消灯の間際に。
「しばらく検査入院だそうだ。検査の結果しだいでは少し長くなるらしいぞ。」
医師との対話を終えて、恭志が病室に戻ってきた。
「ごめんね…。瑠花のワンピースを見に行ってたら、急に気分が悪くなって。」
恭志が結の点滴を見つめる。急なことだけに、結の体も心配だが、子供たちのことや、家のことも心配だ。何せ亭主関白なだけに、家のことがさっぱりわからないのだ。
「いったん帰って、夜までに子供たちを連れてまた来るよ。」
「うん…。」
恭志が帰っていくと、一人きりの病室はとたんに静かになった。そして思い出したのは、佐田の手の感触。
…どうして、あの男性は私の手を握っていたの…?
「ママ!」
夕方になると、恭志が約束通り、子供を連れてきた。春樹も心配そうにしていたが、瑠花はもう泣きそうだ。
「瑠花がワンピース欲しいって言ったから…。もうワンピースいらない。」
結に抱きついて瑠花が泣き出す。
「大丈夫。瑠花のせいじゃないよ。」
「さっきから、どれだけ言っても、瑠花のやつ、自分のせいだって言ってるんだよ。」
「春樹にも、心配かけてごめんね。しばらく大変だけど、よろしくね。塾、ちゃんと行ってね。」
「わかってるよ。早く帰ってきて、から揚げ作ってくれよな。」
「そうだね。…そうだ、パパ?」
結が恭志に視線を移す。
「揚げ物、できる?から揚げの下ごしらえがしてあるの。無理なら、おばあちゃんに頼むけど。」
「まあ、できる、かな。」
「から揚げ、食べたい!パパ、お願い!」
「ママのから揚げ食いたい!」
子供たちが口々に言う。
「焦がしても、文句いうなよ?」
「やったあ!」
「じゃあ、パパ。お願いね。」
「頑張ってみるよ。」
3人が帰って数時間後、消灯の少し前に春樹からメールが来た。少し黒い、から揚げの写真が添付されていた。
『少し焦げたけど、うまかったよ。味噌汁は瑠花と一緒に作ったよ。おやすみなさい。』
動悸がするなか、返信をする。
『おいしそうだね。パパのから揚げ、ママも一緒に食べてみたいな。お味噌汁も作ったんだね。頑張ったね。おやすみなさい。』
結がナースコールを押す。動悸が強くなったら呼ぶように言われているのだ。状況を見て、点滴をするようで、かけつけた看護師が脈拍をチェックして、点滴の用意をして戻ってきた。
点滴をして、落ち着いてきたところへ、ドアが開いた。佐田がやってきたのだ。
結がびっくりしていると、佐田が結の枕元に近づいてきた。
「お加減、いかがですか?」
「ええ。まあ…。こんな時間に、わざわざすみません。」
「いえ、気になったものですから。それから、これを…。」
差し出されたのは、小さなブーケ。
「まあ、キレイ。でも困ったな。花瓶がなくって。あ。紙コップに立てておこうかな。」
点滴をしたまま、起き上がって、ベッドから降りる。恭志が念のためにと買ってきてくれた紙コップを取り出す。部屋の洗面台で水を入れ、ブーケを包み紙のまま入れる。
「かわいいですね。ありがとうございます。…ところで、ショップのほう大丈夫でしたか?ごめんなさいね。私のせいで騒ぎになってしまいましたよね?」
救急車で運ばれたことは、うっすらと覚えていたのだ。
「大丈夫ですよ。気にしないでください。それよりは、阿川さんが心配で…。」
「名前、知ってたんですか?」
「すみません。救急搬送の際に、持ち物から確認させていただきました。」
「そうだったんですね…。」
実は佐田は会員証で名前を確かめていたのだが、あえて言わないでいた。
…彼女に似ている、この女性が気になってたまらない。