もうすぐ、戻る。
「狭心症の予備軍の疑いがあります。なるべくストレスをためないように生活するように心がけてください。」
瑠花のバレエの発表会の2日後、約2週間の検査入院によって出された診断結果だ。予備軍なので安心はできない。場合によっては再入院もあり得る。さしあたって、今回は発作時に備えて薬も出すが、調子が悪いときは早めに受診するようにということだった。
「発表会に行けなかったのは残念だったけど、退院が決まって良かったわ。」
翌日の退院が決まったので、病室の荷物を片付ける。動悸がなくなったわけではないので、ゆっくりと取りかかることにした。
「長いような短いような入院生活だったな。」
片付けながら、この約2週間を振り返ると、色々とあった。
最初はどうなるかと思っているところへ佐田が足繁くやってきて引いてしまったこと。佐田のことで遥にあらぬ誤解をされたこと。恭志がそれなりに家事のスキルアップをしてくれたこと。無口な春樹が時々だけどメールをくれるようになったこと。瑠花が思ったよりもしっかりしているということがわかったこと。しばらく家事から解放されて楽だったけど、退屈でさみしかったこと。
色々と思い出しながら、明日、退院したら、やっと日常に戻れる嬉しさを実感していた。
「帰ったら、何を作ろうかな?」
料理好きな結には、帰ったら料理ができることも楽しみだ。家族も結の手料理を楽しみにしていることだろう。もちろん、結の母の料理も美味しいが、結の手料理が阿川家の味だから。子供達は特に、おやつを楽しみにしているだろう。最初のリクエストはガトーショコラかもしれない。結のガトーショコラは、大人にも評判の一品だ。家では春樹と瑠花がいつも取り合いをしては叱られているのだ。
「…あ。このお水…。」
発作を起こした時に佐田が用意してくれたミネラルウォーターが冷蔵庫の中に入っていた。未開封のまま、ずっと入れてあったのをすっかり忘れていた。
…佐田さん、どうしてるかな。
あれ以来、来なくなったので、半ば忘れていたが、思い出したら、気になりだした。
…退院したら、お礼に伺うべきよね。でも、この場合は行かない方が良いのかな。親切にしてくれたけど…。
佐田の行動に不安はあったものの、オバサンの本音としては、若いイケメン君の顔を拝むチャンスは捨てがたい。
「うーん。迷うなあ…。」
若く見えても、そのあたりは年相応な結であった。