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乙女ゲームの世界に転生したこと

 ――その名を聞いたとたん、私はぶっ倒れた。




 単刀直入に言おう。私は巷でも有名な、異世界転生なるものを果たしたようだ。


 なぜこんなに冷静に言えるのかと聞かれると返答に困るが、まあ、「なっちゃったもんはしゃーねぇだろ」という前世の感覚がむくむくと湧いてきたからだろう。少なくとも、私、アリシア・ティリスは前世の記憶を取り戻すまでは、もうちょっと大人しい――悪く言えば地味子――人間で通していた。記憶を取り戻すと、人間変わるもんだね。




 さて、では私の今の状況を把握してみようか。


 私は今、真っ白な天井を見上げている。ああ、これは小説でもおなじみの、保健室の天井だ。私はまさに衆目の中でぶっ倒れてここに搬送された模様だ。


 私はアリシア・ティリスと言って、ここ、グランディリア王国ティリス男爵家の娘だ。


 実家は代々細々と続く公家で、お父様を始めとした当主は基本的に無欲な人間ばかりで、一個上の子爵の座を狙おうとか、そんな身の程をわきまえない冒険者は輩出されなかった。お父様は「子爵になると忙しくなるし、やだ」だし、超有名伯爵家から嫁いできたお母様は「王宮の人間関係は煩雑だから、やだ」だし、次期当主で三つ上のお兄様は「剣を振り回す方が楽しいから、やだ」だから、何の問題もない。かく言う私も十二歳まではのほほんと田舎の領地で暮らし、王国の慣習に従って十三歳からは王都の学院に通い始めた。


 この学院は、よほどのことがない限り王国内の貴族の子女は全員入学。場合によっては、裕福な商家の子どもや強力な後ろ盾のある市民の子どもも入学する。

 卒業の時期は、人によって違う。最低就学年数は三年で、早い子は十六歳で学院を去るし、専攻学科に進んだり大学院まで行く生徒は二十越えても在籍している。学習カリキュラムも非常に流動的で、自分に必要な科目を取捨選択して受講できる。私だったら、剣術やらの授業は不要だから取らないし、礼法や詩歌の授業は受講している、って感じに。


 私は入学してから、そこそこうまくやってきた。大親友、ってのはできなかったけど、同じ科目を取る子とか、放課後のクラブ活動で一緒の子とか、話をして休みの日とかにはちょっと王都で遊ぶような間柄の子はできた。成績も至って普通で、いくつか平均以上のものはあるけど、飛び抜けてだめなものやいいものはない。容姿も我ながら普通で、ありきたりな茶髪に黒の目。「地味子」をそのまま絵にしたような人間だ。


 ……で、なぜそんな一般人だった私が皆の前で卒倒して保健室に運ばれたかというと。


 先ほど、ホームルームで編入生の紹介があった。学院は年齢ごとに学年があり、私の学年は二つのクラスで構成されている。どの科目を受講するにしろ、朝は一つの教室にクラスメイト全体が集まって先生の話を聞き、朝の祈りを捧げることになっている。


