ご一緒しても良いですか?
「おはようございます。ご一緒しても良いですか?」
声に顔を上げると佐田が立っていた。結は片付けの手を休めてドリンクコーナーでミルクティを飲んでいたところだった。佐田は結の返事を待たずに、コーヒーを手に斜め前に座った。結にしてみれば、どうしているかと思っていた矢先だったのでびっくりだ。
「お久しぶりです。お加減いかがですか?」
「ありがとうございます。明日、退院することになりました。」
「良かったです。もうすっかり良いのですか?」
「だいぶ良くなりましたが、実は狭心症の予備軍らしくて。ストレスをためないようにって言われました。」
「そうだったんですか…。」
佐田が黙り込む。結も何も言わない。
「…自分の思っていること、話しても、良いですか?」
沈黙の中、佐田が切り出した。
「はい…。」
…何を話すつもりだろう?
動悸とは違うドキドキの中、佐田は話しはじめた。
「学生の時、付き合っていた女性がいました。阿川さんが、その女性にそっくりなんです。同じ学校だったんですが、卒業してからは会ってなかったし、どうしているのかも知らなかったんです。そんな時に、彼女とそっくりな阿川さんがショップにやってきて、すごくびっくりしたんです。すみません。阿川さんを見ると、なんだか学生の頃を思い出してしまっていて…。でも、そっくりなのに、違う魅力というか、なんだかワクワクしてしまうんです。」
「はぁ…。」
「それに先日、彼女に会って、自分が追いかけていたのは幻想だったことに気づいたんです。でも、阿川さんのことはずっと気になっていて…。」
結は驚きを隠せなかった。昔の恋の相手と重ねていたのは、結も同じだったから。
「うまく言えないけど、なんというか、その…ファンなんです。阿川さんの。ご、ご迷惑ですよね。」
「同じだわ…。」
「え…?」
「私もね、同じなの。学生時代に好きだった人が佐田さんにそっくりなんです。だから、ショップで見かけた時は、本当にびっくりしました。…私のは片想いでしたけどね。」
結がフフッと笑うと、今度は佐田が驚いていた。
「こんな偶然ってあるんですね。」
「びっくりです。それに、すごく懐かしかったです。」
「自分もです。」
2人でフフッと笑いあった。
「だから、急に手に触れたりしたんですね。」
「すみません…。ファンのくせに行き過ぎですよね。それに自分、ご主人のファンでもあるんです。」
ファンという言葉に、結はホッとした気持ちと照れ臭さを感じる。
赤くなってうつむく佐田に問いかける。
「佐田さんはおいくつなんですか?」
「28です。」
「10歳も違うんですね。」
「はい。知ったときは、びっくりしました。もっとお若いと思っていたんです。」
「セールストークが上手ですね。」
「お世辞なんかじゃないです!本当にドキドキしたんです!」
「ウフフ。ありがとう。」
「明日の退院前に会えて良かったです。またショップにもいらしてくださいね。」
「はい。喜んで。私も佐田さんのファンですから!」
翌日、結は退院し、家族との生活に戻っていった。
その後も変わらず、結は時々、ショップに足を運ぶ。佐田が変わらず、にこやかに接客する。
その後、佐田が結の手に触れることもないので、普通のお得意様と店員の関係だが、淡い記憶の欠片がぴったり重なった二人の間には、不思議な空気が流れている。それ以上の関係を心配することもなく…。
〔完〕