじいちゃんだ。そういう人って、結構話好きが多いイメージがある。多分、ゲームの影響も多いと思うけど。
ふと、考える。駄目だ。おじいちゃんがローテンションで僕もローテンションだと会話が弾まない。元気良く。若者らしくもう少しヤンキーな感じで、そうそう、僕のおばあちゃんの実家の佐賀県ではヤンキーがモテるらしい。それをイメージしながら、もう少しだけ元気良く、挨拶をしてみようって思った。
「こんにちは!!!」
近づいていくと、おじいちゃんはやっぱり初期装備っぽい。僕と同じみたいな感じだ。
「…」
お爺ちゃんは口笛を吹いた。しかもかなり上手に。えっと……これって…確か…えっと~第九、喜びの歌だっけか。もしかしてアニメファンかな?
「我々……」
「…」
なんだ、我々って言ったぞ。もしかして地雷踏んじゃったかな?もしかして僕声をかけるべきじゃない相手に声をかけてしまったのだろうか。ちょっと考える。もしかして、そういう挨拶か僕の聞き間違えだったのだろうか。
「…」
お爺ちゃんは真っ直ぐに僕の目を見てる。聞き間違えだったかな。それじゃもう一度挨拶からいってみよう!!
「こんにちは!」
の次は。
「良い天気ですねー!!」
いいさ、ヤンキーだっ!僕は今話したい気分なんだ。それがちょっとぼけたお爺ちゃんでもアニメ口調の女の子でも学校の友達の鈴木野でもかまいやしない。今、僕は誰かとお喋りしたいんだ。アニメじゃない、カワイイ女の子がこれでもかってぐらいにワンサカ沸いてくるようなの現実には居ないし、そして僕はイケメンじゃない。とにかく、話がしたいんだ。
「そうだな………良い天気だね…。ここはやっぱり天国かな?」
そう言ってにっこりと悪戯をやらかした子供のような顔で笑ってる。
「天国じゃないですよ、いや、もしかしたら天国かもしれませんけど、僕にとってはまだまだですね。天国だって思えるようになるには、やっぱりまだまだ努力しないと、ですよ」
「ほう……なるほど。つまり、君にとって天国とは、場所ではなく、刹那的感情だと言うことかね?」
なんだこのお爺ちゃん、面白いな。学校で唯一深い話までやった友達と同じような事聞いてくるな。
「ですね。だって死んだら何も無くなるじゃないですか。最高だって思える気分こそ、天国であって、その瞬間があればどこでも天国だって思います」
「君は神を信じていないのかね?」
「居るわけないじゃないですか。居たらこの世の残酷をまるで無視してきた無能ですね。それすらも肯定しちゃったら、もうそれはカルトですよ。頑張って生きてたって、事故があったり病気になったり、それこそ戦争だらけの歴史はどうなんだよって思っちゃいます。だって神様がいたら、それこそ降臨すればいいだけじゃないですか」
「君は……どこから来たんだ?」
「日本ですよ」
「日本か………良いところだ。なるほどね。しかしだ。日本では細部にいたって神が宿るというではないのかね?」
こういう話、結構好きだ。特にこんな話って真っ向から話すなんて体験滅多に無い。誰だってやりたがらない。仲良くなって尚もやりたくないデリケートな話だ。よし。ここでコミュ力を上げておくのだ!!マッキー!
