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闇の仕掛屋稼業〜人のお命いただくからは、いずれ私も地獄道〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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20/52

石が流れて、木の葉が沈みます(二)

 翌日、以蔵は栗栖と共に歩いていた。ただし、今回は六尺棒を持った二人組が同行している。僧侶のような格好で、首から数珠を下げていた。編み傘を被っているため、どのような顔なのかは不明だが、体は大きく体格もいい。二間ほど離れた距離から、無言のまま以蔵たちの後を付いて来ている。

「なあ、栗栖……あの二人は、お前の手下なのか? いったい何者なんだ?」

 以蔵が小声で尋ねる。すると、栗栖も小声で話し始めた。

「あの二人はな、俺の用心棒だよ。旅の途中、腹痛を起こして倒れていたところを介抱してやったのだが……それ以来、ずっと一緒にいる。信頼できる連中だし、腕もなかなかのものだ。阿片の商売をするとなると、時には切った張ったもあるのでな……あの二人には、いつも世話になっているのだよ」


 やがて四人は、林の中の一軒家に辿り着いた。栗栖が進み出て、戸を叩く。

「俺だ……栗栖だよ。今日は客を連れてきた。佐島さんに会わせたいんだ」

 ややあって、戸が開く。中から、背は異様に高いが痩せこけた男が現れた。作務依を着ているが、その服には血と肉片らしきものがこびりついている。顔色は青白く、目付きは鋭い。

 男は冷たい目で、以蔵をちらりと見る。そして口を開いた。

「栗栖さん……この人は信用できるんですか?」

「ああ、大丈夫だよ玄達さん。この男は糸井という名だが、訳あって今は以蔵と名乗っている。かつては、俺と一緒に蘭学を学んだ男だ。あんたらを役人に売るような真似は、絶対にしない」

 それを聞いた、玄達という男は頷き、二人を手招きする。

「栗栖さんがそこまで言うのなら、信用しないわけにはいきませんね。入ってください」


 それは、凄惨な光景だった。

 まだ十歳にもなっていないような幼子が、床で仰向けになっている。眠っているかのように、目を瞑り動こうとしない。

 だが、その腹は綺麗に切り開かれていた。骨や内臓が剥き出しになっているのだ……しかも、まだ命はあるらしく、微かにぴくぴくと動いている。それを三人の男たちが、嬉々とした表情で眺めているのだ……。

 以蔵は異様なものを感じながらも、床に横たわる幼子の体から目が離せなかった。


「みんな見ろ、心の臓はまだ動いている。だが、もうじき動きを止めるだろう。そして一日経つと腐敗が始まる。面白いと思わんか? こうして見る限り、人間もまた他の動物と何ら変わらん。肉があり骨があり、そして内臓がある。まず、それらの構造をきちんと知らなくてはならん。でなければ、人を治すことなど出来んぞ」

 髪を後ろに撫で付けた中年男が、他の二人の若者に向かい、身振り手振りを添えて語る。若者たちは、緊張した面持ちで頷いた。

 やがて、中年男がこちらを向いた。

「やあ栗栖さん……そちらが、前に言っていたご友人かな?」

「はい。この男は以蔵という名で、かつては私と共に蘭学の研究に励んでいました。死体を掘り起こすのを手伝ってもらったこともありますし、一緒に腑分けをしたこともあります」

 そう言った後、栗栖は以蔵の方を向く。

「以蔵……よく見てみろ。この少年の心の臓は、まだ動いているのだ。他の臓器もまた、綺麗なままだよ。死人の腐りかけた臓器とは、まるで違う。これを見るだけでも大きな進歩だ」

 熱く語る栗栖……しかし、以蔵の目は少年の体を見ていた。

「佐島さん……この子は一体?」

 震える声で尋ねる以蔵。この少年は、もう助からないだろう。あとは死を待つだけだ……阿片が効いているため痛みも苦しみもないことだけが、せめてもの慰めだ……。

「以蔵さん、この子は貧しい家で生まれた。その後、口減らしのために売られたのだよ。しかも体は弱く、放っておいても長くは生きられないのだ。そんな残り少ない命を、私が有効に活用してあげたのだよ。この子の命は、医術の発展のための捨て石となったのだ」

「……」

 佐島もまた、熱く語っている。それに対し、以蔵は何も言えなかった。佐島は、これまでに以蔵たちが仕留めてきた悪党とはまるで違う。私利私欲のために、こんな事をしているのではない。純粋に、医術の進歩と発展のためなのだ。

