第十三話 勇者
東雲君。そう呼ばれたのは高校に入ってすぐの長期の休みだった。この世の中には、会いたいと思っても会える人間は多いものだって思う。会いたい人に会えない人ばかりなのだと思うけど、東雲君と僕を呼んだヤツには会えない人はいなかった。ヤツにとって会いたい人には会ってきたという実績があった。マスターから言われた事だ。
うちで新しく入る奴が君に会いたがってるんだ。危険なやつでね。怪人六十面相は知ってるだろ?連続殺人鬼。アレをうちで新しく働かせるつもりでね。東雲君の話をしたら会って話をしたいって言うんだ。もちろん、ヤツには米国の試験通過済みの細菌を注入してあって勝手都合でいつでも殺せる。コピーキャットが見つけてね。…そう、無罪になった殺人者の犯行を模倣して殺すやつだ。…似てるわけないじゃないか。こっちはルールをわきまえてる。あっちは愉快犯だしサイコパス、遊びでターゲットの子供も全員殺してる。それもその子供達の血液を使用して家屋の壁紙を塗り替えるようなガイキチだ。まるで話が違ってくる。本人は怪人二十面相の気持ちを知りたかったって語ったけどね。…いや、殺してるよ。大暗室ってタイトルでね。ルパンみたいな感じだ。…そりゃ手間だったよ。乱歩ファンってことをプロファイリングしてね。乱歩邸を拝見させて不自然なオブジェクトをチェックしたんだ。夢野久作が乱歩に送った日本人形がね、首が取れてたんだけど完璧な修復が施されてたんだ。調べてみるとDNAが検出された。そう、アレだよ、アレ。イカれてるだろ。まぁオレはすげー分かるけどね。分かんない?まぁマッキーもあと二十年もすればわかって……いや、わかんないか。マッキーには愛情を注げる人がいれば、全部家族に使っちゃえる偉い人間だ。まぁ、それでマッキーみたいなマイスターの事を話したらね。会いたいんだって。きっと知りたいんだと思うよ。少年っていう男にはまだ成っていない存在が、どれだけの覚悟を持ってるのかってね。まぁオレはマッキーとエロゲのフラゲで並んでたクリスマスの日ちょっと話しただけで分かったけどね。
第十三話
やるべき事が決まっていて、やるべき時がやってくる。人生は常にその連続だ。不意を突かれて尻込みしてたらチャンスを掴めず、迷っていたらチャンスは過ぎ去り、僕にとってはその連続だった。
高校生の僕にとって、チャンスといったらそう大層なことはない。テストの山勘だったり、ゲームの選択肢だったり、それこそ瑣末で些細な、けどその時にとっての僕には命懸けで、死に物狂いだったりした。本当に真剣でパルプンテのボタンを押した。瑣末や些細だって言い切れるのは、その出来事の結果をよく覚えていないから。つまり、結果としてその程度だったという事だ。
ドアを開いたら、チャンスがあった。
その時、人はどうすべきだろうか。尻込みするか?怖気ずくか?それとも、チャンスを掴むか。
僕はチャンスを掴んだ。
第十三話 勇者
血しぶきが激しく、両目に思いきりかかった。左手で掴んだ男の頭を離し、突き刺したバタフライナイフを引き抜いた。途端に刺した肉体が崩れ落ちた。引き抜いた後にも激しい出血があり、それらは僕の裸体になった上半身を赤一色に彩った。左手で両目を拭ってなんとか見えるようにした。男の髪の毛が指の合間にかかっており、不快な髪の感触がした。右手は本当にペンキで塗りたくったような質感と色合いで満たされ、生暖かいペタペタとした血塗れ。
「お前………なにしよんじゃァぁぁあああああああ~~~~~ッッ!!!」
「やったやられたはお互い様でしょ。生きてるんだから」
「限度ってもんがあんだろうが…!!」
樽のようなスーツ男が近くの棚を漁って、そこから黒光りした小さい物を取り出した。拳銃だった。
「ハハハハハハハ!!!」
頭の中で血塗れの僕が踊っていた。興奮と高揚、精神の絶頂、或いは暴走、それでいて、どこか離れたところでそんな僕を冷ややかな目で見つめる僕もいた。冷静と混在した情熱が、心地良く、僕の笑いは、どうして笑ったのか。どこから声を出したのか。分からなかった。明らかに僕が笑ったものじゃなかった。僕の体から勝手に溢れた乾いた笑いだった。―――面白くて面白くて、だってそうでしょ、あんなにも尊く力強い生命に満ち満ちていた肉体が糸の切れたマリオネットのようにプツリと動かなくなるなんて。呆気なくて、呆気なくて。
