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強制的にゲームシナリオに参加させられていること

 翌日。天気は雨。それは知っていた。ゲームでも開始三日目は雨だったから。

 さて、私は今日もノートを開いてメルティの行動を確認する。言っておくが、私はストーカーではない。ただの人間観察が趣味な地味子なのだ。


 本日は雨だから、生徒たちも校内をうろつくことが多い。そして今日のうちにメルティは二人のキャラクターと接触を持つのだ。


 一人は……ああ、考えている間に始まったよ。クラスのムードメーカーであるロット・マクラインとの出会いイベント。

 登校してきたメルティ――リットベル先生に言われたからか、髪飾りは地味な亜麻色になっている――は、机の中を漁って青い顔になっている。メルティは宿題を忘れて、困っているんだ。一時間目は詩歌の授業で、全員受講。しかもあの先生はガンガン当ててくるから、宿題をしていなかったら大変なことになる。


 さて困ったメルティは、周りを見回してクラスメイトに宿題を見せてもらおうとするんだ。でも彼女は来たばかりで――


「……あの」


 うおっ!


 私は反射的に、開いていたノートを綴じた。やばいやばい。危うくこのマル秘ノートを見られるところだった……当の本人に。


 いつの間に瞬間移動したんだろうか、私の前にはキラキラ眩しい美少女メルティ・アレンドラさんがいらっしゃった。彼女はノートを握りしめ、エメラルドみたいな緑色の目に迷いと焦りの色を浮かべて、私に話しかけていた。


 ……え、まじで私に?


「……すみません、詩歌のノートを見せてもらえませんか?」

「……え?」


 メルティが指さすのは、私が今閉じたばかりのマル秘ノート。


 いや、いやいやいやいやいやいや!


「……こ、これは無理です」

「お願いします、家に忘れてきてしまって……」


 そう言いながらメルティが私のノートに手を伸ばすもんだから、私は思わず、勢いよくノートを引っぱってメルティの手から距離を取る。


 ……あ、メルティの顔が歪んだ。


「……これは、無理なんです」


 まじで、勘弁して。詩歌のノートなら、鞄の中にあるから……。


 そう言おうと口を開いたけど、メルティはすごくショックを受けたように泣きそうな顔になって、ふいっと踵を返してしまった。しょぼんと席に着いたメルティに、ロットが声を掛けている。掛けているけど……私は昨日のように、メモ帳を取り出すことができなかった。


 え、私、いまひょっとしてとんでもないことしちゃった?


 それに気づくと、さっと体中の血液が逆流したように冷えきり、指先が震えてくる。


 思い出せ、ノートの中身を思い出せ……そうだ。


 学院に来たばかりのメルティは誰にノートを借りればいいのか分からなくて、とりあえず目に付いた子に声を掛ける。以下は、その時のテロップだ。大体こんな感じだった。









 メルティは、思い切って近くにいた少女に声を掛けた。だが少女は言葉を濁してメルティから視線を逸らし、さっとノートを隠してしまった。

 (私、嫌われてるんだろうか……)

 メルティは泣きそうになるのを堪え、とぼとぼと自分の席に戻った。

 (このまま、友だちもできないまま過ごさないといけないのかな……)

 悲観的になったメルティだが、彼女の背後から、明るい声が掛かってきた――









 うわあああああ! そういうことか!

 ゲームに出てきた「近くにいた少女」が私か! これだけ見ると、少女、すっごい態度悪いモブじゃん! はからずも舞台に登場しちゃったのか!


 断じて言うが、私は今のところ、別にメルティのことが嫌いではない。でも、マル秘ノートを見られちゃたまらないから隠しただけだ。


 この背景が分かっていればモブ少女に罪はないのに、これじゃ悪役だ! むしろ、その後ロットがメルティに声を掛けるように促しただけじゃん!


 今考えに浸っていたから聞き漏らしたけど、確かロットは「大丈夫だよ、俺は君の味方だからね」と明るい顔でメルティを励ますんだ。まじで私悪役じゃん! まあ、記憶にある限りロットがそのモブ少女に報復するとか、そういうストーリーはなかったはずだから、たぶん大丈夫だろうけど……。








 大丈夫だと分かりつつも、私はこそこそと行動し、そしてメルティの四つ目のイベントを観察することにした。ロットの時には台詞を聞きそびれたから、今度はちゃんとメモ帳準備だ。



 本日は雨。一日中雨。そういうわけで、男子限定の剣術の授業はグラウンドではなく、家具を取っ払った大講堂で行われる。興味が湧いてふらりとそちらに立ち寄った主人公だが、その時には既に授業は終わっており、人気のなくなった講堂で一人、剣を振るルパード・ベルクと出会うのだ。






