第九話 Realで日常が崩壊した少年
電車の中にて。
ヴァミリヲンドラゴンの情報がネットを錯綜していた。
まとめ系速報にはReal初のイベントではないか?
GMの容姿がドラゴンを模していた情報があり、それは何かのために始まりの町へ姿を見せたのか?
シークレット賞を引き当てたマツキ某との関連性は?
レベルは幾らなのだろうか?
新たなアバター?
一つ、ここで掲示板に書き込まれた有益な情報を信頼し、ここに記す。
私はサブジョブに鑑定、メインにモンスターテイマーをやらせております。午後七時頃の話です。ボーエンのオープンテラスでガルヴァタイガーが酷く怯えているのに気づきました。東の方角を見ると、光に包み込まれた巨大な何かが見えます。私はこれを、鑑定しました。
レベルは99をオーバー。レアリティはシークレットレア以上。召還獣ではない。攻撃射程が100キロオーバー。属性、無と光。オーナー、シノノメ・マツキ。推定資産価値、測定不能。種族、ドラゴン。
名称、ヴァミリヲンドラゴン。ドラゴン百万匹の魂。
果たして、これは我々が歓迎すべき事柄なのでしょうか?ドラゴンですら現状一体しか所有されておらず、モンスター自体がレベルを99を突破しているというゲームバランスの崩壊。
一言で言って、これは我々が歓迎するところではありません。突出した特異は、その全てを飲み込み破滅させるでしょう。コレは、処分されるべきなのです。対人戦、ギルドバトル、領土侵攻戦、狩場、我々の築いてきた平安が、今、脅かされようとしているのです。
「シノノメ。マツキ。ねぇ…」
「アレじゃない?あの冴えないの。ほら、あそこで頭抱えてケータイ見ながら変なリアクションとってるの」
「むむ……良し。きゃつを加入させて、一気に私達の人生イージーモードに変えちゃおう!」
「エリー、それ本気で言ってる?」
第九話 Realで日常が崩壊した少年
四時間目が終わった現在、僕のケータイにはろくに喋ったことも無いクラスメイトで埋め尽くされている。もちろん、アドレス有り、電話番号有りだ。どうして僕は電話番号まで交換してしまったのだろうかって思う。そりゃもちろん、赤外線通信のなんたるかを知らなかったせいなんだけどね。
でも、ヒドイ話だと思う。笑えるよ。ホントーに。
「ドラゴン持ってるだけでこんだけ騒がれるのか…」
今日、この日迄ろくに僕に好意を、ましてや興味すら持ってなかったのに。
「…」
涙が、出てくる。笑いすぎて。笑えすぎて。これまでの僕が、惨め過ぎるじゃないか。
「…」
「東雲く~ん!一緒にゴハン食べよ~!」
「い、いいんですか?」
「是非ぜひ~。そのヴァミリヲンドラゴンってのよく知りたいし~!」
「えーっとですね」
女の子と喋るのに今朝のせいで若干耐性がついたのだろうか。それとも、皆が僕に合わせてくれてるのだろうか。まるで僕をドラマの主人公のように扱ってくる。まるで偉人のように。接待じゃないか、これじゃ。
「まーまー。図書館の裏手で食べようよー!」
有名人扱いってこういうことを言うのだろうか。
つまり。
「うちら大体五人でRealやってんの。鈴原と深冬と佐々木って言えば分かるかな?」
僕のマイフェバリットスペースであったはずの、図書館の庭園、噴水広場のベンチ前。ピクニック気分で四人仲良く昼食を食べてるところである。ちなみに男子は僕一人。正直言って僕のMPは大体三時間目の休み時間で0になって、今はもう、ほとんど考えないで頭を介せず口だけオートで喋ってる感じだ。
「あ、あえっと」