「壊れやがったか!」
だってそうでしょ。命とは!!だって!!生命は!!もっと気高く、タフで、生きようとするものでしょ。こんなにも簡単に、あっさりと、呆気なく終わってしまうなんてありえない。まるでジョーク。笑い話でしょ。こんなにも終わるなんて。尊厳なんてあったものでもない。簡単に、本当に簡単に、驚くほど。
「死んじゃうなんてなぁ……ヒッハハ!」
「くっそたれがああ」
樽の男がピストルを構えた時、左手で倒れた男の頭を持って、盾とした。銃声が何発か聞こえ、弾丸を受け止めた盾からの衝撃が変に伝わった。肉が振動したような、命を奪い取るために放たれた銃撃の一つ一つは、僕にはまるで届かず、やはりジョークのような塩梅だった。
「クソガキがァぁぁ!」
隣のキッチンに身を隠し、倒れた男の懐からペン状のスタンガンを手に入れた。
「血は拭き取っておかないとナ…ハハ!感電しちゃうよ…」
ビリビリっとね。違法改造されているスタンガンだ。血塗れでの操作は行うべきではないだろう。倒れた男を手繰り寄せ、アロハシャツで乱雑に手を拭いた。そしてスタンガンを手に入れた。後はこれを男に向けて放つだけだ。ボールペンというよりも、よくよく見たら懐中電灯、ペンライトの類の姿形をしている。職務質問も難なくクリアしてしまえるような形状だ。ライトになっている先端をスライドさせると、先には鋭利なダーツのような針がついている。ボタンを押せばこれが飛び出す仕組みになっているのだろう。
「ィ!~~~~~~~ォ!!~~~~~~~!!!!」
さっきから何か叫んでるらしいが、聞こえない。まるで。非常ベルが頭を鳴って、僕の心はどこか置き去りにして、今はただ、行動をしているだけ、心は空っぽなんだ。だけど、この血塗れの上半身裸が、妙に恥ずかしい。
「まるでグンマーの原住民みたいじゃないか」
用意を整え、倒れた男を同じように盾とし、樽の男にスタンガンを向け、そしてボタンを押した。
「…あれ?弾切れかぁ」
そして笑った。ほらやっぱり。まるでジョークじゃないか。
「餓鬼が!」
衝撃が走った。撃たれた。と思う。一瞬目が真っ暗になった。
「てこずらせやがって!!こんクソがぁあ~~~~~~~~~~~~!!」
衝撃は驚くほど、激しかった。漫画みたいに後ろにぶっ飛び玄関のドアに後頭部を激しく打ち付けた。
「…」
起き上がり、立ち上がった。
「お前ぇ~~~!!さっさと死ねやァ!」
目の前がやっと見えた。右手で両目を拭った。その時気づいた。どうやら被弾したのは右眼らしい。
「クソ!」
カチリカチリと音がした。映画でよく聞く音、つまり弾切れらしい。こっちは武器もない。しょうがない。あまり得意じゃないけど、考えてる時間もない。飛び掛って、敵の顔面に殴りかかった。
「はよ死ねやぁ~~~さっさとォ!」
しかし避けられ右から顔面に殴り込まれた。おもいきりの良いパンチだ、歯が何本か吹っ飛んだ。倒れこんだが、すぐに立ち上がった。
「よぉ死なんの~~~」
膝がガクガクと痙攣してきた。そして寒気。痛さはまるで感じなかった。どうしても、目の前の男を殺したかった。今はそれだけで、そしてそれが全てだった。
「東雲君!」
一瞬、男の動きが止まった。よく見えなかったが、どうやら佐伯さんがフライパンで樽の男の頭を殴ったらしい。今がチャンスだ。尻ポケットに差し込んだバタフライナイフを掴もうとしたが、手が震えて落としてしまった。手が面白いほど凄い勢いで痙攣を始めていた。なるほど。これじゃナイフを掴めない。まさしく雲を掴むような話じゃないか。そう思って少しだけ笑うと、男に向かって突進した。
「の野郎ぅ…!」
