第一九話 利害
異世界へ通じるゲートは、現在確認されているだけでも、7つ。エジプトのファラオ地下迷宮231階、あらゆる光線の通らない南極の非人造シェルター、太平洋中央に位置する古代アトランティスの超巨大神殿、ランクAのケテルが這い出ていた青木ヶ原樹海洞窟最深層、追跡不能の空飛ぶ島シャルマニアン、ガルノア共和国核廃棄施設、ペンタゴン最下層無限書庫に位置するリビアティタン小腸。
各国が秘匿している情報はまだあるだろう、公式証明が成されたダンジョンだがまだ63名しか帰還していない。酸素濃度、気圧諸々の生存環境に適した逃げ場だと言えるはずもない。火星移住計画も敵対生命体の影響で思うように環境の地球化ができておらず、受け入れ上限も人類の一割以下。直近二十年は現在の社会構造をそのまま移行することも困難と思われる。
神殺しの代価案として東雲末樹を起用したい。彼は思いの外、我々側でかつ協力的だ。ヴァミリヲンドラゴンという名称の終末クラスは、ランクS指定を受けた。東雲末樹を抹消する案がいたなら、即時の中止を求める。効果波及が不明で、超過反射のスキルを有するなら一撃で何万人分という攻撃力が人間という種全体へのダメージを振り分けられるか予測の立てようもない。
補足点が一点だけ。アラビア次期国王のロザリア王子の不穏な動きに注目されたし。独自のルールを持つ魔術師小隊を含む直属大隊が日本語講座を、そして王子は5時間後プライベートの来日予定。
我々の早急な対応は、東雲末樹を敵対勢力と接触させないこと。東雲末樹が我々と一体になった際、この文書も閲覧すると仮定し、文脈を一文付け加える。人道的な手段でもってのみ、これを行うこと。
第19話 決裂
「お席ご一緒していいですか~」
「ええ。どうぞ。こっちはむしゃくしゃしててね。聞いた?ドラゴンの出現。世界唯一無二の称号が無くなっちゃった」
美人だ。淡いピンク色の髪をお団子にしたヘアスタイル。僕が見た専門紙の表紙とは印象が違うけど、間違いなく、すんごい有名人オーラが出てる。近づきがたい雰囲気があるけど、よくミルフィーさんは声掛けられたなって思う。それもナチュラルに。僕なら絶対噛んでたね。まず間違いない。
「どうぞ、お掛けになって。多分テーブルを埋め尽くす勢いでフルコースが出てくると思うけど、セルフビュッフェだと思ってくださっていいから。お初ですよね。トワイライトのミルフィーさんに、えっと・・・」
そんな美人がこっちを見てる。思わず喉が鳴った。ハリウッドスターが僕を見てる気がする。
「え、あ、あの、僕東雲末樹っていいます」
「そうなんだ。もしかしたらって思ったけどね。あなた、この子が見えて苦笑いしてたし。ふうん」
この子が見えてってどういう意味だろうか。そして僕はハリウッドスターにじろじろ見られた。っく。こんなブラピならどうするんだ。いっそテーブルを見て目線を下げないで顔を見返してやるのか!
