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第二十三話 家族へ、ようこそ

賢者モードというものがある。大抵の場合は、マスターベーションを行った後に訪れる強い覚醒のことを示す。そんな時、宇宙の事とか人生の事や未来の事、果ては生命の意味なんか哲学的なものを考えたりもする。爆発した感情の高いうねりの後に訪れる、真っ白で平らな感覚。今はそれにひどく近い。




罪悪感や虚無感、悔恨や後悔、悔しさ、自己否定、複雑な感情が絡まって、吐き出せない痰のような気持ち悪さすら感じる。一体、僕という存在は、なんなのだろうか。




人間は、結局とどのつまり、なんなんだろうか?何のために生きてるんだ?




そして寒くなってくる。変な気持ちが込み上げてくる。これが絶望感ってやつだろうか。




自分という人間が僕自身、全く知らなかったという部分。これが大きい。僕は、こういうやつだったのか。僕は、そんなやつだったのか。俗に言う、人間収入が大きくなると変わってしまうというやつなのか。人生でやれる事が大きくなった挙げ句の話というやつか。




なにより、僕がこの世界に対してそんな執着を持っていること、それそのものが何より驚いたことだった。世界なんて正直どうでも良かったと思ってたのに、芯の底では強い関心を持ってたのか。地球の事より晩御飯やテストの事が大事だったのではないか。地球の命より僕の命の方が大事だったのではないか。人類の事だなんて大きなスケール、どうだっていい話だったんじゃないか。実際、そうであるべきじゃないか。


なんで僕はあんなに頑張ってたんだろうか。死に物狂いで。




そして。どうして僕は殺されなきゃいけなかったんだろうか。レベル100を越えた時点で死んだらそこで終わりだ。死んでただろうという事実にも震える。なんで。僕じゃなきゃ世界を救えなかったんじゃないか。来るべきハルマゲンは、もうやがて到来するのではなかったのか。僕が知らないところで、世界は大きく動いてる。当然といえば当然の話、でも、もう僕の実力はこの世界そのものの中心、軸になってしかるべきだろう?それが、どうして。




そんな賢者モードも、やがては終わるくる。雨も絶望も、やがては終わりが必ず訪れるものだ。




「そろそろだ」




僕は運ばれる。PKギルドの巣に。なんで僕はこうなってるんだ?疑問が溢れる中、闇の夜空を駆け抜けてる。びゅうびゅうに切る風は、妙な星空と雰囲気と心境に、変にマッチしてた。ドラゴンの背中に乗せられて、運ばれる。運ばれてゆく。気分はドナドナだよ。




第二十三話 家族へようこそ




だだっ広い黒々とした樹海のような森に下降し、高低さのある崖下に着陸した。崖の部分に大きな岩が。




「アジトへようこそ。お前はもう家族だがな」




白色の竜がカードになって、仕舞われる。基礎的な知識が浅そうだ。彼っていうか彼女というのか、よくよく見ないでも、ミルフィーと同じアバターなので妙チクリンだ。ドラゴンを所持していたという事実が、この世界においてのスーパスタークラスなのだと理解できる。トップクラスのプレイヤーだろう。




「そういえば自己紹介が遅れていたな」




袖から妙な光る石を取り出し、目の前の大きな岩にかざすと、音も無く、その岩が消えていった。




「シャーメルマークだ。エクスターミネーションというギルドの頭をやっている」




前を見ながら、そう言われた。自己紹介ぐらい向き合おうべきじゃないかと思ったけど、もうすでにこの領域はこのシャーメルマークとかいうギルドの領域。郷に入れば、というやつだ。




「シノノメ・マツキです」




岩が消えると、アジトの入り口には二人のプレイヤー、その二人の名前もやはり赤く表示されている。プレイヤーキラー。




「お疲れ様です、マーメイリーさん」




「お疲れさんです。もしかしてマジで連れてきました?」




二人とも重装備。重厚な鎧と盾を背負ってる。




「ああ。マーボイルとマイル、ゲート係だ。うちのギルドのアジトへの出入りは徹底している。入る際は俺以外は常に二人以上のメンバー認証が必要だ。持ち込むアイテムも限られている。シノノメは無制限になるか」




