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第二十四話 幸運

REalからログアウトして現実に戻って見た光景は、佐伯さんの尋常じゃない真剣な顔だった。


ここ、僕の部屋のはずなのに。ぱっちり目を開けたらそこに居た。鍵ももちろん掛けていたはずなのに。


逆に、ああ。女の子って、こういう真剣な顔つきもするんだなぁとか、佐伯さんの口の横からよだれみたいなのが出てたり。


「・・・」


思わず、言葉が出ない。見つめあってる。僕のベッドで、佐伯さんが僕を見下ろすような体勢だ。


「あっ」


思いがけずに言葉が漏れた。そして。


「佐伯さん、なんで包丁持ってるんですか?」


その包丁は海外製の高いので、滅茶苦茶よく切れる。スポンジからぞうきんまでよく切れる。どっかのユーチューバーが宣伝してたやつ。


「やっと起きた・・・。大丈夫、これで東雲君と心中しようなんて毛頭ないから!」


当然だよね。もちろんだよ。そしてそれに感謝したい。


「ならどうして僕の部屋にやってき」


ちらりとドアを見た。見事にドアノブの周囲がナイフでずたずたに破壊されてた。


「武器持って僕の寝ているとこにやってきたのか説明して欲しいね」


逆に思考がクリアになってる。どう考えても、尋常じゃないことが、逆に僕を落ち着かせた。トラブルの一切は解決できる自信がある。度胸がついたのだろうか。


「あのね。あのねよくわからないんだけどね。さっきの話ね。爆発するような音が聞こえた。初めは車のパンクするタイヤの音かなとか思っちゃってたんだけど、それがやけに連続していてね。カーテン開けたら、青色の火の玉と黒い人間みたいなのが、戦っててね。ほら。東雲君、人間じゃないみたいだからさ。東雲君に危害が及びそうかもしれないし、ここで守ってたの。わけわかんないと思うけど、私もよくwかんないから安心してね!」


そして引きつった笑いを見た。


「うん。っていうか、まさか、僕の、護衛とかが、でも、青色のって・・・」


本当の事だろう。僕の護衛をつけてた、アイツ。か。あのわけのわからない外人。おそらく監視からグレードを上げて僕を拉致ったり殺したりしそうなものだった。護衛とかいう名目だった僕の監視、それと衝突したのは、青い火の玉。戦ったのか。二人か、それ以上か。連中が用意した僕の監視役は、僕を殺すために動くだろう、しかしもう一方。敵対組織か、それとも。


「一度二度大きな音が響いたんだよ、すごい衝撃音。車がぶつかったんじゃないかってぐらい。壁とか振動してたし。だから、だから私東雲君守らなきゃって思って!!」


よく見ると、手が切れてる。間違って柄じゃなくて刃の方を持ったんだろうか。そしてか細い手は、小刻みにまだ震えてる。


「ありがとう。もう大丈夫だから、救急箱は下にあるから」


「え?」


「それ、切れてるから。血は止まってるけどざっくりいってるから」


僕のために、こんなに。救われてる。こんなに。僕は誰かと、こんなにも深く繋がってたのか。強く実感する。これを、恋愛と履き違えてはいけない。だけど、きっとこれは、いや、いい。心が、ぴょんぴょん跳ねまくってる。しかし、忍耐で抑えるべきだ。人間は理性がある。そして僕は人間を超越してる。しかし、他人から何かをしてもらうことは、なんて嬉しいんだろうか。ヤバイ。それだけでもう、なんかお腹いっぱいになってくる。


「ありがと」


階段を降り際に言った。でも僕のために血を流すのは、これが最後だ。


殺されてたかもしれない。脳の片隅、危険を司る部位が働いて、巡り回りだす。この状況、僕がこの家にこの場所に居るという状況、このままでは先ず間違いなく、殺される。暗殺っていうものか、いずれにしろ、二度は無い。下手打てば佐伯さんと僕は今日さっき死んでいた。殺されていただろう。助けてくれたのは、青い火の玉?の人間だろうか。少なくとも、僕の生存を望んでる誰か。まさか人助けでやってくれたなんてのはないだろう。場所を移る必要がある。


