第二十六話 舌戦
個人のもつべき力を凌駕する実力を持つ一個人の末は三つ。消すか従わせるか、それができない状態か。通例通りって言えるほど、人は欲望に忠実だ。大原則を無視して生きようとする。自分の望みを叶えるためには、自身すらも省みない。当然よね。これは私達、執行者側も言えるコト。メリットデメリット両面から貴方に判断してもらいたい。引き込めるなら引き込めたいけど、うちのリソースを削るような人材ならとの判断もね。頭領なら適任でしょう。もっと嬉しい顔をしたら?一番重要で大きな決断を下せるのは現場の特権ですよ?
第二十六話
「時は文禄二年、剣の道極めんとする小僧が一人の話です」
「ぇ」
いきなり。話が始まった。
「彼の者、幼少にして剣を学び、術おおよそ大人に勝ち、早さすら大きく勝ちおりました。天賦の才と歌われた彼の者は、元服後、剣の道を求めて道を歩み始めた。剣の旅へ。道無き道を。ある晩赤い月が照る夜。夏の夜というよりは、鈴虫の鳴く稲穂の秋だった。その日は珍しく物思いに耽り、未来を想像しておったそうな。そんな時、幼子の叫び声を聞いた気がした。いや、確かに聞いた。聞いたのですぞ。声の主を探して駆けた。もちろん山賊も多く、伊勢参りのための女子供が襲われる事も多々あった。そんな時代で時も夜、牛の刻。気がつけば、物の怪多い摩訶不思議な世界だった。勿論。人ならざる者が跋扈する魑魅魍魎の世界。かと思えば町も有り、天狗の宿なんかもござった。人情もあった。月日が巡っても剣の修行と心得、そう大して心は焦ってもおらんかった」
こ、これは・・・。いや、これは。
「宿場町で風変わりな城が二つ。並んでおった。中の一つ、その小さな窓で若い同い年程度の女の顔が見えた。その顔。町を見下ろすその顔が、彼の者にとってなんとも気にかかるものであった。そして目が合うと、にっこりと。まるで・・・。・・・・・・。まるで、童が遊ぶ人形のような、どこか壊れた・・・」
そして、僕の顔を、じっと見た。凝視した。そんな感じに見えたけど、見開いた目はまるで僕なんか見ているわけでもなく、視線の先は僕を通り抜け、まるで時空すらも飛んだ回想に想いにふけっているような。僕なんかここにいないような。きっとこの人は、一人きりの時間、こうやって時間を過ごしているのだと思う。この人のストーリー。この人間の歩んだ道。人の生きた人生。
早足で綴られる人の生きた軌跡だった。
「彼の者はその笑顔に、多分、これは惚れたというよりも、どうにかして、拙者は・・・。これは。いや。もっと。楽しく、心から楽しくしてもらいたかったのだ。なんとも言えず申し訳ない」
「いえ」
変な顔。凄まじく、一瞬こちらがたじろいでしまいそうな。気迫に満ちた顔。
「彼の者は、いや、拙者は彼女を。連れ出した。十日かかって摩訶不思議から抜け出した。奇妙な、それでいて懐かしく、故郷のような・・・。化学班によると断片的ミーム汚染だかなんだかと言われたが、抗いきれない郷愁があるのも事実。ここの連中はダンジョンと呼んでいたが。結局拙者・・・拙者は戻った。戻った時、拙者が連れた手は、骨になっていた。あの時の、顔。それが拙者は忘れてしまった。嬉しかったのか、それとも連れ立った拙者を恨んだのか、それともただただ驚き慌てふためいていたのか。それがわからなんだ・・・」
「・・・」
きっとこの人は。僕に。
「それ以前の記憶も、少しずつ薄れていった。遠い記憶で思い出せる一番の強い記憶は、あの、鎖の音。思い出したのは、そう、これまでの日々の中の目的は、あの子の、今わの顔だというのに」
「・・・」
「拙者の決断なのだ。価値、自由、自由への渇望と死の危険。あの子は。どう思ったのか。せめて納得する死で終わっていたのなら。そればかりが望まれる。故に拙者が生き永らえてる理由は、その記憶を思い出すこと。そればかりだ」
きっとこの人は。僕がヴァミリヲンドラゴンを手放さないという決断が、どういう結果に繋がるのかを暗に示している。過去の例を挙げて、僕に。僕に。―――これは効く。
「僕とヴァミリヲンドラゴンはもう繋がってるって思います。きっと」
「ふむ。なんとなく。そのような物事、流れなのだと拙者も理解した。理解した上でお願いしようかと」
お願い。
「聞ける範囲であれば」
「いやいや。拙者のお願いはあくまでもしようかと。話をしてみて分かった。分かり申した。死んでくれと言って死んでくれる人物ではないと」
「え」
「昔は違った。腹を切る事は名誉であり、証でもあった。今は違う。それは知ってはいたが、拙者の知る強さ、それの上。それすらも想像を超える強さの持ち主がどのようなのものか。戦々恐々としておった。拙者、こう見えてもまだ40にもなっておらぬのよ」
「うそ。もうお爺ちゃんだと思ってました!」
佐伯さんは叫ぶように言った。僕も同感だ。
