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1−3:肉食と猛禽は争いあうが運命(2)

「えっち」って言うかもう下品なだけです。誰か僕を止めてくれ。

 文月先輩に初めて会ったのは、薄暗く光を遮る体育館裏だった。

 その時は、とても驚いた。いきなり現れたかと思えば「学び舎の風紀を乱す悪漢め!」とか言いながら飛びかかってきたし。

 しかも、強かった。多分、オレよりも。重力とか物理法則とか軽く無視してそうな動きはするし、殴っても全然平気そうだし。

 とりあえず和解して、先輩とはそこそこ仲良くなった。時たまよく分からない理由でバトルになっちゃうけど、彼女は私の理解者の一人だ。

 あの人みたいになりたかった。生真面目な仏頂面で頭を撫でてくる、不器用だけどとても優しい女性。

 あの人みたいになりたかった。誰かを守るために、何かが出来る人間。

 だけど先輩、オレはいつだって貴女の期待には応えなかった。いつだって、本気で殴りあった事は無かった。

 オレ、本当はそういうの嫌いだって知っていたのに仕掛けてくる、先輩の一番のわがままを聞いた事がなかった。

 それでも、オレの一番大事になるかもしれないものを盗っちゃうなら。オレだって、貴女と戦おう。たとえ始まりは勘違いだとしても、貴女が待ち望んでいたのはこういう展開だろうから。

 戦おう――本気で。



                 ***



「ふむ、なるほど。大体の事情は分かった」


 私は今、落とされてます。床に。

 薄暗い体育倉庫の中、この感触。気分はブタ箱。

 

「……という事で、分かってもらえたかしら? まだ、本当に彼氏彼女の仲ではないのよ」


 あの後、息苦しいながらも説明すると、意外にも文月さんは分かってくれた。死ぬかと思ったけど、まぁ人間って結構丈夫にできているもんだねアッハッハ痣が出来たわコンチクショウ。

 

「では、今回の件は私の早とちりと言うわけか……」


「そうそう。だって、返事してないし」


 それは悪かったな、と私に手を差し伸べる文月さん。今このシーンだけ抜き出すと、すごいスポーツマンシップ溢れてる。

 しかしまぁ、これで安泰というわけだ。

 教室を出ようと思った時に洋太から手渡されたおにぎりはどこかにいってしまったが、まぁ昼食を抜くぐらいで死なないだろう。身長も横幅もそして幸いなことに胸も小さいこの体は、一般男子高校生より燃費が良い。

 ……一般【男子】高校生より燃費が良い!(強調)

 と、妙な思考の罠にはまっている私に手を貸した文月さんは、仏頂面のままで軽く頭を下げた。


「すまなかった。あの子に男が近づくというのは、なかなか無いことなのだ。故に、少しばかり焦ってしまった」


「いえ、お気になさらず……初めから男だと認めてもらえたし」


 そう、文月さんはこの体育倉庫内で、私を男だと思った行動ばかり取って来たのだ!

 三好に続いて二人目。こんな短期間に男だと認められていくという事は、ついに私にも男らしさが!


「いや……」


 しかし文月さんは言い淀み、顔面筋肉は動かさないのに、右手だけを持ち上げてわしわし開閉している。

 そしてその視線の向かう先は、私の股関節辺り。いや、ぶっちゃけ股関節の真ん中。


「確かめさせてもらったからな」


 何を!? いやナニをか!

 

「お粗末さまでした」


 それはどちらかと言えば出した方が言う言葉で、むしろこのシチュエーションなら「ご馳走様」だ!


「お粗末だったぞ」


 お粗末でしたか!

 いや、確かに大きいほうではないと思っていたが、正直傷つく! 今日一番のダメージ!

 

「わ、私だって男だからそれは微妙に傷つくというか……って、文月さん普通に見るって……」


 大人だ。世間ズレして汚れちゃったんだ。

 私の微妙な視線にも、しかし文月さんは猛禽のような目を緩める気配もなく、というか後ろめたさも恥ずかしさも感じさせない威風堂々とした立ち方のままだった。


「うん、私はなんというか、とある家の奉公のような事をしていてな」


 明かされる衝撃の事実。今の時代、まだそんな制度があるのか。


「それで、そこの風呂は使用人が一気に入れるように混浴の大きな風呂になっているので、子供の頃はよく男性とも御一緒したものだ。さらに言うと、昔から若のお背中を流すのは私の役目だ」


 若。若と来ましたか。若様ですか。

 何かこの人の喋り方は時代を感じさせるなぁとか思っていたら、本当に古き良き概念の中で生きているらしい。

 というか、その“若”って何歳なのか知らないけど、女と風呂入ってるのかよ……そうなると、まさか男のロマンなエロティカルイベント発生なのか!?

