悪気のない人。
…今なら、一人でいるのかな。
恭志を物陰から見送った佐田は、病室へ向かう。病室に誰がいるのかも知らずに。
「俺は、結さんに恋をしているんだろうか?」
自分に問いかけてみても、答えは出ない。ただ、会いたいのだ。優香にそっくりということがきっかけだったが、このところ、優香のことはすっかり忘れていた。
…俺のしていることは迷惑なのかな?
考えながら廊下を歩く。
「君、どうして病院にいるの?」
声のした方を振り返ると、訝しげな表情をした遥が立っていた。佐田は誰かとすれ違ったことすら気づいていなかったのだ。
「その、結…阿川さんのお見舞いに…。」
「私が言ったこと、忘れちゃった?それとも、わからなかった?」
「忘れていません。わからないわけでもありません。」
「じゃあどうして、病院にいるわけ?」
「会いたいからです。」
端正な顔立ちにまっすぐな眼差しが遥に向けられる。悪気のない、まっすぐなそれは、遥も負けそうだ。
…まずい。負けそう。とりあえず、結にバレないうちにこの場を離れよう。
「君と一度、お話ししてみたかったの。お茶にしましょうよ。」
「はい。」
佐田が素直に応じてくれたので、病院内のスタバに移動した。
…本当に素直で悪気のない人だなあ。しかし、なんとか目を覚まして欲しいわ。
「そんなに結に会いたかったの?」
「はい。」
「あのね、会いたくても、結は、奥様なの。君の遊び相手にはならないの。」
「遊びなんかじゃありません。」
「遊びじゃない?あの家族をバラバラにして、結と結婚するわけ?子どもだっているのよ。引き受ける度胸あるの?」
「そんなこと…。」
「“遊びじゃない”って、そういうことよ。結を困らせないで。今なら、結にも、阿川さんにも黙っていてあげる。会いに行かないで。お願いだから。」
「…。」
佐田は悲しそうに黙り込む。困らせる気なんてないのだ。
「君が、とても素直で悪気のない人なのはわかる。でもね、こればかりは、無理よ。君なら、ステキな女の子に出会えるはずよ。」
「自分、モテたことなんてないです。」
「気づいていないだけだよ。さて、そろそろ行かなくちゃ。話せて良かったわ。じゃあね、イケメン君。私、ファンになっちゃいそうだわ。」
慌ただしく走り去る遥の後ろ姿を見送ってつぶやく。
「今日は、行くのやめておこうかな。」
そのまま仕事に向かう佐田だった。