第二十七話 し合
筋弛緩剤、電気拘束、視覚遮断、聴覚遮断、身動き一つ出来ないよう気を付けろ。いや違う。殺した場合の報復攻撃が怖いだけに過ぎん。次元侵犯の口実一つでも仕立てあげられでも出来んよう、徹底する。生憎だが警護上、緊急拘束車両が到着するまでしばしここらで待機して頂け。第二、第三の連戦はかなわんな。緊急事態におけるCの202の発動させろ。結界と万一の汚染浄化、更に記憶処理班も必要だ。睡眠を誘う魔法か科学による力かウイルス攻撃かの判断すらまだ出来ん。見立てでは一等級いや特急のウィザードにおける催眠導入だろうがな。幸いにも死者はでていない。睡眠導入作用が作用した時間が即時発動ではなかったからな。攻撃用じゃない。ブレーキの跡が橋いっぱいにある。攻撃指向の魔法使い。先制攻撃による奇襲が成功したからまだ良かった。敵は未曾有の魔法使い。引き続き警護を継続させる。命を懸けろ。
羽交い締めにされ気を失った女性が担架に運ばれていった。未知の。正体不明の襲撃者、敵。市川大橋には昼過ぎでも車はびゅんびゅん通って行く。絶え間なく。今この場で停車している車だけでも50台近い。僕のせいで。僕のために。幸いにも死者はでていなかったことが救いだ。これが二度三度もあってたまるか。僕の近くではこういった事が発生している。僕の引き起こした台風は周囲を巻き込む。渦の目の僕が攻撃されずとも、痛みは周囲を巻き込み、僕に苦しみを与えている。
一刻も早く、この現状から脱出しなければ。
「どうして僕の居場所をあの人は分かったんでしょうか?」
僕がヴァミリヲンドラゴンを持ってるなんて普通の人間じゃわかるはずがない。
いや、普通じゃないのか。
「おそらく、それが分かるレベルの魔法使いだったのでしょうな。ヘリコプターによる移動は地の利を喪うので先に危険か。・・・護衛班は拙者が稽古をつけたすぐれものばかり。しかし胆が冷える。目で見て見れるものならまだ良いが、よもや待ち伏せ、市街地での戦闘すらも辞さないとは。拙者の想定を遥かに上回っておった。あの者を拘束させるための車が来るまで拙者らは待機ですな。どれ。労いの言葉」
そんな時間。
確かに僕は守られた。守護られた感覚はあったし、実際守ってくれた。敵の魔法使いを倒したSPの方々は血だらけになりながらも勝ち誇っていた。戦勝の雰囲気があった。厳重な警護の中、それは現れた。
ドア。
ドアと言っても、一くくりにできずいろんなドアがある。でもそのドアは僕の既知のドアのどれよりも一線を画していた。なにより急にでてきたし、あまりにも大きすぎた。ドアと呼ぶにはあまりにも馬鹿げていた。でも。そのドアのデザインは、一般的なものだった。それが不気味だった。
3メートルは越えるドアが突如現れ、そして開かれる。中からは妙な出で立ちをした男。その男が一歩。僕たちの世界に足を踏み入れた時。確かに夏はもう終わっていて、真冬のような体感温度になっていた。
格が違うのだと、一瞬で判断できた。僕たちの生きたたかだか60何億年そこらの叡知では、到底及ばない力を携えた存在が、ひょっこりと現れた。そして。赤い涙がつつーっと下りて泣き始めて、それがさも嬉しいような涙だったのが妙だった。それで運ばれている女性が乗った担架の前まで歩み始め、それを踏み降ろした。何度も何度も。繰り返し。既に頭から脳漿は飛び散ってるのが遠くから僕でも分かったし、飛び散った赤い返り血は真っ白な妙なデザインの服を赤く染めていた。
僕を含むこの場の全員が、それが出てから言葉を発するまで、まるで動けなかった。喋れなかった。まるで行動の一つ一つに許可が必要になるぐらい、この男の存在の巨大さが身に染みていた。
「ぁ、あ、オーケー。インストール完了。はじめまして」
そしてペコリと頭を下げた。
「先ずは身内の不祥事をお詫びします。これは私の妹なのですがね。これ」
そしてぼろ雑巾のようになった遺体を更に踏み下ろす。
「殺傷は止めろって取り決めだっただろうがぁああああ!!この腐れ脳みそがァァァ!!!」
もう、死んでるのに。
「すいません。取り乱してしまいました。こう見えて私は身内には甘いもので。緊急の際にはいつも私が役目を負うのですよ。さて。皆様。この度はこんな場面ですら発言を許していただける皆様に感謝をしつつ礼を述べたい。妹は物珍しいものが昔から好きでして。さて。何かお詫びをしなければなりませんね」
そして僕に向かって何かを投げた。ナイフのようにも見えたし、大斧のようにも見えたし、ハサミのようにも見えた。それが心臓に突き刺さった。不思議と痛くない。が。動けない。
魔法使いを羽交い締めにしたSPの人が、震える裏返った声で叫ぶように言った。
「ぅぅうう動くなァァァア!!!」
「貴方達は素晴らしい。美しい存在だ。これは素直な私の感想です。貴方がたは私の妹を倒した。これは実にセンセーショナルな事なのですよ。よく観察すれば、それも解る。貴方のそのなり形。生き方。人生。素晴らしい。迷いの無い生き方だ。この場所では、それこそ欲望なんて数あまた在ることでしょうに。それらを一切排した生き方。徹頭徹尾、それはこれに、この結果に。今日というこの瞬間に結び付いている。貴方がたが犠牲にした人生の日々。あり得た幸福の数々は、今、間違いなく報われていることでしょう」
「そいつぁ・・・どうも」