「・・・」
メイクの整った映画に出てくるような彫りの深い西洋人だ。自分がこんなにコンプレックスを感じるなんて予想外だった。ドギマギしてしまう。
「・・・」
チラリと見て、無理だと思った。目力が半端じゃない。目線がぶつかると眼球が痛くなってくるレベル。ヘプバーンとモンローを足して二で割った感じだ。ヤバイ。佐伯さんもアイドルグループのセンターレベルの美少女って感じだけど、こっちはなんかカワイイっていうより美人って感じだ。絶対独り暮らししてて、親と同居してないって思う。眼に強い意思の力を感じる。
「ふーん」
「・・・」
「んーーーー」
「・・・」
「ふうん。ティーンエイジャーね。それでご用件はなんでしょうか、東雲君」
「実はですね~」
「ごめんなさいミルフィーさん。できれば東雲君の口から言ってほしいんです」
ミルフィーの口上、ピシャリとラフィアさんは言った。僕の口から。頑張ろう。やればできる!やればできるんだ!佐伯さんともどもらずに喋れるようになっただろう?美人がなんだ、かぼちゃだ、かぼちゃなんだ。きっとこの人だって僕と同じように夜な夜なエロ動画を漁ってるんだ。多分。
「かくかくしかじかで」
「なるほどー。なるほど。かくかくしじかかー。よくわかった。あ、ウエイターさんお手間だと思いますけど、料理は隣のあっちのテーブルにおいてくださっていただけます?よくわかった。東雲君。もう一度だけ聞いてあげる。次はふざけてもらったら困るから」
僕にどうしろっていうんだ。ラフィアさんの膝にちょこんと座ってるスキンヘッドの幼児が僕に向かって中指をおっ立ててる。行儀が悪いなーっと思いながらも、簡単に簡潔に、喋り慣れてないけど分かりやすくこれまでのあらすじを説明した。
「なるほどね。これまでのあらすじがあって良かった。ほんとに。大体使わないけど、忙しいから週末だけゲームをしちゃって内容忘れちゃってる時なんか便利だもんね。おもしろいね、君。次もふざけてごらん?」
瞬間、ラフィアさんの透明なオーラが大きくなった。そして僕は、威圧されてる感覚。
っていうか僕にどうしろっていうんだ。
「ヴァミリヲンドラゴンを引いていろいろあったけど、一日経ってからアメリカの国務長官と会った。世界を救ってくれって言われたんだ。もちろん了承した。だけど、話がもう、大きくなりすぎてて。僕の知ってる世界は壊れた。アドバイスが欲しくてここにきたんです」
「ふうん。なるほど。連中と接触して取り込まれたなら私の敵ですけどね。けど、まぁうん。わかった。その前に一ついい?私は地球上で最も資金の有る宗教法人キリスト教の最高戦力なんだけど。建前でもね」
「何が言いたいんですか?」
「敵同士ってこと。主義主張も違えば、目的だって違う。簡単な提示をしてあげましょうか」
「はい」
「私と組むこと。これが条件。それに、このミルフィーさんも。味方じゃない」
「敵と味方じゃないと思いますよ。この世界は二極化できない。いるのはプレイヤーで、優劣順序なんて風向き一つで変わってしまうって思います」
「根本、その人間の不変な部分、奥底、その質の部分。根底にあるものが違えば、理解はできっこない。表面上の部分だと思わない?宗教や民族によって指向性が異なるように、あるのは隷属だけじゃない?」
「人間は刹那的な生き物だって思ってますよ。僕は。根源も資質も、人間性だって変わる。お金だったり、環境だったり、精神的にも。手を取り合うなんて言ってないです。それに。アドバイスが欲しいだけで、ラフィアさんが欲しいわけじゃない」
「線引きが難しいですね、東雲さん。直に後悔するでしょう。判断をね」
「死ぬ間際に後悔するような生き方はしたくないからですよ。ラフィアさんなら良いアドバイスをくれるような気がしてたんですけどね。きっと彼らからの接触もあったと思いますし」
「もちろん。人類進化を探る人間社会の支配者層。支配構造の維持及び管理。でも皮肉ね。彼らは彼らなりに強者の役割をこなしてる。この半世紀はそれどころじゃなかった。彼らがいなかったら人類は四度くらい絶滅してる。ちっぽけな血税を奉げるだけで、明日死ぬかもしれないなんて共通の認識は生まれなかった。でもね。それはあくまでも、危機があるから。それさえ上手くやり過ごしてごらんなさい。一昨年ノーベル章を取ったスラー電波。この有効射程は月にまで軽く及ぶ。Realの無線装置も密かに開発してる。わかる?彼らはその気になれば、東雲末樹が世界を壊す前に全人類をRealに転送させることだってできる」
