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悪役令嬢たちとお話したこと

「アリシア・ティリスさん。ちょっといいかしら」


 その日私は、一人でお弁当を食べていた。


 誘ってくれる子はいたんだけど、私のノートによるとそろそろメルティと執事キャラであるラルフ・オードリーとの出会いシーンがありそうなんで、いつでも行動できるようにメルティを張っていた。その矢先だった。


 真上から降ってきたハスキーボイスに、私はぎくっと身を震わせる。この声は、間違いなく……。


「な、なんでしょうか、オルドレンジさん」


 はい、生徒会副会長のお出ましでした。しかも脇には、隣のクラスの学級委員長まで従えてますよ。何ですかこの悪役令嬢コンビ。


 カフェテリアの四人席を一人で占領していた私に、ベアトリクスとカチュアは席に座ってもいいか聞いてきた。断る謂われもないし、断ったら後が怖いから、とりあえず笑顔でどうぞと言っておく。


「いきなりごめんなさいね、ティリスさん」


 私がカチコチに固まっているのに気づいたのか、ベアトリクスは吊り目を少しだけ細めて私に妖艶に微笑みかける。うーん、ベアトリクスの笑顔立ち絵は悪役スマイルだけだったから、こういうの、新鮮だ。


「あなたに相談したいことがあって来たの」

「私に相談……ですか?」

「ええ。普段からクラスを冷静な目で見ているあなたなら、と思ってのことなの。もし途中で嫌だと思ったら、抜けてくれて構わないわ」


 いや、構わないわ、と言われてはいそうですかじゃあ帰ります、と言えたらどんなにいいか!


 私があかべこのごとく頷いていると、ベアトリクスは少しだけ表情を暗くして、傍らに何も言わず座っているカチュアの方を手で示す。


「彼女、隣のクラスのカチュアね。彼女がわたくしに相談を持ちかけて、わたくしでは力不足だからティリスさんに尋ねようと思ったの」

「お、オルドレンジさんで難しいのなら、私なんてどうにもならないんじゃ……」

「わたくしもカチュアも、目立ちすぎているからね。堅実で冷静なあなたなら頼めると思ったの」


 おおう、ベアトリクスに褒められた! なんだ、やっぱりベアトリクスは普通に人を褒められるし、自分を卑下することもあるんだ!


 私の中で「せいさくしゃのかんがえた、さいあくのあくやくれいじょう」像がゆっくりと崩れていく。そんな私をしばし見つめた後、ベアトリクスはカチュアの方に顔を向ける。


「カチュア、だめもとでもティリスさんに話してみなさいよ」

「……はい。初めまして、アリシア・ティリスさん。わたくし、レイル家のカチュアでございます」


 そう言ってカチュアは軽く会釈する。普段よりも元気はなさそうだけど、さらさらの青銀髪は今日も眩しいし、少し顔色が悪いからってその勝ち気な感じの美貌が崩れることはない。美人っていいな、くすん。


「いきなり引き留めて申し訳ありません。ティリスさんに……どうか、わたくしの個人的な話を聞いて頂きたいのです」

「私でよければ力になりますよ」 


 とりあえず私はそう答える。悪役令嬢二人に挟まれる地味子とか、なにこのカオスな食堂風景。


「ティリスさんは……メルティ・アレンドラさんと親しいのでしょうか?」

「え、別に全く」


 藪から棒に問われ、私は即答する。仲は決して良くも悪くもない。むしろ私の方は極力触れないようにしているから、どっちかといえば悪い……のかな?


 私の答えに、カチュアさんは一瞬だけほっとしたように頬を緩ませ、思い直したのかブンブン首を振る。


「……そうですか。実は、わたくしの執事のことで気になっておりまして」

「執事……とは?」


 フルネームもプロフィールも知ってるけど、暴露したら怪しまれるだけだから惚けておく。


「ラルフ・オードリーと言いますの。わたくしが子どもの頃から側にいてくれて……三年前、わたくしと入れ違いで本校を卒業しました。彼には日頃から家から学院までの送り迎えを頼んでいるのですが……彼が最近、おかしくて」


 うん、予想は付いた。


「おかしいとは?」

「家でもやたら、メルティ・アレンドラさんのことを話しますの。……いえ、もしラルフがメルティさんに恋しているのなら、それはそれでいいのですが……でもやはり、煮えきれなくて」

「はあ……」


 つまりは、カチュアは自分の従者のラルフのことが好きなんだ。うん、別に驚くことじゃない。ゲームで、主人公とラルフの好感度を上げるとカチュアがそう暴露するイベントがあったし、ぶっちゃけ取扱説明書のカチュアの欄に書いてたし。


