第二話 初日からイロイロやらかしちゃってあたふたする少年
「しゅごい…」
なにしろ大きい。いや大きいってレベルじゃない。どんだけあるんだッ!!すンごいっ!やっぱり最近VRMOは凄いものがある。僕の学校のプールサイズ……いや校舎ぐらい、第一グラウンド入れた校舎ぐらいの大きさだ。
「はわわ………」
乗れるんだろうか。虹色に光り輝くこのドラゴンに乗って水平線の果て、地平線の先、この世の果てまで、どこまでも進めそうな気さえする。どこへだって行けそうな気がする。意思さえあれば、どこへでも。それがたとえほんのちっぽけな意思の欠片ですらも、実現してしまえそうな。それほどまでの存在感を放つでっかいドラゴン。
「鐘の音!……これが僕を、これからの未来を祝福してくれるようだよっ!!」
鐘の音がどこかで鳴った。世界は鐘を打ち、大きく僕を称えている。いや。それとも。
「ドラゴンの方かな…」
世界はヴァリヲンドラゴンの召還を祝福したのか。それともガチャを引き当てた僕か。なんとなく。後者だろうけど前者が良いなって思う。なんか、生きてるみたいで。いやもしかしたら。ひょっとしたら。この世界はあらゆる場所で、宇宙のその先で、死も生もぶっ飛んでいて、ありようの無い遊び場なのかもしれないだなんても思っちゃう。
「はぁ……」
ヴァミリヲンドラゴンは空中で静止、滑空して器用にこの街の端、丘に建っている大聖堂の鐘の上にちょこんと立つ。まるで小鳥が樹木の先端に立ち止まるように。よくよく見てみると、鐘の上に密着せずにその上で静止してる。そうだよね。その大きさじゃあ大聖堂壊しちゃうぐらいの重さがあるもんね。まるで、僕にその雄姿の全容をさらけ出しているようだ。―――強いとか弱いとか、そういうんじゃない冒険がこれから待ってるようだ。
「戻れっ!!ヴァリヲンドラゴンっ!」
…。
「あれ?」
もどんない。ヴァミリヲンドラゴンを僕をひたすら見続けてる。もしかして値踏みされちゃってる?その真っ直ぐな視線の先は、僕の眼球を貫いて脳髄の奥、魂ってもんがあるんならそれを凝視されてるみたいだ。なんだっていいけどね。それから大きな頭で軽く頷くようにすると、大きな閃光を放ちながら僕のカードへ戻っていった。
「不思議な感覚だな」
ドキドキする。ドキドキした。きっと、僕で納得してくれたって思う。何故かしらないけど、そう勝手に思った。
「お、お前さん………」
ドワーフのおじさんが呆けたように言った。驚いてるようだ。
「もしかしてもしかして、超ラッキーですかね!?」
「あ。ああ………」
「やったね!」
「お、お前さん……聞くが。……そりゃあマジもんか…?」
「ですよ!レベル1299ってすんごいですよね!!もうあんなことやこんなこともできちゃいそうですよね!!」
いきなりラスボスのお城をまるまる土地ごと焼き払えそうだ。
「う。お前さん……何もんだ…?」
「東雲末樹、ただの高校生ですよ」
ただの探偵さってのも付け加えたかったけど、多分おじさんには元ネタがわかんないと思うから普通に答えた。
「よし!これからさくっとレベル500ぐらいさくっと上げちゃおっと。よ~~~っし。ヴァミリヲンドラゴンっ!!大召還~~~~~~~~~~~~~ッッ!!!!!」
カードを持って大声に決めポーズを加えたドヤ顔でいい放った。今の僕、多分めっちゃ輝いてる。世に生れ落ちてから、少なく見積もってとびきり一番に輝いてるんではないだろうか。
「フフ」
二秒が経過した。あれ?
「フフフン」
五秒が経過した。あれれ?ドヤ顔しちゃったよ?