 いや、厳密に言うなら私利私欲なのだろう。日本の医術に夜明けをもたらす……その思いが私利私欲でない、と言えば、それは嘘になる。佐島もまた、私利私欲で動いているのだ。

 ただ、それは世間一般の悪党共の行動と同列に考えていいものではない。佐島の私利私欲の行き着くところ、それが世の中に何をもたらすのか……たくさんの人々の笑顔ではないのだろうか。少なくとも、佐島は紛れもなく一流の医者なのだ。

 己の権力を守ることにのみ精を出し、ろくに研究もしようとしないような江戸の医師たちに比べれば、佐島こそ真の医師と呼べる存在なのではないか……。


 迷う以蔵に対し、佐島は言葉を続ける。

「君も分かるだろう。今の日本が、西洋の国と比べてどれだけ遅れているか……私は、日本の医術を西洋に追いつかせたいのだ。そして、大勢の人間を救いたい。そのためには、彼らのような犠牲を払うことは避けて通れんのだ」

「……そうですね」

 顔を歪めながらも、以蔵は頷いた。そもそも、自分は人殺しなのだ。金を受け取り、人を殺す……そんな自分に、彼らを裁く資格などない。


 ・・・


 それから数日後のことである。

 その日、政吉はいつもの如く町をぶらついていた。あちこちの店を覗き、町娘を冷やかし、博打場の情報を仕入れたりしていた時――


「おい政吉……おめえ、また悪さしてんのか」


 不意に、後ろから声が聞こえてきた。政吉はへらへら笑いながら、ゆっくりと振り返る。

「へえ、これは源四郎の親分さん……一体、どうなさったんで?」

「どうしたもこうしたもねえ……おめえに聞きたいことがある。ちょっと来てもらおうか」

 そう言って、源四郎は政吉の腕を掴む。そして、いつもの如くひとけの無い路地裏へと引っ張って行った……。


「佐島章軒だぁ? 聞いたことのねえ奴だな……誰だそいつは?」

 政吉の問いに、源四郎は顔をしかめる。

「町外れに住んでる医者よ……表の顔はね」

「じゃあ、裏の顔は何なんだ?」

「あちこちから人をさらって……切り刻んでるって話よ。人を治すより、殺す方が専門なんじゃないかって言われてる。金に困ってる家族から子供を買い取ってるらしいんだけど、子供は必ず行方不明になってるか事故で死ぬらしいし……さらには、阿片も売ってるらしいの」

「阿片だと?」

「そう、阿片よ。どこからか大量に買い込んでは、あちこちに流してるみたい。しかも最近では、人の肝や陰茎や睾丸まで売ってるらしいわよ」

 言いながら、顔を歪める源四郎。つられて政吉も顔をしかめた。

「い、陰茎だぁ? 陰茎ってこれだよなあ?」

 そう言うと、政吉は自らの股間を指差す。すると、源四郎は頷いた。

「そ、それよ……死んだばかりの男のあそこを薬として売ってるの」

「ええ……何だよそれは……」

 思わず、自分の股間に手を置く政吉。陰茎を切り取られ、煎じ薬にされて飲まれる……男としては、あまり想像したくない。

「それがね、精力剤として裏の世界で出回っているらしいのよ。若くして死んだ男の陰茎と睾丸を煎じて飲むと、年寄りでも勃ちが良くなるとかいう噂よ」

「ええ……お前、まさか試してないよな?」

 顔を歪めながら政吉が尋ねると、源四郎はぶんぶんと手を振った。

「まさかあ。でもね、政ちゃんが試したいって言うなら――」

「試さなくていい」



 その夜、政吉は皆を地下室に集めた。

「今回の獲物は、町医者の佐島章軒とその手下共だ。仕掛料はたったの五両だが……どうするんだよ?」

「あっしは殺りますよ。安い仕事でも、受けなきゃやっていけねえ――」

「ちょっと待ってくれ。みんな、私の話を聞いてくれないか」

 多助の言葉を遮ったのは以蔵だった。そして、真剣な表情で一同を見回す。

 政吉は訝しげな表情になった。

「何だって? おい以蔵、お前何を言ってるんだよ――」

 

「政吉さん、頼む……今度の仕事は断ってくれ」

 