この世界を、人類を、守護るために。僕が守らなければいけない。僕しか守れない。という話だ。


一度、この世界の現状を、信頼できる人間に尋ねる必要がある。第三者、可能ならば。いっその事、どこかの掲示板でも情報募集を募ろうか。いや、情報が錯綜して混乱するだけか。


「消毒とガーゼ」


女の子を手を触った。妙な感じがした。これはつまるところ本能の部分。最も原始的な太古の思想。今にして思うと、性欲ってなんだろうと思う。惰性でやってるマスターベーションは本来はもっと神聖なものであるべきだと思うし。そう、本当に大切なことなんだ。なにせ一回の射精で、億という精子が放出される。億だ。海賊漫画の懸賞金じゃない、億なんだ。なんか、日々それらを無駄にしてる気もするけど、精子の生存日数はたしか少ない。一週間とかそれぐらいか、二週間とか、そんなものだ。多分。


リビングでクラスメイトの女子と二人っきり。そんな気まずさを避けるべく、とりあえず、朝食を提案した。昨日の喫茶店の話の続きだ。


「東雲君、もう十時なんだけど」


10時。チラリと時計を見る。


「朝食じゃない時間帯なの?」


「違うと思うけど、東雲君がそういうなら、それでいいよ。もうランチの時間帯なんだけどね」


なるほど。ランチタイムのお安くなる時間帯か。


「ご馳走するから。おすすめはトマトのナポリタン」


「うんごめん、特に面白いコメントを言える気分じゃなくって・・・」


面白いことを言ったワケじゃないんだけど。


「いや。ネタじゃなくってホントに」


「ネタじゃないっか。少しは寝た(ねた)?なんちゃって・・・」


「・・・かなりおもしろいよ。Realやってた。実際寝てないからね。でも体は全然平気。むしろ冴えてる感覚」


「東雲君って寝なくても大丈夫なタイプ?」


「いや、そういうわけじゃないけど。多分ヴァミリヲンドラゴンの影響かな・・・。かなり良い調子だから」


「つまり、転送されていた。ということ?例えば東雲君が手に入れたシークレットアイテムの効果が現実世界でも適用されたとか・・・」


一発で理解するなんて。


「理解が早すぎるよ・・・」


「もしかして、魔法とか、そんな感じ・・・かな」


「なんか僕よりもとても早く事態を把握していて僕の立つ瀬が無いよ・・・」


主人公なのに。っとそれよりも、先ずはここを、この場所を離れるべきだ。


「それなら、話は早いかな。かくかくしかじかでここは危険なんだ、僕は狙われてる」


「東雲君、落ち着いて。かくかくしかじかじゃ話が見えないよ」


えっ。あっ。そうか。僕はこの六時間程度のプレイ時間をかいつまんで話をした。


「つまり、世界的な組織を敵に回しちゃって、命を狙われてるからこの自宅は危険という事?」


「その通りだよ」


「つまり、実はさっきの破裂音はもしかして東雲君を狙った暗殺者の攻撃した音だったってこと?」


「うん。戦ってたもう一方は何かは分からない。敵対組織か内部分裂か警察か」


「もしかしたら私殺されてたかもしれないってこと?」


「うん」


そういうことも、ハッキリと伝えるべきだろう。っていうか佐伯さん理解早くないか!?なんか凄い勢いでこの滅茶苦茶な人生の発展展開についていってるよ!


