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第三十二話 欲望

この世の中の、あらゆる快楽。欲望。それらを楽しむには、時間というものは、余りにも短い。


例え、無限大の資産を所有していたとしても。願いを成就させることはできない。単純に、余りにも時間が足りないからだ。

読書家なら一度は考えるであろう、図書室であまりにも満載に並べられた本それら全てを読むことは叶わないということ想い。


例えば、性交。いろんなものと交わりたいという欲望。例えば、知識欲。いろんなものを知りたいと思う衝動。例えば、食欲。いろんなものを食べたいという願望。


一切が、満足のいくところまで届くはずがない。その王子は、あまりにも欲が強すぎた。あまりにも願いが強すぎた。その中でも、特別強いもの。それは、支配欲。


第三十二話 欲望


「一切が朕に下り、一切が帰依する。朕の願いは人類のためであり、また人類の願いでもある」


マジかと。思う。本気だ。喋ってる最中ますます、増えている。王の流動する魔力が、濃く、輝きを増している。


「いろいろ考えたりもするだろう。朕は思うのだ。人の願いを。無意識下、人は誰かに従いたがる、隷属欲が本能として備わっている。これは案外に強いものだ。朕に下れば、その他一切が満たされる。朕の願いは、そち次第になるが」


これが、王族か。規格が庶民と違う過ぎる。教育が、資産が、環境が、資質が、王を王足らしめるのか。


「庶民感覚じゃないですね」


「フン」


願いなんて、そんな大それたものではなくって。でも、本当はそれがやりたい、やってみたいと思う自分もいるんだろう。でも。普通の僕たちは、資金、時間、環境、いろんな言い訳をして結局願いを叶えない。


「遺伝子工学についての興味はあるか?ところで」


「いえ、あんまり…」


「好奇心は良いぞ。人生を実り豊かなものにしてくれる。朕は好奇心こそが人生の要だと思っている。まぁいい。今はそちに興味がある。取引交渉の会話だけでは気も落ち着かんだろう。朕については大体のことは知っておろう。そちについて教えてくれ」


話のキャッチボールが変化球もやったり、いろんな球種で試されてる気がする。自己中心的な性格もここまでくると、もう突っ込みの気力すら起きない。僕のこと?僕のことだって?


「普通で」


「普通のなかろう。理由があるはずだ」


即レス。僕まだ何も言ってないんですけど。いや、それよりも理由って。


「ヴァミリヲンドラゴンを引いた理由」


それは。


「僕には分からないです」


それに、野暮ってもんだって思う。


「ふん。一応2ページ程度のそちのレポートを読ませてもらった。経歴書で目を引く点は特になかった。フィジカル面も同様に。逮捕歴も無いクリーンな市民だ」


「分かってるじゃないですか!」


「そちの口から喋る事で何かしらの発見を期待した」


「残念でしたね」


「しかし、そちを肉眼で見て少し理解したところがある」


「・・・なんですか?」


「そちの魔力はもはや魔力レベルではないほどに、厚く覆っておる。それはもう、カリスマと呼んでも差し支えない程に他者に影響を及ぼす。そちからは特にな。生まれもっての特別なものがいるのか?先祖に」


「いや、普通だと思いますけど。農家と漁業を田舎で営んでます。今も元気に」


「それは素晴らしい。長寿も良いが、農家と漁業か。良いお仕事をされている」


「あ。ありがとうございます」


「ところで、そちと連中との決裂は朕も聞き及んでいるところだが。実際はどうなのだ?連中のスーツを今でも着ているが」


連中って、そう、あの組織の事か。僕を裏切った。でもこのスーツはなかなか気に入ってる。米国の国務長官もメンバーだったし、実質僕は彼に会った。カーク将軍だったかカーク館長だったか。カーク野朗。今度見かけ次第PKしてやるつもりでいる。影の組織。


「どうこうもないですよ。見かけ次第殺してくつもりです。裏切ったんですからね。まぁ多少の話は聞きますけど。今思い出しただけでもむかっ腹が立ってきました。王様は連中の事を知ってるんですか?」


「もちろんだ。サイコ野朗共の集いだ。元々は大学サークルから派生したスカルボーンの過激派だ。そうか。友好関係を結んでないか。今度殺しに行こう。朕も連中からはほとほと困っている。朕は国民を雇用しReal攻略に利用している。もちろん雇用契約を結んでいる。社員扱いでな。しかし連中は、軍人、元軍人の再雇用で、破格のポテンシャルを持つ人材を起用しているのだ。今は小規模だが、やがてRealの重要性が世間に露呈した際には、国家予算からダンジョン攻略予算が下りるだろう。数億ドル単位でな。朕は既にもうやってるが、現時点でのReal支配体制を整えておかねば、連中のパワーゲームに連中でルールで戦わねばならぬことになる。それは望まない」