「……あ。あれれ…?」
七秒が経過した。僕の真横にいるおじさんの眉間が深くなっている。
「ヴァミリヲンドラゴン…?さん…?」
十秒が経過したところで早くも決めポーズをしていた右の二の腕が痛くなってきたのでポーズを解除する。
「う~ん」
なんか。出たくないって言ってる気がする。用も無いのに召還すんなって言ってる気がする。ヴァミリヲンドラゴンが描かれた七色に光るカードから冷たい視線が突き刺さってるような気さえしちゃう。
「まだ時ではないのか……」
勝手に納得してバッグに仕舞った。
「し、信頼度ってやつだな…ほら。あれだよ。モンスターカードを使用するためにはそれ相応の強さや能力、ジョブにもよるが認め合う力が必要なんだぜぃ…それがドラゴンなら相当なもんだが………お前さん。聞くが、現実に戻ったら何やんだ?」
「あっ。宿題。英語の宿題やんないと!それから寝ますよ。明日学校ですから」
思い出してしまった。そういえばるんるん気分でReal装置を手に入れてから、あらゆる面倒な事を忘却の彼方におしやってゲームしてしまったのだ。英語の先生って宿題にうるさいんだよね。
「そういや忘れてました」
てへへって言っちゃうとおじさんが急に怖い顔をした。
「いいか。ボウズ。ちょっと待ってろ」
そう言ってドワーフのおじさんがエプロンを外してガチャ売り場の小屋から出てきた。
「ちょいとクローズっと……」
そう言って店の受付口に木の板の札を垂らした。木の板にはドワーフのオジサンが書いたとは思えないぐらい絵文字で分かり易い閉店図が記載されていた。メルヘン。
「うむむ……。こっち見てる奴はいねーな。いいぞ、良し。ちょっと小屋の裏に来い」
そう言って特に何も考えずにてくてくついていく。なんか副賞とかあったりして。次は激レアチョコレートとかだったらいいなぁ。寿命が百年ぐらい延びるやつでお願いします。そんな妄想で頭がいっぱいだ。
「お前さん。見たとこマジで普通そうだが。お前さんこれからRealでどう遊びたいんだ?」
そう言って怖い顔になってる。まるで返答次第じゃ僕からカードを剥奪しちゃうぞってな勢いだ。ドワーフのおこ顔がおっかないよ。
「え。えっと。普通ですよ。雑誌をちらっと見てる感じにはこのゲーム面白いみたいだし」
「………まるっきりのド素人に全能か。まぁ。………いい」
なんか凄いこと言われた気がする。むむっと思っちゃう。
「そのカードがあればこのRealを。獲れるぜぃ」
そして凄いことを言われた。
「まさか」
「更に。そのカードがお前さんに及ぼす影響も計り知れないものがあるだろう。このRealには現状レベル100を超えるプレイヤーは存在しねぇ。ぶっ飛びすぎなんだぜぃ!そりゃぁよ」
現状レベル100を超えるプレイヤーすらも存在しないという事実があるのか。ふ~むなるほど。なるほどなるほどなるほど~。ナルホドナー。
「つまりすんごいってことですね……!」
「そ、そりゃあな…。もう。って!そうじゃねぇ!マジな話!お前さんはそのふざけた存在、ヴァミリヲンドラゴンの事について知る必要があるんだぜぃ!!あらゆることを。だ!」
「は。はい……」
おじさんは真剣な目だ。本気だ。
「先に放した通り、三等以上の賞品を当てた奴すらもいねぇ、そりゃ激レアも激レアだぜぃ!月間Realは読んでるか?」
「たまにコンビニで立ち読み程度です…」
ジャンプ、ヤンマガ、スピリッツの立ち読み黄金コンビからのたまに流し読みするデザート感覚だ。コンビニっ子でごめんね!ハンターが載ってる時だけ買う感覚。わからないだろーなー。海外っぽいおじさんには。憂鬱を和らげる月曜の処方箋。これのおかげでなんとか生きていける学生も少なく見積もって半分はいるはずなのだ。いや、男性のおよそ四分の一ぐらいはそうに違いない。四分の一って確か英語でクォーターって言うんだよね。確か。こんな僅かな思考で英単語に変換できるなんて、やっぱり今の僕は光り輝いてるのかもしれない。
「そうか。なら今すぐログアウトしてRealを五冊ほど、本屋でおネカフェでもいいから熟読するんだぜぃ!載ってる情報すべてを頭に叩き込め!そうすりゃぁ、お前さんが今どんな状況に置かれてるか、今どんな状態なのかを理解できるはずだぜぃ!」
トンでも無い事を言われてしまう。どうやら本気で元旦のおみくじで大吉が出たレベルとはかけ離れてるようだ。ちなみに今年は大吉だった。これまでの月日で、特に大吉を実感した経験が無かったのだ。今正に大吉パワーが大爆発しているのかもしれない。
「そ、そんなにですか!?そんな凄いんですか、やっぱり!?」
「すげー簡単に言っちゃうと宝くじに当たったようなもんだぜぃ……超ざっくばらんに言っちゃうと。それ多分換金すりゃ億超えるぜぃ、マジな話」
「……う。う~~ん」
頭から血の気が失せてくのが分かる。そういやRealって公式RMTできたっけ……。億ってなんだよ億って。あ。億っていやアレだよね。えっと、そうそう。ビリオン。あ、いや、それは十億のことだっけか。えーっと。え~~っと。
「なんか血の気が失せてきました」
過呼吸しちゃいそう。
「つまり。お前さんに世界の命運がかかってるわけだぜぃ!!」
「せ、世界の命運………!!!」
知ってた。知ってたよ。そりゃあね。そりゃそうさ。だってそうじゃないかな。僕だってそうなんだ。誰かだってそうなんだ。皆、そうやって生きてる。僕が特別ばかりじゃない。皆それぞれ大なり小なり世界の命運を握ってる。ずっとそうだったって思うよ。この世に愛が零れ落ちたその日から。生き物は、そうやって命を繋いでってる。純愛マイスターなんだよ。知ってるさ、それぐらい!
