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闇の仕掛屋稼業〜人のお命いただくからは、いずれ私も地獄道〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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人の一生は、旅に似ています(三)

 多助と龍は、銀次郎の後を付いて行く。しかし、銀次郎は旅に慣れているせいだろうか……歩くのが、やたらと早い。龍はともかくとして、多助は付いていくのにも一苦労だ。

「おい銀次郎さんよう、もう少しゆっくり歩いてくれねえかな。多助さんはおめえとは違うんだぜ」

 見かねた龍の言葉に、銀次郎は立ち止まった。そして後ろを振り返る。

「あっしには関わりのねえ事でござんす……と言いたいところですが、今回はそうもいかないですね」

 そう言うと、銀次郎は多助の追い付くのを待った。

 そして、三人並んで歩いていく。龍も多助も、何とも奇妙な思いであった。この見るからに一匹狼な渡世人が、一体どんな患者を抱えているというのだろう。先ほど、この渡世人は神谷右近と言っていた。名前から察するに、恐らくは侍であろう。しかし、銀次郎が侍と知り合いだとは考えにくいのだが……。




 しばらく歩いた後、三人が到着したのは町外れに建てられている古いあばら家であった。かつては、商人が愛人を住まわせていたらしいのだが……今は、住む者のない空き家となっている。

 銀次郎は、そのあばら家の前で立ち止まる。そして声を出した。

「神谷さん、銀次郎です……按摩の先生をお連れしやした。ただ、用心棒みてえな柄の悪いのが一人、付いて来てますが――」

「構わない。早く通してくれ」

 あばら家の奥から聞こえてきた声……すると、銀次郎は振り返った。

「じゃあ、行きやしょう。ただ、足元には気を付けて……あっちこっち、穴が空いてますから」


 神谷右近は黒い着物を身にまとった姿で、あばら家の奥に座っていた。その傍らには、妻のはなが控えている。甲斐甲斐しく、夫の世話をしていた。

 そして……入って来た多助と龍に対し、右近は無愛想な表情で一瞥をくれただけだった。一方、はなは笑顔で二人に挨拶する。

「まあ、よくぞいらしてくださいました。どうぞこちらに――」

「はな、こんな奴らに礼を尽くす必要などない。どうせ、いかさま師であろうが……」

 いかにも軽蔑したような口調の右近……すると、龍が低く唸る。今にも飛びかかって行きそうな形相で、右近を睨んだ。

 しかし、多助がさりげなく前に出る。

「まあ、いかさま師かどうかの判断はともかくとして……あっしは一体、どなたを治療すればいいんでしょうかね?」

 目を瞑り、杖を突きながら前に出ていく多助。すると、はなが彼の手を取って右近のそばに導く。

 そして言った。

「主人の足を、診てもらえませんか?」

 多助は頷き、右近の足に触れる。しばらく揉んだりさすったりしたが、その顔が歪んだ。

「神谷さま、はっきり言わせてもらいますが……この足は治りません。もし治せる奴がいたら、あっしは按摩を廃業しますよ」

 そう、右近の両足は手が付けられない状態だった。足の骨が粉々に砕け、変形した状態でくっついてしまっている。しかも、足の感覚が完全に麻痺している……これはもはや、二度と動かないだろう。


「そうか。お前は、思ったより正直な男だな」

 右近の口調は、いくぶん柔らかいものになっている……一方、はなの表情は暗く沈んだ。

「そうですか――」

 はながそう言った直後、隅の方で物音がした。次いで、灰色の小さな何かが床の上を駆け抜ける。

 だが次の瞬間、右近の手が動く。そして、何かが破裂するような音――

 すると床の上で、一匹の鼠が死んでいた……。

「鞭かよ……あんた、すげえ腕だな……」

 龍が呟く。そう、右近の手には鞭が握られていたのだ。革で作られた、長い鞭……その鞭の一撃が、部屋を横切ろうとしていた鼠を仕留めたのである。

 だが、驚くのはまだ早かった。

 さらに、右近が右手を振った。すると、鞭が鋭い音を立てる――

 次の瞬間、鼠の死骸は弾かれた。右近の手元へと、弾き飛ばされて来たのだ。右近は何事もなかったかのように、鼠の死骸を拾い上げた。そして庭に投げ捨てる。

「なんとまあ、器用な真似をなさる旦那だね」

 龍の言葉に、冷たい視線を向ける右近。

「ああ、俺はこんな体なのでな。器用な真似が出来なければ、生きてはいけん。特に、お前らのような人殺しを相手にする時にはな……」

「何だと?」

 龍の目付きが、鋭さを増した。だが、右近には怯む気配がない。

「俺にはわかっている。お前ら二人からは、血の匂いがするのだ……隠しきれるものではない。同心だった頃の俺ならば、有無を言わさず番屋にしょっ引いていた所だ……」

 淡々とした口調で語る右近。さすがの龍も、その静かな迫力には圧倒されていた。

 そして……右近は龍を見つめ、言葉を続ける。

「だがな、今の俺はただの賞金稼ぎだよ。お前らとは、同じ穴の狢だ。お前らを今、どうこうしようとは思わん。ただ、ほどほどにしておくのだな。でないと、お前たちを捕らえる羽目になるかもしれんからな」

「捕らえる、ですか……いや、あっしらはそんな大物じゃありませんよ。今の鼠みたいに、人の目を盗んで動いてるだけです。あっしらは、賞金首なんて大層なものにゃなりませんよ」

