第二十話 暗黒
「怖くない?」
そう尋ねられた。ラフィアさんが僕に対してどう思ってるのか、正直どうでもいいって性根の部分で思ってる。だから答えた。
「怖くないですよ。どうしてですか?」
「いや、怖いって感情が無いならいい」
そうやって僕たちはラフィアさんとミルフィーさんとで三人並んでヴァミリヲンドラゴンの性能テストの実施場へ向かう。
なんとなく。前を歩いてるラフィアさんの言いたい事が理解できた。その姿から、姿勢から、理解するに至った。直感的というのだろうか。霊感というものだろうか。
僕は人とは外れてしまった。そもそも人ですらないのかもしれない。圧倒的な力、その力を手に入れている。国家でも世界政府でもない、ただの一小市民の僕が手に入れた。なんだって出来るであろうという力。暴力。ただ単純な強さ一つとっても、それがあれば世界を壊したり支配したり、言葉を変えるだけだけど世界の修復だってできるだろう。ひょっとすると本当に誰かを生き返させたり、過去の時間軸を遡ることだってできるかもしれない。まぁムリだろうけど、僕にできないのはそれぐらいで、壊すことならなんでもできる。人類が積み上げてきた文明そのものだって、ラクに壊せるだろう。
最強とは、そういうものだ。僕の前には何もない。教科書に書かれてるような、生き方を僕がやるか??賃貸のマンションを借りて、誰かのために朝から晩まで働いて、嫌なことだって頑張ってやって、そして一週間に一度か二度の休みで、一息つく。僕がやるのか?僕がやれるのか?
結局何のために生きるのかって事に結びつくんだ。そして僕はもう超越してる。それが地球何個分かって話に直結する。人には出来ないことをやるのが、僕で、僕はそう生きるつもりだ。
一人の女の子を救うことはできた。殺すべきものを殺した。なら、世界を救うことだって出来る。なら殺すべきものを殺すことだってできる。
そりゃ、怖いよね。孤独なんだ。孤高なんだ。ラフィアさんは、ずっとそうやってきたんだ。
第二十話 暗黒
「あ」
ふと、ラフィアさんが立ち止まった。
「握手。してなかったっけ」
ぎゅっと握り締められた握手は、女性とは思えないほど力強いものだった。その瞬間、その肉体に触れた瞬間、少しだけ、理解することができた。
僕じゃない人生を歩んだ、別の世界観を持った人生を、感じ取れた。良い人間には間違いない。そう思える。だけど、怖がってるとも思う。きっと強さを持った人生は孤独なものだっただろう。人と一緒に歩めないのだ。しかし強い意志も感じ取ることができた。なんとも力強い。信念。信じたいと思う気持ち。
「この世の中って、ろくでもないって思うけど、だからこそ頑張れるって思っちゃう。そうじゃない?」
「それでも、人との繋がりを求めてしまうんですよね」
きっと人間は、ヒトという種は、孤独には耐えられないものだろう。その枠組みから、まだ僕とラフィアさんは囚われているんだ。人間の定めたルール。規律、道徳、マナー、僕とラフィアさんは、人間はこうであるべきだという考えをきちんと持っているのだ。逆にそうじゃなかったら人じゃない。僕たちは、ヒトであろうとしてる。
絶対的な暴力を持ってても、世界一お金を持ってたとしても、結局人との繋がりを求めてしまう。僕達は、人でありたいのだ。
「その力は人を破滅に追い込みますよ~。持ってないほうがラクですよ~」
「この子はね、私が必要なの。私も同じ。ソウルメイトってやつ。マスコットにはまだ早い話ね」
握手が終わって、そしてまた歩き出した。やがて夜がやってくる。
夕闇が差し迫ったガラス細工の町並みは、闇に飲み込まれるところだ。人間の住む地球は、そういう場所だ。昼があって、夜がある。同時に存在することなんてできやしない。
「白夜って知ってる?夜の無い場所。白と黒が濃厚に交じり合った世界で、そういう場所って素敵よね」
ふと、ラフィアさんがそう言った。
「そうですね」
きっとラフィアさんとなら、美味いご飯を食べられそうだ。人間って最悪ですよねー。ほんとロクでもない。そのために僕らが闇夜で頑張るとか、もうちょい給料上げてもらっても良くないと思いません?ほんとストレス社会ですわー。ラフィアさんもそう思いません?根が小心者の僕が居酒屋でラフィアさんに愚痴る。あーもういっそぶち壊せば?ビル一つぐらい。ちょっとぐらいはあがるでしょうね。なんて言って大笑いする場面が思い浮かぶ。
「さて、と」
夜が、やってきた。
「飛びますか」
「だね」
ラフィアさんの上には気づけばドラゴンがいた。
「・・・う」
怖い。なんか、違くないか?こうも。なんというか。凄まじく。
「あんまり目を見ないほうがいいかもね。潰れるかも」
「なんか凄く禍々しい感じがしますね~」
ミルフィーさんの言うとおり。ドラゴンとは、こうも邪悪なオーラで滾ってるのか?
