前編 真田視点
廃園になった裏野ドリームランドを歩く一つの影があった。
「ったく、怖くて逃げ出すくらいなら最初から誘うなってーの」
真田は、先ほどまで一緒にいた野々村に対し溜息をつく。
真田たちは、高校の夏休みを利用し、男二人で廃園探検にきた。
当初、六つのアトラクションを回って、噂された都市伝説を試す手筈だった。しかし、四つ目のミラーハウスの中に進入したところで、幽霊を見たと叫びながら飛び出した彼とはぐれてしまう。
五つ目のアトラクションである観覧車にきた真田は、律儀に実証を開始した。
地上に止まっている唯一のゴンドラ。その目の前で、
「わたしと一緒に乗りませんか?」
と声をかける。すると「いいわよ」と聞こえるらしいのだが、
「ダメだ。反応なし」
一応ゴンドラが開くか確認するが、きちんと施錠してある。
最後の仕上げとして、真田はドリームキャッスルに向かった。
目的地まで歩いている真田はふと、この裏野ドリームランドにまつわる噂話を思い出す。
真田たち同様、廃園探検にやってくる者たちは毎年少なからずいる。
無事に帰ってくると皆口を揃えて、子供の声が聞こえたという。
噂する大多数の者たちは、とある事件が関連していると考えていた。
今から五年前。この遊園地がまだ営業期間中、謎の失踪事件があった。何でも、遠足にきていた子供たちと、その引率の先生が、行方不明になったらしい。
警察が園内を捜索するも、手がかりさえも見つからない。
廃園になった理由は、単なる営業不振だけではなく、そういったことも絡んでいた。
ドリームキャッスルの正面扉の前に到着した真田は、腕時計で時間を確かめる。
全ての時計の針が真上を差した瞬間、盛大な鐘の音が頭上から降ってくる。
城の建物には巨大な時計が設置されており、昼間の零時と深夜零時の二回、園内に鐘の音を響かせる。
念のため扉が開くか確認してから、真田は都市伝説を実行した。
まず扉を三回ノックした。続けて四回。最後に五回。
当然何も起こらず。
案の定という心境で踵を返そうとしたそのとき、「ギギー」と鈍い音をたて、両開きに開き始めた。
「う、そだろ!?」
さらに、驚くことに、扉の内側には小柄な何かが佇んでいる。
よく見ると、年端のいかぬ幼い少女だ。頭には赤いリボンをして、真田を見上げて微笑んでいる。
「先生、早くして。他の生徒も待ってるんだから」
少女はそう言うと、真田に手を差し伸べた。
意味不明な内容と不可解な現象に、真田は硬直する。
しかしなぜだろう、不思議と嫌な気分ではない。
そう感じた真田は、少女に吸い込まれるかのように近づく。
そして……、
「つーかまえた」
あどけない表情が一変、死神のようになった。
はっ、と気づいたときにはもう遅かった。掴まれた手を振り解こうにも、鋼鉄の腕輪か何かと錯覚するくらいびくともしない。
「先生? 何サボろうとしているの? 先生は生徒の見本にならないと~」
真田は少女に引きずられるように、城内へと連れていかれた。
真っ暗で何も見えない城内。
数歩歩くと突然、両側の壁にあった燭台に火が灯る。
歩く度に燭台が点灯し、長い廊下を照らす。高級感のある赤絨毯と燭台が、連綿と続いているようだ。
壁に飾られた絵画や、置かれた騎士の模型が時折目に入る。
「なあ、こんな深夜にここで何をしているんだい? 親御さんが心配しているよ?」
「……」
真田の声など聞こえてないかのように、少女は振り向きもせずにズンズンと歩く。
そのままどこまでも歩き続けそうだったが、ピタッ、と少女は足を止めた。
右手の壁際に設置された騎士の模型。
少女はそれに近寄ると、模型の後ろに回り込み、何かをした。
すると、模型が設置してある台の真横の壁が「ゴゴゴゴ」と音をたて開き始める。
その奥から、底知れぬ階段が出現した。
壁の内側に真田が入った途端、開いた扉が元の位置に戻ろうと隙間を埋めていく。
「まずいっ!」
後戻りしようと踏ん張る真田。
だが少女の拘束には勝てず、為す術なく扉は固く閉ざされた。
「足元、気をつけてね先生」
暗闇の中を少女の手を頼りに階段を降りる。
段差がなくなり水平になったことで、階下まで降りきったことを察する。
数歩前進すると、先程の廊下同様、燭台の火が灯る。
そのまま通路を進んでいると突き当りに差し掛かり、これ以上は奥へと行けなさそうなことが判明。
「さあ、着いたよ。みんな先生に会えるのを楽しみに待ってるわ」
左側の壁際には、見覚えのある引き戸があった。学校の教室入り口で目にするものと類似している。
ただ、ガラス部分はスリ板を使っているようで、中の様子は見えない。
引き戸の上にある名札を見上げた真田は、そこに書かれた文字に戦慄した。
「拷問教室!?」
嫌な予感を感じ取り、掴まれた手を引き離そうとする。
「くそっ、離せ!」
「先生、今更恥ずかしがってもだめだよ。堂々としてて」
少女は教室の引き戸を開けた。
そこには……。
「先生がきた!」
「わーい、先生だ」
「先生おそーい」
あまりにも名札のイメージとは場違いな空間が広がっていて、拍子抜けする真田。
黒板があって教壇がその手前にあり、教室内を埋め吐くすたくさんの机。そして机の椅子に座る大勢の子供たち。
いつも学校で見ている光景。
ただし、教壇の後ろに控えた二つある騎士の模型を除いてだが。
「な、んだここ?」
電気は通っていないはずなのに、蛍光灯の光が降り注いでいる。
教壇の前までそのまま少女に誘導される。
少女は真田のそばを離れると、そのまま黒板側から見て一番右の最前列に着席した。
見計らったかの如く、入ってきた引き戸が「ビシャリ!」と閉まる。
すぐに引き返して必死に扉を開けようと試みるが、固く閉ざされてしまっていた。
「くそっ!」
渋々教壇まで戻り、子供たちを一望する。
ここでふと、真田はあることに思い至る。
(謎の失踪を遂げた引率の先生と子供たちの事件に合致しないか?)
