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闇の仕掛屋稼業〜人のお命いただくからは、いずれ私も地獄道〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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人の一生は、旅に似ています(二)

「不景気だよ、龍さん……どうしたもんかねえ」

 多助の言葉に、龍は憮然とした表情になる。

「知るかよ……俺みたいな馬鹿に言われても困るぜ。なあ以蔵、おめえは頭いいんだから何か考えろ」

 言いながら、以蔵を見る龍。だが、以蔵は苦笑して見せた。

「そんなの、私にも分からないさ。金儲けと蘭学は、まるで違うからね」

「何だそりゃ……役に立たねえ野郎だな」


 三人は今、『上手蕎麦』にいる。客は、二人の他にはいない。仕事にあぶれた多助と龍がぼやき、以蔵がそれをなだめている……といった構図であった。

「しゃあねえな……どっか行って、何かかっぱらって来るか?」

 龍の言葉に、多助は首を振る。

「龍さん、そいつぁいけませんや。あっしら、裏の世界の住人ですぜ。専門外のところに手を出して、万一のことがあったら……」

 多助は、そこで言葉を止めた。後は言わなくても分かっているな? とでも言わんばかりの表情を浮かべる。

「まあな。ただ、あっちこっちで金をばら撒いたからよう、懐がさみしくて仕方ねえのよ」

 顔をしかめながら、ぼやく龍。すると、横で聞いていた以蔵が口元を歪める。


 龍と以蔵の二人は先日、売春宿で派手に散財したのである。前回の仕事は、後味の悪いものだった。四肢を切断された女郎や、盲目の女郎……さらには、まだ十歳にもならないのに客を取らされていた幼女までいたのだ。

 しかも、その全員が阿片中毒にされていた……もはや思考力さえ失い、口を開けたまま虚ろな目で壁を見ていたのだ。

 仕掛屋の面々は、彼女たちを一人残らず始末した。

 その後、彼らはやりきれない思いを抱えていた。しかし――


「女郎を殺して貰った金なら……女郎に返してやろうじゃねえか」


 龍の言葉がきっかけとなり、以蔵と龍は二人してあちこちの売春宿を廻ったのだ。そして客の付かなかった女郎たちにまで、派手にばら撒いたのだ……。

 結果、あっという間に金は消えてしまった。


「あんたら、銭は大切にしないといけませんぜ。女郎たちにばら撒いて、何になるんです? 罪滅ぼしのつもりですかい?」

 憎まれ口を叩く多助……だが、そんな多助もまた文無しである。彼は彼で、あちこちに散財したのだ。河原者たちの住む場所でわざと金を落としたり、貧乏長屋に小判を放り込んだり……そうでもしなければ、やりきれなかった。


「いっそ、さくらでも雇ったらどうだい?」

 以蔵の言葉に、龍は訝しげな表情を向ける。

「さくら? どういう意味だよ?」

「いや、明日は満貫神社で縁日があるだろ? かなりの人が来ているはずだ。そこで、さくらの男が派手に転ぶんだよ。そして痛がっている演技をしている所に多助さんが通りかかり、揉み療治でさくらの男が治る――」

 そこまで言って、以蔵は言葉を止めた。二人が、あまりにも真剣な様子で話を聞いているのだ……。

「あの、これは冗談だからね……昔からある、使い古された手口だよ」

「冗談でも、使い古された手口でも何でもいいよ……話を続けてくれ」

 龍に促され、以蔵は仕方なく話を続ける。

「そ、それでだね……多助さんは治した後、名乗るほどの者じゃない、なんて言ってさっそうと消える。その後で龍さんが出て来て、多助さんの腕前を周りに吹聴すれば、客が増えるんじゃないかと……あっ、でもね、下手をすると、地回りのやくざに目を付けられるかもしれないよ」

 慌てて言い添える以蔵。だが、二人の目には危険な光が宿っていた……。

「地回りなんざ、関係ねえよ……多助さん、やってやろうじゃねえか」

「そうですね、龍さん。このままじゃ、懐が寂しくていけませんや」

 うんうんと頷き合う二人……以蔵は危ういものを感じた。

「い、いや……これは冗談だからね。第一、さくら役がいないじゃないか」

「いや、それがいるんだよ……俺の隣に、若造が引っ越して来たんだ。俺の言うことなら、何でも聞くぜ。そいつを使うよ」

 そう言うと、龍はにやりと笑った。


 そして翌日。

 満貫神社には、大勢の人が訪れている。さほど大きくはない神社ではあるが、今日はあちこちに露店がならんでいる。道行く人は足を止めて、売られている様々な物を眺めていた。

