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学院祭の準備で提案をしたこと

 この学院にも祭はある。


 あれだ、前世の高校の時には学校祭があって、出し物したり出店したりした、あれだ。


 さすがにここは日本じゃないから、フランクフルトやら焼きそばやらの屋台は出ない。その代わり、有志による演劇や歌唱、お菓子やらのお店はある。要は、学院祭という形式自体は日本のそれと大差ないってことだ。


 ちなみに一番の花形は演劇だ。毎年、学年ごとに有志を募って演劇をするんだけど、役者になれるのは当然、学年屈指の美形と決まっている。実行委員会が立ち上がって、委員会の人が美形をこぞって集める。美形だったら演劇に興味あろうとなかろうと問答無用で声が掛かって連行されるし、逆にいくら役者になりたくても、委員会のお眼鏡に適わなければ役者になれない。顔面偏差値の格差社会にげんなりするけど、仕方ない。そういう世の中なんだよね。


 私はちなみに、クラブの方で出店する際に売り子をすることになった。実は私、料理研究クラブってのに所属しているんだ。


 料理研究と言っても、クラブメンバーの大半は学院に入るまで包丁も持ったことのないお嬢様ばかり。平民出の子は包丁の扱いになれているから、必然的に彼女らがクラブを引っぱり、刃物を持てないお嬢様がトッピングをすることが多い。ちなみに野良貴族の私は普通に包丁を持てる。「何かあった時のために」とお母様が指導してくださった。何かあった時、って、お母様は何を想定していたんだろう。


 さて、毎年この時期になると、普段はのんびりと活動している我ら料理研究クラブも、出店する食べ物のメニューを考えねばならない。









「例年、ケーキを焼くことが多いわ。でも、クリームが服に付くとか、食べる場所が少ないとかの意見をもらっているわ」


 教卓に立って説明するのは、クラブリーダーの一つ上の先輩。商家出身の彼女だけど、その料理の腕前を買われてリーダーに選出された。クラブメンバーの貴族の子も、彼女の料理の才能には舌を巻くしかなくて、彼女がリーダーになることに異論はなかった。


 リーダーの話を聞きつつ、私は昨年、一昨年の出店を思い出す。


 当然、前世の記憶なんて戻ってなかった私は普通に活動して、みんなの多数決で決まったショートケーキを作ったんだけど、確かにお客は買ったものの、食べにくそうにしていた。なにせ、場所がない。それに、出店の後には花形の演劇があって、ケーキを持って入場したら服にクリームが付いてしまう。会場への飲食物の持ち込みは許可されているけれど、後日アンケートにはいくつか不満の声が入っていた。


 でも、毎年議論してもいつも結論はケーキに落ち着くそうだ。理由は簡単。この世界はお菓子の種類も限られていて、お嬢様でも簡単に作れるのがケーキくらいしかないんだ。


 ちなみに彼女らの言う「ケーキ」とは、日本で言うマドレーヌやフィナンシェ、パウンドケーキなども含まれている。要するに、小麦粉・砂糖・バターや卵で作った菓子は全部「ケーキ」なんだ。


 思案にふける私をよそに、皆は次のメニューについて議論している。ささっと聞いてみるけど、やっぱり発想は凝り固まってしまう。


 皆の意見を聞いていたリーダーも、教卓に肘を突いて悩ましげにこめかみを押さえている。彼女の背後の黒板には既に、大量のメニュー案が上げられているが、リーダーの満足のいくものはまだ挙がっていないようだ。


「うーん……消費者のニーズに応える必要があるのよ。つまり、持ち運びが便利で衣服に付着することもない。なおかつ美味しくてどんな人の口にも合う逸品。そしてこちらの都合に合わせると、制作がそれほど難しくなくて、比較的短時間・低経費で大量に作られるもの、になるわ」


 うう、改めて挙げられるとかなり要求レベルが高い。つまり、リーダーのような一般家庭育ちの子も、私のような下級貴族にも、ベアトリクスのような上流貴族も、無論フィリップ王子のような雲の上の身分の方の口にも合うような代物がいいんだ。