「なるほど。とりあえず、場所を移動しましょう。東雲君お金ある?これから駆け落ちだよ?」


「落ちないよッ!なんでそうなるんだよ!違うでしょ、ってかなんでそうなるんだよ!」


「だって、多分私捕まったら東雲君のために死ぬかもしれないでしょ?」


・・・ありえる。


「ちょ、ちょっと待ってよ。確かに・・・」


「でしょ?とりあえず北海道辺りに涼みにいかない?あっあの辺りだと辺境って感じだし車の免許さえ偽造しちゃえば、無免でもいけそうだし」


「僕よりすんごいなんか考えてるね!」


「流石に、ね。さっきまで犯されそうになったり殺されそうになったり、殺されそうになるかもしれなかったり、そして今回は本当に殺されるかもしれないからね。ちゃんと考えないと。ちゃんとね。じゃないと死ぬよ。本当に。東雲君の持ってるカードさえあれば、もうそれだけで価値は計り知れないからね」


「僕より凄く現状把握してて助かるよ・・・それにヴァミリヲンドラゴンの価値もよくよく理解してそうだね・・・」


「私そこはディープゲーマーだから。・・・うん。とりあえず、着替えとか必要だよね。東雲君のお母さんの服借りていい?後キャリーバッグも。お金も全部下ろされないと。それからケータイの電池は抜いておかなきゃね。海外ドラマでやってたし、自衛官の叔父さんも言ってたけど、探知は余裕みたいだから。必要に差し迫った状況じゃないと使えないようにして。早速準備しないと」


「・・・はい」


状況は、そういうことだ。しかし、これは。


「東雲君。分かってると思うけど、これはもう重要だから。一大事だから。もう私と東雲君の関係性が一線を越えてる以上に非常事態だから。死ぬかもだから。分かってる。私テンパってる。けどね。これが現実なのね」


「ちょ、ちょっと。ちょっとちょっと」


「そのネタ古いよ、タッチ?幽体離脱しちゃう?」


「しないよ!ってかいや違うよ!一線を越えてないよ!」


「私と東雲君はもう共犯者。十分超えてると思うけど」


「なるほど。超えてるね・・・」


そっちか。確かに、僕たちはもうそうだ。しかし、それは違う。


「言い方はそうかもしれない。事実はそうだけど、真実は違う。僕は正当防衛で、佐伯さんは被害者。これが真実」


「それは東雲君にとってでしょ。私の真実は違う。そして真実は意思によって捻じ曲げられる。そういうものでしょ。大丈夫。私はこれはこれで超ラッキーだから」


「ラッキーじゃないよ!」


「ラッキーでしょ。とりあえず、落ち着いた方がいいよ。東雲君もテンパってるから」


「た、確かに」


そうかもしれない。僕は相当テンパってる。深呼吸をして少しだけ落ち着いた。いやまて、そういう話じゃない。


「う・・・」


そう。だ。間違いない。今、やるべきことは、それだ。ここを一刻も早く離れなければいけない。連中に場所はバレてる。でも。連中が本気になったら・・・。今というこの瞬間ですら、もう撃たれてたりしてもおかしくはない。


「む」


しかしここは僕が引っ張るべきだろう!?僕がッ!!こう。なんというか。アレだよ。リーダーとか習慣少年ジャンプ的なノリで。どんっ!みたいな。あってしかるべき、そうであるべき。


「なのに現実はただ残酷で・・・」


「そう。残酷なものなんだ・・・。安心して。なんとか。やれるとこまで全部やっておいて。準備!やらなきゃ。東雲君。大変だと思うけど、頑張ろう。大丈夫。二人ならやれるはずさ」


「う、うん」


なんかめっちゃ主人公のような台詞を言われた。二人ならやれるか、一人でやるつもりだけど。二人なんてやらせられない。やらせるつもりなんかない。しかし現状はどうだ?実際のところ、もう死んでたかもしれない。


「消耗品なんかはバンバン買ってバンバン捨ててけばいいから」


どこへ向かうべきか。どう逃げるべきか。


「天気も確認しなきゃだね」


国賓として緊急来日されたアレク王子は異例の会見を開き、シノノメマツキに会いにきたと告げています。シノノメマツキという人物が何者なのか、先日VRワールドゲームRealにおいて世界を席巻した同氏名の人物だという推測が成されています。氏は中東情勢安定化に大きく貢献した人物としられており、ノーベル平和賞候補者の一人でした。現在使用されています石油の六割を占めるノロワーアーシャル社の最高経営責任者であり、日本ではJAXAの最大出資企業として先日打ち上げられた衛星の祝賀会にも来日されました。