「シノノメ・マツキです」




「マジかよ・・・」




二人とも、驚嘆しているという表情で言葉を失っている。




「やばすぎだろ・・・」




シャーメルマークについていく。人工的な手彫りの洞窟という印象を受ける。広い通路を進んで、扉を開く。




「ここがリビングになる、待ち合い場所みたいなところか」




邸宅の談話室、という感じの大きな部屋。学校の教室二つほどの大きさで、中央には大きなテーブル。その周りには乱雑に椅子が置かれていた。




「まったりギルドではなく、共通の目的がPkだからな。普段のアジトは人は少ない」




「ボス、その子は?」




「シノノメ・マツキです」




「うっそ・・・」




黒いウエディングドレスを着た頭が血まみれの熊頭。凄まじいアバターだ。




「ロゼッタ、アタッカーだ」




「そ、そうそう、でも、マジかぁ。ふーーん。子供じゃないの!?」




「うちに年齢は関係無いだろう」




「そーじゃなくって、子供でレベル1299とかヤバイにも程があるって話!」




「まぁ。な。そういう辺りはどうだ?なにか思うところはあるか?」




僕的にもヤバイところだらけだけど、ロゼッタとかいうアバターも相当ヤバイのでなんともいえない。




「ヤバイところだらけですよ・・・」




正直な話。




「ひえー。あーそそ。私これからロドルム墓地に行くから。高校生のプレイヤーパーティがいてさ。とりあえず全員捕まえて、一人ずつ殺させるバトルロイヤルさせるつもりだけどボスも来る?」




「俺はいい。死ぬなよ」




「はーい」




ロゼッタは部屋を後にしていった。背中には大きなチェーンソーがあった。ヤバイ。




「プレイヤーを殺す事に興味は無いか?ところで。シノノメ・マツキ」




「えっ」




あるわけない。そんなこと、考えたことも無い。




「若いうちはそうだろう。当然だ。間違いない。質問を変えるべきか。もっと力が必要じゃないか?」




「そりゃ、必要ですけど」


そして僕に椅子に座るように手で促した。


「そうだろう。いや。茶が要るな。ようやく落ち着けるものだ、少し話もしようか。人生についてなんかどうか?」


椅子に座った。座り心地は最悪で、椅子を一瞥したら、人骨のような造りの妙な椅子だった。人皮を意識しているのだろうか、触り心地が妙にぬっぺりとしている。

懐かしい、どこかで嗅いだような芳香剤の匂い。壁には誰かが描いた抽象画、誰かが描いた死と退廃を感じ取れる奇妙な絵、それからアドルフヒヒラーの肖像画。壁はわずかに蝋燭の光でゆらめき、妖しくきらめいている。


「この世界は、黒い闇に覆われている。光が差し込んでるのは、お前の目玉からでしかない。元々の世界は、闇で、空っぽなものなんだ。生の時間は限られて、活動できる生存時間も健康時間も残りは少ない。その人生を、他人のために犠牲にするか。それともお前は、自分の人生を、自分の死を受け入れて限られた時間で自分の人生を生きるか。お前は。どうなんだ?」


決まってる。なんでそんな変な目つきで、説得力のありそうな声で、大層な事を言っているように僕に話すんだ?


「他人が決めたルールじゃ」


きっと誰かが泣く。この世界は、幻想で成り立ってる。僕じゃなきゃ、佐伯さんは救えなかった。僕じゃなきゃ、終わらせることなんてできっこなかった。

この世の中は、無秩序な悪がそれが公平な公正の顔つきではびこっている。そこらじゅうに。それが悪だなんて、誰も声をあげたりしない。世界中でそうだろう。十年後だってそうだろう。ちょっと考えれば、それは幾つもある物事で、それは人類の歴史に刻まれている。売春だったり、賭博だったり、麻薬だったりそれは無くなることは無いだろう。


僕なら、それを終わらせることだってできるんじゃないか。僕にはそれだけの、腕力があるのだ。暴力で支配したっていい。でも。他人って。結局は無関係じゃないか。僕にとっては、今気がかりな事はそれだ。


死ぬ時になって、誰かが傍にいても。どんな偉業を成し遂げたとしても。死に際の孤独は、生きてる今ですら耐え難いものがある。この世界に、この世界の人々に、いや、そもそも地球に生きる僕ですら、価値や意味なんかあるのだろうか。理解してる。価値なんて無い。価値を見いだしたり、そう信じたりするのが人生だ。でも。でもだ。僕は。