 リーダーの言葉を受け、一様に項垂れるクラブメンバー。まあ、確かに難しいよね。そんなにたくさん項目があれば――


 あっ。


「あの、リーダー。ひとつ案があるんですけど……」

 私は思いきって挙手した。








 数日後。

 私は食堂にベアトリクスとカチュアを呼び、彼女らの前に編み紐製のバスケットを差し出した。


「いきなり呼びだして……どうしたの、アリシア?」


 訝しげな視線を寄越してくるベアトリクス。昼休憩の時間、私は彼女らを呼んだんだ。

 ベアトリクスと同様にカチュアも不思議そうに私を見るけど、二人の顔に呆れや嫌悪の色はない。


「お忙しいところをすみません。オルドレンジさんとレイルさんにお願いがありまして……」

「ちょっと待って。わたくしはあなたをアリシアと呼ぶのだから、わたくしのこともベアトリクスと呼びなさい」


 私の言葉を遮ったベアトリクスは、きつい口調ながら、私が思わず息を呑むようなことを仰せになった。隣にいるカチュアも、うんうん頷いている。


「そうでないと平等でありませんからね。わたくしのことも、どうぞカチュアと。話はそれからですわ」

「……あ、はい。では、べ、ベアトリクスとカチュア、お願いがあります」


 うーん……ちょっとびっくりしたけど、何だか嬉しい。まさか、ゲームでも飛び抜けて目立つ悪役令嬢二人に名前で呼んでもらうだけでなく、彼女らを呼び捨てで呼ぶことを許可されるとか。人生、何が起きるか分からん。


 私は気を取り直し、テーブルに載せていたバスケットの蓋を開ける。顔を出したのは、細長いパンのような物体――だと、彼女らの目には映っただろう。


「……アリシア、これは何ですか?」

「お二人に、試食をお願いしたいのです」


 二人に、私は簡単に事の次第を説明した。


 迷走する料理研究クラブで、私はあるメニューを提案した。それは、前世でよく私の母親が作ってくれた菓子パンだ。


 こっちの世界には、パンに何かを挟むとか、生地を練り込むっていう発想がない。パンはパン。それにジャムとか付けるのはまだしも、パンを縦に切って具材を挟む、いわゆるサンドイッチのようなものがなかったんだ。


 私はそれを、デザート向けに改良したものを提案した。


 学院祭は一日がかりで行われるから、途中で昼食とおやつを挟むことになる。今まではケーキ専門だったから、お客が入るのは昼を回ってから。その頃には劇が始まるから、正直お客が入る時間は限られていた。

 となれば、昼なら昼向け、おやつの時間ならおやつ向けにアレンジできるものを提供したらどうか。


 昼に出すのは、ホットドックのような形の菓子パン。パン生地にはハーブバターを練り込み、スライスしたハムやレタス、ブロックチーズを挟む。ここでのポイントは、持ち運びやすさ。パンをただ縦に切り込み淹れるだけじゃなくて、中身も少しくり抜く。そうしたら、ぶ厚いハムやチーズが飛び出ることなく、服を汚さずに済む。


 そしておやつの時間には、練乳を練り込んだパン生地にジャムやバター、フルーツやクリームを挟む。こちらも、はみ出ないように中をくり抜いて空洞状にしておく。フルーツやジャムも、苺やラズベリー、柑橘類といくつか種類を作っておく。そうしたら、きっとお客好みのパンがひとつくらい見つかるはずだ。


 私の提案にリーダーは目を輝かせた。最初は戸惑っていたメンバーも、やる気になったリーダーが次々に具体案を出すと賛同してくれた。


 ……そういうわけで私は自宅の厨房を借りて試作品を作り、上流貴族であるベアトリクスとカチュアに試食してもらおうと思ったんだ。


 ちなみに家族や使用人に試食してもらったらおおむね好評で、彼らの意見を取り入れていくらか改良を施した。彼らは、「アリシア(お嬢様)がこんなに料理が得意だったなんて」って不思議そうだった。ん、まあ、前世の記憶を取り戻す前の私の料理の腕前は、並みだったから。料理研究クラブも、何となく入っただけだったし。