 例えば。

 立ち込める湯煙の中、体に巻いていた一枚のタオルを剥ぎ取られる文月さん。そのまま壁際まで移動させられて、手首を押さえられる。そのまま、強引に唇を奪われ……


『あ、あぁ……若、こんな所で……』


 あ、文月さんこんな声出しそうにねぇや。妄想終了。


「福井、今とてもだらしない顔をしていたぞ」


「気のせいよ」


 危ない危ない……文月さんは私を男と認識しているんだった。迂闊な熱視線と妄想は死を招く。

 閑話休題。

 はてさて、至極どうでもいい話が終わった所で、私はどうなるんだろう? あと、閑話休題とか言っちゃったけど、本当に話題は変わるんだろうか。

 ちらりと、文月さんのほうを見遣みやる。


「…………」


 目を閉じたまま沈黙を守る文月さん。どうやら、こちらから話しかけない限りリアクションをとる気は無いらしい。

 となると、まず私がとるべき行動は一つ。


「文月さん、帰っていいかしら?」


 まずは帰らなければ。入学してまだそれほど経っていないから出席日数はそれほど心配要らないが、授業に参加しないと自分で勉強するのも面倒だ。

 文月さんは片目を開けて反応し、すこし沈黙……躊躇って、いるのかもしれない。何をかは知らないが。

 結局、文月さんは口を開いた。ぼそりと呟くように。


「それで、返事は?」


 文脈が繋がらない。質問に質問で返すなと言いたい所だが、文月さんはやけにシリアスだ……まぁ、顔は常にシリアスなのだが、雰囲気が。

 じれったそうに、次の言葉。


「だから、葵のことだ。お前は、どういう返事をするつもりだ。いや、それ以前に、何故その場でキチンと返事をしなかった」


 痛いところを突かれた。それは私自身が今、一番迷っている事。

 確かに、恋愛とするならもう少し時間をかけてお互いの事を知りたい。私は彼女についてほとんど知らないし、逆も然りだ。

 それに、今は入学したばかりでゴタゴタしている時期だ。わざわざそんな時期に人生初の恋愛をしなくても、と思わないでもない。

 しかしそんな事より、何よりも。私が一番恐れている事。

 

「分からない。分からないから、ちゃんと答えることが出来なかったの」


 そう、分からない。好きなのか、そうじゃないのか、分からないのだ。

 私にだって単純な好悪ぐらいなら分かる。南野はどうかと聞かれれば微妙というしかないが、ABCの中で一番付き合いの古い――栄崎 英子は確実に好きだ。そういう意味なら、カレンのことだって好きだ。

 でも、この場合の「好き」は違う。そんな漠然としたものじゃなくて、もっと深いものだって思う。

 今ここで告白しよう――福井 彰は、今まで誰にも恋愛感情をもったことが無い。

 

「分からないのなら、断れ」


 文月さんの言葉が、刺さる。多分胸とか心とかそこら辺。グサッと。

 こんな先延ばしするぐらいなら、断るのが一番いい。分かっている。それなら、間違った選択だったとしても、向こうに負わせる傷は最小限で済む。

 それなのに、断れない。その理由はきっと単純で、それでいて醜いもの。


「お前にそんな気はなくとも、今のままではただあの子の心を弄んでいるだけだ」


 そうだ、弄んでいる。私は三好の心を手の平で転がして、どうしようかと悩むだけ。

 ただ――これから先に、女性から好意を向けられる事があるのか、今ここで曲がりなりにでも付き合っておくべきではないのか。そんな利己的な理由。

 好きでもないのにOKはしたくない、でもどうなるか分からないから保留していたい。

 あぁもう、最悪だ。


「……ちゃんと考えてみる。帰らせて」


 それでも、考えるしかないのだろう。断るべきか、漠然とした気持ちのままで付き合うのか。

 もしかしたら帰らせてもらえないかもしれない、と思っていたが、文月さんは案外普通に入り口を開けてくれた。

 しかし、私が扉をくぐった時に一言。


「あの子を弄ぶだけ、という結末はやめて欲しい……私は、お前を許せなくなる」


 それは、警告というよりただ頼んでいる口調だった。柔らかいわけではないが、妙な凄みが効いているわけでもない。

 

「暴力には訴えない、あの子が悲しむからな。しかし、私はお前を許さない。ただ、許さない」


 幸せだな、三好。お前の事をこんなに想ってくれてる人がいるぞ。本人にそんなつもりは無いんだろうけど、怖いぐらいに脅しているようにしか見えないぐらいに、お前の為に動いてくれている人がいるぞ。

 せめて、三好が私を嫌ってくれれば話は簡単なのに。自分から手放すのは惜しいけど、向こうから言ってもらえれば笑って手を振ってあげられるのに。

 どうして、私なんかを好きになってしまったんだ、三好。


「……帰る」


「あぁ、勉学に励め」


 例え教室に行っても、授業を聞ける気がしないけど。

 私と文月さんはかび臭い体育倉庫から、開放感溢れる広くて明るい体育館へと出る。この学校は偏差値は低いが、その分運動系にはそれなりに気合が入ってたりする。

 そして私が、出入り口に向かおうとすると――いきなり、金属質の音が鳴り響く。

 音源の方を振り向くと、側面の扉が一つ、大きく開け放たれていた。上方にある窓からの光よりさらに明るい太陽光が照り付ける。

 切り取られたその空間に、見慣れた影が一つと、今最も頭を離れない大きな影が一つ。


「み、三好……?」


「アキラッ!」


 大きな影、もちろん三好 葵であるその人物は、高速でこちらへと駆けて来た。

 そしてその前に立ち塞がるのは、文月さん。表情があまり変わらないその顔を、今は口元を歪ませて、猛禽類のように鋭い目で向かってくる三好を見据えている。

 訳がわからないが、この状況を楽しんでいるらしい。


「先輩! あれはオレが、言葉のあやで……て言った所で、どうせやるんだろ!」


「その通りだ葵、私を倒してみろ!」


 何だか少年漫画でぐらいしかお目にかかれない言葉の応酬の後、少年漫画でしかお目にかかれないような風景が目の前に広がる。

 そして私の理解を許さぬままに、肉食ウルフ猛禽イーグルはぶつかり合った。





追記:タイトルを修正。何自分の付けたタイトル間違っとるんだ、僕は。

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