第三十話 対峙
ごつごつとした洞窟。手彫りのように感じ取れる粗削りな内壁とは裏腹に照明は明るく輝いている。明かりにもいろんな明度がある。暖かさを感じたり温もりを感じたり機械的だったり。学校の照明と家のオレンジがかった明かりとはやっぱり違うものがある。
このギルド、エクスターミネーションのアジトでは、不思議と落ち着く照明に照らされていた。
こつこつ。
足音が聞こえてきた。入り口から向かってきている。通学でよく聞く。女性のヒールの音。
「よぉファッカー」
血まみれの牛さんマスクを被った、肩から今にも死にそうな怯えた顔の頭が二つ肩から出ているギルドメンバーに出会った。正直に言って。これはヤバイと思う。フツーや一般という言葉が通用しない、そもそもこの人から垂れ出てる魔力が目に見えて黒くてどろどろしてる。思わず凝視して、反応できなかった。なんというか。これは。これはそう。マトモじゃない類の。
「出会ったら挨拶が基本だ。社会でやってけねーぞ。ビビらなくていい。これは蝋人形だ。うちのメンバーに人形師がいてな。そいつにつくってもらったんだ。右がロザリア。左がマリル。どっちも強くてカワイイギルドマスターさ。私の一番と二番の戦利品だ。精巧なんだ。あぁ。連絡が来てたな。シノノメ、マツキ。だったな。ようこそ家族へ」
「あ。えと。はい。よろしくお願いします。東雲末樹です」
「家族になったんだ。畏まらなくったっていい。うん。しかし臭いがするぞ。これはそう。そうだ。裏切りの臭いだ。すんすん。ホラ」
僕の目の前に、突然本のバインダーが出てきた。鞄を開けてないのに。このバインダーの中には、ヴァミリヲンドラゴンのカードがもちろん入っている。
「おいおい。ルーキーかよ。バインダーはデフォルトだぜ。一番セキュリティーゆるゆるじゃねーかよ。んー。よっと」
三つ頭のギルメンの前にドワーフが立った。
「クエストなんて言葉を言わなくても、好きなように変えられるし私はケルベロスだ。二つまで殺したアバターを操作できる。こいつが使用してくれるんだよ。任意でも自動でも。んで。スキルを発動させるとこうなるわけだ」
僕のバインダーがケルベロスと名乗ったギルメンの手に持たれてる。瞬時に移動した。これは、奪われた。のか。
「ちょっ」
「いいだろ。一目見るぐらい。シークレットレアってのがどんなのか見てみたいのさ。ぉっと。なるほど。これは。ヤバイな。あんまり見ると裸眼潰れるわ。返すよ」
僕のバインダーが消えてった。
「一瞬の油断が死ぬ。家族だからって、なんでもかんでも共有してるわけじゃねぇ。裏で何考えてるか。人なんてわかったもんじゃねー。一番動ける奴が一番怪しいって言うしな。腹ん中は誰にもわからねぇ。なぁ。お前にとって何か一つ。価値の有るものを教えてくれよ」
出鱈目だ。社会人どうこういう前に自分がどうなんだ。これは。うざい先輩ってレベルじゃないぞ。びびるな。びびるな。今後こういうヤツだって多い。そんな連中と渡り合っていかなきゃいけないんだ。
そして僕自身、フツーやマトモを超越したところにいるんだ。
「そうだね」
質問を考えよう。自分の命。価値の有るもの。佐伯さん。ヴァミリヲンドラゴン。両親。嫌ってるけど。僕の年の離れた友人。
「本当は価値なんて、あるか?」
「え?」
考えてる最中、突如としてそんな事を言われた。必死になって頭を巡らせてるのに、そんな事を言われた。思わず対応できなかった。
