第三十三話 対談
「先ず、そちの力を誇示する。連中の本陣であるドゥルーガを叩き、これを殲滅する。禍根無きようにな。その支配領域は一帯を武装した兵士が警備しているが問題は何もない。こちらにはヴァミリヲンドラゴンがいる。それが攻めるだけで、相手からはまるで悪夢が攻めてくるようであろうな」
目の前には、森と大地と彼方に広がる巨大な河口。見下ろす形で僕はRealに臨んでいる。
「そちにこれを譲ろう。船員も自由に使ってかまわぬ。フライングダッチマン号だ」
え?
「全てが自由。そうあるべきだ。朕の利益に適う次第ではな。人一人だと随分不便なものだろう?何しろ時間に取られる訳だ。強者が思い描くものは、常に最大で最高のスケールでなくてはな」
いや、この船って。船員って。
「不満か?もっと欲しいのか?」
「いや、あの」
「欲しがる事は悪くない。欲望は特にそうだ。しかしこれには朕の力を多く割いている。これ以上のものというと、Real内部では無いな」
「そういう問題じゃないです。あの、気持ちは嬉しいですけど、僕にはいらないです。お気持ちだけ受け取っておきます」
これは僕には不要なものだ。あんまり調子に乗ってると、よくないものだ。というか、これは僕の性格だし、あんまり大きいものを貰いすぎるのもよくない。小学生の頃、お爺ちゃんお婆ちゃんに貰ったお年玉も全部貯金に回してるし。船とか船員とか。正直ぱっとこない。
「ふん。子供だな。朕はそれを評価せんぞ。もっと欲しがれ」
「そこは、器が大きいだとか、欲望が無いんだなとか、いわないんですか?」
そーゆーとこ、大切だから。とりあえず物申しておかないとね。言った後、少し冷や汗と胃がキリキリ痛んだのは内緒だ。
「そちは、人の世を理解しておらん。社会という俗世に浸れば改心しよう、あまりにも幼すぎるのだ」
むっとした。
「その言葉は、あんまりにも無礼過ぎませんか?僕は王様のしもべになったわけじゃない。部下になったわけじゃない。下になったわけじゃない」
「そちが朕の贈り物を受け取らんからだろうが」
語尾がかなり強いイントネーションを含んでる。
「いや、それはあまりにも大きすぎるんですよ。こっちはハーゲンダッツ食べるだけで最高の人生だって思えるぐらいなんですよ!それでむくられても困りますよ」
そっちこそ、それで拗ねてるなんて子供じゃないか。
「なんでもかんでも自分の思い通りになるなんて思ってたら大間違いですからね」
ヤバイ、そのままの勢いで言ってしまった。王様相手に。
「この世の中で、朕が手に入らないものなぞ、あろうはずもないのだ。そうであろう。いや。そういうものなのだ」
「ちっちゃいなぁ。王様もたいへんだね。国にしばられちゃってるなんて」
僕が喋ったんじゃない。勝手に口が動いた。
「そちはヴァミリヲンドラゴンか」
「まーマッキーが良いって思うんなら手伝うけどね。ヒドイ事をしてこいなんて言ったら怒るからね。言っておくけどマッキー怒らせて生きてる奴なんていないから」
その言い方だと僕が怖いみたいだ。
「そこはお互い話し合おうか。共通の環境ではないゆえ、善悪も違ってみえよう」
「おっけー。それでいいよ」
「いや、僕が喋ったんじゃないですからね!?」
「…分かっておる。流石に朕も驚いたわ。そちの頭が瞬時にドラゴンの様相を呈するとは」
「分かってくれたんならいいですけど」
っていう問題じゃない。頭が龍になってたのか!?…まぁいいけど。
「肝が冷えた。まるで朕が弱者の如き気分になった。今後。朕との会談では前もって龍頭になるなりしてくれ。焦りましたわ」
そりゃそうだろう。喋ってる最中、相手がいきなり顔を変えたりドラゴンだったりするなら僕なら失禁してしまうよ。ホラーだもん。今後出る時は出てもいいけど出るって伝えてくれよ。ヴァミリヲンドラゴン。
「すいません驚かせて…」
「もうそちの前に立つ事は控えよう。今度はクレーモアを通じて連絡事項を伝えるとする」
顔が引きつってる。まだ驚いてらっしゃるみたいだ。
「現在、展開している部隊には連中の本陣であるドゥルーガを侵攻しておる」
切り替えと立ち直り、早!
