1−4:多分、そんな恋愛
どうも、やっぱり投稿遅れました。ていうか企画やってました。
興味ある方は是非、エロと言っておきながら下品なだけのこちらとは違い、向こうはお題目通りなはずです。いや、いかがわしいテーマは欠片もないので、これとは性質が違いますが。
腕が、一瞬ぶれるほどの速度で振るわれる。受け止められる。
大外からしなるような蹴りが返ってくる。受け止める。
秒単位での応酬、瞬単位での読み合い。それが二人の――三好と文月先輩の、人智を超えた戦闘だった。
「くふ、やっぱり人間レベルじゃないわね、あの子」
いつの間にか、隣にはヒナが居る。呆然と立ち尽くす私の隣で、呑気に体育座りで見学していた。
「ヒナ、貴女……」
「そう、教えたのは私。アイツに居場所、聞いたから」
アイツといえば、大谷か……やっぱり、知っているのに助けに来ないんだな、あんにゃろう。
と、そんな事はどうでもいい。今は、目の前で繰り広げられている攻防戦だ。
「ヒナ、止められないの!?」
「無理ね。ああなった先輩を止められる人は少ないし、私はそうじゃないから」
予想通りといえば予想通り。ヒナはいつだって手伝ってくれるが、あまり助けてはくれない。今回だって、一人で来ていたら事情を説明するぐらいで帰っていただろう。
しかしそれなら教師を呼ばなければならない。この学校がいくらフリーダムだとはいっても校内での喧嘩は取り締まられるし、さすがに二人も停学覚悟で殴り合いはしないだろう。
「ヒナ! 私、ちょっと先生を呼んでくる!」
「無理ね。私が貴方を止めるもの」
ヒナの意地悪! 状況的に結構シリアスなんだから行かせてくれていいじゃないか!
「というかあの二人、ほっとけば止まるわ。三年間友人だった私が保証する」
眠そうな半目のままで、気の抜ける体育座りのままで、ヒナは自信たっぷりに宣言した。
……仕方ない、ヒナを信じよう。私は、三好に告白されてはいても付き合いが浅く、文月先輩と話したといってもまだ出会って半日も経っていないのだ。私よりもヒナの方が二人の事を分かっているだろう。
「そんな事より……ねぇ、アキラ」
へ、と声を出して隣を向く。ヒナは軽やかに立ち上がり、軽やかに体勢を整え、軽やかに腕を振り下ろした。
「――った!」
見事なチョップだった。脳天直撃だった。今日だけでどれだけ打撃を受けているんだろう、私。
意味が分からない。頭を抑えながら呪視線をヒナに向け――ようとしたが、ヒナは目を見開いており真剣だ。茶化せない、怖い。ヒナは、昔から眠いのか何だか知らないが本気な時にしかちゃんと目を開かない。よってかなり本気な話だ、こんな時に何を
「聞いたわよ、葵に告白されたんだってね」
「なん……っ!」
言葉が続かない、なんと言えばいいのか分からない。というか、喉へ無理矢理に栓をされた感じ、自分自身に。
あぁもう、なんだって一日にこんな連続で……そりゃ、ヒナ相手に引き伸ばしてた自分も悪い。でも、いいじゃないか。何で人の恋愛にまで首を突っ込むんだ。
「ちゃんと葵の事、考えてる? 私、心配なんだけど」
「あぁもう皆して! 考えてるわよ私だって! でも、好きかどうか分からないんじゃ仕方ないじゃない!」
返事が出来ない、だって会ったばかりだから。妙な理由で彼女の事を嫌いになるかもしれないし、逆に好きになるかもしれない。私は、決められない。三好の方で嫌いだと言ってくれればどんなに楽か。
「馬鹿、葵も女の子なんだから。男なら、ちゃんとしなさいな」
こんな時だけ男扱いしやがって。なんなんだよもう、私よりも三好の方がよっぽど男らしいじゃないか。
向き合ったまま、目線を逸らす事も許してくれない。そういえばあの二人の勝負はどうなったのだろう。あぁでもこんな事を考えても仕方ない、ヒナをなんとかしないと。
でも何とかする方法なんてないだろう。口先で目の前にこれに勝てる自信なんて無いし、そもそも嘘は苦手だ。そうなると、選択肢は一つだけ。
「……分かった。もう分かった。ちゃんと断る、断ってくるわよ……」
まぁ、悪くない選択だと思う。自分の都合であの美しい狼を縛るより、よっぽどマシだ。ちょっと私が寂しいだけ。きっと三好はそれでも仲良くしてくれるだろう、多分だけど。
あぁもうチクショウ、これで一生彼女できなかったらヒナのせいだ、呪ってやる。ていうかヒナ奪ってやる、ぐへへへへ。
……そういう事だ、多分自分にとってもこれぐらいの事なのだ。何か寂しいけどそれだけだ、別に胸が苦しかったりとかお約束反応は無し。結局、一目惚れもなければ、色欲だけで恋愛感情に発展するほど軽い男じゃなかったって事だ。うん、安心。
「こら、彰。何一人で納得してるの。とりあえず、自分のためだけにそういう事考えてるんじゃなければいいの」
「へ?」
ぐいっと、前から肩を掴まれた。揺すられた。意識引き戻された。
