第三十六話 戦闘
下半身に力が入らない、という実感。立っている状態から、突如崩れ落ちるという感覚。理解できたのは腹から下まるごと、ぶち抜かれた、吹っ飛ばされたということだけ。顔面から地面に激突した。砂を噛みながら幾つかの想いに理解が進んだ。
攻撃された瞬間、まるで体内の臓器がばらばらに弾かれる感覚。まるでっというのは実際にはそんな視覚からのゴア表現は無く、見た目は消えただけではあったのだかれども、確かに。腸が。脚が。背骨が。一度も実用されない一本と呼ぶことすらおこがましいポジトロンライフルが。衝撃によりバラバラにぶっとんでゆく。
そして、目の前の黒ずくめの女性は、本当に僕を倒しにきてるという事。即ち、戦うという意味。
アニメや漫画での戦いは、見た目の良いカワイイ子がじゃれ合う戦いだ。そこでは本当の意味での勝敗はついていなかったんだと理解できる。命のやり取りこそ、戦いの本懐であり、勝敗は即ち、死ぬこと。
悲惨なオープニングや、キツイモノローグがあっても、所詮、作り物の戦闘だったのかと。カワイイ女の子や、カッコイイ男の子が頑張って、兵隊相手を打ち負かす。結局のところ、物語上の戦闘というものは、物語の過程に過ぎないし、負けない。まず死なない。主人公が死ぬアニメなんか先ず無いし、負けてもまたやり直しができたり再戦で勝利を飾るのは約束されているものだ。
現実は非情だ。凄惨さに歯止めが効かず、どこまでも転がって、最後には死んでしまう。
そしてギルマスの言葉を思い出す。鼻から砂が侵入し鼻水が垂れてくる。人間には、価値が無い。生命には、価値が無い。
今なら理解できるし、共感できる。この瞬間、僕は、どこまでも死に近づいてるし、ゲームとはいえ、死は死。レベル100を越えてるだろう攻撃を用いた僕は、レジェンドルールが適用されるのだろうか。それとも、またリスポーンとやらでどこかの街に復活できるのか。ヴァミリヲンドラゴンとは離れ離れになるのだろうか。
仮にもし僕がここで死んだ場合。僕は、僕の人生は、意味が無かった。いや、誇れるような良いは佐伯さんを助けたことぐらいか。両親には僕の望む人生を見せつけてやれなかったし、アラビアの王子にはヴァミリヲンドラゴンを召喚する宇宙最強の高校生を見せてやれなかったし、ギルマスには殺したいギルドを潰す手伝いができなかった。そして僕はというと、幸せな老後という目標、孫に囲まれて穏やかに息をひきとるという最高の死に方はできなかった。
ここで死ぬということは、つまり、何も無かったということだ。僕は、今、更に、首をはねられた。
ヴァミリヲンドラゴンの言葉は宙を飛び、空しく意味を為さない。
戦闘
「ケルベロス、攻撃チャージを中断してマッキーを蘇生させろ。二人相手は少しは骨だ」
ギルマスの言葉の直後、僕の身体が生ぬるいプールに入った温度に浸された。ケルベロスさん、あの時死亡判定を食らってなかったのか。
「・・・うるさい、死ね」
再び攻撃が、僕の方へ、つまり僕の頭部めがけて追撃される。今ならハッキリ目で見える。螺旋を描く二つの黒い火の弾が。
「ふッ」
長剣でもって、攻撃を断ち切る。ギルマスがギルマスらしく、メンバーを守るギルドマスターの姿がそこにあった。
「珍しいなオルちゃん、あのゴミ片付けねーの?」
「まーねー。顔見知りだし、話も合ったし、今日はサービスでいっかなーってね。別に死ぬなら死ぬでいいんだろうけど、ドン引きするようなギャグをみせてくれたしねー」
「じゃあ殺せよ!」
「変に人間関係作っちゃうと、殺りづらくない?」
「まーそれ少しぐらいは分かるわ。防具の装飾にキティちゃん入れてるやついたけど、アイツ見逃したもんなー。キティちゃんやったらマズイからなー。ネズミはいいけどキティちゃんはなー。ま。いいか。それはそれで。ん?もう一人どっか隠れてるのか。オルちゃん何人?」
「あそこの岩影から死にかけのマッキーをヒールしてる奴が一人、この建物の反対側の敷地にこっちに向かってくるのが二人かな、建物の地下には三人以上いるね。結構深い。トモちゃん足止めしとく?」
「いやいいよ。雑魚じゃないけど、そう時間は取らねーし」
トモちゃんと呼ばれた黒い女性とオルガさんは、ギルマスを前にして、余裕だ。
「出し惜しみする時でも場所でも無いか。非常事態だ。あまり使いたくないが、見せてやろう」
「何が見れるってぇ?てめぇの死に顔はこれから拝見するけどなァァァ!!」
「ホワイトアイズブラックドラゴン」
宙に、あの、ドラゴンが出現した。その瞬間だった。
「カ」
大きい竜、神々しいまでの圧倒的な圧を有する輝かしい黒竜が出現し、二人が目線を上げたその時。
「・・・ッタ」
ギルマスはトモちゃんの首をたたっ斬った。油断した、竜の出現に呆気に取られたそんな瞬間、好機を。見逃すはずがなかった。
「うッ」
「すげぇな。お前。ありがとな。これは今からうちらのもんだ」
ろくろ首。そう表現するのがぴったりだ。黒いオーラが空へと飛んでいった頭から円柱上に胴体へと繋がっていた。
「頭部切断は死亡判定Aのはずだが」
「私レベル150越えてるヒーラーだから。じゃないとトモちゃんが隙みせるはずないでしょ、あはは!」
オルガさんが言った。レベル150、レベル100を越えるプレイヤーは存在しなかったのに。もうそこなのか。
「私があっちやるからトモちゃんそっちお願いね!」