「は、はい」
「そちが朕についているという情報はあちらも持っておろう。それを逆手に取る。相手は最低限の防戦する戦力しか残さぬだろう。そちの出る幕以前に、相手は逃げの一手。こちらも深追いはせぬ。決定的な一打になるはずもないだろうが、痛恨の一撃にはなりえる。Realの拠点を叩けば、次の手はもう打てまい。こちらがその時間を作らせぬ」
「最終的には何がやりたいんですか?」
「あらゆるギルドを取り込み、PKギルドすらも手中に収める。あらゆる組織を支配下に据える。俗に言う、世界征服だな。いや。全世界を統一させる。単体の組織に加えさせる。朕が頭ならば、それは一つの生きた組織。動物、蟲、意思は頭である朕の願い。古来より人の世の願いであった世界征服。これが成されるのだ」
凄い事を言われた。
「まぁいい。いずれ理解もできよう。握手だ」
そして、握手。うわ。凄まじい汗。
「一旦現実でそちと面を合わせるか。そちとは同じホテルに滞在しておる。これより一時間後に朕の部屋に来い。ゲシュニンには伝えておく。以上だ。そちは何かあるか?」
「いろいろありすぎて多分あるんだと思いますけど、質問はおいおい後でします」
「ふむ。それがいい」
そしてニヤリとした表情で、再び握手を交わした。
「二度の握手は確約の握手」
目覚ましの音のようなアラームが鳴ってる。どこからだろうか。ケータイだろうか。
「ケータイ鳴ってますよ」
「そちの服から鳴っておるが?」
「え?そんなまさか」
ポケット。確かに。言われてみればポケットから鳴っている。触ると確かになにかがある。
「すいません・・・」
王様はかなりイヤな顔をして手で出ろというジェスチャーをした。
「もしもし」
ケータイのような形状。でもボタンは一つ。そのボタンを押して言った。
「マッキーか。これから座標を送る。前から目をつけておいたギルドだ。中堅のギルドで人数はおよそ120といったところ。皆殺しにするが、お前にも少し学ぶ機会を与えるべきだと連絡した。来れるか?」
「すいません、ちょっと用事が」
「分かった。十分でいい。そこから煙が上がってるところだ。楽しみは家族で分け合わなければな」
そして切れた。
「まさかPKギルドに加わったのか?」
「エクスターミネーションってとこです」
「何故だ?そちのようなものが」
「助けられた義理があるんですよ。だから、借りを返すまでは在籍するつもりです」
「むしろそっちに置いておくのも有りだな。それはまだ話が通じる。朕も二度仕事頼んだ。そうか。奴のところか。メイリーとは趣味が合ってな。なるほど。そうか。では行ってやれ」
「はい。失礼します」
ヴァミリヲンドラゴン。いいかな?
「ほう」
めきめきと僕の背中から大きなごつごつとした翼が生えた。これで飛べってことか。僕としてはヴァミリヲンドラゴンの背中で一っ飛びなイメージだったんだけど。
「ぅわ」
浮いた。本当に浮いた。歩くように空も飛べる。そんな実感。よし、いける。
「それでは一時間後に」
「ああ」
人間じゃない異形の存在を見るような目で見送られた。僕にとって、王様こそ、人間じゃないように感じた。そもそも世間だとか社会だとか、王様こそ分かってるんだろうか。洗濯すらしたことないとか。それはまだ分かるけど、料理ぐらいやっといたほうがいいのに。
次は、殺しか。皆、ここには遊びにきている。殺すのが好きな大きなお友達なら、それはそれでいいだろう。いい趣味とは言えないけど。ここは全てが許されてるみたいだし。好きな事を、好きなだけ好き勝手にやれる。世界征服を目指したり、PKしたり、誰かを助けたり。まぁいいさ。どうせ遊びだ。救われない人間が救われるのだって、この世界独特のものだろう。癒されたり、殺されたり、この世界は何だってありだ。
あの王様。独特なオーラだったな。黄色だった。王様の親も爺ちゃんも王様なのか。なんか凄いな。
空を飛んでる時点で、僕もまた、人間を超越したところにいるんだろうけど。