なんとなく。なんとなくだけど。分かる。気がする。鈴原さんが学級委員で成績上位の人で、深冬さんは隣の席に座ってるヒカルの碁のクリアファイルを使用されてる猛者、佐々木さんは目の前にいる多分僕とはまるでかけ離れてるタイプ。ギャルゲーって言葉が存在するけど、ギャルって言葉の意味合いでは美少女という言葉で当てられてる。大体ギャルゲーに本物のギャルなんて出てきやしない。でも僕の目の前にいる佐々木さんは間違いなくギャルだ。化粧も整ってるし、髪なんて明らかに異常に整いすぎてる。僕の目から見たところ、ポニーテールの三段階ぐらい進化したような髪型だ。ひょっとすると地球の人間じゃないかもしれない。触覚やら触手だって言われても信じざるを得ない。そんな凄みが髪型に現れていた。
「大体分かります」
「ってか東雲君、ずっと敬語~。フツーにダベらない?今日どーせ一緒にアソぶんだしさ~」
何時の間にか今日遊ぶ事になってる。
「い、いや。今日はもう約束があってて…」
「んじゃその子達と一緒にアソべばいーじゃん!大人数パーティの方が楽しいっしょ?」
佐々木さんみたいなギャルと生まれて初めて口をきいた。おそらく、ヴァミリヲンドラゴンを引き当ててなければ生涯を通じて接点は無かったであろうと思われる。僕はドラゴンを引いた瞬間に、この世の中のあらゆるフラグを一身に引き寄せてしまったのだろうか。やはり天才だったか。ぐぬぬ。身が引き締まる思いだ。
「えーっと。そーですね。ちょっと聞いてみます」
「誰とアソぶの?うちのクラスのれんちゅー?あっ。鈴木野とかのヤツらってつるまないほーがいいよ」
「どうして?」
鈴木野と言えば、結構中学の頃は同じサークルに入ってて親しくやってた時期もある。確かRealで結婚という制度を使用してしまった裏切り者であり、国賊だ。正直今はあまり口をききたくない。彼女持ちの連中とはハッキリ言って3メートル以内に近づきたくない。―――なぜなら劣等感で死にそうになるからだ。
そんな鈴木野は登校した直後、僕に話しかけてきたが、凄まじい勢いで龍宮さんが僕に群がる男子共を蹴散らしたのだ。見た目は普通と違って帰国子女だって事は知ってる。オーストリアに渡っていて、高校から単身帰ってきてるらしい。ゲスイ男子高校生共(若干僕も入ってる点は否定できない)には爆発させるような想像力を提供させるスーパーJKなのだ。フルートだったかリコーダーみたいなやつが滅茶苦茶上手くてアーティストやらの収録でバイトしてるらしい。聞くところによると、バイト代が一日三万円とのことだ。微妙に高くないけど、高額バイトってところが生生しい金額だ。三万円って。そんな龍宮さんが忠告。鈴木野に。僕はリプトンのテトラパックのストローを口から離して地面に置いた。
「悪いトコとつるんでるみたいだよ。ブキチョーでキャバクラハシゴしてたって」
「は、ぁ。ぁぇっと」
一瞬理解が追いつかなかった。
「あー。東雲君真面目だからわかんないかー。うちの子キャバクラでバイトしてる子居てさ。その子が働いてるとこでうちのクラスメイト三人と柄の悪そうなの二人が仲良くこよししてたんだって。聞いたら二軒目だって言ってたし、結構ヤバイ事やってるみたい。割とマジで。あと…」
「マジか……」
どういう状況なのだろうか。意味がわからない。キャバクラに行く意味も分からないし、柄の悪そうなのと一緒に行動する意味も分からないし、なにより、どうしてそんな場所をはしごする必要があるのだろうか。僕なんてラーメン屋だってはしごしたりはしない。
「…」
「なんかヤってること相当ヤバイみたいでさ。とにかく。避けたほーがいいよ。本気で連中はアウトだから。とにかく近づかないことが一番かもね。これ内緒の話ね」
そう言って呆けてる僕の手を取って。
「げ~んまん。あれ?固まってるけど、親しかった?」
「いや。そういうわけじゃないですけど…。それと?」
「それだけだよ?悪い噂が相当流れてるって話。これに限ってはデマとかじゃなくて、マジなとこ」
「そうなんですか…」
「普通にやってて深入りしていいとこじゃないよー東雲君ー。呼びにきぃナー。ノメッチで良くね?アダナ」
ノメッチ!?
