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第十八話 情報

の腐肉に身を浸らせて、夢見る日は安らぎに包まれ、虚無の抱擁を受ける。目線の先には光は無く、どこまでも闇が続いてゆく。思考の渦は速度を落とし、緩慢になる。生を受けたその日から受けた使命は果てが無く、朽ち果てる。老い果てる迄にも果たせず、血に託す。骨の鎧は好まない。ただ赤と、腐った我が身の匂いは好む。道具も時間も有限なれど無限に思える。今日はこれからどんな安らぎに包まれようか。刺殺、銃殺、絞首、圧死に溺死。私は死の中毒者。死の縁の先に立つ者。



第十八話



「驚かれましたでしょう?」


後ろから声をかけられた。ミルフィー越しの先には、一人の老紳士がいた。身なりの正しい、映画に出てくる執事さんぴったり。


「ジルトニアの家系は優秀な魔術師を多く輩出してきた名門でございます。そのためか趣味嗜好は一般のそれとはかけ離れてます。そっとしておいてあげてくださいね」


そう言って頭を下げられた。


「はい」


「ありがとうございます。シノノメ様、バベリオット様。先にお聞きになられた通り、これから実践演習を交えましたデータ収集をさせて頂きます。その前に、採寸を。正装をご用意致しますので、こちらへどうぞ」


「え、あ」


採寸、えーっと、確か、洋服をピッタリ着れるように計るものだったか。


「こちらで用意された洋服もアーティファクト扱いになるんですよね~?」


「左様でございますが、マーキング等一切の付与はございません。スリ行為等の防衛魔法のみでございますよ。鑑定等もして頂いて結構でございますが、このお屋敷には各国の首脳クラスの方々、多国籍企業のシーイーオー、エクゼクティブが滞在されております。ハウスルールと致しまして、一切の縦割り上下無しの交流を推奨しております。皆様にご使用頂いております、一等のスーツ。素晴らしいものですよ」


「これ自体ぶっちゃけ支配下に置かれてるよーなルールですね~」


そしてミルフィーは僕を見ながら言った。


「どうしますか~?」


どうするか。深い含蓄があるように聞こえた。退くか、やめるか、進むのか。面倒だけど、やれるのかってことだ。罠があるが、進むのかという事だ。


「面倒も楽しまないと」


「そういうところは気に入りませんね~。もっと若人らしく振る舞ってくれないと~」


「スラー電波発見者のコートニー博士、アラビア時期国王ロザリア王子、そしてお二人。これから渡されるスーツは、ある主の特権階級へのパスポートでございます。個人や複数名の集団ではなく、国家、多国籍企業、この世界の強者、といっても差し支えの無い方々です。強者であり続けるには、強者の振る舞いが必要でしょう。シノノメ様はそれをもう持っていらっしゃる。そして強者には義務がある、そうでしょう?バベリオット様」


「未成年にはどーかと思いますけどね~」


「僕はこんなのできないよ、マクダレン。僕は昆虫博士になりたいんだよ。そう仰られて幾年が過ぎました。今では、どこへ出ても恥ずかしくない立派な御方になられました。シノノメ様はもう既に強者の資格をお持ちのようです。一見して分かる素晴らしいカリスマの持ち主。こんなの無理だ、できっこない、やれるはずがない、苦難や困難は尽きる事がないでしょう。ですが、それすらも大いなる強者の試練の一端だったと感じる日が来るでしょう。今はただ進む時ですよ。シノノメ様」


そう言われた。妙に心に染み入るような言葉を言われた気がした。はいっとただ短く答えて、それから採寸


をしてもらった。腕の長さや股下、足首の長さ、首回りの太さに至るまで。


「ねぇ。この世界の魔法っていろんな事が出来るんですよね?こういった採寸をする事が条件の魔法とかもあったりするんですか?」


なんて言ったら苦笑いをされた。


「タウン内のピースフィールドでは魔法の使用は不可ですよ。ですが、シノノメ様。素晴らしい着眼点をお持ちですね。その能力を余すところ無く発揮して頂ければ、強者を下すことも難しくありません」


かなり調子の良い事を言われた。それでも、なんか嬉しい。採寸室はクローゼット室の隣に有り、おびただしい数のメジャーが吊るされている。この部屋には、各国の著名人が入り、僕と同様に採寸されていったのだ。そしてこのスーツはパスポートだと言われた。自分だけのアイデンティティが出来た気がした。ちょっぴり自身もついた気がする。


