第三十八話 ドラゴンヘッド
またこの感覚だ。全能の気分。とても良い気分だ。
ああ、そうだ。この時全てと一体となる。死が全てに還るものなら、死は神にすら一体となる通過儀礼に過ぎないのではないか。遅いか早いかなら、僕が今ここで神を名乗ることですら許されるだろう。全能で万能で全てを超越した生き物。そうだ。
どうせ再生するなら、どうせ神になるのなら、人間じゃなくってもいいわけだ。
頭を七つに立て替えよう、原罪を押さえ込む知恵を考えるため。腕を二百本生やそうか、どんな工場よりも素早く機敏に動く機械のように。足だって多く必要だ。キャタピラのようにどんな場所ですら進めて重い体を進めてく。目はより多く必要だ。背中にも足の裏にも死角があってすらダメだ、無数につけよう。翼は二つでどんな場所へも飛び去りたい、たまには独りで焚き火を眺めるのも良いだろう。胴体は、特に必要は無いだろう、その他を取り入れて補給するのはおよそ完全とは言えないものだ。
「…」
彼らは戦いを止めて僕を見ている。まるで化け物を見るような目で。驚きの表情に満ちて。君たちは皮膚の無い人間を想像できるかいと問いたい。骨格が支える内臓の数々を搭載した神秘の骨だ。
「とても気持ちの良い感じがする」
臓物の数々がぼとぼとと立ち上がった時に零れ落ちる。まるでそれは排泄行為のそれだ。
「あっ」
ふっと我に返った。僕の人生。僕の願い。これまでの生涯。そしてヴァミリヲンドラゴンの生涯。彼は、冒険を求めていた。もっというと、生きる理由を探していたのかもしれない。そりゃ大きさが地球二個分のドラゴンが、強いだの弱いだのの人間基準での強弱をつける時点でナンセンスだ。そして、ヴァミリヲンドラゴンの生きる時間もそうだ。きっと無限に生きるのだろう。僕との冒険もまた、人間の感覚で瞬きほどの時間かもしれない。人の価値は無価値なのかもしれない。どうだろうか。正直、どうでもいい。どうだっていい。
肉体の再生は思ってる以上に難儀なものだ。目の前に僕の背骨が突き出してきた。背骨の中に生きる僕の神経がまるごと見えた。背骨が割れて血管、視神経、神経を覆う膜。それらが美しく幾重にも折り重なっている。人体の構造そのもの。
思えば。僕はもう少しばかり、人体の歴史についてリスペクトの念を持つべきなのかもしれない。眼球の神経は、元々目の見えない生き物から発達した最重要器官だ。目の見えない生き物が目という概念を得るために、一体どれ程の年月がかかったのだろうか。耳もそう。足だってそうだ。
「やっぱりベストは、ヒトの雛形になってしまうのかもしれない」
でも、頭だけは、小さなヴァミリヲンドラゴンの頭部がのっかってる。ドラゴンヘッドだ。
第三十七話
「ヴェノム」
それはギルマスがいよいよ殺されそうになる前の事だった。ギルマスは小さいなりをしていて、すばしっこく、トモちゃんの出鱈目な魔法攻撃もかわし、時にぶった切って回避していた。それでもトモちゃんのぶん殴り攻撃にはダメージを喰らっているようだったし、明らかに押されてる感じが見て取れた。ヴェノムと彼が呟くと、彼の周囲にはまるで黒いドライアイスの煙のようなものが沼のように彼を中心として広がっていった。
「くっだらねー魔法なんて意味ねーから!!」
トモちゃんが更に叫んだ。
「それは死ね!!」
黒い煙は丁度トモちゃんの腰にまで高くなってきてる。ギルマスの姿は小さいせいか見えなくなってる。
「特殊な固有魔法かァ?いや毒か?まあいい。もう全部まとめて地盤ごと破壊するぜ。そしたらよォー!問題ねぇーかんなァ~!!」