 ベアトリクスとカチュアは顔を見合わせた後、バスケットに入っていた手拭きを取り出す。


「あなたには世話になったからね。しかも、見た感じでは結構おいしそうじゃないの」

「アリシアの役に立てるなら、喜んで。……アリシア、味の説明をしてくださる?」

「はい!」


 私は二人が乗り気になってくれて嬉しく、バスケットに入っている試食品を説明した。


「こちらはどれも、実際のお店で出す予定のもののハーフサイズです。これはバジルチーズ入りトマトサンド、こちらは市場で昨日買ったばかりの、オレンジピューレ入りクリームサンドです」

「パンに何かを挟むという発想はなかったわね」


 しみじみと言った後、ベアトリクスは迷うことなくオレンジの方を手に取る。カチュアの方はトマトサンドの方だ。何となく、それぞれの趣向が分かるな。


 お嬢様二人がサンドイッチを食べるのを、私はドキドキしながら見守っていた。元伯爵家令嬢のお母様もゴーサインを出してくれたんだから、きっと大丈夫……。


 私が見とれるほど優雅な手つきでサンドイッチを囓った二人は、咀嚼して飲み込んだ後、目を丸くした。


「……なるほど、これならティータイムのケーキ代わりにもなりそうね」

「囓ってもトマトが出てきません。よく工夫されていますね」

「あ、ありがとうございます!」


 二人に認めてもらえて、私はほっと肩の力を抜いた。


 その後、ベアトリクスはトマト、カチュアはオレンジの方も食べた後、「パンはもう少し扁平な形の方が食べやすい」「切れ込みはパンの端まで入れない方がいい」「ハーフサイズとロングサイズの二種類出したらどうか」という意見をメモし(あ、いつものメモ帳じゃないぞ)、私は二人にもう一つお願いした。


「もしよかったら、学院祭の当日、うちのクラブの商品を買ってもらいたいのです。それも、なるべく早めに」


 私の申し出の意図を、やっぱり二人はすぐに理解してくれた。ベアトリクスはにこっと笑い、とんとんとテーブルを指で叩く。


「広告塔になってほしいということですわね」

「はい……」

「構いませんわ。ただし、わたくしもカチュアも劇に出ますので、昼までしか動けませんが」

「十分です! ありがとうございます!」


 そうだ、ベアトリクスもカチュアも眩しいばかりの美形だから、まっすぐにお声が掛かったらしい。ちなみに、メルティを始めとした攻略キャラたちも軒並み出演するとか。私? 声すら掛かってませんよ、くすん。








 サンドイッチの開発を進めつつも、私はメルティ観察を怠ることはなかった。

 何せ、彼女は同じクラスだ。嫌でも同じ行動をすることは多いし、とにかくいろんな意味で目立つから調査もしやすい。


 メルティは相変わらず、女子生徒と絡むことはほとんどない。むしろ、絡む必要はない。

 メルティはお昼ご飯なども、積極的にフィリップ王子やロットを誘っているし、この前なんてお手製のお弁当をリットベル先生やルパード・ベルクに渡していた。帰り道では、学級委員長で居残りすることが多いカチュアを待つラルフ・オードリーと立ち話して、クッキーのようなものを渡していた。


 これらは全て、ゲーム内で主人公の取る行動そのものだ。ゲームでは、主人公は料理が得意、ということになっている。攻略キャラたちの好みにあったお弁当やお菓子を作ってプレゼントする。そうすると好感度が上がって新しいイベントが発生する、っていう流れだ。いずれ誰かのルートを選ぶんだろうけど、それまでは全員の好感度を上げ放題だ。


 尾行もうまくいっている、と思う。メモした限り、メルティはフィリップ王子イベントの三つ目、リットベル先生イベントの二つ目、ロットイベントの二つ目、ルパード・ベルクイベントの二つ目、登場の遅かったラルフ・オードリーイベントは一つ目まで終えている、はずだ。


 王子が一つリードしていて、確かにフィリップ王子の方もまめにメルティに声を掛けていた。でも、それを抜いてでも男連中のメルティへの好感度の上がりは順調らしい。今はステータス画面は見えないけれど、どれも好感度メーターはかなり上昇してるんじゃなかろうかな。


 そういうわけでメルティは順調にゲーム通りの道を歩んでいる。そして、これからゲームでも大きく取り上げられるイベントが始まる。


 秋の学院祭だ。

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