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第二十五話 交渉

人生には許容できることとできないことがある。佐伯さんとこれ以上居るのは危険だ。重々そこは承知している。もちろん。しかし。しかしながら。連中は僕が佐伯さんを家に連れてあげてることは分かってる。只ならぬ関係であることも理解しているだろう。僕が敵対関係を作った連中は佐伯さんに価値を見出すだろう。例え僕が遠く人の手に及ばないところに居たとしても、佐伯さんの右腕一本でも届けば、僕は連中の交渉テーブルにつくだろう。佐伯さんを、現状の問題を少なくとも沈静化するまで、目が届く場所に置いておいたほうが無難だろう。


大切な人を傷つけられるのが、常識的に考えて最も有効な攻撃である事は僕にだって理解できる。


「それでね。小樽なんかいいと思うの。オルゴールの名産で有名でね、夜景だってとっても綺麗なんだって。東雲君も好きだよね?本棚に雑誌入れてたもん、好きなんだよね?あっ。温泉も良いなら草津とかも。鬼怒川方面。ロマンチックなペンションとかも良いよね。私海より山派。海好きって大体死ねばいいような連中が多いよね。そうでしょ。持てる者のパラダイスだよ。あんまり好きになれないよね。山梨とかも好きになれそう、だから。清里とか、あっ。ほら。新海先生のムービーのあれ。あれあれ。小渕沢。確か稲川順二とかも怪談ネタであったよね。知ってる?ペンション。乗馬とかもできるんだって。あっ別に深い意味はないから。ないから。でもさ。いろいろと覚悟しないとダメなんだよね。冷静に考えて。お金だって稼がないと、だから。とりあえず当面のお金は東雲君の家のお金でまかなうとして。それでも大変だから。あっそうだ。リゾートバイトとかどうかな?寝床もバッチリで。お金だってくれるよ。そこである程度のお金を貯めて自分達で雇われペンション管理人さんとか。うん。悪くないと思うよ。でもでもそうなると安定性はないかなぁ。夏、冬が忙しくって。とりあえずそういうつもりで動かないとね。未来のビジョンが大切だと思うんだ。一応最低私たちが指名手配されてる可能性も考えて、ほとぼりが冷めるまで一か月ぐらいは山奥で過ごすのも手だよね。警察の内部事情とか知りたいけど手が届かないし」


いや。先ず第一に、現状、現在の問題を解決すべきだ。あらゆる機関、あらゆる組織、あらゆる個人が僕を攻撃しない理由。王子に会えというアドバイス。これを受け入れるべきだろう。


確かに佐伯さんとこのまま結婚するのも手段かもしれない。僕を大切に思ってくれる。しかし。子供はどうだ?逃げながら子供は楽しい幸せな人生、少年時代を送れるか?親友は?学校は?社会との結びつきだって大切だ。幸せになってほしいと心からそう思う。それで立派な父親になれるのか?佐伯さんの両親にだって会えやしない。孫の顔すら見せることもできない。


つまり、このままではいけないということだ。現在の問題を解決しなければならないということだ。


「東雲君、聞いてる?」


「聞いてるよ。けど現状はそれを良しとはできないよ」


「どうして?」


「人生はそれじゃ進めないよ。自分の事だけ考えてればいいってわけにはいかないから」


「世界の事より、まずは私の幸せを考えてほしいよ」


「世界には佐伯さんだって含まれてるから」


門番の提案に乗ってみるべきだ。もちろん、先の例もある。罠かもしれない。考えを変えて殺しにかかってくる危険性だってあるだろう。しかしそれがどうした?この現状を改善するためには、大きな変化が必要だ。多少のリスクはかいくぐらなければいけない。


この手紙は、会食のお誘い。しかも。場所が。非常に畏れ多い場所。


確認しておくべきだ。


「ちょっと自室で調べ物をしてくるよ」


「はーい。重たくなるものは、それが思い出の詰まったものでも断舎利だよ?」


「・・・捨てたくないものを捨てない勇気と力ぐらいは持ち合わせてるつもりだよ」


何も捨てない。捨てるつもりなんて、ない。


自室へ向かって、同封されていた名刺に電話をかける。詳細の確認。


「今月の通話料なんて、僕は絶対に気にしないからな」


家の電話でかけたほうが安くつくのに。なんて思いが一瞬でも頭に浮かんだ僕は、絶対に庶民的だと思う。絶対にセレブチックにはならないなれない自信がある。


「もしもし。拙者だ」


電話をかけた相手が、拙者だと名乗るシチュエーションに生まれて初めて出会った。一瞬感動した。


思わず。


「電話に出てくれて光栄ですよ」


って言ってしまった。貴方の背景に、感動した。変わらないもの、換わってしまったもの、それらが入り混じった近代で、そんな江戸時代にも通用するような返答をされて、嬉しくならない男子は居ないだろう。


