レッスン。
「おはようございます。」
発作から10日後。まだ入院中だが、外出許可を取ってレッスンに来た。着ているのは、もちろん、先日のワンピース。意気揚々と教室に入ると生徒たちから、声が上がった。
「そのワンピースかわいー!」
「先生、入院中って本当ですか?」
「さらに若く見える〜!」
「えー?入院してらっしゃるんですか?」
「あら。バレちゃいましたね。大事をとって検査入院してるんです。今日は病院から来ました。」
「無理しないでくださいね〜。」
生徒が心配顔をしている。
「ありがとうございます。」
「そうだ!先日の宿題はできていますか?」
ニヤリと笑う結に、生徒たちが慌てる。結は、時間のある方は是非、という程度の宿題を出している。あまり心配されても申し訳ないので、宿題の話題で気を逸らそうと考えたのだ。
「ウサギのサンタのおさらいか、サンタの背景の図案でしたよね。どなたか、できている方は、いらっしゃいますか?」
期待通りザワっとしたが、すぐにシーンとした。
「いらっしゃらないようですね。では、今日は、ここから始めましょう。」
生徒たちが夢中になって制作している中を見て回る。場合によっては手直しもする。毎回、手直しのたびに歓声が上がる。作業の速度が生徒のそれとは、比べ物にならないからだ。この歓声を聞くのも、レッスンの楽しさだ。
「さて、本日はこれで終了です。お疲れ様でした。」
終了の時間になった。結の挨拶で、皆が片付け始める。
…やばい。始まった。
心臓がドクドクと鳴り出した。気づかれる前に教室を出ようと片付けを急ぐ。まわりに気づかれないうちに駐車場に行こうと焦る。
…急がなくちゃ!あと少しで片付く。
動きたいのに動きが止まる。
「…先生?」
異変に気づいた一人が声をかけてきた。
「大丈夫です。」
「駐車場までご一緒しますから。」
「あ…そんな…。
あれよあれよという間に生徒達が荷物を運び、駐車場まで、皆でわらわらと歩いていくことになってしまった。
「運転して大丈夫なんですか?」
1人が訊く。
「少しじっとしていれば治りますから。皆さん、ごめんなさいね。」
運転席の窓を開けてお辞儀をする。
皆が心配そうにしながら、その場を離れるのを見届けてからシートを倒して横になる。時計で時間を確かめると、正午を少し回ったところだった。外出許可が下りているのは3時まで。それまでに家に帰って、道具と車を置いて、タクシーで病院まで戻らなければならない。移動時間を考えると、昼食を済ませる程度の余裕はあるが、あまりゆっくりしていられない。持参していた薬を飲み、息を整える。幸い、家までの距離は車で10分程度だ。その後はタクシーだからどうにかなる。どうにか落ち着いてきたところで、シートを起こし、ハンドルを握りしめる。
…よし、今のうちに移動しよう。
病院に戻ってくる頃には、だいぶ落ち着いて、空腹を感じるようになったので、病院内のスタバでサンドイッチを食べることにした。ラップサンドとラベンダーアールグレイをトレーに乗せて、空席を見つけて座る。熱い紅茶を一口飲んでほっとしたところへ、声をかけられた。
「ご一緒しても良いですか?」
びっくりして顔を上げると、佐田がカップを手に立っていた。
「…どうぞ。」
「良かった。会えて。」
佐田はストンと座ると笑みを浮かべた。
「今日は、どうしたんですか?」
「今日は休みなので、先ほど病室に行ったところだったんです。そしたら外出されてるとのことだったので、ここで時間を潰そうとしていたんです。」
「私に、用だったんですか?」
「はい。お顔を見に来ました。」
屈託のない笑顔を見せる佐田だが、結は混乱気味である。最初はドキドキしたが、手を握られたり、足繁く会いに来られたりすることに正直、違和感を覚えているのだ。
…佐田さんは、何を考えているの?