第三十四話 地獄絵図
ドーム型の居住区画、土属性の代表的な精霊ノーム達が住んでいるゲーム世界の風景。上空から見下ろすその区域は森林地帯に囲まれるようにしてポッカリ開いた居住地域のようだ。
周囲からは戦闘の痕跡であろう煙が立ち上ぼり、耳障りな悲鳴のこだまが聞こえている。
「なんだよ、コレ」
プレイヤーが樹に張り付けにされて、ダーツの的になっている。ダーツを持っているのは半泣きの戦闘装束を装備したプレイヤー。
そんな光景が先ず目に飛び込んだ。
「目玉10ポインツで顔面5ポインツ、体のどこかに引っ掛かれば1ポイントな」
そして、僕を見るなり、そんな猟奇的な発言をしたプレイヤーが僕にからだを向けた。
「よぉルーキー。私はマーシー。こいつは名前長いからロロアって略されてる」
「こんにちは!今日も良い日ですね。良かったら貴方もやりません?警護チーム5人は私たちの取り分なんですよ。50ポインツ取得で一名指名させて解放させるゲームなんです。これがなかなか奥深くって。良いドラマを観ている感じで飽きないんですよね。一つのギルドの終焉って感じで。良い感じで楽しめるんですよ」
「自分以外の一人を助けるってところがミソな。これがなかなかエグイとこでね。良い感じなんだよ」
「ひゃああああああああああひいいいいいいいいいいいいいいはあああああああああああああああああああひいいいいいいいいいいい」
凄まじい叫びというか雄叫びというか、それが聞こえた。
「死体蹴りやってるんですよ。彼、痛め付けるのが性的に興奮するらしくって」
「趣味悪すぎだろ」
「ですよね」
「はいはい!ちゃんと狙う!あーーーバースト!はいドオオオオオン!!」
そしてダーツを持っていた女の子は魔弾のようなものが頭に当たって破裂した。なんなんだこれは。
「あーあ。じゃあ。こうしようか。生還者にはこいつの装備品を特別サービスであげちゃうよ!やったね!!ゴムレットにガラス細工ドレス、ギムレット製ルビー装飾セット、おーわぉ。120万ぐらいかぁ?こいつをプレゼントだ!皆頑張っちゃえよ!!」
終末的風景。彼らは、彼らのゲームがある。ここで僕が。憤るべきだろうか。
「倒したプレイヤーで遊ぶのは抵抗を感じるか?」
誰かの体を引きずってきているちっこいギルドマスターが、威厳を放つ言葉を僕に放った。
「そりゃそうですよ!人道的っていうか倫理的っていうか、宜しくないに決まってるじゃないですか!」
「人道的、倫理的、それはつまりお前の価値観というわけだ」
「多分普通ですけどね」
正直、少し、声を荒げた。
「それはつまりお前の宗教というわけだ。宗教の押し付けは嫌われるぞ」
「そういうわけじゃないですよ!」
あったまきた。そっちがそういうならこっちだって言ってやる。
「そもそも国際法でも捕虜の虐待は禁止されてます!そういうグローバルスタンダードでの話ですよ!」
「高校生らしい意見だが、俺は英国人だがあえて言わせてもらうなら。グローバルスタンダードの基準点はヨーロッパやアメリカ主体の意見だ。そもそも連中の宗教観はキリシタン的だろう?人間は特別、それ以外はただの支配下的なケモノ、の位置付けだ。人間だから人間は特別だから。その反面、豚を栽培し魚を科学汚染させた工場を増やしまくってる。俺は違う。生命には等しく価値がない。故に平等。むしろ人間こそ邪悪の根元であり、ケモノの頂きに君臨する王なのだと思ってる。別に豚を殺したり牛を殺したり隣の工場で加工されてても、別にどうということはないだろう?」
込み入った議論の点だ、でも、そこじゃないんだ。本質的な問題は。
「そんなんじゃない。誰かが嫌だって言うことをやってるのが問題なんですよ!」
助けを求められたら、誰だって助けに応じるぐらいの寛容性を、人間は備えてる。
「お前には少し話をしたな。殺すということ。プレイヤーキリングによって救われるということ」
「少しだけ、覚えてますよ」
ちょっぴりだ。それで納得してるわけじゃない。