「東雲末樹殿か?」


「そうです」


「こちらこそ電話を頂戴頂きありがたい次第であるよ。しかし、しかし有難いご連絡なのだが、電話では機密性が保持できぬのであるよ。今この瞬間ですら、エシュロンシステムを傍受した世界各国の特別機関が盗聴をしているであろう」


「そうなんですか。でも。そんな雑魚どうでもいいですよ。気にしないでください。それで場所についてのこと」


「し、東雲殿ッ!!言葉の途中で石を投じる無礼許して頂きたい!しかし!電話で!!電話で場所を言ってしまっては!!!こちらの防衛機構並びに警護システムを大幅に変更する必要があるのですぞ!!東雲末樹殿の命は勿論!同列に並ばれる貴賓の方々の命生命資産、丸ごとの危険性がございますぞ!東雲殿が無事でも、この世界の組織図が大きく変わってしまうレベルの変化はもちろんとして、人死にが出てしまいますぞ!」


「・・・すいません。自分の事でいっぱいいっぱいでそのほかの事なんて頭に入ってませんでした」


「いや、東雲殿が謝られる必要なぞありませんぞ。こちらの都合、こちらの一切の希望で、こちらのお願いですからな。そうですな。ですれば、拙者が一度これからお宅に向かいますぞ。そこで質問の一切を受ける。これでいかがか?」


「ご足労頂くことになってとってもありがたいんですけど、いいんですか?」


「いやいや、問題はございませぬぞ。これから十七分後に向かいまする。全力で走りますので少しお待ちくだされ」


「は、走るんですか・・・。いや、電車使って、いや、タクシーでいいんじゃないですか!?」


「いやいや、拙者こう見えても速度には自信があるのですぞ。良いですか?ノックして拙者が、東雲末樹殿はおりませぬか?と尋ねますので、東雲殿は、山と言ってくだされ。ならば拙者は川と言いますので、それが合言葉ですぞ」


「あっ、えっ。あはい。わかりました」


「では、向かいます故電話を切りますぞ」


「はい。お待ちしておりますよ」


「・・・」


「・・・」


「・・・」


「・・・」


「あの、電話切ってもらっていいですよ?」


「いやいや東雲殿がお切りになってくだされ」


「はい、ではまた」


沈黙の時間が多分40秒を超えていたと思う。新記録だ。この人は信用できそうな気がする。多分忍者だ。絶対忍者だ。


電池を抜こうと思ってケータイに手をかけた時、電話が鳴った。思わずいつもの癖で電話を取ってしまった。


「もしもし」


「東雲君。ダメだ」


「ダメってなんですか」


門番。アメリカ人っぽい訛りの入ったネイティブ日本語。間違いない。


「電話で場所とか言っちゃったらダメだろう!?こちらも機密作戦部隊の行動シフトを大幅に書き換える必要が出るじゃないか!」


「何言ってんですかあんた!!」


「いいか。君は自分の現状をもう少し自覚する必要がある。君がこれから空港に向かうなんて電話口で発言してみろ、あらゆる組織の諜報機関が君の到着をそわそわしながら待ち続ける。いいか?なにもこれら敵対組織は国のお堅い職務機関に限っての事じゃない。組織は多くある。魔法組織はもちろんのこと、食人行為を最も崇高なものとして崇める世界支配組織構造シフトを目的とする人ならざる組織、対魔人撲滅組織、あらゆる超常現象を引き起こす存在そのものを収容しようとする財団、人間を殲滅する事を目的と掲げたカルト宗教、強者を蒐集する世界的魔人連合、混沌を目的とするイカれたクソッタレ連中、我々が監視している連中は多く、敵対組織は少なくない。君という世界の中心に立つことができる夢のアイテムを持った人間を喉から手が出るほど欲しがる連中だということだ。いいか?わかったか?もう少しは頭を使えよ?日本にも最高戦力がいるし、たまたまお前は彼女に救われたんだ。我々の放った刺客をな。だが、数は暴力的だ。いいか?ラッキーは続かないってことだ」


