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第三十五話 非常事態

音。僕がこれまで聞いてきた音とは一線を画す音が聞こえてきた。


コンクリートが破壊される音。家屋が衝撃によって破壊される音。耳にダメージが残るような凄まじい爆発音。とてつもない硬い金属を刃物で斬るような、ガキィンだとかギジャンだとか漫画的な比喩を要する壮絶な音。


これら全てが、ギルマスと、トモちゃんと呼ばれた全身を黒一色で染め上げた女性が戦ってる音。まるでスクリーンからそのまま飛び出たようなサウンドが、僕の鼓膜に、新しい世界の音を植え付けてる。


「なんで僕が死ななきゃいけないんですか?」


そんな事を喋ってしまう。よく考えずに喋る。僕はそういう奴だ。気の利いた台詞や頭脳戦の一切を排した、駄弁り、友達との会話、そんなレヴェルの発言に、我ながら危機感の無さを感じてしまう。


「えー?だってそっちのギルドを殺してるんだよ?私ら殺らなきゃ人間じゃないよ」


じりり。一歩踏み出される。


「僕はオルガさんと出会ったのはこの世界に降りたって直ぐで、とても嬉しかったんですけど」


「でもガチャでドラゴン当てて、私の事忘れてたでしょ?どうでもよくない?」


その通りだ。正確には、ドラゴンを召喚して現物を生で肉眼で確認して、僕はこれまでの世界観をひっくり返された。その衝撃は計り知れないものだった。だから、オルガさんを忘れてた。


「だったら、死ぬのとか、僕に確認を取らず、四の五の言わずに殺しにくれば良かったんじゃないですか」


「私は少し話がしたかっただけ。謝ってくれたんだもん。私としては、かなり幻滅してた大部分、サービスで水に流しちゃってもいいかなって思っただけ。だからさ。逃げていいよ。うん。許す許す。正直マッキー君と話して、少しだけホッとした自分がいてさ。だからいいよ。奪わない。なんだったら、死んでる誰かの装備品を剥いじゃってもいいよ。サービス。大サービスだ」


にっこりと言われた。大分、舐められてる感がする。可愛らしいエルフの色白な顔が、とんでもなく恐くも感じる。


「本当は、こういう出会い方を望んじゃいなかったんだけど」


また、なにも考えずに喋る。自分でも、どうしてこんな言葉を言い放ったのか分からない。どうしてこんな場所で、こんな事をしてるかも。


「ふうん?」


さも、なんてことないように、聞き流されてるし。


「本当は、コーヒーでも飲みながら喋りたかったってこと」


「あはは。いいね。そういうの。そういうのも、できたかもね。マッキー君と喋ってると、ここ最近の私自身の神憑り的な強さとか、無双感とかさ。だらだらと人が生きているのをぱっと殺して終わらせる強者とかじゃなくって、このゲームにログインしたての私を思い出しちゃう」


「僕もですよ」


「ふうん」


少しだけ、恐いぐらいの圧倒的な死の感覚が遠退いた。戦闘体勢から、少しばかり、ゆるやかなお喋りに移行してるようだ。


「僕を殺す理由も無いし」


「理由とかじゃないよ。私の前に、ただそこにいたから。ただ、そこらへんにいたから。餌があったらかぶりつくのは、動物の性ってやつだから。私さー。強すぎるんだよね。皆ばたばた死んでいく。システムオブアダウン。私の魔力に当てられたプレイヤーって、装備品はもちろんで、アイテムだって消耗しちゃう。動作も不可だったり。強いんだよねー。本当に。敗北を知りたいよ」


るんるん気分の顔で言われた。多分、そんな顔で言えるのは、学校が半ドンで終わって友達と一緒にゲーセンに寄っていこうみたいな類いの言葉だ。そういうレベル。そんな領域にいる。もう、本当に、プレイヤーキラー。ザ・プレイヤーキラーって感じだ。