「おー。ノメッチー」
「ノメッチいいね」
「えーっと」
なんかわからないけど、勝手にあだ名が付けられようよしている。ずっとマッキーって呼んでもらってたんだ。マッキーでいいかな。訂正しとこう。
「マッキーって呼んでもらってるから、マッキーでいいよ」
「おー。マッキー!」
「マッキーいーねー。なんかマッキーっぽいし」
そう言って佐々木さんは笑ってる。なんか笑うとこあったか?どこで笑うポイントがあったのか。どの辺がマッキーっぽいのだろうか。別にいいけどね。ちょっと喋って、少しだけど、いや大分慣れた気もする。多分に彼女達が僕に歩調を合わせてくれてるからだろう、話しやすいってのはある。
「あーじゃー紹介ね。右からお弁当作ってきてる女子力高めな子がミポリンで、唯一の彼氏持ちでそろそろ永久就職しちゃいそーなのが森野」
「いやーワルいなー」
普通にカワイイ子が照れてるような笑い方をしてる。彼氏持ち。彼氏になったら、こんな女の子の一緒に公園とかデズニーランドに行くんだろう。胃が痛くなってきた。その彼氏に早くも劣等感を感じる僕。
「んで、あたし。左のさっちゃん。ささぽん」
「ささぽん!一気やります!!」
「え?」
そう言ってキテーちゃんのバッグから缶チューハイを取り出し一気にごくごく飲み始めた。
「ぷはー!以上!」
「ぇ、ぇ、ぁ。ぁっと」
とりあえず褒めろ!褒めとけ!って大人向けの低俗雑誌にはそう書いてあったのを思い出した。
「スゴイねー!」
「だろだろ?言っとくけどコレ、チューハイだかんね。梅チューハイ」
そう言って愛称ささぽんは大きな口を開いてけたたましく笑った。
「はい、一発芸しゅーりょー!さっき部室に呼ばれた深冬は、結構サブカルが好きな子。入ってるの漫画研究会だっけ?」
「そーそーそれ!うちのがっこー女子大目だよね、そのサークルってか部っていうか」
彼氏持ちの森野さんが言う。
「結構あそこって部外者秘密ってとこ多いんだよね。なんかさ。外部から金入ってくるみたいで、部として認めちゃマズイからってサークルとか同好会にしてんだって。んでキッチリ部室持っててどんだけだよっては思っちゃうけどねー」
「ふーん。まー。それ言うなら、Realとかでも収入入ってくるのはバイトなのかよって話なんだけどね」
「オマエも割りの良いバイトしてっけどな!」
「あたしの学校公認だし~」
「マジかよ」
森野さんはつっこんだ。
「だってわたくし、親はオーストリアに居て、一人暮らしの身上でございます。生活費のため、やむなくやむなく………って教頭に言ったら話が通っちゃった~テヘペロ~~」
テヘペロを現実世界で間近に見ることができるとは。二次元も悪くはないと思うし、CMなんかもカワイイとは思う。だけど実際の反応としては、なんか、男性の本能というか、いつもは眠ってる脳が起きだしちゃうような、そんな刺激だ。―――悪くない。
「それでさー、マッキーもレベル低めの2って言ってたよね。昨日始めたばっかだってさ」
「そうですよ」
「けーご~」
ビシっと佐々木さんから人差し指を向けられた。
「そーだよ。今は二人フレンドが居て、ウィザードとアーチャーかな」
「で~~っかいドラゴン持ってんだからさ。ずばばーーーんってどばーーーんどぎゃーんナ感じでレベル上げれないの?」
佐々木さんすっごい擬音使うな。流石ギャルだ。
「やってみようとは思ったけど、ドラゴンっていうのは召還に応じてくれない時もあるし、実際僕の言うとおりに動いたりはしないみたいなんだよね。信頼度だか親愛度だかのパラメータがあって、実績を積まないと望んだ通りに動いてくれないみたいなんですよ、……みたいなんだよね」
「へー。ペットシステムみたいなの入ってるのか。一応Realのシステムルールに召還獣って名目があるんだけど、実際Realで召還獣持ってるって人は居ないし、Wikiペディアにも載ってないだ。持ってても公表してない人も居るだろうし、そういうのがあるなら、結構時間かかっちゃうかもね。あっ。そうだ。ミポリンもReal初めなよ~。そしたら一緒に楽しめるジャンよ~」
「あっえと私はそういうのいいかな…。Real高いし」
結構声が低い。ちょっとドキドキした。変な感じだ。
「あー。そっかー。それって問題ってそれだけ?」
「そうかな、勉強もやらないとね」
「おー。だったらReal装置はこっちでなんとかするって。だったらやるでしょ?ミポリン」
「ん~悪いよそれ」
「いいっていいって。ほら。東雲君すっごいの当てちゃったしさ。マジな話、ミポリンが力になってくれると、うちら相当力強いよ」
「ん~」