 そう言ったのは多助だった。彼は杖を手に立ち上がる。

「神谷さん、あなたの足は治せません。あっしがいくら揉んでも、どうにもなりませんや。そろそろ失礼します」

「待て……わざわざ、ここまで来てもらったのだ。金はちゃんと払おう。幾らだ?」

 右近の言葉に、はなが悲しそうな表情で財布を取り出す。しかし――

「いいえ、あんたから銭は受け取れません。龍さん、行きましょうか」

 そう言うと、多助は歩き出した。

 だが、その足元で破裂するような音が響く……右近が鞭を振るったのだ。

「待て……貴様、俺を憐れんでいるのか? 俺のような者から金は受け取れん、そう言いたいのか?」

 言いながら、多助を睨みつける右近。だが、多助も怯まなかった。

「そう言う訳ではありません。ただ、あっしは何もしてませんからね……揉み療治を行ってない以上、銭を受け取る訳にはいきませんや」

「何だと……貴様、俺を侮辱するのか? 俺の金が受け取れんと言うのか?」

 右近の声には、殺気がこもっている……その言葉に、龍が素早く反応した。多助の前に出て身構える。

 一方、多助の方も引く気配がない。

「分からねえ人だなあ……あっしは治療をしてねえから、銭は受け取れねえ。ただ、それだけの事です。そんな事もわからねえんですかい……」

 吐き捨てるような口調で言う多助。

 その言葉を聞き、右近の表情がさらに険しくなる……しかし、そこで銀次郎が割って入った。

「だったら、こうしましょう。多助さん、あっしの肩を揉んでください。あっしも長旅で疲れてますからね……あちこち、がたがきてるかもしれねえ」

 平静な声で言うと、銀次郎は多助のそばに行く。そして、背中を向けてあぐらをかいた。

「ささ、やっておくんなせえ。それが終わったら、多助さんは銭を受けとる……それなら、文句はねえでしょうが」




 そして帰り道、龍と多助は並んで歩いていた。

「多助さん……さっきは何だって、あんなにむきになってたんだよ。らしくねえぜ」

 龍の言葉に、多助は苦笑した。

「いや、申し訳ありませんね。あっしもつい、かっとなっちまいました。修行が足りませんなあ」

 言いながら、多助は頭を掻いた。確かに、先ほどの自分はどうかしていたと思う。普段なら……へらへら笑って金を受け取り、さっさと引き上げていたはずだった。

 それなのに、何故かむきになって言い返していたのだ……あの銀次郎という男が、とっさに機転を利かせなかったらどうなっていただろう。

「何か、あの夫婦の姿を見てたら……苛ついてきましてね。あいつら、隠し事なんかないんでしょうね」

 呟くような多助の言葉……龍は眉をひそめた。

「多助さん、俺は嫁をもらったこたぁねえがよ……隠し事が何一つねえってのは、いい事だとは思えないがな」

「いや、確かにその通りですよ。ですがね、ああいう夫婦を見てると……あっしは自分が嘘つきである事を思い出しちまうんです。あっしは、お松に嘘をつき続けてる訳ですからね」

 そう言うと、多助は自嘲の笑みを浮かべる。

「だったら、早く言ってやれよ」

「それが、簡単にはいかねえんでさぁ……あっしも、肝っ玉が小さいですね」


 ・・・


 熊次と寅三の兄弟は、鋳掛け屋を営んでいる。鍋や釜の穴を修繕するのが主な仕事だ。

 しかし、それはあくまでも表稼業である。裏の世界では、殺し屋として知られていたのだ。

 そして今、裏の仕事に取りかかるべく店で準備をしていた。

 だが、異変を感じとる。

「兄貴、なんか変な音がしねえか?」

 寅三が呟く。と同時に、外から声がした。

「もし……こちらに、熊次さんと寅三さんはいますでしょうか?」

 女の声だ。既に夜はふけており、店は閉めている。いったい何用であろうか……熊次は短刀を懐に、ゆっくりと戸口に近づいた。そして、隙間から外の様子を窺う。

 奇妙な二人組が、そこにいた……黒い着物を着た浪人風の男が、木で出来た手押し車のような物に乗っている。さらに、車の後ろには女が控えていた。「何だ、あいつら……」

 熊次は呟いた。何者かは知らないが、これから裏の仕事なのだ。さっさと帰ってもらいたい。

「店は閉めましたんで、御用は明日にして下さい」

 丁寧な口調で言った熊次……ここで、下手に騒ぎを起こしたくない。こちらも叩けば埃の出る体なのだから。

 だが、次の瞬間――

 いつの間に侵入したのか……奥の部屋にいた寅三の前に、抜き身の長脇差しを構えた渡世人風の男が現れた。

 渡世人は無言のまま、寅三に斬りつけていく――

 悲鳴を上げ、何とか避けようとする寅三。だが、渡世人は容赦しない。何度も切りつけていった。

 みるみるうちに、血まみれになる寅三……。

「てめえ、何しやがる!」

 怒鳴り、侵入者に向き直る熊次……だが、その瞬間に戸が開かれた。

 次いで、熊次の首筋を襲う強烈な一撃――

 熊次は思わず呻いた。だが、攻撃は止まらない。皮膚を削ぎ落とすような打撃が、立て続けに彼を襲う……熊次は思わず、両腕で顔を覆った。

 すると、渡世人が突進し――

 長脇差しが、熊次の腹を抉った。






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