 さて、今日は昨日の逆パターンで観察することにした。昨日の放課後は、裏庭の様子を中から盗聴する。今日は逆に、中の様子を外から聞くのだ。


 ……本日は雨。少し濡れるけど、仕方ない。


 講堂は換気のために窓を開けているから、様子を聞くのに申し分はない。私は建物の角に隠れ、近衛騎士であり非常に五感に優れたルパードに気づかれないよう、息を潜めて二人の会話を聞き取った。

 まあ、結論から言うと今回もゲームのストーリー通りに事は進んだ。汗だくで剣を振るルパードに、メルティは自分のハンカチを差し出す。最初は固辞するルパードだけど、メルティがどうしてもと言うので渋々受け取る。で、後日洗って返すと約束してメルティを帰らせる。


 うむ、順調だ。にしても、モブの立場でストーリーを追ってると、主人公はやっぱり魔性だな、としみじみと思う。学院で二年も過ごした私はろくに男子生徒と話したりしないのに、メルティは編入三日目でもう、四人もフラグを立てている。


 モブと主人公の違い、絶大なるかな。くすん。








 さて、一周目から攻略できるキャラの五人目と出会うには、少しだけ条件が必要だった。

 相手は、由緒正しいレイル伯爵家令嬢に仕える執事。卒業生だから、普通に学院をウロウロしていても彼には会えない。


 彼に会うには、メルティとレイル伯爵令嬢であるカチュア・レイルの出会いが先に必要なのだ。


 カチュア・レイルはベアトリクス・オルドレンジと同じようなライバルキャラで、主人公が五人目のキャラと仲よくなると積極的に絡んでくる。そりゃあ、自分の執事がぽっと出の編入生にかっさらわれたらおもしろくないよね。


 カチュア・レイルは私も事前に偵察に出向いた。カチュアは私たちと同じ歳だけど、クラスが違う。彼女は隣のクラスの学級委員長で、青みがかった銀髪に杏色の目の、はきはきとした令嬢だった。馬術が得意で、女性が剣術を受講できないことを生徒会にも質問を投げかけるアクティブな人間だ。ルートによっては、このことからカチュアとベアトリクスが手を組んで主人公に突っ掛かってくるということもあるそうで、なかなか厄介だ。


 ただ、前にも言った通り、カチュアはメルティが執事ルートを辿った場合、例外なく惨殺されてしまう。カチュアが悪いっちゃあ悪いんだろうけど、この前のベアトリクスのことにしろ、何だか予想外の展開になりそうな予感がする。この辺が、ゲームと現実の違いだろうか。


 それはいいとして、メルティが積極的に隣のクラスに赴いてカチュアと知り合わないと、執事ルートは解放されない。いや、カチュアのためを思うとこのままでいいんじゃないか……と思えてきた矢先、移動教室の最中にメルティとカチュアの出会いが発生した。







 二人の出会いは、イベントと呼ぶほどのものでもない程度だ。フィリップ王子やロット、担任のリットベル先生と廊下で話をしているメルティに、カチュアが声を掛ける。「あなたが例の転校生ですの?」「編入生です」「どっちでもいいですわ」以上終わり。

 ゲームではこれだけのやり取りが、カチュアの立ち絵とメッセージテロップだけで説明されるんだけど、実際にこの目で見ると、やっぱり違うな。


 だって、廊下で三人の美形と立ち話をするメルティ、明らかに目立つもん。そりゃあ、隣のクラスのカチュアも気になるわな。傍目から見たら、イケメンを侍らせているようにも思われるし。


 ……そう、この数日間で私はしみじみと感じた。メルティは、私が思っていた以上にマイペースで、非常に浮いた存在の子だった。


 女友達が出てこないなぁ、と思っていたけど、本当に出てこない。そんな気配すら見えない。そんでもって、被害妄想的な面が強い。


 この前私がノートを死守したこともそうだけど、その他の様子も傍らで見ていて、なんかメルティが暴走してるなぁ、って思うことがしばしば。

あの後も、ちょくちょくベアトリクスはメルティに突っ掛かっていった。でも、見てみれば教室移動がもたもたしているメルティに向かって「(施錠係が困るから)早くしなさい」だったり、「(攻略キャラのことを考えていて)ちゃんと授業に集中してないでしょう」だったり、「(男女の必要以上のふれあいはよしとされないから)フィリップ様にベタベタしないでちょうだい」だったりと、もう何だかベアトリクスの方が哀れになってくる。


 といっても、ベアトリクスの言葉の真意は私には分からない。でも、厳格で硬派な学院の校風からしても、メルティののんびり具合からしても、ベアトリクスの言っていることはわりと正しい。言葉はきついけど、的を射ている。


 言葉ってのは、場合によって大きく印象が変わるもんなんだな、と思っていた矢先、私は思いがけないイベントに遭遇することになった。

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