「人類絶滅よりはよっぽどいいと思う、それが本当ならね」
「いかれてるね。東雲さん」
「間違ってる異見は歓迎するよ、何度だって訂正してくれていいです」
「私が間違ってたみたいね。あなたはアドバイスを求めに来たわけじゃない。あなたはね、私を囲いにきてるわけね。本性はよほど直接的で、大胆だね。でもね。あなたの言うような事ばかりじゃない。私がそうだから」
「否定してるわけじゃないです」
「あなたが望むのは何?いつもの普通?普通の人生?フツーの人生がいいの?」
「その普通すらできないのが僕みたいな人間なんですよ、わかりますか?人生の心構えがまるで違う。人は職業や恋人は何時だって変えられて、自由だって言われてますけど、それすらできない、できっこないのが、僕みたいなやつなんです、わかりますか?この世の中にどれだけ普通を祈って願ってるか、理解できますか?」
「できるし、今もうやってるから。最高の人生のためにね。今少しだけ分かったよ。あなた、死ぬ事を受け入れてるでしょ。今理解したよ」
「それで僕を理解できた気でいられても迷惑ですけどね」
「どんでん返しも一発逆転も無理だし無駄。後に残るのはちょっとした自己満足で、地面に這いつくばって死ぬはめになる。そんな気がする。あなたには、それが似合いそうだから」
「それは僕の死でしょ。ラフィアさんには関係のないことだ。それぞれの死がある。同じように人生だって。ちっぽけな自己満足でも、それで満足のいったところで死ねるなら本望だって思いますけど」
「流石に引いちゃう。でもいいね。連中からの後見人選びがまだなんでしょう?私がなってあげましょう」
「結構です、ミルフィーさんにお願いしてるから」
「ほら、怒ってる。心の底を誰かに触られただけで拒絶するなんて、子供の証拠よ?」
「争うことに慣れてないだけです」
「でしょうね。問題無い、あなたには暴力がある」
「僕はそんな人間じゃない」
「今はまだそれを知らないだけじゃない?私もよくわからないけど。例えば、お金を使う達人で世界から上から五番目ぐらいだとしても、そもそもその人がお金を持ってなければ、その人は才能を見出せないわけだし」
「やるべきこととやるべきでない事ぐらい承知してますし、それを誰かに、親以外にとやかく言われたくないです」
「ふうん、あっそ。じゃあ誰かにアドバイスをもとめるなんて考えをもたない事ね。でもこの時間は有意義だった。そのドラゴンは、私こそが相応しい。子供にミサイルなんて撃たせられない。あぶなっかしいなんて問題じゃない。肝はどの方角に打ち込むのか、心得てないからね」
それを言われて僕はくるりと向きを変えて席を立った。こういう人だったのか。って思った。良くできた勝手に良い人イメージを持ってただけだった。こういう奴には将来なりたくないっていう未来を見た。
「座れよゴミクズが。ママが言ってることを良く聞けカスが」
「・・・しつけがなってないようだね。いいかな、汚い言葉を」
「うざいなカスが。座れって言ってんだよ。口を利いてやってるのがどれだけ有難いサービスなのか考えてみろゴミが」
僕は座って、次どんな口調でどんな言葉が出てくるか、ラフィアさんがしゃべりだすのを待った。
「握手」
と言われて手を出された。
「はい、握手」
だからその手を握った。
「退屈してたところ明確な目的ができて良かった。これからの人生、ぞっとするくらい寂しいものだって思ってたからね」
「言ってくれれば何時だって遊び相手ぐらいしてあげますよ」
「でしょうね。対等な人間は私とあなたぐらい」
妙に寂しそうな感じがした。ドラゴンライダーだったラフィアさんは、人生をどう歩んでくつもりなのだろうか。きっとドラゴンを手に入れて、その人生は大きく変わったはずだ。多くは良い方向に。もしかしたら悪い方向へと進んだこともあったかもしれない。
僕たちは、大いなる力を手に入れた存在だ。その力をどう使って、どう生きるのか。僕には想像もできない。この人が、どういう気持ちで今日を現在を生きてることが。
「あくまで傍観する立場だったけれども、東雲君にも興味が湧いてきた。不思議とあなたは、普通じゃないとって感覚がする。オーラがね。私に語るの。唯一無二の、不可避の存在なのだと。あなたは結局こう思ってる。僕に不可能なんてない。できないことなんて何一つ無いってね。そしてあなたは世間知らずのお子さまなんだもん。いいこと思い付いた。私が支配してあげましょうか?残りの人生の選択を全て選んであげましょうか。そしてあなたの責任を全てを負ってあげましょうか」