採寸が終わって、スーツを受け取った。真に黒。目を見張るような黒色。手触り。本物の本格。といった感じだ。


「着てみますか?」


「お願いします」


鏡に映った僕を見た。なんか、偉そうだ。なんか、凄そうだ。イケてる気がする。


「よくお似合いですよ」


「ありがとうございます」


「旦那様からシノノメ様の装備品一式の件について協力を言付かっております。今後、装飾品等を手に入れ、サイズ等が合わなかった際はこちらへお立ち寄りください。調整、修繕、改修、微細なデザインの変更も可能です。今後入手される装備品は、シノノメ様のサイズに合わない事もございますからね」


「ありがとうございます」


採寸を終えた後、控え室に通された。そこではミルフィーのスーツ姿が。


「特注になっちゃうんで安上がりで助かりますね~。あんまり他人に体をぺたぺた触られたくないんですけど~」


「なんかミルフィーさんのアバターだと、ぬいぐるみがスーツ着ててなんか、すごいですよ。そのまま部屋の窓にでもちょこんと乗ってたら絶対分からないですね」


「それ試しに今度やってみます~」


「初期の服より、こちらのスーツが宜しいでしょう。どのカフェでも無料で美味しいコーヒーが飲めますよ」


「それは凄いですね~。地味にかなり~」


「とは言っても、偉大なるギルドの一角、五本指の一つであらせられますミルフィー様には無用のものですが」


「お値段高いので助かりますよ~。それに特別は大好きですからね~」


「それは宜しゅうございました」


「ところでマッキーの持つドラゴンの能力精査メンバーの選考基準は何ですか~?」


「・・・なるほど。機密が保たれつつ、能力の有る鑑定チームをご用意致します。生物工学第一人者のオクスフォード大学名誉教授バルフィルク・ストン、彼の書いた論文技術と理性の融合は学会でも異端視されている部分ではありますが、現在この世界において彼ほどアイテム、魔法の有用性の先見を持つものはいないでしょう。生物技師ジーク・ロースター、世界最大の製薬会社それの治験を一手に任せられてる会社の最高経営責任者です。あらゆる側面での人体の影響を助言してもらいます、またこの世界と現実の繋がりを最大に理解している人物です。ハンス・フィース、この世界でも十指に入るモンスターテイマー、あらゆる召喚獣に精通し今回は彼の機密事項を全てなげうってでもドラゴンの調査を行うでしょう。一時期はダンジョン攻略のワールドファースト最多数踏破者。経験と知識から今後についての有用なアドバイスをもらえるでしょう。ペンタゴン職員からは一名、ヒトではありませんが、偶然地球に飛来した異次元のヒト、現在シノノメ・マツキの監視にあたっているシークレットサービス、彼が今回の現場の人払い及び確保を行います。彼についての最低限しか現在は言えませんが、つい先程。シノノメ様が彼の作戦に加わった時点で、監視ではなく、ボディガードとしてハウスヘルパー一切を行っております。彼らにはエマージェンシーコールで招集が行われておりますが、欠けたメンバーの補充はありません。ABCからなる総合判定を行います。が。私の敢為的な総合判定はSであり、人類を遥かに超越した存在であり永遠の放棄が妥当で、人類絶滅濃厚な絶命の危機における緊急避難のため、あくまで、有用としております。ちなみに私も警備に立ちます。彼らが選ぶ機密事項保護条項を過去十年守っている人間に限りボディーガードとして一人のボディガードを連れてくる事を許しています」


そこでミルフィーが遮るように口を挟んだ。


「調査名目での鑑定は、あくまでもマッキーにおける協力が前提となってます~。そしてマッキーのドラゴンはマッキー自身完全に掌握できているものではありません~。コントロールされていないアクティブなモンスターと同義に考えてもらって結構です~」


「なるほど。つまり、最悪我々が全滅しかねない状況が偶発的に発生してしまうということでございますかね?」


「いえ~。気分屋なので、召喚に応じてくれない可能性の方が極めて高いかと思われます~。国務長官の用意した戦力分析鑑定の一切が徒労に終わる可能性大ですね~。私はヒマだから別にいーんですけど~」