「価値のあると思ってるものを無価値だと知らしめるのが、私がここでプレーしてる一番の理由だ。ここじゃあ、反吐の出るクズばかりだ。私からのアドバイスだ。クズは。すぐ殺せ。そうじゃないヤツって分かるなら、分からせるまで殴り続けろ。薄気味悪い偽物共に、真実を教えてやれ。殺すだけではまだ不十分にも程がある。社会に入りたての少女ぶったビッチの顔を足でパンパンに腫れ上がるまで踏み鳴らせ。そうしたら。そう。真理が見えてくる。双方にな。良い取引だよ。だからオススメだ」
オネーチャンオネーチャン。機械的な声が、背負っている蝋人形から聞こえてきた。
「絶望は良い。殺すのも良い。いずれ私の番も回ってくる。死んだら全部終わりだ。そう。全部終わりなんだ」
そしてドアーズのジエンドを口ずさみながら僕の横を通っていった。きっとそれは。哲学的な事なのだろう。でも。
「僕には無用の長物だよ」
分かるつもりなんて。絶対にしないからな。
僕は進んでゆくだけだ。通路を。人生を。それとは絶対に交わらない。
「タイミング最悪だったな。マツキ」
アジト入り口の門番であるたしか、マーボイルさんとマイルさん。だっけかな。
「えっと・・・」
どういう意味だろうか。
「スリー。会ったろ?なんか言われたろ?」
「えっと。そうですね。んっと、哲学的な話題をしました」
「まぁすげぇ強いからいいんだけどな。うちらは癖が強いのが多いんだよ。そのうち慣れるよ」
「うちのメンバーはビジネスタイプとロープレタイプにはっきり分かれるんだ。金稼ぎたいからPKやってるのと、マジで人を殺したくてたまらねーからPKやってんのとな。まぁでも、ヤツは仲間意識は強いほうだから、実は結構面倒見も良いんだよ。フォローに回ってくれるし」
「基本的に危険視されるやつはこのギルドには入らない。他のPKギルドとは結構違う。七つ子ジョーカーとか本気で狂ってるヤツはやばかったもんだよ。まぁいろいろ言われたとは思うが、元気出せ!」
「若いんだから元気だせ!!」
めっちゃ言われてる。えっと。もしかして。
「僕そんなに元気出てないように見えました?」
「ほんとだよ。下見てたし。そういうのダメダメ。俺は今年79だけど、絶対に下なんか見ないもん」
「ほんとですか!?」
「スゴいんだよ、マイルは。死にそうじゃないところがスゴい」
「戦争大好き!アイラッブイト!ドンパチ最高!やっぱ男は殺してなきゃダメっしょ!!」
アハハハ。二人はひとしきり笑った後。
「でもマイルみたいになっちゃダメだ。趣味に人生食われちまうからな」
マーボイルさんは言った。それから下品なジョークを聞いて、アジトから脱した。
「アジトから出る際は、行き先を告げてくれ。馬鹿正直にここから出すのが俺らの役割じゃないから」
メッセージに書いてあった待ち合わせ場所。そこまで飛ばしてもらった。というかテレポートだろうか。メッセージには親切にイースターヴェルからポータル移動が可能な場所だと明記されていたけど。
鉄が降る火口。視界ゼロのエクスターミネーションのテリトリーから第二ドゥルーガへの転送ポータルに移動。ところどころに、ジャンプできるゲートを設置し、フットワークを軽くしているのが、名うてのPKギルドらしい。
ハイレベルフィールド。60。ぴんとこない。嵐が丘と呼ばれる、天候不明瞭の巨大なフィールド。
移動した先は、快晴、どこまでも広がる平原地帯だった。どこまでも広がってる、平穏。人も。モンスターも。いる気配すらない。そして目線をあげると、巨大な船が、浮いていた。幾つもの気配を感じる。これから僕が対峙するのは、国家そのもの。ニュースで見たことがある中東一の経済特区の支配者。人民を束ねる王族。
少しだけ、震える。
「ちゃんとやれ」
「はい」