誰かに殺されそうになった。誰かに殺されそうになるだろう、これからの話。誰かの話だなんて、僕は価値を見いだすことなんてできるのだろうか。誰かが電車の隣に乗って、誰かが通路の横のゴミ箱を漁って、誰かが理不尽な想いをする。誰かが悪くないのに、誰かに嫌なことをされる。世界中で起きてることだ。家族の中ですら、それはある。終わらせることなんてできるのか。そもそもそれが人間というものの生態ではないだろうか。人間ってなんだろうか。僕が決めたり、決めつけてしまったりしてもいいものだろうか。僕が悪だと思っているものは、本当に悪なのだろうか。大多数の人間がそうでなかったとしたら、多数決でそれは悪じゃなくなってしまう。僕は、本当に正常なのだろうか。僕の意見は、あまりにも高望みしすぎてやしないか。あまりしのも純粋過ぎるのではないか。人間はもっと泥臭いものではないのか。


「僕は」


振り子時計の音が部屋中に響き渡った。それが、運命を決定づけるような、物々しい音だった。


「自分の人生を生きるつもりです」


敬語も。もう辞めよう。他人なんか、どうでもいい。僕は、自分の事を、もっと見つめるべきなんだ。もっと自分を愛してあげるべきなんだ。でも。無理だと思う。それでも、そうあるべきなんだ。じゃないと、誰かのために生きることになってゆくような気がする。


「ならいい。お前はもう家族だ」


ギルド申請が、送られてきた。僕が、僕は、家族か?家族なのか?


「残念だけで、僕はあなたのルールに従いませんよ」


縛られるのは、もうヤメだ。もう、ルールには従わない。


「俺やメンバーから、お前に対して何かを要求することはない。お前が嫌なら皆にそう伝えておく。ここはお前の家なんだ。力が要るだろう。そのための、家なんだ。お前に対してだから言っているわけじゃない。ここはそういう家なんだ」


悪党なのに、そういうことを言うのか。


「殺すことが好きなのに、そういうことを言うんですか」


「現実じゃできない。しかし、心の底でやってみたいという欲望は、永遠にくすぶり続けるべきだろうか。悪人は、犯罪者にならなければいけないのか。ここはゲームだ。いいか。ゲームなんだよ。この際大原則のレジェンドルールは抜いてな。多くのプレイヤーにとって、ここはゲームなんだ。そう。すべてが許される。どんな悪事も。性癖も。行動も。言動も。一切の制限や束縛がまるでない。この家もそう、だからなんだ。だからこそ、他人が必要なんだ。一人で楽しむより、二人で。幸せも、思考も、悲しみもだ」


笑える。


「大きなこといって、結局あんたはヴァミリヲンドラゴンの力が欲しいだけだろ!」


「ドラゴンじゃない、お前の力が必要なんだよ」


僕が、必要。


「おもしろい奴には声をかけることにしている。お前よりおもしろかった奴は、これまでいなかったよ」


「結局レベルとか、そういう話じゃないですか」


「そうじゃない。レベルがいくつあっても、それをどう使うかの話だ。例えば一億持ってたって、面白い事に使える奴は、そう居ない。脳は等しく誰もが持ってるものだが、面白い事をやれる奴、俺が面白いと思える奴はそう居ない。そういう話だよ。機会さえ有れば、お前が別にドラゴンを引き当てなくとも、俺はお前に声を掛けただろうな」


それが、嬉しかった。認められた気がした。僕という人間が、そこにいる事を快く思ってくれる。変な幸福を感じた。


「嫌ならすぐ抜けますよ」


「構わないさ。どうせお前にはうちが必要だ」


それから少し、話を続けた。


贅沢な暮らしがしたいから殺す人、殺すことが好きな人、殺されたい人、変な人。いろいろ話を聞いた。


結局分かった事は、このギルドが、殺す事を愛しているギルドなのだということぐらいなものだった。


そうしてログアウトした。


この世界に、いや、殺戮者達の世界に身を置いた。


それが妙に、嫌悪感は沸かなかった。そのギルドに入った時、感じたのは、奇妙な安心感だった。


助けてもらった貸しもあるしね。貸しは返すさ、倍にしてね。

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