ちゃんと開いた目を、また胡乱気な半目に戻しながらヒナは少し笑う。薄く薄く、口の端を持ち上げて。なんかよく分からないけれど、ヒナにとっては楽しい状況らしい。
そして、比奈 美々は――三好の親友は、動作だけは可愛らしく小首を傾げた。何が嬉しいのかは知らないが、しかしこの状況は自分にもプラスだろう。
「自分は動かないで好き好き言われるだけって、男らしくないでしょう? 覚悟なさいな、アキラ。人の事を考えるなら、ちょっとは自分でも動かなきゃ」
ヒナはいつだって手伝ってくれるが、あまり助けてはくれない。ただしその「手伝い」はかゆい所に手が届いたりするのだ。
***
腕が痛い、足が痛い、痺れるように痛い。決定打はもらっていないけど、それでも何だか頭とかお腹とかちょっとぐるぐるする。顔を殴られていないのはせめてもの情けだと思う。
でも、戦いは終わった。何だか分からないけれど先輩は止めてくれた。
「先輩……?」
俺よりも少し離れた所、向かい合っている先輩に声をかける。向かい合っているとは言っても、先輩は顔を伏せているので表情が分からない。何だか不安。
と、先輩が顔を上げた。
「葵……こんな時でもお前は、私に手加減するのだな」
顔はいつものままで、声は少し寂しそうに。
「文月先輩相手に、本気出せるかよ」
仕方ないんだ、先輩は俺よりも強いだろうけどこれは俺の問題。人を殴るのなんて嫌いだ、見ず知らずの他人ならまだしも先輩は殴れない。
体を鍛えて、競技用の技を磨くのは嫌いじゃないけど、喧嘩なんて嫌いだ。どうしてわざわざ怪我をしなきゃいけないんだ、殴らなきゃいけないんだ。殴った方も痛いんだぞ、ちょっとだけ。
「まぁ、妥協しておこうか……やはり、学校で鍛錬をしようというほうが間違いだった」
先輩はため息をついて、その場に座り込んだ。かける言葉はあまり思いつかなくて、結局口から出たのは訊ねたい事。
「先輩、どうして強くなりたいんだ? 今でも強いのに」
少しだけ気になってた。俺だって高校生女子――というか、白状すると人間の括りの中じゃすごく強い方だと思う。そんな俺よりよっぽど強い先輩が、どうしてそんなに強くなりたいんだろう。
先輩は座りながら、少し考える素振りをして、それからまっすぐにこちらを見てきた。迷いなんてない、というような武士じみた視線。
「若様のお役に立ちたいのだ。そのためには、もっと強くならなければならないのだ」
「先輩……」
「弾道ミサイルぐらい」
志は高かった。
ていうか、これよりもさらに強くなければできない事って何なんだろう……素手で戦場でも行くんですか先輩。
「今の私では、素手でガトリングガンと渡り合うぐらいが精々なのだ……」
既にそこには至っているらしい。改めて、化物じみてます先輩。
「とまぁ、そういう訳だ。私はお前を評価しているぞ、葵。なんと言ったって、鍛錬だけでそこまで上り詰めたのだからな、素晴らしい才能と努力だ」
「やめてくれ先輩、そういう言い方は恥ずかしい」
女性として恥らうような所では無い気もするけど、それでも恥ずかしい。真正面から、しかも真面目な顔で褒められると嬉しいけど恥ずかしい。
そしてそんな和やかな空気になった所で、アキラがこちらに走り寄ってきた。ヒナを残して一人だけで、何だか微妙な顔をしながら。何なんだろう、一体。
「ふむ、私はお邪魔なようだな……まぁ悪びれずに近寄るんだ、少しは答えを出したんだろうな」
先輩は、何だか訳の分からないことを言って立ち上がった。そしてアキラとすれ違う。
何か話していたのか、よく分からない。アキラは一瞬だけ立ち止まってから、そのままの勢いで俺の前まで走ってくる。
「よ、よぉ……アキラ」
なんか、どもっちゃった。うわ恥ずかしい、さっきの先輩の褒め言葉よりも恥ずかしい。
そしてアキラは――なんだか、顔が赤かった。よく分からない、熱があるわけでもないだろうし、照れるような事になった覚えは無いし。
「う、うん……あの」
目を逸らして、頬を赤らめて、少しずつちらりとこちらを見て、手を手持ち無沙汰に目の前で振って。
簡潔に言う、すっごく可愛い。こっちも多分顔が赤くなってるはず……仕方ない、多分アキラを女だと思っててもこうなっちゃうんだろうなぁ。反則級に可愛いよ、アキラ。
「ありがとう……葵」
すっと、手を掴まれた。ファンと握手する芸能人みたいに両手で右手を掴んで。
うわ、ちょ、えぇ!? や、やめてやめて今俺汗臭いからだって手の平だってあれなんかもうあれだし! ていうか今、名前で呼んだですか!? 名前で呼ばれましたあぁ手があったかくてふわふわして頭がグチャグチャ、えっとなんか顔が赤いですアキラか俺かあぁ両方だよ。あぁアキラ可愛いな可愛いな可愛いよアキラッ!
「ちょ、ちょっとなんで無言でそんなに顔が赤く――って、ひああああぁぁぁ!?」
今日の反省、感情が昂るとどうにもならなくなる癖、直そう。
一応第一章完結と言いますか。
とりあえず、後はエピローグぐらいです。