第二十八話 駄弁
命を懸けた戦闘が終わった。全てが変わってしまったのだと今なら強く実感できる。もう二度と元に戻る事は無い。決して。それは僕のみならず、全ての状況を変えてしまった。僕がどう思おうとも、世界それ自体が変わってしまったのだ。これはもはや戦争だ。命がけの戦いだ。
でも、だ。全てが変わってしまったのだとしても、僕達人間は常に戦ってる。家事も仕事も、最善を尽くされた行動の渦中に人はただそこにいるだけだ。慌ただしく、平穏なんてまるで感じない、忙殺された人生をこなしてる。
僕が我慢ならないのは、そんな市民が突然死ぬようなメに遭うことだ。車が車道を無視し、デタラメの列を成して粉塵をあげて壊れている。元凶はそもそも僕なのだ。こんな事はもう終わりだ。
一つの強大な組織に入れば。僕を、周りの人々を、守ってくれる。車は目立たない大型車に乗り換えて進んでいく。
「小腹がすいたな」
そんな事を言われた。後部座席の真ん中、僕を襲ったヒト。チラリと見ると、かけられていた手錠が勝手に外れてポケットからケータイを取り出してる。
「捕虜にも要求できる権利がある。今がそれだ。ジロウがいいな。私をジロウへ連れてって」
「ねーちゃんよぉ。悪いがそれはできない。我慢しろ。山ほどの書類にサインをしたら大抵のものは食わせてやる。中継基地にはなんでも揃ってる。オメーは黙ってケータイゲームに集中してろ!」
襲撃犯を逮捕した末道さんが大きな声で言った。そもそも現行犯逮捕されたやつがケータイゲームできてるところで問題なんだけど。っていうか手錠外してること自体皆スルーしてるし!
「食えないかもしれないだろう?二度と」
そしてニヤリと意味ありげに笑った。
「それからお前じゃない。名前はいくつかあるが、そうだな。今回は清水と呼べ。長ったらしい名前だと書類にサインする際面倒そうだ」
悪びれずそう言う彼女は、どう見ても清水という日本名には似つかわしくなく、肌が病的に白く、日本人離れした掘りの深い黄色い目をしていた。
「清水さんよぉ」
「いや、いい。末道。分かった。連れて参りましょう」
頭領が言った。
「なんでわざわざこいつにジロウ食わせなきゃなんないすか!?重犯ですよ!?」
「末道君の意見ももっともだが、現在、最大限に協力してもらってるのは清水さんだ。こちらもできる限り最大限の譲歩をしよう」
そして清水が笑った。こいつ。この野郎は。頭領が小さい声で電話して、ドライバーにジロウに行くように指示をした。
「あっ」
短い声で清水は驚きの声をあげた。
「今度は何だ?」
末道さんが言うと。
「待望のアプリゲームがリリースされたんだ」
そしてケータイをポチポチ。僕はというと、奇妙な車内の空気の中、流れてゆく外の景色を見ていた。真夏の、遊歩道を楽しそうにはしゃいでるリア充。きっと人生はそうあるべきなんだろう。僕とは違う人生。
「なぁ。頼まれてくれないか?」
清水があろうことか、佐伯さんに話しかけていた。
「おい、彼女は一般市民だぞ」
「簡単な事だ。このゲームをインストールしてほしいんだ。招待メール送るから」
これまたクラシックな招待厨だなこの人は!!なにやってんだッ!?
「ダメだ、ダメだ、お前は拘束されてんだぞ!?わかってんのか?現状をっ?」
「減るものじゃない。今ヒマだろ。お前にも送るからちゃんとレベル15を越えろよ」
チュートリアルクリアさせるまでじゃないんだ!?
「あのなぁ。わーってんのか?」
「よしよし。拙者も協力してやろう」
「師匠まで何やってんすか!?」
「これもまたこちらの譲歩。最大限に勤めるべきだ。末道君も協力しなさい」
「それは命令っすか?」
「もちろん」
そして流れで何故か僕もやることになった。車内の空気は落ち着いている。というか奇妙な空気だ。さっきまで命をかけた戦いをやってたとは思えないくらいだ。そしてメールが送られてきた。イラつくぐらい可愛らしいメールアドレスが僕のしゃくに触った。そしてアプリを開始する。っていうかどっかで見たような奴だぞ。
あ。
「これ18禁のやつじゃないですかァ!?」
「全年齢版もあるぞ。そっちでもいい」
「・・・」
念のために18禁バージョンにしておこう。うわ。思い出した。これ結構どぎついエロゲのやつだ。
「結構おもしろいんだよ」
清水が言った。
「イグゥウウウウウ~ッッ!!アッアア、アッ、アヘぇ~~~!!」
「ちょっとおおおおおおおおおおおおおおお!!!ミュートにしてよミュートにィ!!」
「笑えるよな。この世界の交尾って楽しそうでいいな」
「そっちの世界はどんな風なんですか?」
佐伯さんがフツーに返した。フツーに返せるもんなのか。ツッコミどころ満載だぞ!