ガラスをつき抜け、べランダに出た。渾身の力を込めて、押し出した。体重は重いが身長はそうなかったせいか、あっけないほどに、ベランダの外に押し出せた。その間も、眼やら喉やら耳やらをやりたい放題殴られたけど、痛くないのであまり問題にはならなかった。やはり呆気ないもので、地面との衝突する音も断末魔の叫び声も聞こえない。
「…」
やりきった感がたまらない。達成感が半端じゃない。まるで人生で何か一つの物事をやり遂げた感じがした。―――まるで僕の背中から二つの翼が生え飛び立ち大空に舞い歌うような。
「……め君~~~ッ!~~!」
よくよく耳を澄ませば佐伯さんが何かを言っていたが、それが理解できず、音は聞き取れたけども、それが何を意味しているのかがわからなかった。それがおかしくてちょっと笑った。そして近くにあった椅子に座った。そして机の上に置いてある注射器も。おそらく覚せい剤。もしかしたらと思うと、机の引き出しを片っ端から開いてみると、かなりの量の白い粉を発見した。それとかなりヤバイ写真も。これが今夜のパーティで乱用されるものだったのだろうか。正直多少の興味はあったけど、僕は死ぬまでクスリはやりたくない主義だったので、こんな土壇場でもやらなかった。そして、三丁のピストルも。その一つに注視した。レボルバー式のピストル。カッコイイ。安全装置は外れてるのだろうか。試しに、無作法な両手で持ち、壁に掛けてあるダーツに向けて引き金を引いた。
「~~~!」
佐伯さんが叫んだ。手に衝撃が走った。手が衝撃に耐え切れずに落としてしまった。かに見えたが、実際のところは、手に力が入らずに落としてしまっただけ。指先に力なんて入らず、だんだんと麻痺してくるようにビリビリとした感覚が両手を包んでるようだ。
「~~~!」
よく聞き取れない。叫びに似ているであろう佐伯さんの声が僕の頭には届いてない。まるで。どうしてだろうか。若干の違和感を頼りに左目を触ってみて驚いた。ベタベタとした血がついてて、まぶたの周囲を触るとぐちゃぐちゃとした妙な血のりの質感を感じた。本気で撃たれてるらしい。よくある映画のかすり傷なんかじゃない。丸ごと左目にジャストミートしてるらしい。それでも不思議と痛みは感じてない。
「…」
どうやら僕はそろそろ死ぬかもしれない、いや死ぬらしい。心の準備も整理もついてないはいないが、このままでは収集とやらがつかないだろう。最悪この状況だけは片付けておきたい。ポケットからケータイを取り出してマスターへ掛けてみた。繋がったが、やはりというかやっぱりというか、言葉が通じない。聞こえないし、もしかしたら僕の言葉も通じないのかもしれない。佐伯さんに精一杯の言葉でゆっくりと伝えてみた。電源をオンにして、っと。鈴木野のストーカー野朗はこれで追跡アプリで居場所がわかるはずだ。
「ふらふらするけど、まだ、頑張れそうだ…」
もしかすると、ドアから覚せい剤絡みの連中がやってくるかもしれない。佐伯さんはどうやら救急車を呼んだらしい。そういうニュアンスが分かる唇だった。まだ時間はある。やってくる連中が最悪の場合もあるだろう。右手のこぶしを作って机に叩きつけた。そして地面に落ちた拳銃を拾おうとして、盛大に前のめりに倒れこんだ。運動神経の部分の脳をやられてるらしい。あぐらをかいて、拳銃を拾って安全装置を外して、玄関のドアを見張った。
瞼が重くなってきた。まだだ、まだ、気を失う訳にはいかない。まだ。
「まだ…だ」
よくよく室内を座って観察してみると、妙な部屋だった。観葉植物がたくさん並んでるし、奥には妙な暗室があった。そこから嫌な気配が漏れてる。変だな、おかしいな、そう思うとむしょうに笑えてくる。おかしい限りだ。あったかいベッドでも家族が看取るでもない、現代的な死の一つ。孤独死ってこんな感じなのかもしれない。
「少し…」
少しだけ腰を落ち着けよう。少しだけ。そう思ってまばたきをした。
第十三話 勇者
「あれ?」