真田のことを先生と呼ぶのも、引率の先生と勘違いしている。
そう考えた真田は、子供たちに話しかけ始めた。
「俺は君たちの先生なんかじゃない。君たちの本当の先生は、学校の遠足に連れてきてもらった担任だろう?」
間髪を容れずに続ける。
「いなくなった君たちのことを、親御さんはとても悲しんでいる。だから帰って安心させてあげよう?」
説得するように言い終えた真田。
しかし……。
「先生何言ってるの?」
「そんな話つまらない」
「ねえ、もっと楽しいことが聞きたい」
口々に子供たちは不満を漏らした。
不意に、一人の男の子がある発言をする。
「そうだ! ゲームしようよ!」
その発言を皮切りに、一斉に賛同をする子供たち。
「いいねいいね!」
「何をする?」
「クイズなんてどう?」
「賛成!」
「僕も」
「私も」
まるで最初からこうするように相談していたかのような手際のよさ。
「なっ、なんだ!?」
突如、何かに自身の両腕をガッチリ固定される。
振り向くと、真後ろにあったはずの騎士の模型が、真田の両脇に移動していた。
「じゃあ私たちが問題を出すから、先生が答えてね。じゃあ私から」
真田をここに連れてきた赤いリボンの少女が、問題を出題した。
「日本の江戸時代に行われた拷問の一つで、三角形の木を並べた台の上に正座させ、膝の上に平らな石を載せていく行為を何という?」
少女の口から出たとは思えない物騒な言葉とその内容に、衝撃を受ける。
「制限時間は一分だよ。ごじゅうく、ごじゅうはち、ごじゅうなな……」
(何でこんな状況に? でも答えないと解放されそうになさそうだ)
「答えは石抱きだ」
「せいかーい。さすが先生。まあ先生ならわかって当然かな」
少女が席に着くと、一つ後ろの男の子が立ち上がった。
「かつてヨーロッパに広く伝わった拷問器具で、水平な場所に寝かせて、バンザイさせた両手と両足を縛り、互いに反対方向に引っ張る伸張具はなーんだ?」
拷問の知識に特別詳しくない真田は、見当つかず困り果てる。
「ターイムアップ。ざーんねん、正解はラックでした」
男の子は小走りで黒板の前までくると、チョークで『ラック』と書いた。
その後も、順々に子供たちから拷問に関する問題を出され、誤答するごとに黒板に書かれるというサイクルが継続する。
真田自身も気づかないうちに、雰囲気に飲まれていった。
最後の一人の出題が終えると、黒板はたくさんの文字で埋め尽くされていた。
合計二十四もの拷問に関する用語がズラリと並ぶ。
正解数はわずか三つだった。
「あーあ、先生なのに情けないなあ」
「これじゃあ先生失格だよ」
「じゃあどうする?」
「そんな先生にはお仕置きが必要だよね」
「罰ゲーム、罰ゲーム」
真田の胸中に、言い知れぬ不安が押し寄せる。
そして、口裏を合わせたとしか思えないほど絶妙に、全員の声が重なった。
『『『先生には、間違った問題を、拷問で償ってもらいます!』』』
その瞬間、地面が大きく振動する。
教室の最奥――鞄などを入れるロッカーが置かれた壁全体が、中心から奥に向かって、徐々に動き始めた。
左右の壁が開き切って動きが止まる。
その先にある果てしない奥行きのある空間。
騎士の模型に無理矢理歩かされ、そこまで連れてこられると、血腥さが立ち込めてきた。
正直何かの冗談かと、真田は高を括っていたのだが、これが現実であることを思い知らされる。
広いスペースの所々に置かれた拷問器具の数々。
そのどれを見ても、子供たちが出した問題のどれかに関連した。
思い描く最悪の結末を想像した真田は、身を捩って暴れ出す。
「おい! 離せよ! このっ」
必死に抗うが、まるで歯が立たない。
拷問器具で埋め尽くされた中央で、騎士の模型に静止させられる。
いつのまにか真田の周りを子供たちが取り囲んでいた。
「最初は何にしよっか?」
「あんまりキツイのからだと、すぐに果てちゃう」
「じゃあ優しいところで、ラックなんてどう?」
「オッケー」
その夜、真田は生き地獄を体感することになる。