「まぁいいぜぃ!ちょっと貸してみな!」
おじさんが手を出したのでバッグからカードを引っ張り出して、てのひらにのっけた。
「ちなみにRealのルールに占有権っつーのがある。手渡されたアイテムの所有権がどんな理由であれ入手したプレイヤーがコントロールしているなら、オーナー、つまり所有者が変わるってわけだ」
「ええーーーーーーー!!!」
しまった!!!
「なんてな。ほらよ」
そう言ってカードを僕に渡してきた。
「お前さん!………まぁ。お前さんみてーなの、嫌いじゃねーぜ。よし。選別代わりにこれをやるよ」
「これ」
二枚のアイテムをがさごそとバッグから取り出してくれた。一つは変に黄色の卵で、もう一つは青く光るてのひらサイズの裸電球みたいだ。
「アイヴィルの加護とジェットポータル。アイヴィルの加護は盗まれる代わりに割れる、一回っきりのガードアイテム。割れた数秒後はシャットアウト状態でアイテムは盗まれなくなる。その数秒間に使うのがこのジェットポータルだぜぃ。これは握り潰せば最寄の街へとジャンプする」
「なんかレアっぽ……」
「まーな。いずれもアイテム使用の限界環境じゃなかなか使える。が。それも使えるかどうかは今後次第だぜぃ。ランクインアイテム、つまりアイテムランクCから上のアイテムにはそれらを使用不可能にさせる効力を持つアイテムも存在するぜぃ。まぁ相当なレアもんだからそれを使われるってことは……」
おっかない顔が続いてる。ドワーフはそんなシリアス顔もできるのか。なるほど。
「ってことは…?」
「集団で囲まれて狙われる大ピンチなわけだからそんな間抜けな目になる前に使え!いずれにしてもそうなったら逃れる手段は一つしかねぇ……」
「ヴァミリヲンドラゴンの召還ですね…」
「だぜぃ。気ぃつけな」
「ありがとうございます!……気を使って頂いて」
「なぁに。気にすんな!老人っていぁ若者の面倒って相場なもんだぜぃ」
ほっとして心が温かくなった。なんでだろうか。そうか。僕、優しくされるのって好きなんだ。
「あっそういえばオルガさん…すいません!僕そろそろ行きます!」
「ああ。頑張れよ!」
「ありがとうございます!」
優しいクエストのおじさんとは分かれて、オルガさんの居た場所まで走って戻る。戻る。
「あれ」
居ない。まずったか。運命の出会いだなんて思っちゃったのにナ。……ちぇ。
「はぁ…」
想像通りの夢物語だなんて、無いに決まるきってるのに。この世界は残酷の極だって分かってはいるのに。ついつい。良い方に良い方に考えてしまう。―――僕の悪い癖だ。
街外れのベンチから、なだらかな斜面が広がっている。一面が大草原で、たまに吹く風が心地いい。この先、更に先。山々が見えた。どれだけ離れてるのだろうか。どれだけ大きいのだろうか。今の僕には見当もつかない。
座って、遥か彼方を見た。素晴らしい絶景で、たまにある田園地帯で放し飼いされてるであろうゼブラ柄の牛がいなないてる。少しだけ、この景色に見蕩れてみたりした。
「思いのほか、結構落胆しちゃってるな」
少し風に当たって心を落ち着かせると、少しずつ歩き出した。次の街に向かって。いや、違うかな。ただ、歩きたくなった。歩くのは良い。ただ、景色をひたすら楽しんで、体を動かして、可能ならリプティーのミルクティーを飲みながら。
遠めで初心者であろうプレイヤーが牛のお乳を搾ってたり、剣の指導をNPCから教わる初心者もいたり。ぽつぽつと人は居るのだ。……それが存外嬉しかったりする。この世界は僕だけじゃない、誰かもいるのだって分かってほっとする。この世でひとりぽっちだって考えたら、これほど怖い事は無いものだ。
誰かが居て、何かがあって、ちょっとした感動やら苛立ちを覚えたりする。出来れば、馬鹿みたいに笑って声を出すなんてのもやりたい。それだけで、僕は救われる。
「隣の町まで4キロっか」
魔法を使いたい人にはぴったりの初めての町らしい。道中贅沢にも、自分が何のために生まれてきたのを考えながら歩いた。
無限にも思える広大なフィールドなのに、僕は今たった一人で歩いてる。それが少しだけ、悲しかった。
「あれ?」
一瞬カバンの中に入ってるヴァミリヲンドラゴンのカードが振動した。ような気がした。
「君にもわかんないよね。僕にもまだわかんないよ……」
珍しく、声を出してつぶやいた。
一瞬遠く、木立の影に誰かの視線を感じた。誰だろうか。遠慮なんかしなくても、おしゃべり相手ぐらいなら余裕なのに。女の子キャラクターだと自信無いけど。