トモちゃんはカラスのような形状の魔力を作り出して操作し、それに乗って宙から矢鱈滅多に魔力の弾を撃ち込んだ。それでも、沼は一切の変化を見せない。それどころか砂埃一つ立たない。まるで、瞬間接着剤の湖に水滴が落ちたような。明鏡止水という言葉は正しいだろうか。やがてはそれは、ますます高さを増していってる。それが何なのかトモちゃんには分からないようだ。
「クッソ面倒だな。俊敏タイプの攻撃避けまくり野郎は回復しまくり野郎の次にやりづれーぞ!」
そして、沼地からプレイヤーが、それもプレイヤキラーでる赤文字が表示されてるプレイヤーが出現してきた。それも一人二人じゃない。
「ゲートかよ!毒だと思って警戒しちゃったじゃねーか!!」
「人間社会で最も重要なものは、コミュニティの作成だ。ヒトは社会的なものだからな。優れた人物は一代で財を成す。これはパーティだ。主役はお前だよ」
沼が消え、五人のPKと共にギルマスが再び姿を現した。
「ゼノヴァ・ロードだ。友誼により馳せ参じた」
「漆黒の女、ブラックウィドウか。囲めば問題は無いだろう」
「これ終わったら給金、手渡しオーケーすか?」
「うわ。トモちゃんかよ。俺抜けた」
「討伐対象ってトモちゃんかよ!!俺はトモちゃんの味方だからな!お前らマジふざけんなよ!!」
「私もトモちゃんには借りがある。とりあえずお前ら全員動くなよ」
どうやら揉めてるらしい。プレイヤーキラー達はどうこうだとかで言い争い、結局皆それぞれ戦線を離脱していった。それどころか、二人がトモちゃんの味方になってる。
「トモちゃんにはルーキー時代に食わせてもらった恩義があるからね。エクスには悪いけど、今回はこっちの敵だよ」
「トモちゃんがいなけりゃ俺達のドゥルーガはまず潰されてたね。これも縁ってことで、大太刀にゃ悪いがこれも仕事ってことで」
「お、お前らいいから手出しすんなよな!!助っ人みてーでこっちが弱いみたいだろうが!あ。あと、あ、ありがとな」
そして僕には視えた。ギルマスが敗れる様が。殺される瞬間が。それを防ぐために、僕がまず、動かなければならないのだ。これもまた全能の力なのだろう。近い未来を予測できる。のだろう。
ドラゴンヘッド
「なんだ?それは?」
ゼノヴァと名乗った男が言った。
「ドラゴンヘッド東雲末樹です」
特に何も考えずに返答してしまった。そんな直後に気づいたけど、なんか芸名っぽくなってる気がする。おそらく気がするだけだろうけど、なんかちょっと。ドラゴンヘッド東雲でシンプルでいいかもしれない。
「化け物になったと思えばコンパクトにまとまりやがって。フリーザパクれば強くなった気になってんじゃねーぞ!!」
初手から全力で。向かってきたトモちゃんを軽くいなした。もう不意打ちは取らない。
「ここで一つ提案があるんだ。今から皆僕の仲間ってことでどうかな?」
そしてトモちゃんの前に立ち右手を差し出した。握手のポーズ。そしてそれに唾を吐かれた。それすらも僕には分かっていたので軽く手を上に振った。
「トモちゃんには特別に世界の半分をあげよう。これでどう?」
「マジで!?よっしゃあ!!なーにしよっかなー。ヴェルサイユ宮殿がいい。ヴェルサイユ宮殿だけでいい。マジでラッキーだなぁ!マッキー最高だぜ!!ってなるかよおおおお!!!」
ゼロ距離からの無詠唱魔法も、容易に避けれる。
「!!」
「もういいよトモちゃん。たまにはギルドにでも入って楽しよーよ。丁度殺す人がいる大勢ってのがそろそろ難しくなってきたし」
オルガさんが、僕に向かってドラゴンの前足の片方を投げた。血が顔についた。
「ふん。…オルちゃんがそう言うならいーけどさァ」
「家族が増えるな」




