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夏だ!空手だ!骨折だ!!~試し割りの板が明らかに頑丈だった件~

作者: 野人

 私は空手の指導員をしている。

 専業ではなくボランティアで週1ぐらいで指導をしている。

 私が学生時代からお世話になっている道場の館長は指導者として有名だ。

 私の住むくそ田舎から何人も全日本レベルの選手を輩出している。

 館長は専業で道場をやっているのではなく普通に働いて夜だけを指導している。

 空手への恩返しという理由で安い月謝で指導をしていて経費とトントンぐらいだ。

 館長が突然残業になると基本定時終わりの私に電話が来て私が変わりに指導をしている、それが週1ぐらいの頻度なのだ。

 館長は年齢の割には若い感性を持っていてダイエット目的の女性や定年退職したシニア層などにも門戸を開いている。

 いい意味でも悪い意味でも大らかな人間のでかい人で私は尊敬している。


 そんな道場なのだが数年前から子供の入門者が減ってきた。

 時代の流れなのかもしれない、私が今、子供ならキツイ空手などやらずに家で3DSをしているに違いない。

 空手の普及もそうだし最低限、経費分の月謝が集まらないと道場の閉鎖も考えられる。

 そこで夏休みシーズンに子供たちの組み手や型の披露会をしつつ間に派手な試し割りなどを入れて入門者獲得を目指すことになった。

 子供たちの日ごろの成果を親御さん達に見せてこれからもなにとぞ月謝をという下心とその兄弟も入門してくれればという考えである。

 大会などのお堅い退屈な空気と違うのでお兄さんお姉さんの活躍を見た下の子たちも入門してくれるようになった。

 数年前からの試みだが意外と効果があり子供の新規入門者も増え閉鎖の危機は去った。

 だが問題がひとつある。

 試し割りの演舞をするのが何故か私だということだ。


 私と違い優秀な門下生は大学にスカウトされて県外へ行ってしまう。

 優秀じゃない門下生は日々の生活に追われたり子供が出来たりして疎遠になってしまう。

 いい年こいてフラフラしてる独り身の私にお鉢が回ってくるのだ。

 おっさんなので正直しんどいが道場への恩返しのためにがんばっている。

 今年も例年の様に板やブロックを破壊して派手な動きでもしてお客様にアピールしないとなんて考えていた。

 しかし今年は板の中にとんでもないモンスターが紛れ込んでいたのだ。


 試し割りと言えば瓦だが試し割り用の瓦は素人でも簡単に割れるし本物の瓦は鬼のように硬い上に高い。

 おっさんの私には肉体的にキツイし貧乏道場的には金銭的にきついので却下である。

 変わりにコンクリートブロックを割る。

 これもピンキリだが一番高いやつはやばい、若い全盛期の頃に肘で割ったが肘と肩をしこたま痛めた。

 もうおっさんなので真ん中ぐらいの値段のやつにしている。

 バットのフルスイングや体格のいい人が怪我覚悟で全力で殴れば壊れるくらいの物である。

 別にブロックを怪我なく破壊できたからといって強いわけでもない。

 それに空手を見世物にしているみたいで嫌悪感すらあるのだがこれも道場存続のためと割り切っている。


 演舞会当日の流れとして子供達の型や組み手の披露の合間にブロック割りや板の連続割りなどがある。

 最後に地味だけど難しい、糸で吊った固定されていない板を割るのだがこれが嫌で仕方ない。

 ミスは許されないのに地味で難しい、しかも貧乏道場なので釣竿で、吊るしているので見栄えも最悪である。

 毎年なしにしようと館長にアピールするのだが空手の真髄があるとかなんとかいってやめてくれないのだ。

 今年も嫌だなとテンション駄々下がりで当日を迎えた。


 プログラムは順調に進みブロックの次、板の連続割りに差し掛かった。

 見所はフィニッシュの飛び後ろ回し蹴り、実用性は皆無だがとにかく派手なのでやっている。

 うまく板に当てるのが大変なのでかなりの集中力がいる。

 ラストの板の位置や自分の立ち位置などを想定して集中した後、普通に突きで割る板の一枚に違和感を覚えた。

 うちは貧乏道場なので試し割りの板も館長の知り合いから譲り受けた廃材なのだが一枚だけ明らかに分厚い。