「そういえば、マッキー君ドラゴン持ってたよね?なら、私に勝てると思ってる?」


「先ず戦おうって発想が無かったですね」


「へぇ。意外とまったりな平和プレイヤーなんだねー。ほら。あっちはあっちで戦ってる。もう一分過ぎてるし。トモちゃん相手に一分持つなんて凄いね、そっちの頭の人。大体初撃で終わっちゃうし、続く二手三手目でいっちゃうから」


「そりゃ、強いですよ」


しかし。あのドラゴン、ホワイトアイズブラックドラゴンだっけか。召喚してない。隠し球を温存しつつ、善戦してる。凄まじい速度で、戦闘応酬をやりあってる。邸宅の屋根に乗ったり、アイテムを出して足場を作ったり、壊したり、大体が凄まじい魔法の連打をトモちゃんが投げまくって、それをどうにか身をかわしたり、長剣で防御したり、魔法弾そのものをたたっ斬ったり。無茶苦茶なことをやってる。遠目から見るだけで、そんな戦い漫画でしか見たこと無い。それこそブリーチの世界だ。


「こっちも。やる?」


「やらないです」


僕は即答した。


「どして!?」


「あんまり顔見知りと戦いたくないです。それに、カワイイ子はむしろ大切にするべきだと思いますし」


一瞬ブラピになってしまう僕の将来が恐いぐらいだ。今の僕はイケメン度15%アップ。かっこ当社比かっことじ。


「やだ。カッコイイ!」


「あはは。照れるなぁ。ここだけの話、ブラピを意識してるんだよ」


「うわ。スゴい!ブラピだよ!じゃーーさ。なんかブラピの物真似やってよ!」


「んー」


やばいやばい。どうしよう。物真似じゃない。女の子と会話が一分以上続いたこの快挙。ブラピだ。今の僕はブラピなんだ。ブラピだったら。こんなことを言っちゃえるんだ。


「オーシャンズ11のブラピ。パリっとしたスーツでサングラスかけてるところ」


・・・・・・・・・・・・・・・。


「どう?」


「えっ!!?あっ。うーーん。まぁ。似てるっちゃ似てるかなぁ」


「似てるっちゃ似てるレベルかぁ・・・」


「ううん。全然!似てる似てる!おもしろいおもしろいよ!」


「ヨシ!テンキュ。テンキュー。タンキューー」


「おいオルちゃん!!ツッコミのいねえボケを延々と繰り返すのかよォ!!こいつマジで強ぇーーーー!!時間が勿体ないから二人でやるぞ!!このままじゃポケモン始まっちまう!!!」


怒号が飛んできた。ポケモンに間に合わなくなるだって?ポケモンは中学校で卒業しときな!まぁポケモンゴーは面白いよ。認めてあげる。でも。今やってんのは再放送だろ!ファンならリアルタイムで追っかけときなよ!


「ごめんね。かなり面白いと思う。このギルド終わらせたら時間空いてたらまた話そう」


「いや。ダメだ。行かせるわけにはいかないよ」


「ダメじゃないんだよ。いかなきゃいけないんだ。私は。トモちゃん、友達だから」


「僕だってそうさ、ギルマスだ。所属してまだ一日ぐらいだけど、ギルマスには義理がある。義理ごとって、大切だからさ。借りを返すまで、死なれちゃ困るんだ」


「しょうがいないなぁ。マッキー君。君は奪わない。ただ、魔力切れ、体力切れの、ダウンプア状態ってとこで手を打っておくね」


戦闘体勢。濃度の高い魔力、オーラが周囲を覆った。相変わらず薄気味悪い。人間以前に、動物として、生命として忌避されるべき、死そのものにまみれた、魔力。僕のハートはなんとか持ってる。耐えられる。しかしだ。一体。どんなもので、そんなオーラを纏うんだ?一体。あなたは、どんな生き方を送ってきて、どんな人なんだろうか。この死、そのもの。まるで、こんな普通の神経なら半日も持たないようなオーラを身に付けるなんて。何年も、そんな状態だったのか。何年も、ずっとそうやって、生きてきたのか。僕には想像もできない、そんな人生だったのか。絶するよ。