「ドラゴンってこういうもんでしょ?」
「そうなんですかね・・・」
同意しかねる。だってヴァミリヲンドラゴンは、なによりも、柔らかく、そして、優しい。
「ヴァミリヲンドラゴン、でてきて!」
呼びかけに応じて、召喚される。でてきてくれたという安堵の気持ちが大きい。
強さの純粋表現。混じりっ気無しの、最強。体言された強さの象徴。冗談のような御伽噺のドラゴン。大きく、なによりも綺麗だ。
それに比べて。
黒く、邪悪に満ち溢れた、邪悪で成り立った体から溢れるのは、禍々しさ。なんか、イメージしていたドラゴンとはあまりにもかけ離れてる。
「夜だと共鳴して、おぞましさが更に増す。昼だと化粧映えしちゃうけど、夜だと本性が出てきちゃうってね。でも、とってもいい子なのよ、この子。ちゃんと分かってくれる。そういうとこ、理解してくれない?」
「理解なんて求めないでよ、でも言い分は分かったよ。ちゃんと育ててるってね」
「目はカワイイですよね~」
「よく見てるじゃん」
虹色の巨大な龍に見とれていると、透き通った青い海にぷかぷか浮かんでるイメージが、勝手に頭の中へと流れ込んだ。目を見開くと、そこは大空、闇の帳が降りきった摩訶不思議な世界。空の闇の中に、浮かんでいた。
「あれ」
足が地面についていなかった。そもそも、足が。脚が。いや、それよりも。
満天の星空という星空。祝福された夜、闇の中にも輝きはあるのだという、太古から刻まれた遺伝子のせいだろうか。希望が見えた。それも、360度見渡せる、大パノラマ。巨大な木を中心に栄えている奇妙なガラス細工の不思議な町が目の下に。
これは、意識が、ヴァミリヲンドラゴンの中に流れ込んだのか?いや、ラフィアさんとミルフィーさんが町の門にいる。僕はいない。だとしたら。
「このほうがはやいよ」
頭の中から声が響いた。そうか。今の僕は、ドラゴンだ。
「その通りだね」
この黒い空は、僕のもの。そんな感覚すらある。こんなにも大きく広いとんでもない存在が、今じゃまるで手のひらにすっぽりと収まるほどにも思えてしまう。そんなちっぽけな存在に感じてしまうほど。僕は大きく、最も巨大だった。形じゃなく、存在そのものが。大きいというだけで、こんなにも違うものなのだろうか。ただ単純に、大きいだけなのに。
「いい気分だよ」
その気になれば、空ごと落とせそうだ。
そしてこの空から漂う、大きな淀みが感じられた。魔力じゃない。気配や、人の持つ特有の念や思考の残滓、感情の動き、それらが大きく集まって渦を成しているその場所。僕が向かう方向、目的地。そこに恐怖、期待、殺意、決意、戸惑い、喜び、そして悲しみ。
ああ。きっと待ち構えてるのは罠で、僕を殺そうとしてるんだなぁ。それが分かった時だった。
妙な感覚だ。失望した気分になりそうなものなのに、あまり実感は無く、ただただ超然としている自分に驚いた。ベンチに座ってるとき、ふと靴の上を歩く蟻を見る感じに近い。
でも。人は蟻じゃない。敬意を以って、皆殺しにしてあげようと思う。僕は、優しいから。