「こっちは交尾なんてしないさ。数を増やす必要性もないからな。完全に独立し自由なんだ。そもそも殺される危険性もあるしな。極稀にあるぐらいで、二つの個体が完全に一つになったり、有り様がまるで違うんだ」
「じゃあなんでオメーはここにいるんだよ」
「楽しそうだからな。漫画本とか収集してる」
「いい趣味だな!仕事はどーしてんだ!?」
「その必要はない」
そう言うと、むかつくぐらいキャピキャピした財布を取り出すと中から一万円札を取り出し、二つに複製させた。
「だめだ、アウトな奴だ。また手間がかかる」
「拙者は夢中で何も見とらんよ。ところでこの感度二千倍ってやばくね?」
「ヤバイよ。だがそれがいい」
なんとかチュートリアルをクリアした僕達は新宿の歌舞伎町にあるジロウまでやってきた。ラッキーなことに空いてる時間帯らしく、スムーズに食べれそうだ。黄色い看板が見えてきた。
「拙者は店前で待っておるから・・・頼むぞ末道」
末道さんは舌打ちしてレンジャーと言った。なにかの暗号だろうか。末道さんが奢ってくれるらしく、のれんをくぐって、席についた。
「普通、野菜多目、ニンニクマシマシ。あと普通で、普通でいいよな?」
「うん」
「ジロウかぁ。私前々から興味はあったけど行けなかったんだよねぇ。結構わくわくかも。東雲君は?」
「僕は何回か。秋葉原のお店だけど。めっちゃ美味しいけど、味がすんごい濃厚だから無理そうならストップしたほうがいいよ」
「ありがと」
僕らは席についた。
「っていうか、お前達の関係はなんなんだ?どこからどうみても佐伯には普通の人間にしか見えないが」
清水が言った。
「恋人だろ?特別保護令で連れてってる」
違う。それは違う。が、それを言ってしまうと、佐伯さんを守れなくなってしまう。そういうことにしておいたほうがいいだろう。とっても遺憾だけど。
「違いますよ。ただの友達です」
佐伯さんが言った。
「そうだろ?人間ってのは臭いがつくんだ。二人ともそういうのが無いから兄妹だと思ってたよ」
「ただの友達がどうして独り暮らしの家に女友達連れ込んでるんだ?不純異性交遊じゃねーか」
「いやいや、そんなの。少し悩みがあって。今のところは恋人未満。だよね?東雲君」
キラリと佐伯さんの目が光った。とりあえず話を合わせておこう。
「そ、そうだね。ちょっとばかし複雑なんだ」
ホントはちょっとどころじゃないんだけどね。
「ふーん。今風の学生は大変なんだな。おっ。きたきた」
うわ。ヤバイ。びっくりするほど量ありそうだよ。
「やばそうなら、ちょっと控えるのもアリだ。スゴいからな。・・・おめーは残すなよ。血税使ってんだから」
「清水な。おめーじゃなくて」
「うわ。すごい。でもあそこの女の人も一人で大盛り食べてるし。私も頑張って完食目指そう」
「だね」
奥のカウンターにはティーシャツとジーパン姿の女性客が一人座ってた。大盛りを注文してるようで、すんごい量が運ばれてるのを見た。超絶濃厚のスープに肉厚の太麺、チャーシューというにはあまりにも主張してるゴロゴロした肉塊、そして山盛りのもやし。
「よし」
なんとか平らげた。食べきった。かなりの満足感とやってやったという謎の征服感で溢れた。一瞬妙な感じ、食べる事への躊躇、食べる必要性を感じたが、それでもやってのけた。
「・・・」
チラリと清水へ視線を向けると、どうやら食べきれないらしく、短く言葉を唱えてラーメンそのものの量を小指サイズに縮小させてから飲み込んだ。魔法なんでもアリだなホント。佐伯さんも何気に完食してる。
「ふひぃー」
かなり頑張ったのだろう、いっぱいいっぱい感が伝わってくる。
「お。完食してんな。よし、それじゃいくぞ」
店から出ると、頭領と先程店にいた女性客がなにやら話をしている。
「警護の増員故」
新しい乗員を乗せて再び走りだした。
「凄いな。ここはおもしろい」
「どこへ向かってるんですか?」
僕が訪ねると。
「最も堅牢な場所でござる」
「外からでも。そこじゃ先ず安全。必ずな。最重要要人も好んで視察したがるぐらい。おい。終わったぞ。レベル15だ」
「やったぜ。サービス開始直後の無双は最高だな」
「ゲームとかじゃないのかよ。仮想空間とか」
「現実で最強なのに現実に準じて無双なんてどこがおもしろいんだ?お前はアリ相手に痛め付けて満足できるタイプの人間なのか?」
「そのアリ相手に負けただろーが!」
「だから私はお前の言う、技術に興味がある。奇跡だと思う。しかし、負けは敗けだ」
「一つ言っておくが東雲君。王子はある種の呪いを受けている。強大な力でござる。その事を胸に刻んでおいて欲しいのですよ」
頭領が言った。清水と末道さんの口論を聞きながら、車はトンネルから地下へと下っていった。
頭領のケータイの音が鳴った。ぱみゅぱみゅ。そして短く返答すると。
「東雲君。先ずは向こうで対面してくれ。直接の面会は警護上の事もあり危険とのことだ。その後、書面等が送られ、直接面会するという形式でござる」
「わかりました」
次は皆殺しにするようなメにならなきゃいいんだけど。