「東雲君?」


「うん」


「この人世界長者番付のトップ10に載ってたよ・・・」


「そうなんだ。明日も晴れだね」


僕に会いに。ケータイを取り出して検索をかけてみると、確かに速報にはシノノメマツキに会いにきたという文面が大きく出ていた。僕に、会いに。こいつは連中の一派だろうか?それとも別のプレイヤーか。いや、そもそもこの人物を一個人として捉えて良いのだろうか。規格の大き過ぎる資産を持つ人物が国すらも所有している中東の石油王だ。国そのもののパワーじゃないか。国賓クラスが僕に会いにわざわざプライベートジェットで中東から狭い客室に乗って僕に会いに来た。これは僕を殺すためだとかじゃないような気がする。連中ともまた毛色が違う人間。王族か。世界の裏組織の次は国そのものときたか。オーケー。どんとこい。


「!」


ケータイの着信履歴には、知らない番号で埋め尽くされていた。いや、クラスメイトも多い。


ぴんぽーん


間延びしたチャイムが鳴った。


「東雲君包丁いる?」


「要らないよ」


今の僕を殺せるやつはそう居ない。誰だろうか。連中の人間か。それとも第三者のプレイヤーか。クラスメイトか。


「はい」


インターフォン越しでカメラを覗くと、黒服の男性と警察官の二人。化けてるかもしれない。いや。


「なんでしょうか?」


「こちら千葉県警の者ですが、東雲末樹君はご在宅でしょうか?」


「僕ですけど」


「少しお話があるんで開けてもらえませんでしょうか?」


開けたら、マズイ。こいつらが刺客だとしたら、戦闘が始まる。佐伯さんがいる現状、それは避けたい。


「いや、すいません。夏風邪で。体調が悪いんです」


「そうですか。お体にはお気をつけください。代わりにお手紙をポストに入れておきますので、お読みください。ご不明な点がございましたら、同封させて頂いております私の名刺からお電話くださいますようお願い致します」


「は、はぁ・・・ありがとうございます」


それから何事も無く二人は去っていた。問題は何も無い。ポストを開けるとこれまで見たことも無いような重量感のある装飾が施された手紙が入っていた。


「なんか凄い・・・」


封を開けてみると、丁寧な言葉で食事会の誘いの文面が書かれていた。そして名刺には。


「時雨流頭首、伊万里左門・・・」


携帯の電話番号も記載されている立派な名刺だ。肩書きはそれ。しかし、それがどうして?佐伯さんには黙っておいた方が良いだろう。ついていくと言われて、これが罠なら危ない橋を渡ることになる。


夏はまだどこまでも夏で、外にはやっぱり入道雲がもくもくと。


「!」


玄関のドアを開いた。目の前、家の前の道路。まるで焼かれたように黒く変色していた。臭いが、ヤバイ。これまで嗅いだ事の無いような臭い。100円均一で買ったハズレの香みたい。それを何倍にも濃縮させたような。


「一体何があったんだ・・・」


敵の敵は味方の理論でいけば、この結果は最善のものだ。僕は生きてるし、佐伯さんも。


電話が鳴った。


「もしもし」


無意識に出てしまった。番号も確認せずに、いつもの癖で。


「生きてたかミスター東雲。さっきは悪かったな。政局なんて風向きひとつで変わるものさ。しかし本意じゃなかったことも知ってほしくてね」


門番、あの調子の良い奴。


「煽りにきたんですか?切りますけど」


「朗報を聞いてくれればそれでいい。今来日してる王子に会え。そして仲間に加われ。君が今現在、あらゆる機関、部隊、個人の攻撃を受けていないのは、王子のおかげだ。影響力は強い。国そのもので、我々すら把握していない全容を持っている。それから、電話は捨てた方がいい。電池を抜いただけでも現在地ぐらいは特定できる。君はあらゆる既存の組織を敵に回したんだ」


「人生ってそういうものでしょ。だからなんなんですか?」


「幸運を祈っておくよ。その人生とやらにね」



第二十四話 幸運

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