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第三十一話 支配

船とはいっても、まるで蛇の鱗のような生生しい爬虫類の皮膚を思わせるものものしさ。それで覆われている。そしてそれが生きているようにも見える。


「結構離れてるんだけどな」


視力の上昇。これもまたヴァミリヲンドラゴンの影響か。メガネ要らずなのは良い。


どれだけの人間が、いや、プレイヤーが僕を見下ろしているのだろうか。夥しい意識の流れを感じる。あそこにいる連中は、僕をとても強く意識している。それが理解できる。


天から降りてくる船は大きく、全長の長さが300mを超えてそうだ。どうやって浮いているのだろうか。例えば空を飛ぶモンスターをくくりつけるとかプロペラみたいなのを使って浮いてるんじゃない。ゆっくりと降りてくる船は、飛行というよりもむしろ浮遊に近い。完全に地面に降りた時ですら、大きな物音を立てず、静かに着陸した。船と地面に金属製の橋が架かる。


「・・・ゴク」


喉元が鳴る。橋から。赤。赤色を基調とした迷彩柄の軍服を着た女性が降りてきた。


「はるばるご足労、ありがとうございます!こちらグレルモア王直属護衛隊長、クレーモアであります!リヴァイアサン号乗船時には私が責任者になります!護衛軍以下でご不明な点ございましたらなんなりとお尋ねください!」


「あ、ありがとうございます」


偉そうな感じではなく、なんか、僕を、ちゃんとした人間として扱ってもらえてるようだ。とんでもなく悪い奴だったらどうしようなんて考えがあったけど、杞憂でほっとした。


「東雲末樹です。そう畏まらなくていいですよ。普通でいいです、普通で」


「マジっすかァ?ホントこんなんで給料貰っちゃっていいんスかァ?」


戻して。


「いや、あの。スタンダードな社会人な感じでお願いします」


ペース崩されると、僕は途端に弱くなる。どう対処していいか分からないのだ。問題点は、コミュニケーション不足なんて生易しいものじゃない。おそらくこいつらは、訓練されてるだろう。直属護衛軍とか、めっちゃ偉そうだし。うん。しかし。この変わり身の早さ。ヤバイ。早速ビビってきてる。こーゆーところなんだよな、僕。


「大変申し訳ございます!では国際的カジュアルビジネスライクで参ります!東雲末樹さんの命令は絶対と王から仰せ付けられておりますので!」


「そ、そうなんですか」


今の僕には、家族の安全。佐伯さんの安全。僕の命の保障。狙われてる僕は、絶対的な組織の傘下に入ることで保障される。そう聞いたし、実際そのようにも思える。


びびってなんかいられないんだな。もう。


「王、王様に会わせてください」


王?次期国王とかじゃなくって?もう王なのか。それともReal内部では王を名乗ってるのか。


「はい。そうですね。その前に我が国が誇るリヴァイアサン号についての簡単な説明をさせて頂きます。先に申しておきますのは、双方の安全のため。ですね!現在リヴァイアサン号に乗船しています乗組員は281名。全て我が国の軍人及び雇用契約書にサインをした人物になります。ゲストは東雲末樹さんだけ。全ての人物が東雲末樹さんに対して私と同様に奉仕させて頂きます。本来なら乗船するだけでも身元確認、身辺調査、身体調査、交友調査に加えてイデオロギーの有無等を二重に精査するのですが、今回はその手間を全て王ご自身不要と仰られた省かせていただきます。クルー全てがスター以上。及びクラフターないしギャザラーレベルも同等」


すんごい早口で説明されてる。まぁお偉いさんだからね。仕方ないね。次期国王で資産家とか金持ちとかいうレベルを超越してる人物だし。セキュリティは常に完璧か。むしろ羨ましくないけども、ちょっとした憧れを禁じえない。興味はある。


「乗組員の内八割を超える戦闘員はユーラシア大陸における最大規模の秘匿されたダンジョン踏破が義務付けられています。ですから、外からのあらゆる攻撃は無効。一切の関知は不可と思っていただいて結構です。また。船内における連絡、メッセージ機能、移動手段は不可となっておりますので、ご了承ください」


「はい」


特に気にすることじゃないかな。いや。待て。この人は戦闘能力を僕に教えた。つまり、ヘタなことはするなよということだろう。そして公正な交渉の場を前提にするため、僕にあえて手の内を晒してる。連絡、移動手段、メッセージ機能が全て不可能。アイテム。アイテムは使用できるのだろうか。例えば、万一の際には、ヴァミリヲンドラゴンを召還しなくちゃいけない。


だいじょうぶだいじょうぶ。あれぐらいならマッキーの体つかうから。


大丈夫そうな気がしてきたので、万が一にも大丈夫だろう。良し。良し。良しいくぞう。


橋を渡って船内に一歩入ると、なんだか妙な気配がしている、違和感アリアリの気分がしてくる。異空間に足を踏み入れたような。


一歩。


「東雲末樹さんもやはり気づきますか。魔術を齧ってる方やカリスマをお持ちの方、一定の濃度以上の魔力を纏っている方はこの船内に足を踏み入れると妙な感じに気づかれるんですよね」


「東雲末樹ってフルネームじゃなくっていいですよ。東雲でいいです」


「分かりました東雲」


さんを付けろよデコ助野朗。なんてお笑い芸人みたいなやり取りをしてしまった。もういいよ。東雲で。アレでしょ。絶対服従ならしょうがないよね。日本の文化もわかんないだろうし。