「いや。老化はしておりましてな。正常に。タイムスリップやら時間転移やら。こちらの現代世界に来てからは番号で識別されたりする組織に捕まって大変でしたが・・・」
「・・・」
「ふむ」
「はい」
人の話をまじまじと聞いてみる。実際の顔で口が動いて表情が出る。そこから紡がれる語り口は人の生き様が出るものなのだと感じた。
「僕は」
誰だろうと、それがとても偉大なる人物だとしても。
「絶対に渡したりしませんよ」
「それが過ちだとしてもですかな?」
「この決断は絶対です。これが間違いのはずはありません」
「その意地、立て通せるとでも仰られるのか?」
「誰にも分からせませんよ」
「・・・いえ。こちらはよくわかりましたぞ」
そしてなんとも言えない笑いに似た表情をされた。
「気づいておらぬでしょうが・・・・・・自重なされてくだされ。そんな殺気を出されたら大陸まで届きまする」
自分が怒ってた事に、今更気づいた。
「佐伯殿を御覧なされよ」
佐伯さんをなんの気なしに見た。
「!」
「東雲殿の放つ闘気にあてられております。圧には常人では気が持てないほどに強大なもの」
いやまさか。ばかな。そんなものなんて毛ほどすらもない。
「気を失ってるだけ?」
「はい。東雲殿の闘気は、ただひたすらに大きく、大きく強いのです。まるで人間ではないほどに」
僕は、自分の力を知らない。加減が分からない自分に、ちょっとぞっとした。
「東雲殿。案がございます」
「・・・あっ。はい」
佐伯さんの顔、眠ってるようだ。
「現状の事態を終了させる事、即ち東雲殿が誰かに狙われる事なくこれからの人生を過ごすための手段。これが二つ。拙者には用意がございます」
「・・・言ってください」
「一つ、東雲殿は死んだことにすること。現在これより20分後、ここ市川近辺ではガス漏れによる事故が発生致します」
「・・・ガス漏れ?」
「そうでござる。この緊急事態でござる。現場の監督官はレベル5指定。東雲末樹殿を狙う第三者の領域侵攻を防ぐための結界を張る事。それに伴う武装した兵の配置。敵はここら一帯を焼き野原にする程度の戦力を保持しているものと想定されておりまする」
「僕なら簡単に」
「近隣住民及び公共施設、機密情報漏えいによるパニックは瞬く間に世界を駆け巡ります。強者の配慮を。拙者はお願いしたいのでござる」
つまり、僕と戦う相手はもうそのレベル。人類が戦う水準を遥かに超越したクラス。誰も見たことがない誰も知らない戦いか。そこに僕がいるのか。そんな場所に。そんな遠くに。人から言われて少しは実感が沸く。ジリジリと鳴く蝉、クーラーは消してあって軽く汗が体からふきでてる。
「そうですかな」
「もはや東雲殿の持つ自身のイメージと、他者の持つイメージには著しい離れがございますよ」
「佐伯さんまで」
巻き込んじゃって。
「・・・随分と。優しいのでござるな。しかし」
「甘くないつもりです」
それだけは言わせてもらった。
「・・・東雲殿。先の案だが。拙者が言付けておきましょうぞ。東雲殿。逸早く王子に会う事を強い勧めるまする」
「会ってみる。会ってみますよ」
王子に。
「王子に会えと他の人にも言われました。王子って何者なんですか?」
「ここから先は機密事項。超極秘。しかし。東雲殿には話しましょう。王子は、今」
「はい」
「ソロモンの指輪をお持ちなのです」
「ソロモンの指輪、ですか」
なんだそれは。ソロモンの、指輪?指輪。それがそんなにスゴいものなのだろうか。いや。重量や大きさでは計れない。そんな世界だ。それは一体どんなものなのだろうか。
「はい。それも・・・・・・」
「はい」
「いや、なんでも」
「言ってくださいよ」
「模造品の類は幾らでもあった。拙者の部署ではござらんが、低級の悪魔召還は可能であったようなのですが・・・コレは・・・。純正品。過去魔王や始祖と呼ばれた世界の裏に君臨していたモノが所持していたものらしく・・・。始祖と呼ばれた人物ですら人類が扱うべきではないと海の彼方に永遠に葬ったとされていたものにて・・・。それが先日引き揚げられた。世界の勢力図が大きく変わったものらしいです」
「・・・よく知ってますね」
「本人がそう言ってましたからな。来日の際、身辺警護としてつきっきりでござった。最も、過去から来た男として興味のあったようで名指しされたのでござるよ。実力ではござらん」
「・・・僕以上、ですか?」
「まさか。流石に。創造主なるものですら遥か凌駕する存在。と聞き及びました。如何に地獄の軍勢が押し寄せてこようと話にならないでしょうな。それほどまでに、強い。のでござる。と、聞き及んでござる」
「だから殺そうと?」
僕を。
「そうでござる」
「ちなみに殺せると思ってる?」
僕が挑発気味に言うと。
「ちょ、ちょっと待ってよ!!せっかく来たお客さんなんだから!」
