第1話 居候
今回が初投稿となります、もちゃもちゃと申します。
至らぬところばかりで不快な思いをされる方もいらっしゃると思いますが、頑張って書いていこうと思います。
感想、アドバイス等いただけたら嬉しいです!!
眼が覚めるとそこには、己を覗き込む女の巨人がいた。不意のことで
「うわっ」
と大きな声が出たが、どうにも常のそれと違う。一体何であろうかと不思議に思っていると、女はひょいと私をかきいだき、何やら大きい声で喚いてもう一人の今度は男の巨人に差し出した。男は病的なまでに白く、一目で日本のものではないと知れた。目は細く、猫背気味で、容貌涼やかであったが全体として蛇のようだった。男は女から私を受け取ると、その真っ赤な瞳で私をじっと見つめた。しばらくそうしていたが、飽きたのかあっさり先の女に返して一言二言言いつけて部屋を出て行った。
そのあと初めの女は金の装飾が施されたガラス瓶から私の額に水を二、三滴垂らし、跪いて何事かを唱え、そうしたあとに立ち上がって錦でできた布の山に私を横たえた。ここまでくると、にぶいにぶいと言われた私にも、状況が掴めていた。
子ども、それも生まれたばかりの幼児になっている。
どういうことだかわからないが、それが答えだと思った。自然だと思った。言葉は日本とは違うらしい。それどころか、英語でもスペイン語でも、まして中国語でもない。私は言語を学ぶのが好きで、喋れないまでも世界中のあらゆる言語を調べて見聞きしていたから、目の前で女の巨人……女が先ほどからしきりに己に喋りかけている言葉が、地球のどの言語とも違う響きだとすぐにわかった。
ではここはどこだろう。先の蛇男が父なのか。母はどこにいるのか。次から次へ疑問が湧いてきたけれど、幼い脳にはそれが負担だったのだろう。すぐに意識が遠のいた。
次に目が覚めた時私はすでに歩いていた。目覚める前はてっきり転生とやらをしたのだと思っていたが、どうも違うらしい。体は言うことを聞かないし、勝手に動き、勝手なことを口にした。だけど私はこの体の中にいた。憑いている、と言っていい。私は居候だった。この体を動かす少年の名はヘーゲルという。彼も私に気づいていない。私は誰にも気づかれず、いつも彼のそばにいた。
彼には幼なじみがいた。その中でも彼の一等お気に入りはセリアという金色の髪をした活発な少女だった。彼女はヘーゲルの一歳年長だった。ヘーゲルはいつでも彼女と一緒にいることを望んでいたし、彼女もそうしたヘーゲルを憎からず思っているようだった。
ヘーゲルは貴族の子だった。あの蛇男はリグロ・モストロウム・ヴィトゲンシュタインというこの国一番の大公爵で、女王であった母と結婚し、ヘーゲル少年が生まれたらしい。つまり王子である。ヘーゲル少年を産んですぐに女王は崩御し、今はその夫である父リグロが幼い王子に代わって国政を行っていた。王子とはいえ、ヘーゲルの置かれた状況は芳しくなかった。
ヘーゲルの生まれたこの国はルトヴィアといい、ストエルファという巨大帝国の傘下にある無数の国の一つだった。かつては指先ひとつで王の首を落とせた帝国の力も、数十年前に起きた内乱の最中に皇帝が諸侯に殺害されてから、衰退の一途をたどっていた。今の皇帝は暗愚である。失われた皇帝の権威を盲信し、傘下の王たちに横暴な振る舞いを繰り返し、未だ帝国に忠誠を誓っていた数少ない王たちも離れていった。一度火種が放り込まれれば、いつ終わるとも知れぬ戦乱の世が幕をあけるだろう。
王族に生まれても安心できぬ、といったのはそういう事情があるからだった。ルトヴィアは帝国の北東部に位置する随一の穀倉地帯であり、国土の南側に沿うように大きなルトー河が流れ、北部は峻険な山々が連なり天然の要害でもあった。さらに東側にはストエルファの都リッケフールがある。つまり立地が大変に良かった。それだけに他国からは垂涎の的だった。