「人の趣味はそれぞれだ。快楽を追求する道中に発見した愉悦ばかりじゃない。もう、それしか救われない魂だってあるわけだ。お前は中流家庭で生まれ育った、世界一安全な日本という温室にいるから理解したくないのも分かる。しかしな。殺しの味を覚えた人間は、もう辞める事なんてできやしない。ここにはケロッグという男がいる。戦争中毒者だ。殺し続ける事で初めて人間として振る舞える、哀れな男だよ。人間は複雑だ。共感は求めていない。ただ、少しぐらいは分かった気になってほしいだけだ」
「おい!そこのボウズも言ってくれ!この場所は俺たち皆が三年かけて手入れした大切な場所なんだよ!俺たちギルドの大切な居場所なんだ!!頼むから!」
ギルマスがひきずっている男が叫ぶように言った。
「黙れ。お前は今、食肉コーナーで陳列された肉片に過ぎないんだ。弱者に発言する権利を持っていると思ってるのか?従業員は社長に意見できると思うか?一兵卒が大将に忠告できるか?お前の言葉なんてどうでもいいんだ。物を言いたければ、同列クラスに出世するんだな。社会に出たことも無いのか?それとも俺とお前は友達か?家族か?利害を越えた隣人愛に満たされた人物のように思えるか?クズが。俺に弱者の友人は不要だな」
そうしてギルマスは男の身体をその背に背負う、大剣で上半身と下半身に真っ二つに叩き斬った。
「もう少しお前が、有意義に俺たちを楽しませるのなら、多少は生き残してやったものを。残念だよ。ギルマスの最悪の発言のせいで、俺のサービス精神が無駄になったな。皆殺しでいいぞ。ただ、約束は守れよ。俺たちのギルドの沽券に関わる」
「座長、良い切り口ですね。これなら並のタンクぐらいなら、奇襲一撃でキルです」
「そうだな。庭園の趣味は悪くない男だったが」
叫び声が、それも複数の叫びが響いている。すすり泣く声も。悲しい顔も。
「弱者に見えるか?ここは資産家のギルドなんだ。最低限の賃金で一生働かせて、使えなくなったら切り捨てる。ほとんど使わないボートを持って、いつも住まない空き家も複数。下は子供がいて無理に働いてる生き地獄。俺はね。この、今この瞬間こそが、真実であり、真理だと思ってるね。マッキー。お前も幻想はほどほどがいい。目の前にある現実だけが、真実なんだよ」
「座長ってほんっと、面倒見が良いですよね。ほら。ちゃんとボケっとしてないで聞いときな。皆のお母さんなんだから」
「こんなゲームになにマジになってんの?」
肩を叩かれた。スリーと呼ばれた三つ頭。
「逃げた連中も皆片付けた。マーキングはしておいたから、回収宜しく」
「うひーこえーこえー」
ここが真理や真実だって。目の前にあるのは地獄の風景。殺しまくってる殺戮のワンシーン。こんなにゲームにマジになって、か。ゲームか。ゲーム。きっとこの土地に住んでいたギルドの連中も幸福なゲームスタイルで遊んでたんだろう。それが一瞬になって終わってしまう。突発的な暴力というよりも、それが強者の手にかかって、終わってしまったのが救いだろう。でも。僕は。
「欲しいからって、奪って殺すことは、僕にはできない」
「意思は固いようだな。しかし本当に?お前を初めて見たときは、殺すのが好きで好きでたまらないようにとしか見えなかった」
あの時か。裏切られて逆上した時。
「僕を騙した悪い連中ですよ。そういう輩は、進んで殺します。降りかかる火の粉は払わなければいけないですから」
「なるほど。そう。そうか」
「はい」
「このギルドには幾つかルールがある。他のメンバーが不愉快に思う事は禁じている。女性アバターに対する暴漢まがいの事は特別禁止してる。そこはプレイヤーキラーとしてではなく、ゲームプレイヤーとしての最低限のエチケットだとな。他にも細々としたことはあるが、何もただ利益になるからといって、誰も彼も襲いまくって殺しまくっていいわけでもない。ギルドメンバーとしての冠もあるわけだ。お前のように殺しが嫌いなヤツも、このギルドの正式メンバーに加わってる。お前はおそらく、プレイヤーキラーキラーが合ってると思う。今度からはそれに重きをおいておく」
叫び声が、あがった。それも、近くで。
「西門近く、フルア、ロッド、ワー、三名ロスト!」
「マジかよ」
ロロアさんが地図のようなものを見ながらロストと言った。ただならぬ緊張感が走った。ロスト。