「はい」


「つぶすなら今だ。そう思わないか?」


ちょっとこの王様、そういうところは好きだ。


「そのとおりだと思います」


「良い答え。連中サイドについてた場合の想定をしてたが、なんだ。ふふん。グッド。素晴らしい。少し威圧が過ぎたな。良いぞ。近う寄れ。隣に座れ」


なんだ。厳しい顔から一変して太ってる人特有の朗らかな笑顔で言われた。近くに寄れって言われても、隣に座っていいんだろうか。って思ってると。


「いや、遺憾な。ここはあくまでも玉座の間。上へ登るとするか。見下ろす事は良い。それは推奨されるものだ。支配者階層にはな」


「別に支配するつもりはないんですけど」


そう言いながらでっぷりと太った小男はのっしのっしと階段を下りてくる。ほんとになんでそのアバターにしたんだろうか。


「導くだとか共に歩むだとか、そんな優しい言葉で取り繕ってなんになる?持てる者は、持たざる者への救済義務がある。王ならそれは、もはや、それ自体が生き様だ。他の生き方は許されない。もっとも、朕はこれに大いに満足しているがな」


のしのっしと僕の前に立つ。なんで子供みたいな低身長のアバターにしたんだ。自らハードモードを選んでるんじゃないのかと思う。


「ちゃんと庶民の事を考えてるんですね」


先ほどの印象とは大分違う発言が出てきた。


「王はそれだけでは王ではない。国がなければ王ではないのだ。民が支えねば成り立たぬ。民が良しとせねばな。朕の国の歴史は深い。そちの国ほどじゃないがな。油田と天然ガスで成立している国だけではない。成立させるために必要な事は、汗と血。なによりも継続した努力こそ王族足らしめるものよ。堕落は死に直結する。庶民も大変だと理解しているが、王族もまた、大変なのだ」


王様の案内で玉座の間から出ると、そのまま上へ上へと目指して歩いた。歩く速度がちょっと遅い。おそらく、歩きなれていないのか、そのフリか。それとももっと喋りたいためか。これもまた闘いなのか。


「そちは何故ヴァミリヲンドラゴンを得たのだと思う?」


そんな事を雑談のように言われた。


「わかんないですね。何か成すべき事があるのか。わかんない事はあんまり考えないようにしてますから。宇宙の果てとか自分が死んだらどうなるのかとか、そういうのって考えたらキリが無いじゃないですか」


「フン。なるほど。死ねば積み上げてきたもの全てが無くなる。鍛え上げた肉体も、積み上げた財産も、築き上げた家庭も、一切が無くなる。しかし、子は残る。大切なのは、国に、民に、どう寄与する生き方をするかだ。そして子もまた王になるわけだ。そういうものだろう。宇宙の果てなどない。幾重の宇宙が無数に重なり合っているだけだ。何か悩む事があるわけではない」


「へぇ。そういうことってちゃんと考えてるんですね」


「勘違いしているかもしれんからあえて発言するが。料理もトイレ掃除も洗濯も。やり方ぐらいは心得てつもりだ。一般教養はもちろん、庶民の生活もな。理解しているつもりなのだ。ただ実践したことが無いだけだ」


「トイレ掃除とか料理とか洗濯したことないんですか?」


「そうだ。進んでやりたがる民がいるのに、どうしてそれを妨げるんだ?」


何も言えない。言い返せない。やはり庶民と王族はレベルが違うようだ。


「ところで、そちは女も好きそうだな。一人だと足りぬだろう?」


ちょ、ちょっと。


「なんでですか。そりゃ女性は好きですよ。男ですし。でもなんで一人だと足りないんですか」


「朕へのレポートにそちの愛人の記載があったぞ。同棲している恋人が」


「ちょっと。違いますよ!!あれはクラスメイトで、たまたま大変な事があったから、とっても強い事情があったため、已む無く泊めてあげたんですよ!!」


「そうむきになるな。年頃だ。女への興味も尽きぬであろう。隠すな隠すな」


「違いますって!そもそも恋人ってか愛人とかじゃないですし!あの、ほんと、そういう風じゃないですから」


「なるほど。他にいると。フン。プレイボーイか」


「なんでそうなるんですか!違いますよ!僕に恋人はいませんし、今までも付き合った経験は無いですし、そもそも男だから興味があるからって、そんなに野獣みたいに誰彼かまわず無類の女好きみたいな言い方は止めてくださいよ!僕はそもそもそういう類の人間を軽蔑すらしてるんですから!」