「僕も」


ここで、オルガさんを倒さなきゃ、誰かがオルガさんを殺してしまうだろう。誰かが。やっつけにくる。プレイヤーキラーの宿命だ。


守護まもりたい。その想いで。僕は。


「僕は特別な何かは無いかな。ただ、ヴァミリヲンドラゴンを所有してるせいか、身体能力の一部強化を継承してる。あと、いや、それぐらいか。だから。ただの一プレイヤーとしてみるなら、それは大間違いかな」


「ふうん。どうでもいいよ。私が一番だから。敗北は、あんまり期待できそうにはないかなぁ」


ますます、オーラが。死、そのものが、オルガさんの身体に巻き付いてゆく。


「ッ!」


僕のスーツが、色褪せてゆく。ここは、死の領域か。死に絶える場所。例外は、僕だけだ。


「先に打たせてあげようと思ったけど、マッキー君はレディーファーストそうだから、私からいくよ」


オーラが、鎌状になり、魔力の密集が、質量と性質を帯びている。勢いでもって、僕の腰から上をもってく。


「っぶな」


避けれるけど、これはダメだ。キツイ。僕のオーラが削れてる。魔力切れも冗談や酔狂じゃない。しんどくなってきてる。オルガさんのオーラは、他人のオーラを食い尽くす。侵食性を兼ね合わせて、なんて、グロテスク。


「いく」


足が、ドラゴンの足だと思い込み、僕の身体は疾走する豹、拳は、まるで解体現場の鉄球のような、重さ。


「危ないなぁ。マッキー君。私の顔面を右ストレートで殴るつもりだったでしょ?」


いなされたんじゃない。かわされたんじゃない。僕が殴り付ける瞬間、バリアのようなガラスが、僕とオルガさんの間に生じて、それをぶち破っても、それが幾層にも及んでいたため、拳が止まった。


「危ないなぁ。ゼロ距離なら早いよ?」


手首を掴まれた。ぞっとした。それがまるで、とても、冷たすぎて。


「タイムいいかな、30秒ぐらい」


「オッケー、30秒でいい?」


「うん」


そして手首を掴まれた手を振りほどいて間合いをとるように後ずさり。これ、ヤバイ。本気で殴りにいったんだけどな。っていうか、僕なんでタイムとか言ったんだろ。それでオッケー出すオルガさんもオルガさんだけど、それ言っちゃってる僕はどうなんだ。どうなんだよ!?


どうする?


オルガさんを仕留めるのは論外だ。でも、止まってくれそうにない。そもそも、ヴァミリヲンドラゴンを召喚しなきゃ、多分勝てないどころか負けてしまう。ヤバイだろ、フツーに考えて。あの死にまみれた圧倒的なオーラは。呪怨の家のオーラのヤバさだぞ。加えて、魔法を使われた。そうか、そういえばここは、魔法の世界、ファンタジーだった。忘れてた。そもそも僕、魔法とか使えませんし!っていうか魔法って美味しいのかよってレベルだし!


「あ。良かったらオルガさんうちのギルド入りませんか?」


「え?あー。ああーーー。んーー」


軽くノーと言われるつもりで頭に浮かんだ悪魔的天才の閃きな考えを口に出してみたら、思いの外、マトモに取り合ってくれてる。悩んでくれてる。


「確かに最近殺しまくりすぎて、普通にやっても何も感じなくなってきたんだよね。大きなギルドを狙っても、上手いこと逃げるんだよねー。強いプレイヤーってそーゆーことかなって思ってきてるんだ。だからギルドとかも少し考えてきてたんだよね。二人だと100人とかいても七割は逃げられちゃったりね。それも、すっごい悔しかったりするんだ。んー。じゃあ。トモちゃんに聞いてみようかな。その前に先ず私より強いっとこ見せてもらいたいかも」