ルトヴィアの国民の共通の気質として、商人っ気が強いというものがある。ルトー河は帝都につながる河川であるから、常に多くの船団がこれを通り、途上の国々でも金銀のやり取りが多くなされた。ルトヴィアも例外ではない。帝都に近い分、他国の商品への対抗心も強かった。そんなわけで、ルトヴィアの民は常に新しく良いものを最小の犠牲で得よう、という気質に育った。商売に必要であるから、文字も算術もよくできた。
そのルトヴィアの王族であるヘーゲルも、幼い頃から英才教育を受けた。食事のマナーから立ち居振る舞い、芸術算術武術に古典、果てには奴隷のしつけ方まで、五歳までに叩き込まれた。この五歳というのは、王族の子弟が皇帝の目通りを初めて受ける歳であったから、各地の王族は己の子がそこで恥をかかないように幼い頃から死に物狂いで教育するのが通例だった。
その謁見の場で、ヘーゲルは皇帝に見初められた。皇帝たっての希望でヘーゲルは帝都に留められ、十歳になるまで5年間、故郷に帰ることを禁じられた。これは普通名誉と喜ぶべきところであるが、この時代もう皇帝に権威はない。そんな旧時代の残骸に幼い王子を奪われたルトヴィアは哀れみの対象だった。
とにかく、ヘーゲルは人格形成の時期を帝都で華やかに過ごした。時々皇帝の閨に呼ばれた。皇帝は男だった。皇帝はヘーゲルに武術を学ぶことを禁じた。繊細な美少年を愛したのである。ヘーゲルは父の白さを引き継ぎ、母の闊達な赤い眼と銀髪を持っていた。皇帝はヘーゲルを養子にしたいと言ったが、父リグロが許さなかった。十歳になり皇帝からの贈り物を多く携え国へ帰った。
それからヘーゲルは武術をやらなくなった。日夜国中の詩人を呼び、教えを請うた。リグロはこの息子を諦め、ヘーゲルが13歳の時に、才気煥発で知られた四歳年長の甥のテスラを養子に迎え、我が子を殺害しようと画策した。
ヘーゲルの不幸は父の害意を察知できるだけの機転があったことだろう。すぐに屋敷を逃れ、セリアの一族であるモンテノール伯爵家を頼った。この判断は単に幼なじみのよしみだけではない。新しく養子に迎えられたテスラはモンテノール家の政敵クライン子爵家の子だった。セリアの嘆願もありモンテノール伯爵はヘーゲルを庇護した。
このことはルトー河を下る商船団を通じて帝都にも伝わった。皇帝は両者の和睦、およびテスラの処刑を命じた。ヘーゲルは皇帝に愛されていた。
テスラはこのことを知ると自ら命を断った。誇り高い性格だった。不名誉な刑死を嫌ったものである。これ以降ヘーゲル父子の仲は険悪になった。リグロは婿であったので、国内の貴族も二派に分裂した。
ここまでが二度目の覚醒の間に起きたことであった。テスラの死を聞いて、私は久しぶりに意識の遠ざかるあの感覚を覚えた。
目が覚めたのは戦場だった。ヘーゲルは大人になっていた。あれから何があったのか、彼は国主になっていた。リグロも、もういない。皇帝が朝廷貴族の有力者であったシュッツに暗殺され、ついに戦乱の世が始まった。ルトヴィアは真っ先に狙われた。ここを制したものがルトー河の利権を制し、また帝都を制する。ヘーゲルは政争で疲れ果てた国内の貴族をまとめようと躍起になったが、若く力のない国王には誰も従わない。ルトヴィアの民は、利に目敏かった。内乱、裏切りが毎日のように起こり、誰も国内の正確な情報を知らなかった。
そして、ヘーゲルは死んだ。誰より信頼していた後見者のモンテノール伯が裏切った。愛娘のセリアを人質に取ったクライン子爵を、人質ごと殺害した王に対する恨みからだったろう。その死体が町中に引き立てられ、石を投げられ、晒されるのを私は彼の中で見ていた。悲しみはなかった。彼の横暴ぶりは明らかだったし、褒められた王ではなかったのは知っていたから。しかし、居候とはいえ生まれた頃からずっと一緒だった少年が無残な最期を遂げたのだ。そのことに対する憤りは、あった。
故に私は願った。彼に、私たちにもう一度、やり直す機会を与え給え、と。
この駄文をここまで読んでくださってありがとうございます。
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