「ほう。ひがんでるのか。大丈夫だ。安心しろ。その内そちもまた、立派な男に成るだろう」


「そういうのが立派な男じゃないですからね!?あーもー。これだから王様ってのは嫌なんですよ。ハーレムとかあるわけでしょう?」


「ま、まぁな」


「むしろそっちこそいっぱいあるわけじゃないですか。リアル大奥状態ですよ!」


そういや王様って基本やりたい放題だし、一夫多妻制度みたいなのを本気で起用してるわけだ。そんなのが採用されてる国なんてモラル崩壊もいいとこだよ。世界が破滅しちゃうよ。なんかそれが分かると途端に協力体制に疑問が生じてきた。気持ちの問題だ。


「朕の事はよい、あまり喋らん」


そう言って途端に口を閉ざした。そうなると、無言の間を開放したくなるのがヒトというもので、知りたくなるのもまたヒトというものだ。しかも王様が相手だ、こんな機会はもう無いだろう。ブッコムのもありだ。この大奥ハーレム野朗の鼻を明かしてやるってのも一つだ。


「いいですか。大体この世の中の人間っていうのはもうちょっと子供視点の生き方をすべきなんですよ。いっぱい女性に囲まれてて、それで子供は聞くわけですよ。パパはママが一番だよね?って。それでパパは皆の事が大好きだよだなんて答えるわけですよ。本当は子供は、ママが一番だって言ってほしいだけなのに。そういうところは一夫多妻制度を実施してる国の王様としてどうなんですか?」


「持てる者が持つのは当然だろう。そこに義務があるわけではない。生涯妻一人だけ。それもまた持てる者の権利だ。なにも子供を多く作るよう誘導してるわけではない。富める者がより幸福になれる機会が保障されているだけだ。正直、この法は元々国に組み込まれたものだ。公式見解ではもちろん擁護はするが、女性の活躍が目立つ昨今、改めて見直さなければならない課題でもあるな。朕から言えるのはこの事だけだ」


ふうん。まぁ僕としてとても満足のいく回答ではないけど、強い論調でマッチョ主義を語りださないだけマシなとこだろう。


「フン。納得してない顔をしてるな。まぁいい少し話してやろう。そちは宇宙の果てだとか死んだらどうなるだとかを悩んでは無意味だと言ったな。キリが無いと。朕もまたそういった事に対して思案を巡らせた事がある。朕の人生に対してだ」


「はい」


「言っておくが、朕はそちをヴァミリヲンドラゴンの所有者、宇宙最強の生物として話しておるのだからな。いいか。この事を他言したりしてみろ。石打の刑だからな。分かってるだろうな。高校生だから未成年だからとツイッターで朕の事を呟いてみろ。地獄を見ることになるからな」


「信用してください。僕、口は堅い方ですから」


「墓場まで持っていく自信は?」


「ありますよ」


このくだり、中学校の頃に友達とやった記憶がある。そいつは母親にマスターベーションを見られて三日自室に篭城した兵だった。


「朕はこの世に何故生まれたのか。天に問うたことがあるのだ。何故、朕なのか。この広い世界で。広すぎる世界で。どうしてこのような待遇なのかと。何故民を従えるのかと。そして朕は死後、何を残すのだろうと。12を過ぎた辺りで、朕の婚約者を教えられた。正直言って、悩んだ。どうしてこの人の子を残すのだろうと。痛く辛い思いをして、子供を作るのかとな」


そして、黙った。


「それで、どうなったんですか?」


「死んだよ。この話は、ここで終わりだ」


扉が開かれた。外は空。下は大地。この世界が、まるで一望できた。下界が下にあった。


「聞こうか。制限付きの契約だ。しかし、この契約には、そちのあらゆる努力がかかっておる。大切なもののため、犠牲になる覚悟は出来たか?」


ここに来たのは、この風景を見るためじゃない。


「出来てますよ。ただ、やりたくないことはやりません。説明も要求しますからね。行動理由も。兵士や奴隷になるんじゃない」


「それならいい。では、これより、そちは朕の仲間だ」


「はい」


「契約履行として、そちには王族の一人と婚姻関係を結んでもらう事になる。大々的に報道されるだろう。これでそちの安全の一切が保証される。保証する。顔も見ずに、会わず、そちが気にするなら履行次第、内々に破棄してもかまわぬ。これで形有る組織は手出しをせんだろう。書類上の手間だが良いな?記者会見の際は、日本語の他、五カ国語で喋ってもらうが」


「…かまいません。ただ。形式上、書類上の事だけですからね」



これはアウトに近いセーフだ。別に問題じゃない。今、最も重要な事は、最優先されるべきは、安全なのだ。

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