「結構です」
「東雲君・・・えっと。呼び方はどんなんがあるもの?愛称で呼び合えたら素敵だなって思わない?」
「マッキーって呼んでください。言っておきますけど」
一瞬、頭が真っ白になった。
「マッキーばかにしてるとそろそろおこるよ」
そんな言葉が僕の口から出てきた。
「へぇ。結構同期もできてんだ。ドラゴンはパートナー、つまり半身と思った方がいい。マッキー。上級の召喚獣は受肉の終わったレベル100越えだって存在してる。それには意思があって心がある。ま。マッキーなら問題無いけど。ちなみに同期が終わってるなら、全思考も共有されるから。考え方には気を付けた方がいいよってゆーかマッキーなら大丈夫か。思い当たるふしってあるでしょ?」
「あります」
なるほど。
「・・・」
「一つ言っておくけど、大人は嘘をつく。そしてマッキーの持ち物を狙う。命も。それだけじゃない。思考も縛って、想像可能な生産性を制御してくる。職業によって性格が変わったりだとか、お金持ちは傲慢な奴が多いとか、そういうのとは少し違う。マッキーの心に入り込んで、情報を喋らせ、味方になってもらったなんて幻想をもたせる。そう、そこのミルフィーさんみたいにね」
「なんかいいましたか~」
ミルフィーの声は後ろから。そして振り替えると、トマトケチャップだろうか、真っ赤なソースを口につけてるご尊顔がそこにあった。
「本当に食べるのね。あなたも良い根性してるわ」
「それほどでもないですよ~」
「誉めてないからナプキンで口を吹きなさいな。ヒース・レジャーリスペクトみたいなジョーカーチックになってるから」
「はい~」
「・・・」
「すねてる?ねぇすねてるの?自信満々でいきなり資産を築けてしまったラッパーみたいに調子のっちゃってたからすねてるの?」
「べつにいいじゃないですか」
「なんか、ちょっとすったしちゃった。やっぱり自分と同格かそれ以上っぽい奴をやっつけると気分が良いものね」
「格上だったんですか僕」
「かなり調子にのってたって部分、テンションゲージマックスみたいな感じのところ。ってかミルフィーさん、ちゃんとマッキーの面倒みれる?拒否するとこは拒否しなきゃいけないんだけど、絶対無理そうだよね。そうして言われた事を全部マッキーに押し付けて、自分じゃ世界のために頑張ってるってイキリ顔やっちゃうとか。自分の話題になったら食べるのやめてくんない?体育会系の大学生みたいなノリでやってけるほど甘くないからね?」
「大丈夫ですよ~がんばります~」
「だめだこりゃ。まぁいい。もういい。私もマッキーのドラゴン能力測定に付き合う。どーせ検査にかこつけて、モンスター殺させてアドバンスを強制卒業させるだろうし。そして現実でマッキーは組織の操作系能力者に完全支配されるでしょうし。はあ。私も行く。そろそろ時間だし」
「いいです、結構です。ミルフィーさんが」
「だから、それも危険っていってんの。あんたばかぁ?自ら敵地にうきうきで乗り込んでくとか。ほんとにばかね。だから私が付き合ってあげるっていってんの。この世界には秘密が多い。ルールもね。隠されたルールはもっと厄介。ふつーの高校生がどーこーできるって話じゃない。あんたふつーに今詰みよ?私が付き合ってあげるって言ってんの」
「・・・」
「はいなら短くはいと返事。もう戦争は始まってんのよ。あなたと、世界で」
「はい」
もう、どうにでもなれ。キツイよ。デレの無いツンデレタイプとかもうね。現実の女性じゃないか。そしてここは現実か。
「トワイライトなら知ってることは多いでしょうけど、私には圧倒的な経験がある。どうせ地球を救うのは私になるんだから、マッキーいたほうが少しぐらいは仕事が楽になりそうだし」
「はい」
「まードラゴンライダーなら居ても問題無いと思いますけどね~」
「やっぱりばか。ばかばっか。最悪ドラゴン奪いにきてるってのに、ちょっと話をしただけで信用するとかもうね。相手は世界の強者、支配者階層。マッキーを利用するだけすることしか考えないに決まってるじゃん」
そして僕はラフィアさんとも行動を共にすることになった。正直、絡みたくない類いの人種だ。
結局この人も、ヴァミリヲンドラゴンを欲しがってるだけなんだ。しかし情報がほしい。提案には乗るべきだ。