裏返った声が直ったように、SPの人たちは無線で交信を始めた。彼らは動けてる。僕は、正直。この、ヒトから目を離すことすらできもしない。
「窮屈でしょう。肉体は。錆びるし。その魂はもっと上り詰めることが出来るはずですよ。この場所・・・」
「ラァァァァッッッ!!!」
殴。
飛び掛かって、蹴り。そして殴、殴る。本気で。ラッシュで。ボクシングのラッシュなんか比じゃない。目突き、鼻折り、金的潰し、喉骨砕き。
蹴って、殴って、そして突いて。殺そうとか、倒そうとかじゃない。どっちかという壊そうとしているような感覚に見舞われた。そんな奇妙な光景を見て。まるで。窮鼠猫を噛む。いや、違う。もっと言える。超高層ビルの六本木タワーに、シャベル一本で壊そうとするかのような、もの悲しさ。心もとなさ。
肉塊。もう、それは顔の形状をしておらず、それはもう四肢ですら正常な間接を越え、もうただのグロテスクな肉の塊という他ないかのような、そんなモノ。そんな物。そんな奴は、今もなお、ただひたすらに立っていた。脚がぐにゃりと歪んでいても、それがどんなに損傷を与えられても。立っている。立ってるんだ。
なんだ、これは。なんなんだ?そんな猛攻を見ての印象。ラッシュが終わって、現状を再確認しているSPの人の、鬼のような形相。
「美しさは、惹かれるものがある。それは楽しいことだし、おもしろいことだ」
多分、ラッシュは十分じゃ終わらなかった。殺すという肉体の損傷を遥かに越えるダメージを与えて尚も、それは喋った。
「思えば、私たちは知性を獲得し永遠を見つけ、自由になった。しかし。正直に言うよ。世界は余りにも広大で、私の可視領域はあまりに狭かった。自由は不自由の中にあるのか。自分という存在の時間感覚の永劫さは、私という自己という存在を決定付けるものになるはずだった。でもだ。私には、これまでの人生という永い永い時間、振り替えってみると。これといって何もない、空虚なものに過ぎなかったよ」
それは、口じゃない。音じゃない。テレパシーのような感覚が、僕の頭、心、心臓、それらに響き渡る。
「自己保存が最大の目的になった高い知性は、危険を何より遠ざける。このような距離。鼻先数センチの距離、ヒトがヒトを壊せる距離になんか、本来許せるものではない。私達の世界では、あまりにも他人との距離が離れすぎてしまっている。貴方がたから見れば、これは病的なほど。といっても過言じゃない。肉と、肉の、ぶつかり合い。そうか。こういうものなのか」
それは、続ける。
「ォォオオオオオォオオオオォッッッ!!!!!!!」
ただひたすらに壊され続けても。止めない。
「肉と肉の響き。骨の音、流れ出る体内を巡る血液、壊れて異常が発生する思考、傷つけられた心の痛み、そう、痛み、痛み、痛みだ。私たちは痛みを越えた。肉体を超越した世界では、存在しない概念、忘れ去れてしまった叡知。意思を受け止める肉体の損傷はあまりにも不格好過ぎて不適切な出で立ち。肉と肉。体と体。心と心。闘争の真髄。攻撃されているのだと忘れてしまうほどの、めいっぱいの優しさ。死を覚悟した攻撃のなんという輝き。命の輝き。これが、貴方がたの、生きるということか。この世界に、この世界だからこそ、生まれた」
そして、突如として、肉塊だったものは、先ほどの人物にまですり変わったように治っていた。
「もう十分でしょう」
「ハァハァハァハァハァ・・・」
殴った方が、崩れ落ちた。体力の極限まで、ひたすらに殴り続けた結果なのに。
「少し休んでから続けますか?」
「く・・・か・・・ぁ・・・・ああ!!!」
「そうですよね。それが貴方がたの人生だ。それが貴方がたの価値だ。羨ましい」
「羨ましがるのかよ・・・!」
「昨日よりも今日、今日より明日。出来なかった回数が増える。確かな成長。輝きに満ちた人生だ。もうこれしかない、これでいいと誇っている人生。私には無い。妹が負けたのも頷ける。指から骨が見えても、足の間接が外れても、尚も攻撃するという矜持。羨ましいものなのですよ」
そして、咳を一つ。ゴホっと。手で口を覆ったそれには血がついていた。
「魂震盪か。なるほど。少し受けすぎたか」
「効いてるかッッ?」
「正直言って、気分が最悪ですが。詫びはこの辺りで宜しいでしょうか」
そして、杖がいつのまにか横に立っていた。2メートルは越えるであろう、その男の背丈よりも少し上の長さの、古木で出来た杖。
「治しましょう」
杖から光が、衝撃波を伴って放たれると、全てが、治っていた。傷ついた大橋も、車の綺麗に並んでいる。人々の笑顔すらも。
「私は不器用でして。使える魔法もこれぐらいなもの。なにかを壊す。とても苦手なことです。心苦しいことです」
「兄さん、ごめん」
「もういいことです。出頭なさい。現地の規則に従って裁かれなさい」
そしてドアに手をかけて。
「そうそう」
僕に突き刺さったなにかが抜けた気配がした。
「お初でした。マッキーさん。私は白。究極に近づく最強に最高の魔法士、白魔術士。結界とマーキングを外しておきました。ここで召喚するかドラゴン憑依をするかしない限り、マッキーさんはもうスタンダードな見かけです。もう妹みたいなクズに煩わせることにも、他人に迷惑がかかることもないでしょう。マスターに宜しくお伝えください」
そして、ぐるりと周囲を見渡して言った。
「これは試合です。研鑽を続けてください」