 分厚い上につやつやしていていかにもお高そうな、そして硬そうな空気を出しているのだ。

 フィニッシュに向けた通過地点だと思っていた連続突きの一枚に恐ろしいモンスターが紛れ込んでいたのだ。

 背中に嫌な汗をかいてしまった、これは「ずんのや○」の空手の師範の物まね状態になるかもしれない。

 館長なぜその板を選んだんですか、大らかさが悪いほうに出てますよ。

 心の中で愚痴ったが詮無きこと。

 賽は投げられたやるしかないのだ。


 順調に板を割り問題のモンスターに指しかかった時、私はミスに気付いた。

 最初の想定していた動きをそのまましていたのだがモンスターを殴る手が左手だったのだ。

 利き手じゃない、さらにハードルがあがった。

 やるしかない、思い切り気合を入れ「エエィヤァァ」と奇声を上げながら渾身の突きを放った。

 メキバキャっと普通の板からは聞こえない音と共に板は砕け割れた。

 普通は板を殴ると木目というか繊維にそってパキっと綺麗に割れるのだがこの板は砕けた。

 板を持っていた子に破片が飛んで行きびっくりしていた、申し訳ない。

 そのままフィニッシュまでミスなく何とか終われた。

 子供達の団体型がアップテンポな曲に合わせて行われているのを見ながら最後の吊り板割りに向けて精神を集中させたいのだが無理だった。

 そう「左手めっちゃ痛い」である。  

 

 私は脳筋で力だけは無駄にあるので拳は何度かやっている。

 今回も間違いなくやっちまっている。

 しかし、ある意味今日はお祭り、ばれる訳には行かない、雰囲気も悪くなる。

 なんでもありませんよ、なんてすまし顔でいたがめっちゃ痛いのである。

 ズキンズキンから熱を持ったズグンズグンに変化しだして汗が止まらない。

 今すぐ氷で冷やして医者に行きたい、しかし無理である。

 私にも面子や意地があるのだ。

 プログラムは進みついに最後の吊り板割りになった。


 吊られた板を前にしても全く集中できない、これはまずい。

 とりあえず息吹をして呼吸を整える。

 集中だ、集中。

 薄く広く延びている意識をたたみ糸を撚る様に細く意識を伸ばしていく。

 自分と板を集中力を延ばした糸でつなぐイメージで深く深く集中する。

 周りの音が消え、熱を持った左手の痛みと心臓の音と目の前の板だけの世界に入った。

 さらに集中する、心臓の音も聞こえなくなり、左手も気にならなくなった。

 突くというより刺す、そうイメージした瞬間、板は割れていた。

 成功である、汗がどっと吹き出てきた。

 たぶん人生の中で一番集中した気がする。

 これがゾーンというやつなのだろうか。


 過去に1度だけ同じ経験をしたことがある。

 高校2年のインターハイ県予選の決勝での出来事だった。

 あの時は相手への女子の声援がすごくて嫉妬の炎が燃え上がりかつてないほどに集中した。

 野郎ゆるせねぇ、絶対に負けられねぇ、そう思った瞬間、周りの雑音が消え世界が遅く感じた。

 嫉妬でゾーンに入るとは我ながらひどい話である。


 話がそれたが何とか成功し挨拶もそこそこに病院に直行した。

 綺麗に折れているので治りは早いそうだ。

 全く嬉しくないが不幸中の幸いである。

 これから夏合宿など演舞の機会が増えるシーズンに入る。

 読者の皆様も怪我などには気をつけて欲しい。

 もちろん私の様なへっぽこと違って拳足を鍛え上げている方は平気だろうが。

 片手で文字を打つの大変です。

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[一言] 最近ジークンドーの動画を見ます 石井先生は小柄ながら 動画で見ても迫力があります 昔少し空手を習ってました 見てくれだけのショボい格闘家気取りの連中が、本物の格闘家にボコボコにされるのは爽…
[良い点] スラスラと読ませる文章 そしてオチが良いと思いました!
[良い点] 勢いが良い [一言] 自分は柔道畑だけど、町道場の人材難はどこも変わらないですね。 技術的(人格的にも?)に優秀な人間は、警察・自衛隊・教員・大手営業等に就職し、多忙で指導は無理。 地元…
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