 と、そこに一人の若者が通りかかる。まだあどけなさの残る、ざんぎり頭でとぼけた顔つきをしていた。

 その若者は物珍しげにきょろきょろしながら、神社内を歩いていたが……。

 突然、派手な音を立てて転んだ。

「痛え! 痛えよう! 腰を打ったよ! 誰か助けてくれ!」

 若者は腰を押さえながら、ぎゃあぎゃあ喚き出す。すると、たちまち人だかりが出来た。皆で若者を囲み、どうしようか……とでも言いたげな表情で顔を見合わせる。

 しかし、そこに一人の座頭が現れた。言うまでもなく多助である。

「もし、どうかなさいましたか?」

 杖を突きながら、歩いて行く多助。そして若者のそばにしゃがみこむ。

 すると、その後ろから――

「ちょっと多助さん、待ちなよ!」

 声を張り上げながら、追いかけて来たのは龍だ。龍は野次馬をかき分けて、多助と若者のそばに走り寄って行った。

「多助さん、銭も貰えねえのに治療なんかすることねえよ」

「龍さん、医は仁術です。声を聞いてしまった以上、知らぬ存ぜぬは出来ません……私が治して差し上げましょう」

 わざとらしい口調で言うと、多助は若者の腰のあたりを揉んでいく。

 やがて、若者は嬉しそうな顔で立ち上がった。

「あっ! 治った! 治りましたよ先生! ありがとうございます!」

 何度も何度も頭を下げる若者……すると、多助はにっこりと笑った。

「それは良かった。では急ぎますので、私はこれで……」

 そう言って、杖を突きながら去って行く多助。その後ろ姿を、野次馬たちは感心したような表情で見送っていた。

「いやあ、大した先生だなあ! あれは、どこの何者なんだろうなあ!?」

 若者が大きな声――白々しさ満点の表情で――で言うと、龍が答える。

「ああ、あの人は多助さんという按摩さんだ。何せ腕がいいからな。ちょいと捻ったくらいの怪我なら、たちどころに治しちまうんだよ」

 こちらも、野次馬たちに聞かせるかのような大きな声である。いや、実際に聞かせることが目的なのではあるが……。

「ほう! 怪我をした時など、またお願いしたいもんだなあ!」

 若者の演技は、あまりにも白々しいものだった……龍は頬をひきつらせながらも、それに答える。

「だったら、俺に言いに来ればいい。俺は龍という名だ。この先の剣呑長屋に住んでいる」

「なるほど! 剣呑長屋の龍さんですな! その龍さんに言えば、あの先生の揉み療治を受けられると!」

「あっ、ああ……そう言うことになるな……」

 思わず顔をしかめる龍。彼は内心、目の前にいる若者を仲間に引き入れたことを後悔していた。




「正八! おめえは、わざとらしいんだよ!」

 長屋に戻った後、龍は先ほどの若者の頭をひっぱたいた。

「いってえ! 痛いよ龍さん!」

 頭をさすりながら、喚く正八……すると、その場にいた多助は苦笑した。

「龍さん、仕方ないじゃないですか。正八さんは役者じゃないんですし」

「けどよう、こいつの演技は酷いよ。大根にもほどがあるぜ」


 この正八という若者は、つい最近に越して来たばかりだ。龍のことが気に入ったらしく、押し掛け女房ならぬ押し掛け舎弟になってしまった――もちろん龍の裏稼業については何も知らないが――変わり者である。もっとも、龍にして見ればいい迷惑であった……のであるが、今回は正八を使わざるを得なかったのだ。

 しかし、どうやら見込み違いだったらしい。


「誰も来やしねえ。こりゃあ失敗だな」

 龍は頭を抱えた。正八がもう少しまともな演技の出来る男であったなら、四〜五人は客が付いていたかもしれない。

 だが、神社での正八の演技はあまりにも大げさなものだった。あれでは、疑われるのも無理はない。そもそも、正八を仲間に引き入れた自分が馬鹿だった。

「仕方ないですねえ。地道にあちこち廻って、客を探しますよ」

 そう言って、立ち上がる多助。

 だが、その動きが止まった。

「何か妙な音がしますぜ。誰か、こっちに近づいて来てるみたいですね」

「何だと……おい、客が来たのかもしれねえぞ! 正八、おめえは布団かぶって寝てろ!」

 龍が布団を投げつける。と同時に、外から声が聞こえてきた。

「すみませんが、ここに龍さんと仰る方はいますかい?」

 低く、愛想の欠片もない声だ……龍は首を傾げながら戸を開ける。

 そこに立っていたのは、股旅姿の男であった。廻し合羽の三度笠、しかも口には長い楊枝をくわえている……明らかに、堅気ではない雰囲気だ。

「おめえ誰だよ……何しに来たんだ?」

 鋭い目付きで尋ねる龍。目の前にいるのは、間違いなく渡世人である。龍は島帰りではあるが、こんな渡世人など見たこともない。そもそも、渡世人とは関わりたくない。

「あっしは、銀次郎といいやす。先ほど、あなた方の三文芝居を見させてもらいやした」

 銀次郎の口調は冷めきっている……すると、龍の眉間に皺が寄った。

「何だと……おめえ、喧嘩を売りにきたのかよ?」

 龍もまた、低い声で凄んだ……しかし、多助が彼の腕を掴む。

「まあまあ。で、銀次郎さんとか仰る人は……その三文芝居を演じた役者に、一体どんな御用で?」

 多助の言葉を聞き、銀次郎の表情が僅かに和らいだ……。

「多助さん、と仰いましたね……実は、あなたにお願いしたい事がありやす」

「お願いしたい事……揉み療治でしょうかね?」

 多助が尋ねると、銀次郎は頷いた。

「そうです。あっしにとって御恩のある、神谷右近さんの足を診ていただきたいんでさあ。どうでしょうかねえ?」

「……構いませんよ。では、さっそく行きましょうかね」

 そう言うと、多助は杖を手にする。だが、龍が口を開いた。

「多助さん、俺も行くぜ……」

「ちょっと待ってくれませんかね。あんたは何なんです?」

 言いながら、龍を睨む銀次郎……だが、多助が口を挟んだ。

「この人は龍さんです。あっしの用心棒でさあ。あっしみたいなめくらは、不安で仕方ないんですよ……いざとなったら、何をされるか分かりませんからね」

 そう言って、多助はにやりと笑った。






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