「ヴァミリヲンドラゴンをガチャで引いた僕に運を引き合いに出すんですか?」


「それを言っちゃあ、おしまいだろうがッッ!!」


そして電話が切れた。


「・・・」


多分二分ぐらいすれば謝る電話が返ってくるだろうと思っていたけど、一向に電話が来る気配がしなかったので電池を抜いた。ケータイは一応所持しておくことにしよう。


「ま。いっか」


多分、門番なりに僕を気にかけてくれてるのだろう。この電話は、立場抜きの電話な気がした。


「なんかちょっと嬉しいな」


まぁどんな奴が来たって、正直負ける気がしないけどね。だって僕は最強なんだもん。


「あ。こーゆーとこか」


もう少し、頭を使うべきってことだ。


「とりあえず、アイスでも食べるか・・・」


一階に下りて、リビングで何か書いてる佐伯さんに声をかける。


「アイス食べる?」


「ハーゲンダッツのバニラが食べたいかな」


「無いよそんなん!!」


「じゃあ何があるの?それよりもっと今後有意義な逃避行についてディスカッションしないと」


「ディ、ディスカッション。それについてなんだけど」


佐伯さんに僕の決定を話すのはなんだか気が進まない。きっとなんで私抜きに話を進めるんだって言うだろう。


「なに?言いたいことあるならなんでもいいよ、そうかしこまらずとも」


「そう」


「そうそう。私と東雲君との仲じゃない」


「う、うん」


「あ。わかった。その顔で分かった。今ピーンときた。自分で何かを決めて私に伝えようとしてるんだ、その顔。イケメン度が1.25倍だもん」


僕の決意顔はおよそクォーター程度のイケメン度アップぐらいしかないのか!


「それって褒めてるんだよね!?」


「もちろんだよ。普段の1.25倍だよ?普通の超絶イケメンから1.25倍だよ?すんごいことなんだよ?」


「マジで?」


思わずガチの心のリアクションで素で表に出てしまった。


「うんうん。かなりマジで」


「ま、まぁそうなんだ」


う、ウレシイ。


「はぁ・・・」


「今ため息ついたよね!?」


「ううん、東雲君には言葉で説明しなきゃいけないぐらい埋めなきゃいけない溝があるってのが分かったからね。これからとってもやりがいがあるなぁって」


「う、うん・・・」


「それに自分の大好きな人だよ?それ以外ナイじゃん!」


「そ、そうだよね・・・」


待って。ちょっと待って。なんで僕はそこを同意してるんだろうか。


「・・・とりあえず、会食ってやつに誘われて、そこでは結構なお偉いさんがいて僕を交えていろいろ話したいって」


「そりゃそうだよね。シークレットレアだし、権力者だって欲しがるだろうね。それでVIPに招かれてるわけか」


「もちろん一緒についてって欲しいよ。もう巻き込んでるから」


「もっちろんだよそれこそ」


「ありがとう」


目を合わせずにそう言った。ただの感謝だ。思えば僕も、きっとこのある種の共犯者という感覚に、意味を持たせているのかもしれない。


玄関のチャイムが鳴った。あまりこういう雰囲気は今の自分に相応しくない。だからタイミングが良かった。


「詳しく話しをしてくれる人が来た。ちょっと待ってて」


敵の可能性もある。油断はできない。乗っ取られ、支配、憑依、操作されている可能性だってもちろんあるし、そもそも僕を殺しにかかってくるかもしれない。


玄関まで来て、軽く頭を振るう。弱くない。なんたって肩書きが違う。


「東雲末樹殿はおられませぬか?」


うん。なんか微妙だ。こういうのってシュールっていうんだろうか。そもそもシュールがなんなのか理解できないし使った事だってなかったけど多分こういうことだと思う。


「山」


合言葉をとりあえず打ち合わせ通りに言っておこう。


「川」


間違いない。玄関を開けて家に招く。あの、さっき来た警察官。


「人間を利用した術が多くある中最も簡単なものが合言葉なのだ。よく連絡してくれた。東雲殿」


帽子を脱ぐと思ってた以上に背丈が小さい。老練のおじいちゃんっといったような風貌の持ち主。


多分、これは擬態。隠している、上手に。その殺意を。今にも、僕と闘いたがってるような。そりゃそうだろう。武術家なら。最も強い奴がそこにいるなら。


なんとなく、そんな気がした。ただそれは純粋な殺気だけで、悪意の無い綺麗な南国の海を思わせる大自然のうねりを感じるだけ。多分、良い人間だと思う。柔らかさと温もりのあるオーラを感じる。ような気がする。こういうものは見えるんじゃなくって感じるものだろうか。漫画のように視認できて肉眼で観えるようだと分かりやすいんだけど。


「質問を受けましょうぞ」


リビングに通すと、佐伯さんがキンキンに冷えた麦茶を用意してくれた。


美味しそうに飲んでもらって恐縮だけど、僕が作った麦茶じゃない。おそらく昨日のうちに家にあった麦茶を佐伯さんが作ってくれたのだろう。


「このヴァミリヲンドラゴンについて、どう思いますか?」


率直な意見をぶつけてみた。


「私用な発言は控えるようにしておりますが、そうですな。なんでも斬れる刀のようなものだと思いますぞ」


これはジャブ。最小の。しかし極めて分かりやすい例えで良かった。


「僕は手放すつもりはありませんよ」


これが言いたかった。どう出るのか。そこがみたい。


「困りましたな」


そして無精ひげを軽く撫でて。


「戦争をするつもりですかな?」


「もうやってるんだ、とっくにね」


自分でも驚いた。好戦的な自分が、そこにいた。


一瞬殺意の揺らぎが大きくなった。が、それは大きいだけ。僕の強さには届かないほど、僕の命には届かない。


「やむを得んですな」

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