嫉妬と憧れと。
翌朝、朝食が済んだ頃に佐田はまた見舞いに現れた。結がびっくりしていると持参してきた花瓶に昨夜のブーケを、入れ替える。
「迷惑かけたのは私なんだし、そんな風に気を遣わないでください。却って申し訳ないです。」
「気なんて遣ってません。僕が来たくて来てるんです。」
「え…?」
「何でもないです。お大事になさってください。では、行ってきます。」
「はい…。」
佐田はお辞儀をして、出ていった。「行ってきます」ということは、そのまま仕事に向かったのだろう。
夕方になると、近くに住む結の母が瑠花を連れてやってきた。瑠花は、おばあちゃんと手をつないでご機嫌だ。
「お母さん、ごめんね。」
「そんなこと、いいから。大丈夫なの?」
「しばらく検査ばかりみたい。家の方、時々でいいから見に行ってくれる?」
「大丈夫よ。ゆっくり休みなさい。瑠花ちゃん、今日は何食べたい?」
「んー。ハンバーグ!」
「じゃあ、お買い物行こうか。」
「うん!ママ、またね。」
瑠花が手を振る。
瑠花と母が手をつないで帰ってから数時間後に恭志がやってきた。
「お義母さんが来てくれたから助かったよ。…この花は?お義母さんが?」
佐田が持って来た花を指さす。
「昨日のショップの店員さんが持ってきてくれたの。」
「ふーん。店員さんも大変だな…。」
「こんばんはー。」
軽やかなノックの音とともに佐田が現れた。恭志を見て、一瞬ためらった。
「どうも。」
恭志が会釈をすると、佐田も会釈をする。当然ながら、なんともいえない空気が漂う。
「…昨日、付き添ってくれていた店員さんですよね?」
「はい。」
「家内がご迷惑をおかけして、申し訳ありません。」
「いえ、とんでもないです。」
「ショップでもお世話になっているみたいですね。」
「はい。昨日も娘さんのワンピースを…。」
「そうでしたか。結、気にいるものがあったのか?」
恭志が結に問いかける。
「あったよ。例の私のとお揃いの。お取り置きしてくれてるの。」
「そうですか。では、近いうちに受け取りに伺います。」
「はい。お待ちしております。」
佐田が頭を下げる。
「もう消灯なので、帰りましょう。駐車場まで一緒に行きませんか?」
「はい。」
佐田は、今度は結に会釈をして、恭志と共に病室を出ていった。
…こいつはただの好青年か、それとも…?
駐車場までのわずかな時間に恭志は探りを入れることにした。
「結は店で無理なことを言ったりしていませんか?」
「いえ、とんでもないです。センスが良くて、勉強になります。ステキな奥様ですね。」
「そうですか。」
…親しいのか?
「どのくらいの頻度で店に行っていますか?」
「自分、異動してきて1か月なのでよく知らないんですが、覚えているのは3回か4回です。」
…親しいというわけでもなさそうだな。しかし若僧に心配するとは。俺もどうかしているな。
歩いているうちに駐車場に着き、2人は別れた。
「ご主人、大人の風格だなあ。」
独り言を言いながら車に乗り込んだ佐田だった。最初は気まずかったが、感じの良い恭志に憧れのような気持ちすら抱いていた。