 んで、祈りを捧げた後、担任の先生は表情筋の活動も少なく、教室のドアの方を示す。


「それでは各自一時間目に移動する前に……本日からこのクラスの一員になることになった子を紹介しよう。……メルティ・アレンドラ。こちらへ」

 先生の言葉に、ざわつくクラスメイトたち。無理もない。「転入」ならまだしろ、「編入」生が来るなんて滅多にないことだ。

 でも、私はそれ以上に妙な胸騒ぎを感じていた。


 メルティ・アレンドラ。聞いたことのある名前。


 どこで聞いたことがあるんだろうか。アレンドラとは、確か王国内の伝統ある侯爵家の名のはずだけど。そこに娘なんていただろうか。


 いや、それ以上に私は、メルティ・アレンドラという名に覚えがある。ずっと前……どこかで聞いたことがある……。


 自分の机に肘を突き悶々と考え込む私と、謎の編入生の登場を今か今かと待ち望むクラスメイトたち。皆の視線を受けて、ゆっくりとドアがスライドする。


 ――眩しい。教室の灯りを受けて燦然と輝く金髪が、眩しい。


 伏し目がちの目は、鮮やかな緑色。真新しい制服のスカートから覗く足はすんなりと細く、黒タイツで覆われているから余計に華奢に見える。


 クラスメイトの何人もが、息を呑む。


 つんと小さな花に、唇。チークも何もしていないだろうに薔薇色に染まる頬にはえくぼが浮かび、長い睫毛が瞬き、そして少女はにっこりと微笑み、口を開く。


「メルティ・アレンドラです。あの……みなさん、どうぞよろしくお願いします」

 そう宣った。


 絶世の美少女の登場に沸き上がる教室。一方、唖然として美少女を凝視する私。そんな私は相当のアホ面だっただろうけど、気にすることもできなかった。


 あ、これって乙女ゲームの世界だわ。


 そう気づいた瞬間、私の意識はブラックアウトした。なんか、誰かが私の名前を呼んだ気がするが、よく分からなかった。








 目の前には相変わらず、真っ白な天井。まだ養護教諭は来ないようだ。

 私はゆっくり、純白のベッドシーツに肘を立てて上半身を起こす。頭の両端を抑えて軽く振ってみるけど、頭痛も吐き気もない。少しなら動いてもいいだろう。

 私のベッドの回りにはぐるりとカーテンが引かれていて、保健室全体の様子は見えない。でも、人の気配も音もないから、他には誰もいないだろう。


 私は誰かが持ってきてくれたんだろう、私の通学用の鞄を傍らのキャビネットから引き寄せ、中からノートとペンを取り出す。そして体の向きを変えてキャビネットにノートを広げ、さらさらとペンを動かした。


 まず、分かったこと。


 この世界は、前世に私がプレイしていた乙女ゲーム「恋の花は可憐に咲く」の舞台である。今まで十五年間この世で生きていて気づかなかったけど、この学院はモロ、ゲームの舞台だった。

 世に出回っている乙女ゲームの流れを汲んだ王道ストーリーで、侯爵家の養女になった主人公が王立学院に編入して、そこで出会ったイケメンたちと恋に落ち、ライバルやお邪魔キャラの妨害を乗り越えて結ばれるという、マルチエンド形式のゲームだった。

 前世では地球っていう星の日本っていう国で暮らしていた一般市民事務職女性――通称OLだった私は、流行に乗ってそのゲームをプレイしてみた。ちょうど、実家から持ってきた携帯ゲーム機があったから、わざわざハードを買う必要もナシ。普段はRPGを好んでプレイする私だけど、同僚に勧められてやってみたんだ。


 やってみたけど……乙女ゲーム初心者の私は、壁ドンスチルやらキススチルやらが出るたびに大爆笑、攻略キャラが甘い言葉を囁いたら爆笑しつつ部屋を転がり回り、いざ攻略キャラとラブラブエンドを迎えると、「世の中そんなに甘くねぇよ」と冷めた気持ちで画面を見つめるような人間だった。正直、乙女ゲームなるものと私は馴染まなかった。


 まあ、こういうゲームもあるわな、と思っていた矢先、私は事故でぽっくり死んでしまった。道端を歩いていたらトラックが突っ込んでくるとか、何だよ。私が何の悪いことをしたんだよ。死ぬ間際に一瞬だけ見えたけど、運転手、スマホ弄ってた。天に召されるべきなのはおまえだろ、とさんざん罵倒したい。


 ……で、そんな私はいつの間にかゲームの舞台で男爵令嬢として生を受けていた。自分が転生者であると気づいたのは、ほんの数十分前。まさか、と思いたいがどうしようもない。


 私はペンを走らせる。ノートに書き出しているのは、今脳みそを振り絞って出している、ゲームのストーリーやキャラクターについて。全ルート制覇してはいないけど、ネタバレ覚悟で攻略サイトは見ていたし同僚もいくらか話していたから、分かることだけでも書いておこう。







 主人公の名前は、プレイヤーで自由に決められる。でもデフォルト名もあって、それが「メルティ・アレンドラ」だった。実は二週目、ほんの出来心で「嘘だけど・今は没落した」にしてみたら非常にカオスことになった。キャラたちが「今日も美しいね、嘘だけど」やら「今は没落した侯爵家の娘だね」やら「君を愛してるんだ! 嘘だけど!」やら言ってきて、笑える。いい年した大人が、って言われるけど、まあ許してくれ。


 とにかく、主人公は身寄りのない孤児だったけど非常に寛大で心優しい侯爵に拾われて養女になり、国の慣習に従って学院に通うことになる。拾われた当時十五歳だから、他の子より二年遅れての編入だ。


 さて、そんな彼女は行く先々で素敵な攻略キャラたちと出会う。今思い出せるだけでも書き出しておこう。


 まずは、王道王子様キャラフィリップ・エル・グランディリア。ここグランディリア王国の第二王子で、金髪碧眼のTHE・王子様。品行方正で真面目な彼は婚約者がいたけど、主人公の前に陥落して彼女を好くようになる。わりと攻略しやすかったから私も一番にクリアした。いわゆる、王道王子様だった。実はさっきクラスメイトの中に彼もいた。以上。