「もう仲間なんだから、殴る蹴る攻撃しちゃうとかやりたくないかな。乱暴ごとで物事を解決したくないよ」


「あはは!それって物語の主人公が言っちゃいけないたぐいの発言だよ」


「あんまり、動物を殺してレベルアップとかして、喜べないんだよね」


「私はそれとかどうでもよくって、ただ、道を歩いてる人がそのままの姿で寝転がって動かなくなったら、スゴく安心するの。だって、物は動いてる方が不自然なんだよ。動物っていうけど、どうせ皆死んじゃうのに、頑張って動いて、なにやってんだろって思わない?どうせすぐ死ぬのに、権力にしがみついてる偉い役職の人間とか、どうせ十年もしないうちに死ぬのに何やってんだろって思っちゃう。死は、分かち合わないと。私はレベルアップとか略奪とか、そういう目的があって殺してるわけじゃない。殺すのは目的であって手段でもあるんだ。そして、死亡したプレイヤーが復活可能域ギリギリまで寝転んでると、そこで落ち着くんだ。私も、やがては死ぬから」


「そんな悲しいこと、言わないでくださいよ」


「あーー。ごめんごめん。それと、敬語止めたら?仲間なんだから対等でしょ?」


「嬉しいこといってくれるですね」


「変な文法」


「あはは・・・」


「あはは!」


なんか、オルガさん、いや、オルガと僕って、結構、合う。なんていうか、相性が吉というか、似た者同士というか、波長が合うというか。


「でも殺した相手にはもう復活できない赤文字の人もいたし、なんかごめんとか言うのしんどいなー」


「そういうのは不問ってことで、そういうことにしておこう」


「でもトモちゃん、馴れ合うの大嫌いだからなー。うーーん、あっマッキー説得してよ。私はそのギルマスってやつをちょっとみてやるから」


って言ってるうちに、戦闘しまくってる二人がこっちに向かってきてるし!トモちゃんとかエネルギー弾っぽいのをブッパしてるところを、全て叩き落としてるギルマス、なんて足早に!


「おうオルちゃんもう遅い!!交代な!交代!こいつ、もう!しつこい!!全然さっさと死んでくれねーしよォオオ!!!」


「こっちの台詞だ。もう魔力は半分も残ってないんじゃないか?」


「はい残念ーーー!!これ。めっちゃ高いやつ。これなんかのクジラかなんかのなんたらブラッド。マーケットにまだ出回ってない魔力切れ防止のやつ。これを飲むとおっおっおっ。おおー!!ふぁいとおおおおおおいっぱあああつうううう!!みてーな?わかるぅ?わかれりるぅ!?」


「ハイになってマトモに闘えるか?」


二人がこっちにやってきた。なんかトモちゃんはなんかの飲み物を飲んで少しゲロって更にハイレートなオーラを出してる。っつーかこの人もオーラすげぇな。ベクトルが違うけど、この黒さも半端ない。


「交代ー!はい交代!んじゃトモちゃん任せたー!マッキー。死なない程度に頑張りなー!」


「オーケー。どんとこい頂上現象」


そして、黒づくめの女性に向かって。


「今度は僕が相手だ。トモちゃん、いくぞ!!」


「消えろ」


その一言で、僕の下半身は吹き飛んだ。なんだ。これ。今魔法が、螺旋状になって。輝きを増し、速度が早さが目で追えない稲光のような。


「ヴァミリヲンドラゴン・・・」


もう、全てを出しきるしかない。出し惜しみする事態じゃない。

「ワイルド。コアプレイヤーが一年に一度あるかないかの、魔法のスペシャルバースト。ここで引くかッッ!?マッキー!そいつはヤバイッッ!」

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