気づけば、僕は地下の商店街にいた。見覚えがある。ここから少し歩いたところは新宿駅、新宿プロムナードだ。高級ブティックが立ち並ぶ場所にはシャッターが軒並み下りきって、どうやらもうそろそろ閉店の時間らしい。都庁のある東京中心の一等地とはまるで思えないほど静まり返っている。人通りもゼロに等しい。ポツリポツリと人影がおぼろげな形を作っているだけ。ぽつりぽつりと照明が点々と侘しくついている。もう時間かと思ったけども、本当はもう時間なんてとっくに過ぎてるのかもしれない。おかしい話なのだと今気づいた。なんで僕はここにいるのか。今はそれよりも緊急を要する深刻な事態が優先される。先ず体を動かした。
「行かなきゃ…」
一歩踏み出した。すると、僕の右足がずぶずぶに腐っていくように崩れ落ちた。それも嫌な臭いを伴って。
「あ…」
まだだ。まだ。まだまだ。遊びの時間はまだ、終わってないんだ。これから、まだ、もっと―――。
気づけば上半身だけ。他の部位は腐って黒の染みになって床のタイルにへばりついている。
「マッキー、もうまんぞくしたでしょ」
「冗談じゃない。まだまだこれからだよ。遊びは、だってこれからなんだ」
子供みたいな奴が横で僕に言ってきた。もう首と頭しか残ってないので横を向けない。
「一人はっていみだよ。だってマッキー、一人じゃないと意味がない。かちが無いって疑わなかったじゃないか。一人で、全部せおいこんで、でももうまんぞくしたんじゃない?」
「そりゃあ、ね。やり遂げたさ。でも、まだ。まだなんだ」
「マッキー一人じゃここがゲンカイだよ。一人じゃね。そろそろ手助けが必要じゃないかな?ってね」
「十分、満足したさ」
僕はやった。もう十分やった。だから。
「でしょ?それじゃ、戻ろうか」
その一言で、目の前が先の光景、プラムナードから一変、先ほどの部屋に戻った。不思議と体が軽くなってる。そして、熱い。なによりも、蒸し暑い。クーラー壊れてるんだろうか。こんなに暑いのは生まれて初めてだ。
「東雲君…」
「えっ。なに?」
「い、いやね、今さっき東雲君の体から翼が飛び出して……っていうか、傷!傷!」
喉に違和感を感じたのでペっと何かを吐き出した。見間違えだろうけど、拳銃の弾に似ていた。
「傷が…」
治ってる。かもしれない。そう思って恐る恐る右目を触ってみる。
「痛ッ」
人差し指の爪が眼球に触れて割りと痛かった。
「あ!なんで!?」
驚き桃の木~えっとなんだっけ。いや、いやいや。
「まさか僕は…」
魔族の子だったのか。両親はミュージシャンのバック演奏専門とかやってるけど実際のところは、悪魔教を広めるために魔界からやってきた悪魔のつがいで、仕事の都合上、子供が出来たけど魔界には送れず人間界で生まれ育ってしまった。傷とかも、生まれつき治りが早い……?いや。普通だったはずだ。そういう、大体そんな感じのあれな感じのアレだから撃たれても刺されても大丈夫な肉体を持っていたのかもしれない。
「なんてこった…」
ぱんなこった。いや。それとも。Realで引き当てたヴァミリヲンドラゴンは次元を超越する力を秘めていた。召還した際に魂の結びつきが強大になり所有権を持つ僕の肉体もまた、若干ではあるがヴァミリヲンドラゴンの力が作用している。のかもしれない。なんてね。
「…なことよりも……」
ベランダから突き落とした死体と玄関口に血溜まりを作ってる死体をどうにかしなければいけない。現実的な問題として、対処する必要がある。けど。とりあえずは。
「大丈夫だった?」
「東雲君こそでしょ!!何言ってんノ!?」
「知ってた?本当は人間って撃たれたぐらいじゃ死なないらしいよ。テレビとか教育とか嘘っぱちばっかりなんだよね。実際はこの通りなんだ」
「へ。へぇ…」
佐伯さん、カワイイなぁとか思いながらも、上半身にべったりついてる血しぶきに嫌悪感を感じてしまう。シャワーを浴びる必要がある。
「救急車はいいから、キャンセルしといてよ。シャワー浴びてくるから」
「あ?え。えーっと。あ。はい…」
浴室で深呼吸をしてからパンツを脱いでシャワーカーテンを開けた。
「…」
そして直ぐに閉め、パンツを履いてジーパンも着て、浴室を出た。
「東雲君、えっと、これからどうするの…?」
「マスターを待つよ。こういう荒事専門のチームもいるし。大丈夫、心配なんてする必要はないよ」
そしてマスターへ再度電話をかける。