「気分屋ならお願いして参上して頂く次第ですよ。バベリオットさん。少しだけでもいい。その姿を見るだけで、これまでの人生が救われるような人間ばかりですからね」


「どういう意味ですか~?」


「人類はその歴史上、神を像に模してきました。そしてそれらは証明されていない。神さえ越える存在を、自分の眼で、目撃することができる。これ以上の栄誉なんて他にございませんよ」


「まぁ若干16歳と少しでそれを手に入れてしまったマッキーは危険ですよね~」


「ええ。私は確信を持っています。シノノメさんなら大丈夫だと。これが覇者なら私は今でも反対しております。今、眼を見てよくよくわかりました。マツキ君の目的と私の目的は一致しております。すなわち世界を存続させる事。多くのプレイヤーなら、もっと欲望もあったでしょう。マツキ君にはそれが無い。だから選ばれたのだと思いますが、シノノメ・マツキ君は良い人なのです。人類全体にとって」


「それってマッキーけなしてますか~?」


「とんでもない。これほどの大物。スーツを作らせて頂くだけで大変な名誉な事ですよ。なぜなら私が見るマツキ君は、ゴジラのような巨大な天使を思わせるからです。厳粛で容赦の無い、しかしおおらかで包容力のある。人類はシノノメ・マツキという超個人を産み出すための巨大な装置かもしれないとロースターが言ってた程。笑い話では無く、今ではそれが現実味の真実かもしれないと半ば思ってるところでございますよ。実際に見ると、それが確信に変わるのでしょう」


大げさ。ではない気もするけど、確かに使い方次第というものはある。再生能力もその一つだ。もし、僕に今後翼やら牙やらが生えてきたら、圧倒的な無双を誇れるだろう。


「たった今国家の持つヴィジョンを見た気がします~」


「必死でございますからね。もうすぐ死ぬからそれをただ待つなんて、普通はしないでしょう。足掻き尽くす。私も旦那様も最善でもって死力を尽くします。公僕でございますからね」


「引退なさってないんですか~」


「全米ガンスミス協会の会長という立場からでも、公共の利益が第一でございますよ。常識は重んじられ、マナーを広める。世界平和のための一歩一歩が積み重ねでしょう?」


「死の商人の言うことは流石に違いますね~。それではそろそろ参りましょうか~。お時間はいつです~」


「一時間後と言いたいところですが、90分後。我々もいろいろと都合がございますから」


そして僕とミルフィーさんは邸宅を出た。立派なスーツ。正直いってルンルン気分だ。ピッタリ、ピッチリ、上質の肌触りに最高の黒。一目で違うと分かる洋服。ふふん。僕ってイケてんなァー!なんて凄いんだろ!みたいな事を考えながら、邸宅を後にしてミルフィーさんは早歩きでてくてく歩いてく。


「ちょっと、早いよ」


「マズいですね~」


いきなり立ち止まったので危うくぶつかりそうになった。


「国際レベル有識者の視認、今は良くても後が怖いですし、話が大きく膨れあがってきました~。私は大丈夫ですがマッキー、大丈夫ですか~?」


「大丈夫大丈夫」


こんなに僕の価値があるなんて。世界が僕を求めてる気がする。妙にテンションが上がってきてる。笑いが止まらない。クラスメイトに騒がれるレベルじゃない。世界に騒がれるレベルなんだ。


「現実のプレイヤーが死んじゃうと持ち物も当然消滅します~。ギルド保管倉庫といったアイテムボックスに入れとけばこれに限らないですけど~。つまりヴァミリヲンドラゴンを消滅させたいなら、現実のマッキーを狙ってくる可能性が高いわけです~。危ないですね~」


「返り討ちにして差し上げますよ」


「それなら私達は私達で動く必要もありますね~。先の会話の中のボディガード、それが肝ですね~。刺客の可能性すらあっちゃいます~。あっそうです~。確か占いとして一流のジルトニアのお姉さんから素敵な預言を頂きましたね~」


そして僕たちは彼女の言った通りの場所にやってきた。一見さんお断りのお店、その奥、彼女がいた。それとツルツルのスキンヘッドの子供。


「ドラゴンライダーがいますね~。ちょっと相談してみますか~」


「こっからここまで、全部ちょうだい」

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