 二人目は、ジェイク・リットベル。黒髪赤眼の俺に構うな系キャラ。彼、実はさっきホームルームで話をしていた私たちの担任だ。リットベル子爵家当主で、クールな硬派なキャラ。私はルートクリアしてないけど、彼のルートに進んだら溺愛系キャラに変貌するらしい。以上。


 三人目は、ロット・マクライン。ぼさぼさ茶髪に緑の目の、お調子者わんこキャラ。こいつもクラスメイトだけど、華やかで話し上手な人気者君だ。明るくて人が良いから、親友も多い。私は話したことないしルートも進んでないけど。以上。


 四人目は、ルパート・ベルク。ベルク子爵家の息子で、近衛騎士団に所属している。学院には剣術の講師として来ているみたいだけど、私は実際にはお目に掛かったことがない。赤みがかった金髪に血のような赤眼の、俺様系キャラ。途中までルートは進めたけど、けっこうお馬鹿キャラで脳筋だった。以上。


 そして五人目が、ラルフ・オードリー。オードリー男爵家の息子で、とある伯爵家の執事をしている。学院の卒業生だから在籍はしていないけど、主人公とは偶然出会うそうだ。同僚によると、物腰丁寧な常識人に見えるけどラルフルートに進むととんでもない束縛・調教系キャラにジョブチェンジするそうだ。そして主人公を愛するがゆえに、彼がかつて仕えていたお嬢様を惨殺してしまうという鬱ルートも存在する。誰得だ。


 私が知っているのは、とりあえずその五人だけ。二週目以降はもう一人キャラが増えるそうだが、私はお目に掛かる前にトラックにぶっ飛ばされた。同僚が何か言ってた気がするが、覚えてない。








 まあ、攻略キャラはいいんだ。それよりも私にとって悩ましいのは、そのゲームに「アリシア・ティリス」という名のキャラが出てこないことなんだ。


 いや、出てこないんじゃなくって、出ているけど舞台に上がってこないだけなんだ。メタ的に考えると、ここが乙女ゲームなどのシミュレーション系ゲームとRPGの違いなんだろう。

 RPGだと、村人や兵士たちも名前はないにしろ、ゲーム画面でちょこちょこ動き回っていて、話もできる。その人たちがその場所に存在するってことが、よく分かる。

 でも乙女ゲームは、基本的にゲーム画面に出てくるのは主要キャラだけ。その他大勢がわーっと移動している姿や、クラスメイトたちの顔は出てこない。出てきても、吹き出しで名前と台詞が出る程度。


 そういうことで私が出した結論は、これだ。


 私は「恋の花は可憐に咲く」の舞台に転生した。役割は、名前も姿も土俵に上がってこないその他大勢のクラスメイトの一人。たぶん、実際のゲーム画面では「クラスメイトたち」で一括りにされているだろう、その一人。みんなが「あー、疲れたー!」とか言ってたら、私もその中に入ってたんだろう。


 私はノートに結論まで書き込み、それをペンでぐるっと囲んでからノートを片付け、ばたんとベッドに倒れ込んだ。


 私は乙女ゲームの世界に転生した。それも、名前すら存在しない脇役として。


 これから私は、編入生メルティ・アレンドラが各種攻略キャラたちと繰り広げる愛のストーリー(笑)の様をぼけーっと見つめるのだ。今まで画面越しに、しかも主人公目線で見てきたからまあ、新鮮っちゃ新鮮かもしれない。


 なんだかとんでもない事案に巻き込まれた気がするけど、どうしようもない。


 乙女ゲームだか何だか知らないが、私はアリシア・ティリス。れっきとした名前と体を持つ、一人の人間。


 ならば私は、その他大勢としてメルティの活躍を見届けてみよう。むしろ、彼女が誰を選ぶのか、わくわくしていたり、しなかったり。


 私は腕枕をして真っ白な天井を眺めながら、これからの日々に思いを馳せる。


 ま、どーにかするしかないわな、うん。

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[気になる点] つんと小さな花に、唇。チークも何もしていないだろうに薔薇色に染まる頬にはえくぼが浮かび、長い睫毛が瞬き、そして少女は → 小さな鼻 [一言] 評価済みだから、すでに報告したかもしれませ…
[一言] 「嘘だけど・今は没落した」 同じような名前つけた事ある!笑 その感性が好きw
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