「魔力。か」


ちょっとだけ、意識してみる。僕の、魔力。ヴァミリヲンドラゴンと混ざった魔力。


「し、東雲、あの、すいません。そういうの止めてください」


「え。ああ」


一瞬魔力という言葉に意識しすぎた。だから自身の魔力を体の中で練っていた。


「凄まじいのは分かりましたから…」


周りを軍人で囲まれた。武器は突きつけられていない。が。明らかに攻撃する五秒前の段階だ。瞬時に。


「一瞬でリヴァイアサンのテールライトが真っ赤になるレベルの反応になります!皆さんも各自に持ち場へ。持ち場へ戻れッ!これは実戦ではないッ!!駆け足!…はい。それではこちらへどうぞ」


この人もガチな軍人っぽい。かなり大きな声。促されるまま進んでいく。意外にも船の中の内装は簡易的なものだった。木と金属。それで組まれた船。ホテルのような内装じゃない、機能を重視した実践的な内装。階段を降りて、降りて、ドアを開けられる。促されるまま、通路を泳ぐように、クレーモアと名乗った女性の後をただひたすらと。


「それでは、ご武運を」


玉座の間、だ。本当に階段があって、そこに椅子があって、そしてちょこんと座ってる。正直に言って、王様というぐらいだから、さぞや自分をカッコ良く飾ってるのだろうと思っていたけど。


「待っていたぞ。東雲末樹」


歩いて近づく。


「朕こそが、世界の支配者、王の中の王、ドドルク・アッザファー・マーナム・ザルファー。ふむ。ゲシュニンから連絡があった。なんでも朕に願いがあるようではないか。聞こうか」


イキナリ本件から入るのか。でっぷりと太った小男。いかにも王様。それも悪役の。といった感じのアバター。マジか、マジでどうしてそんな格好にしたのか。いや。それはいい。ゲシュニンは頭領の事だろう。早速お願いを聞いてもらおうと思う。思うけど、滅茶苦茶不安になってきた。話がややこしいところに進みそうな不安が見えてくるようだ。


「僕と家族と友人を守るために、大きく強大な組織に入りらなければいけないと考えました」


「つまるところ、絶対服従になるから朕に仕えたいと。申すか?」


う。そうきたか。


「いえ。出来ればギブアンドテイクの関係でいたいと思ってます。力はお貸しするだけです。ダンジョン攻略、或いはPK行為の手伝い。ですね。永続的に雇用契約を結びたいと考えているわけではありません」


「フン。妥当なとこよな。だがまぁ良い。朕の国は朕のもの。個が全故に朕の意思が国の意思。だからこそ、強く、早い、朕の場所に来たいのだろう。良い良い。朕のため、その力を存分に奮うのなら、お前の永遠の繁栄を約束しよう。代わりに朕の永遠の繁栄も約束しろ」


口が勝手に動く。考えるまでもない。


「その約束はできません。あくまでRealの中なら大抵のことはやりますけど、現実で善人を殺したり、軍隊を破滅させたり、国を潰したり。およそ可能と思える僕が貢献できるであろう事、そういうことの一切はやりません。はっきりとお伝えしておきます」


びびるなびびるな。もっと力強くいけ。


「では、何故、ヴァミリヲンドラゴンを持っている?自身の意思を現実に降臨させんがための力。究極の暴力を手に入れたではないか。その力で全てが可能だ。理すら捻じ曲げられる。朕がそちなら、世の人モノを全て壊してレベルを上げる。欲望こそ、力の源泉。欲こそ人間。ケモノの本性こそが世界の形。そちの平和主義、日和見主義を鑑みれば、そちが王を目指すのが至極妥当のように思えるが?」


「普通に生きてるだけで、満足してます」


「何もしない愚図か。お前は?力があるのに奮わぬと!?」


「もちろん使いますけど、その力はイデオロギーによって左右されないってことです。もっと簡単に言いますけど、利益で誰かの味方になったり、得だからって誰かを殺したりはしないってことです」


「屑も殺せんとは仕様がない奴よな」


「屑は喜んで殺しますよ。その人間の生きる行動性がその他大勢のマイナスになったり、どうしようもなかったら。殺しますよ。喜んで。でも。僕の価値観と王様の価値観は違う。僕がクズと判断しても、王様は普通に考えてるかもしれない。バカみたいに僕は王様の考えに従わない」


「反骨精神はあるようだな。朕の意見が気に食わんか。なぁ。オイごちゃごちゃ言うのは止めにしろ。朕を王に押し上げろ。この地球上で初めて成し遂げてみたいのだ。天下統一、世界征服を。朕の世代ではまず無理だろう。しかしお前が朕に下ればワンチャンもニチャンもある。朕が世界を統べた暁には、この世の人間を一段階推し進める事を約束しよう。朕とそちにより、成し遂げるのだ」


淡々と。言ってる。なんで僕は、この人とこんな事を喋ってるんだろうか。


「朕なら出来る。朕なら救える。現実世界を。人間を。寿命から。価値観から。言葉から。肉体から。そして性別から。計画はある。あとは暴力だけ。核は駄目だ。使い物にならない旧世代の代物だ。そしてそちこそが、新しい。最高の。最強の。兵器。そちが一年朕の元で働けば、それだけで地球という星は未来永劫繁栄の一途を辿る。約束しよう」


もし。僕がここで頷けば。それだけで、世界が終わる。或いは。

世界征服か。悪くない響きだけど、コンビニでハーゲンダッツ買うだけでこの世の中の幸せ全部丸齧りしてるような奴にはあまりにも大きすぎる話だ。


でも。とても魅力的に映る。僕が頷くだけで、信長も秀吉も家康ですら、僕の後。世界を根こそぎ。

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