「マッキーか!?今向かってる!」
「急がなくていいです。こっちは。それよりも、多分薬を打たれて昏睡してる女の子がいます。確かマイスターの中に記憶消去とか超能力者の人いましたよね。文部科学省の人。その人も連れてきてください」
グーグルマップで検索した住所を言って、切った。それと大量の薬物についても。
クローゼットに掛けてあったワイシャツとスラックスを拝借した。
「それじゃ、部屋を出ようか。もう十分だ。十分だよこんな部屋。邪悪さで染み付いた最悪の部屋。多分、こいつらはもっと殺してる。多分ここにあるの以上にね」
机の引き出しには遺体を弄んでるような写真もあった。生きてるのだとしたら尚ヤバイような写真だった。サディストの行き着く先がこの部屋なのだろう。ここで全てを終わらせて良かった。本当に良かったと思う。終わらなければ、続いていた。これがなによりもゾっとする。それが僕で良かったと思う。これが僕だと言える僕なのだと、自分自身に証明できたと思える気さえする。
「これ、死んでるんだよね…」
「多分、死んだ……」
のはずっと前だ。ヒトとして死んだのは遥か前だ。もう、人間ですら無いだろう。僕の知るヒトとはまるでかけ離れた存在になったのだろう。或いは元々かもしれない。別種の存在だ。ヒトじゃない。
「行こう」
「うん」
玄関のドアを開けると、男が死んでいた。ショックだった。それが、何故死んでるのか僕には分からなかったからだ。
「自殺…?」
「だよね…」
佐伯さんと同じ疑問が僕にもあった。僕はここまでやっていない。男は自分の手で、ボールペンを使って自分の喉を突き刺していた。今も尚手にはボールペンを持ち、自身の喉を貫き続けていた。今も尚。
「…」
その死に顔が、あまりにも鮮烈で強烈だった。まるで死神にとりつかれたでもしたような死に様以上に、まるで、まるで何かを悟りきったような。安らかな。場違いな顔。―――幸せそうな顔だった。
「行こう」
マンション前に停まっていたタクシーに乗り込んだ。その時、道路を挟んだ向かいの道で奇妙な奴と目が合った。着ている服が、なんだか人の顔で出来ているような。ヒトの皮でこしらえたスーツのような、靴のような、彫りの深い悪趣味な男だった。ウインクされた気すらもした。もうちょっと先の交番の警官に職務質問を食らうだろう。変な事に、それがさもなんともないかのような気がするのが変だった。今は変な状況なので仕方無いだろう。
「マッキーよくやったよ。後でまた連絡する。カウンセリングも受けなきゃだからな。今大丈夫そうなら、それでいい。明日また連絡するよ。後はこっちでなんとかしとく。警察じゃできない事もやれるのがオレ達の強みだからな」
タクシーでマスターとの通話が終わった後、自宅に戻る。時刻は既に、もう夜だった。
Realをプレイしてからやっと丸一日二十四時間が経過した。本当に濃厚な一日だった。
「この辺でいいです。家、ここなんで。料金は…」
「ああ。いいですよ。料金メーター分きっちり支払いは済んでますから」
「は、はぁ…えーっと」
とりあえず。
「ありがとうございました」
「はーい、ありがとね~。領収書いる?」
「いらないです」
おそらくマスターが用意してくれてたのだろうか。っていうか鉢合わせしなかったな。ってそれより!
「さ…」
「落ち着きたいからコーヒー飲ませてくれない?」
「あ、ああ…えっと…いや。駄目だよ。鈴木野の彼氏だよね」
「さっき振られちゃったから。一方的に。だからコーヒーぐらい出してもいいでしょ」
「駄目。もう遅い時間。アニメじゃないんだから、うち両親は海外出張してるから居ないんだ。だから、喫茶店…かな……」
最寄の喫茶店が確か近くにあったはずだ。少し歩けば国道に出て、それから手作りケーキが売りのどこにでもある普通の良さげな……。
「東雲君、その格好で行くつもり?血の臭いがしてるよ!」
そんなのより、異性同士が密室に居る方が明らかに非常識に間違いないのだけれども。しかし、泣きそうな佐伯さんの顔が、僕に更なるノーを許さなかった。