「突発的なアクシデントか。どこかのギルドにぶち当たったか。援軍にしては遅すぎる。Aの特の私達を攻めるなんてありえなさすぎます!」
「キルイルボブソンには、アイテムの回収次第ログアウトしろと伝えろ。俺とマッキーで西門の客人の相手をしてくる。ケルベロスは正門を守れ。マーシーとロロアは東門の警備」
「ロッドはスターの上だぞ。なんで瞬殺されてんだよ!!」
誰かが、エクスターミネーションの強襲から、攻撃している。
一瞬、背筋が寒くなった。氷のような冷たい手のひらが、背中に密着してるような。
「なんなんだこりゃあよぉぉおお!」
「魔力の拡大図。これほどの、密度」
「撤収しろ。これはレベルが違う。ドラゴンクラスの暗黒領域だ。動ける者は退け!」
ギルマスが叫んだ。
「同じタイプ。嬉しい。でも、これは私を超越してる」
スリーは言った。そして走った。この充満するなにかの方向へ。
「なるほど。天然体質か。マーシー!ロロアを連れて退け!」
ロロアは四つん這いになって崩れ落ちてる。
「だめ。これ。だめなやつ。バッドトリップだ。これ、だめな方のだよ」
「座長、頼んだ」
マーシーはロロアを抱えて退いていった。
「出るぞ」
ギルマスは斬撃一つで固まっていた肉片と呼んでいたプレイヤーを斬った。
「オーケー」
しょうがない。手助けするか。はっきりいって、僕はギルマスの意見に納得なんか絶対にしていない。でも、同じギルドとして、借りのある身分としては、応じざるをえない。
雄叫び、呪文の詠唱及び効果音、破裂音、もしくは、人が死ぬ音。それらを掻い潜って、全力でギルマスについていった。どんどん濃くなる、死の感じ。死の匂い。そしたら。
「マッキー、ドラゴンを構えろ!!」
「あ」
スリーが、その人に、首根っこを掴まれていた。蝋人形の首が全てへし折られていた。
「あ」
「どうしたオルちゃん?顔見知りでもいたか?」
「ちょっと。ちょっとだけタイム。トモちゃん」
西門に二人。一人は、知ってる。あの。
「んじゃ、その辺皆殺しにしとくわ」
「はーい」
「ひ、久しぶり・・・」
初めて出会った、エルフのお姉さん。上には真っ赤な文字で、オルガ。
「んー。あー。マッキー君。こんにちはー」
そしてスリーを放った。この人。この人が。
「ひどいなぁ。折角頑張って声掛けたのになぁ。もしかしてあの時ご飯の時間でお母さんにでも呼ばれちゃったのかな?」
あの時の事だ。僕はヴァミリヲンドラゴンを引き当てて、それからドワーフのおじさんと話してる間、オルガさんをすっぽかしてしまった。あの時。
「ヴァミリヲンドラゴンを当てて、その、シークレット賞だったんだ。それで、いろいろ説明してもらって、時間食って、すっぽかしてしまう形になっちゃって。あの、ごめん・・・」
僕が言うとオルガさんはそののままの戦闘体制を崩さずに、ため息をついた。
「そうだったんだぁ。ふーん。それなら仕方ないよねー」
「マッキー!!」
「ギルマスは黙っててください!これ僕たちの話ですから」
「ッチ。俺はアイツを追う。マッキーはそっちを片付けろ!」
そしてトモちゃんと呼ばれた黒づくめのプレイヤーを追っていった。
「それでさ。あの。どうしてるんですか?」
「どうしてるって?元気だよ。上手になってる。才能あったらしくってさ。あのさ。一度殺されたんだよね。私を。それでむかついたからさ。殺したんだ。殺して殺して殺しまくったんだよね。才能があったみたいでさぁー。そしたら、だんだんと、幸せにまったり楽しそうにプレイしてる普通の人たちがだんだんムカついてさぁ。なんか。憎くて憎くてたまらなくって。どうしようもなくって。だからさ。殺したんだよね。殺して殺して殺して殺しまくったんだよね。あはは!あははは!あはははははははははははははは!!!」
濃度。密度。更に、濃く。これは。もう。オーラのレベルじゃない。魔力が、質量を伴っているような。雰囲気が、死に直面させるような。この人は。いったい。どんな人なんだ?スリーさん、ケルベロスさんもかなりやばかった。でも。この人は、それを遥かに凌駕してるレベルのオーラ。もはやこれは、カリスマの水準値点。
「それでどうする?死ぬ?」
ヤバイ。何故かしらないけど、僕は勃起していた。