「ですね。八百万の神々の世界ですよ。千と千尋の。観ました?神隠しのやつです」
「それは……映画かね?」
「そうですよ」
「今から何年前かな?」
「えっと……」
かなり前。もう大分前。それを伝えた。
「なるほど。つまり今は何年だったか?」
う。ボケたお爺ちゃん。ヤバイ。老人ホームからインしてるのだろう。うーん。しょうがない、リハビリを手伝ってあげよう。これも若人の義務であるボランティアだろう。田舎のおばあちゃんには結構お世話になったからね。
「ですよ」
正確な年号を伝えると、お爺ちゃんの顔が一瞬酷く歪んだ。多分、自分がボケてるって自覚してるんだろう。胸が痛い。自分もいつかはこうなってしまうのかもしれないって考えると、凄く怖くも感じるし、とても悪いことしちゃったなって思う。もう少し気遣いが必要だったかも。話を変えたほうがいいかも。
「えっと。えっと。話は戻しますけど、八百万の神々ってのは、つまり観念的なものであって、宗教じゃないんですよね。物を大切にしようとか、年上を敬おうとか、夜は早く寝ようとか、一般道徳とかそういう感じのなんですよ」
「神道、君はこれから無宗教を名乗るのではなく、神道と答えた方がいいね」
かなりの真顔でトンでもないことをイキナリ言われた。
「えーっと・・・・・・家は仏教なんですけど・・・」
仏壇もあるし、僕が死んだら狭い骨壷に入れられる運命だ。絶対避けたいし、僕は死なないって思ってなんとかどうにか正気を保ちながら学生生活を送ってるけどね。死後の世界があるとかいう頭お花畑の人間にはわかんない話だ。神とか悪魔とかいるわけないじゃん、馬鹿馬鹿しい。もし居たら東京スカイツリーのてっぺんでさ裸でドナドナ歌っちゃうよ、馬鹿馬鹿しい。
「しかし君は信じてない」
「それも観念的な話ですね。もし、お墓の卒塔婆、お墓に突き刺さってる木の板の事なんですけど、これを引き抜いて真っ二つに折っちゃえって話なら、それは礼儀作法とか道徳のお話になっちゃいますよ」
先に出されたら手痛い例題を先に挙げて折っておく。僕って頭良い。なんて頭の良いやつなんだ!
「はは。違う違う。西洋人にとって、或いは中東の人間にとっても、最も喜ばれる答えがそれなのだという話だよ。神も信じる、あらゆる神を信じる、どんな神も否定しない。すべての物事にすら神が宿る。素晴らしいと思う。少なくとも我々にとって最も喜ばしい回答なのだという話だ。君にとっても身近なものだろう?」
痛いことを言われた。でも。あんまり宗教とか、ねぇ。確かにうちは仏壇もあるし神棚だってある。けど、だからって、それを他人に言われて僕の意見に取り組まれるのは違うナって思う。
「お爺ちゃんには悪いけど、おじいちゃんの都合で僕の考えが変わることは無いよ」
「はは。面白いな。おそらく。宗教という言葉の認識の違いだろう。日本か。良いところだ。君みたいな若者が居る限り、まだまだ元気でやってるみたいで安心したよ」
「そりゃどうもですよ」
顔に艶が出てきた。このお爺ちゃんもよほど退屈だったのだろう。
「良かったらパーティを組まないか?世界一を狙ってね」
「いいですよ。まぁ僕的には世界一はもう余裕なんで宇宙一目指してますけどね」
どやぁ。そう言って手を出してきた。握手、か。こういう習慣ってあんまり無いんだよね。なんかこのおじいちゃんのノリが少し分かった。僕もこのノリについていこうと思う。
「かつて世界を支配したであろう、ジョーン・デイヴィだ」
「ナンバーワンのワールドファーストビッグスーパースター、シノノメ・マツキです」
にぎにぎ。意外と力がある。このお爺ちゃん。なんか。こういうノリ。悪くないね。なんだかんでいってまだまだイケんじゃないかな?ここじゃあ精神力次第、そのぶっとび方ももう少しだけ見習う部分もあるかもしれない。僕には無いものだ。少しだけ羨ましいよ、流石、年の功ってやつだね。
「まずはレベル上げだね。お使いクエストをやらないかい?お互いの事を知るきっかけが出来るからね」
「良いですね。僕のスタートした町は戦士系のスタートアップに便利な町なんですよ。魔法を使うならそっちの町ですよね」
少しだけ、癒されたどころじゃない。やっぱり人との会話って大切だ。いらついたり、むかついたりもするんだけど、それも必要なんだ。少なくとも、一人じゃないって痛感できるから。
「風が気持ちよいですね」
今、太陽が雲に遮り、影ができた。
「つまり、推理して初心者の町にいる初心者っぽい人を片っ端から声かけて反応あればついてく作戦なのですよ~」