「はあ?」

「政吉さん、多助さん、龍さん……私が四両を出す。みんなで、その金を分けてくれ。その代わり、佐島さんの命は助けてやってくれ」

 真顔で、そんな台詞を吐く以蔵……すると、政吉の表情が変わった。

「おい以蔵、どういう訳なんだ? まずは、理由を言ってみろ」

「私は……その佐島章軒という男を知っている。佐島さんは、今の日本になくてはならない存在なんだ」

「どこかですか? 人を切り刻むは、阿片を売り捌くは……とんでもねえ悪党じゃねえですか。生かしといても、何の得にもなりゃしませんぜ」

 多助が口を挟んだ。

 すると、以蔵は顔をゆがめる。

「みんな勘違いしているんだ。佐島さんは、金儲けのために阿片を売ってる訳じゃない。佐島さんは研究の資金を稼ぐために、阿片を売っているんだ。あの人は普段、質素な生活をしている。稼いだ金のほとんどを、研究のために費やしているんだ……日本の医術に、夜明けをもたらすためにな。多助さん、あんたの目だって治せるようになるかもしれないんだよ」

「……」

 以蔵の熱のこもった言葉に、多助は黙りこんだ……すると、今度は龍が口を開く。

「そんなもん、俺の知ったことかよ。医術のためなら、人を殺していいのか? 人の体を切り刻んで売ってもいいのか? どうなんだよ以蔵……学のねえ俺にも、分かるように言ってくれや」

 龍の言葉を聞き、以蔵はさらに顔を歪める……だが、それは一瞬だった。

「確かに、佐島さんの行動には……清廉潔白とは、言い切れんものがあるかもしれん。それは私も認める。だがな、佐島さんの人体に関する深い知識……それに医者としての卓越した技術は、これからの日本の夜明けに必要なものなんだ」

 そこで言葉を止め、以蔵は龍を睨み付ける。

「人間には誰しも、善の部分と悪の部分がある。悪の部分だけを捉えて、一人の人間を一方的に糾弾するのは、間違っているとは思わんか?」

「んなこと知らねえよ……俺には医術は分からねえからな。だが、俺もお前に聞きたい。その医術ってのはそんなに大事なのか? 佐島に切り刻まれた連中はどうなるんだよ?」

「……どうやら、私とあんたとは分かりあえないらしいな。いくら話しても、平行線を辿るだけだ」

 以蔵の言葉に、龍の表情が変わった。

「んだと!」

 喚きながら、立ち上がった龍……だが、すかさず多助が腕を掴む。

「龍さん、およしなせえ……以蔵さんとあんたがここで殺し合ったところで、一文にもなりゃしませんぜ」

「あ、ああ……わかったよ……」

 多助の言葉に、龍は不満そうな表情をしながらも頷き、椅子に腰かけた。それを見ていた政吉は、ふうとため息をつく。

 そして語り始めた。

「いいか以蔵……俺たちはな、何も銭金のためだけにこの稼業をやってるんじゃねえんだ。天の裁きは待ってはおれぬ、役人の裁きは当てにならぬ。そんな人たちの無念を晴らす……それが、俺たちの稼業だよ。なあ、以蔵……佐島章軒は確かに、この日本に必要な人間なのかも知れねえよ。お前の言うように、人間を一面だけで判断するのも間違いだろう……けどな、俺たちは仕掛屋なんだよ。仕掛を依頼され、そして引き受けちまった以上、殺すしかねえんだ。たとえ標的が親兄弟であっても、引き受けた以上は殺す……これが掟だ。そのことを踏まえた上で、だ……」

 政吉はいったん言葉を止めた。そして、一人ひとりの顔を見回す。


「皆に改めて聞きたい。この仕事、引き受けるのか受けないのか……誰もやらねえって言うなら、この話は無しだ」


「あっしは殺りますよ。もちろん、お松もでさぁ」

「俺も殺るぜ……そいつに恨みを持つ人がいる以上、殺らねえ訳にはいかねえだろうが」

 即座に答える、多助と龍……一方、以蔵は虚空を睨み唇を噛みしめる。やりきれない気分だった。自分の言葉は、彼らにはとどかなかったのだ。日本の医術の夜明け……だが、それは叶わぬ夢だったらしい。

 その時、政吉が口を開いた。

「以蔵……俺が裏の世界に入った時、ある人にこう言われたんだ。この世の川は、木の葉が流れて石が沈むのが本来の姿だ。しかし、稀に石が流れて木の葉が沈むことがある。俺たちの役目は、流れる石を沈めることだってな。やっぱり石ころは、どぼーんと沈んで欲しいじゃねえかよ」

「その石が……仮に光り輝く貴重な宝石であっても、やはり沈めなくてはならないのか?」

 押し殺したような声で尋ねる以蔵……だが、政吉は頷いた。

「ああ。どんなに光り輝いてようが、石ころは石ころだ。川の底に沈めなきゃならねえ。それが、俺たちの稼業なんだよ……」

「だったら、最後に一つだけ……佐島は、私に殺らせてくれ」






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