佐伯さんが間に入って叫ぶように言った。いつの間にか起きてたらしい。元気いっぱいの叫び声だ。
「殺すとか殺さないとかの話じゃないでしょ!?それ全部無駄話ですから!それで、私たちはそのアラビアの時期国王に会わなきゃいけないんだよね?会う算段整えてくれる用意があるんですか!?」
はっとした。気づけば体から魔力と呼べるオーラが溢れてる。
それほどに。濃厚かつ刺すような殺気を僕に放っていた。このおじいちゃん。もはや只のお爺ちゃんじゃない。
「・・・ある。拙者の個人的な連絡網の一つではありますがね」
「教えてください」
「既に時期国王として来日なされております。全てはおそらく東雲殿のため。名目上では、密約等の引き継ぎではありますが」
舌戦
異様な光景だった。僕の家の両端には自衛隊の人らしい迷彩柄を着込んだ人が立ち、目の前の狭い道路には見える範囲で四代の明らかに普通の車とは異なる高級そうで頑丈そうな車高の高い車が停まっている。上空からは、けたたましい音で輸送用のヘリが三台も旋回している。
「・・・」
変な臭いは消えている。刺すような視線を感じた。監視されてる。それも10人とかいう人数じゃない。もっと多い。
「御料車が来ましたな」
言われて右を向くと、黒塗りの大きい見たこともないトヨタが一台停まった。真っ直ぐに僕の正面にドアが来てそして開いた。そして良い匂い。
「こ、こうゆうのって、確か右側のドアは開かないのよね!先に乗ってもらって私が真ん中、左が東雲君でどう?」
「なかなか賢い人ですな。佐伯さん・・・でしたな。それは警察車。これは」
「知ってます。クラウンですよね。私のお母さんがいつかはクラウンとか言ってました。まだ味方じゃない車に乗ろうとしておいて緊急時の話もしないなんて信用できません。まだそのへんのタクシーをつかまえたほうが安全だと思います。ガスが出るかもしれないし」
「ほう。素晴らしい。危機管理能力でござるな。想定と深さにセンスを感じますぞ。ですが・・・。真実は全くの逆。地球上核よりも危険な東雲末樹殿の隣に友好関係を結ぼうと座るつもりの拙者こそが一番に危険ではござらんか?」
にっこりしながら言われた。
「僕の評価はちょっとしたことで爆発するニトログリセリンみたいなものなんですか?」
「前情報は限られているものの、ドラゴンの影響がどのようなものかは全くの未知数ですからな。異生物を次から次へとドラゴンに変えるドラゴン病、範囲内の生物を自由に操る王の支配。能力がわからないのはこちらも一緒。こちらとしてはお客として招き入れるだけでござるよ」
外は暑いけど、中は腹の底から冷えてくるような妙な感覚だ。自分がどこか分からない場所に連れていかれることへの不安がある。巻き込んでしまった佐伯さんもいる。死ねない。もう、死ねない。死んでも良いやだなんて思えない。
「行こう」
車に乗り込んだ。
「・・・」
すごい。ふかふか。広い。座れるのが、こんなにもゆったりとてるなんて。高級車に乗ってるんだぞって感覚が半端じゃない。タクシーに乗る二倍ぐらいの気持ち良さだ。
「王子って、どんな人なんですか?」
車が、走り出した。
「王子だ。しっかりしてますぞ」
そんな言葉で返された。しきりに窓ガラスから外を伺っている。警護、か。
「前を走ってる車には四人のSPがついておりまする。問題は無いかと思いますが・・・万一の際、逃げてくだされ。応戦せずに」
ポツリと、今までの口調とは違うようにか細い声で、言われた。それがなんとも今までの調子とは外れていたので、安易な軽口での返答を憚られるようなものだった。僕が?逃げる?まさかそんなのってありえないですよ。だなんて言えないようなトーンだった。
「渋滞、ですかね」
東京と千葉を結ぶ県境の江戸川を結ぶ市川橋。そんなところで車が停まった。ここらはスーパー堤防で海も近く、心地よい風が吹いてウォーキングやジョギングにもってこいな最高のロケーションだ。遠くを眺める。ビルの無い気持ちの良い空が開放的、小さい頃からよく歩いてる。
「あれ?」
妙な気配がした。妙な感じだと思ったそれは、すぐに異常な闘気だと気付いた。
「東雲殿はそこにおられよ」
その言葉を言われると、車を出ていってしまった。
まさか。僕が、待機だって?冗談じゃない。続けて僕もドアを開いて出ていった。
「東雲君!」
誰かが、後ろから羽交い締めにされていた。車の渋滞の先に。そして。
「近代において、魔法は過大評価されている。異邦人はこの次元を低ランクだと決めつけている」
誰かが血だらけの体で叫んだ。
「これが近代格闘技術だッッ!!魔法ごときに遅れは取らんッッ!我々を舐めるなッッッ!!!」
終わってる・・・。のか。これは・・・。
まさか僕が。守護られたのか・・・!?
やれたのか・・・!!?