「あーわかった。んじゃこうしよう。Real装置のお金は今度ミポリンが払ってくれるってことで。催促無し、金利無し、借金じゃないし、これはミポリンが買ったってことにする。んであたしが先に金出したってだけ」
「…」
みぽりんは乗り気じゃないようだ。なんか、僕と似てる感じがする。思ったことをそのまままっすぐに口に出せないタイプだ。
「Realじゃバイトだって出来るし。それに何かあったら相談に乗るよ。こーゆーきっかけって大切じゃん、ミポリンとももっと仲良くなりたいし」
「…分かった。でもやれる時間とかあんましないかもだよ」
「いーって。多分やればハマるから」
「それ間違いないナー!」
佐々木さんと龍宮さんがそう言って大笑いしてる。
「私は?私には勧誘しないの!?」
「オマエそういう時間ねーだろ~!」
「でしたでした、ゴメンネ~」
そう言って笑ってる。ミポリンも笑ってる。僕も少しだけ笑った。これが友達なんだろう。そうだ。これが、こういうのが友達だったっけ。中学の頃、近場の友達でこういうことってやれてたって気がする。今じゃない僕は、きっと人生を本当に何も知らないで、ただただひたすら期待ばかりしていた気がする。
本当に、友達なんだ。なんか、イイナって思うよ。だから少しだけ今は寂しい。
「んじゃー放課後いこっか!カラオケ行って、あーそーいや今度新しいスイーツ食べ放題のお店出来たんだよねー!スイーツスイーツ!東口から近いとこらしーよ。ミポリンの歓迎会兼ねてさ!」
「おー!いーねー!」
「森野は時間取れる?」
「行く行くー!」
「マッキーも時間ある?」
「えーっと、放課後はもう約束があって……」
「そかー。それは残念だなー。もしかして一緒に今日プレイする人達とだったりする?」
「ですね」
「けーご~~」
「…だね」
「それってもしかして女子?」
「あっ……そーだね」
「んじゃ一緒にアソぼーって言っておいてよ。ちなみに誰?クラスの子?」
「いや……」
こういうのって何かのプライバシーの侵害みたいな感じが気がして名前を出すのは気が引けてしまう。
「鬼怒川さんと郡山さんです」
「えっ。もしかしてマッキーまさか彼女持ち!?」
わざとらしく口に手をあてて顔芸を披露している龍宮さんって、なんか人生楽しそうだってひしひしと感じる。
「いや、今朝会った時にヴァミリヲンドラゴンの話をしたら是非一緒に遊びたいって」
「ふむー。エリーか!んじゃだいじょうぶだいじょうぶへいきへいき」
取って付けたようなわざとらしい台詞を言われた。
「そうなんですか?」
「エリーとは仲良いし。郡山さんとはあまりお話したことはないけどね…。うん。大丈夫。一緒に遊べる感じ」
少しだけ伏せ目をして、ちょっと考えて、それから頷いて龍宮さんは言った。結構知ってるようだ。ちょっとなにかあったのだろうか。
「けどさードラゴンかー。カワイイのじゃなくても、それはそれはうらやましぃ~」
「アハハ…。大した実感も無かったけど、学校で当てたって言ったら皆騒いで、そういうリアクションあって初めて実感があったよ」
「…」
ふと、部室棟から出てきた人を見た。
「佐伯さん…」
「あの子ともあんまり関わらないほーがいいよ。あの子も良くない噂流れてるし」
「龍宮さん。そういうドライなとこってありますよね」
初めて自分から声を出したのはミポリンだった。
「あたしは自分の分を知ってるだけ。力になれるし解決できるような自分の範囲を分かってる。酷だけど、ドライな部分があってはじめて生きられるってもん」
遠い目で、佐伯さんが校舎へ続く道を歩いていった。佐伯さんといえば、クラスメイトで一番人気あるカワイイ子だ。
「どういう噂ですか?」
「けーご~~」
ササポンは足で僕をつついてきた。どんな勢いで僕らは仲良くなってんだよって思わず心の中で突っ込んだ。
「どういう噂が流れてるの?」
「ううん。マッキーには関係無い話。うちらにとってもさ。それより今から放課後の打ち合わせしに行こうよ。あたしとマッキーでエリーと話しにいくからさ」
「あっ今から?」
「うんうん。電話とかでやる話じゃないからね。金はあたしが出すし、そこはきっちりね」
そう言って龍宮さんは朗らかに笑う。
「ぇと…」
さっき話題。見事に逸らされた。気になるんだけどな。佐伯さんの噂。二人で隣のクラスに行く時、おもいきって聞いてみようと思う。
放課後、それから帰宅した後も複数の女子と遊ぶとは。僕の普通の通常、平常運転は見事に狂って崩壊してるって思う。それからついでに、今の僕は、もしかしてリア充なのではと勘違いしてしまうレベルに達していた。
少なく見積もって、僕の時代が到来を告げている。
今がモテ期。それだけの話だ。ふふん。