 だが今の私はそれを顔に出してはいけない。初めて知った、それで私にどうしろと? という表情でカチュアを見つめる。


 カチュアは私の眼差しを見返し、戸惑ったようにすっと目を反らした。


「……何か、知っていれば教えていただきたいのです。メルティさんは普段、どのように生活されているのか……」

「……その、僭越ながら私の口からそれを言うと……」

「承知しております。自分の想いに身を任せ、他人の詮索をしたがる卑劣な者だと思ってくださってもかまいません」


 ぱしっと放たれた言葉に、私は逆に言葉に詰まる。それとなく頭の中で思っていたことを、カチュアはズバリと言葉にした。


 しばらく黙って成り行きを見守っていたベアトリクスが、私の方に視線を向ける。


「……あなたがどういう人なのかは、わたくしが見ていたわ。あなたは公明正大で、周りをよく見られている。加えて、最近よくアレンドラさんの近くにいることが多いようだからね」


 うぐっ! そ、それは私のメルティ尾行のことですか! データを集めるためにメモ帳を持って追跡していたんだけど、ベアトリクスには気づかれていたか。


 ベアトリクスは引きつり笑いを抑えられなかった私を見、緩く首を振る。ボリュームのある髪がふわっと彼女の胸元を横切った。


「……嫌というなら、無理強いはしないわ。で、どう?」

「……その、アレンドラさんはよく、いろんな男性と一緒にいるのは見ますが……」

「いろんな?」

「……えーっと、リットベル先生とか、クラスメイトのマクラインさん、あーっと、この前は剣術講師の先生とも話していたような……」

「ついでに、わたくしの婚約者のフィリップ王子もね」


 ベアトリクスの方から言ってくれた。正直助かる。本人の前で言うのは、憚られたから。


 ……というか、ベアトリクス、フィリップ王子のことはいいんだろうか? 見た感じ、冷静に彼の名前を挙げたようだけど。


 カチュアはしばらく黙って何か考えていたけれど、やがてゆっくりと頷いた。


「……分かりました。言いにくいことを答えてくれてありがとうございます、ティリスさん」

「い、いえ、そんな……」

「わたくしも、今一度自分のことを振り返ってみようと思います。今日はそのきっかけをくれてありがとうございました」

「わたくしの方からもお礼申し上げますわ」


 そう言って立ち上がるベアトリクス。


「カチュアは、わたくしの古い親友ですの。学院に入ってからは一度も同じクラスにならなかったけれど……こうしてたまに、連絡を取り合ってますの。親友の悩みを聞いてくれて感謝しますわ。ありがとう、ティリスさん」


 そして二人は席を立ち、私に背を向けた。


 ベアトリクスの黒髪とカチュアの青銀髪が揺れる。


 ――なぜだろうか。


 ここで二人と別れるのが、惜しく感じられる。


 ゲームでは接点のないはずなのに――


「……あの」


 小さな私の声に、ちゃんと二人は応えてくれた。そろって足を止め、私の方を振り返る。

 きつい感じの美人と溌剌とした美人に見つめられて少しだけ萎縮してしまう。でも私はぴっと背筋を伸ばし、震えそうになる足を叱咤し、立ち上がる。


「私……私は、アリシアです」


 ようやっと出てきたのは、よく分からない自己紹介。


 でも、聡い二人はきちんと分かってくれた。


 ベアトリクスは嫣然と、カチュアはにっこりと微笑み、軽く手を振る。


「そうね……ありがとう、アリシア。また授業で」

「今日はありがとうございます、アリシア」







 ベアトリクスとカチュアを見送って、そして私は大変なことを思いだした。

 すぐさま人気のない廊下の隅に直行し、鞄の中からマル秘ノートを取り出す。めくるページは、かなり後だ。




 ――フィリップ王子の好感度が上がると、ベアトリクスが主人公に次のように言ってくるのだ。

 「あちこちで男を引っかけて、なんとふしだらな! あなたのことは、信頼できる人からも聞いておりますのよ!」

 それに対して主人公は、人の思いを踏みにじることはできない、とやや的はずれな返答をするのだけど、その後のやり取りは置いておいて。


 「信頼できる人」って……まさか、私のこと!?


 メルティがどんな人と一緒にいることが多いとか、ベアトリクスに話したけど、まさかここでも私が登場するの!?


 うはぁ、と私はノート片手に項垂れる。


 でも、今日ベアトリクスやカチュアと話をしたこと、彼女らに名前で呼んでもらったことは、不思議と後悔することはなかった。

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