9
「助かったよ、ありがとう」
白衣の人が落ち着いて話ができるようになると、お礼と休憩も含めてとここでお茶をご馳走になることになった。
お湯を沸かしてるのがビーカーだとか気にしない。
ちなみに火はガスバーナーだ。
白衣の人はどうやら先生だと思われる。
少なくともどうみても中等部生ではない。
「いえ、ちょうど通りかかっただけです」
マグカップのコーヒーに口をつけると、意外にとても美味しくて驚いた。
「すまないね、お嬢様にこんな物しか出せなくて」
苦笑交じりに言われる。
「いえ、とてもおいしいです」
さっきまで飲んでいたものと変わらないどころか勝るくらいに。
「そうかい?それは光栄だ」
なんというか……変わった人だな。
「ご馳走様でした、お名前を窺ってもいいですか?」
マグカップを返しつつ尋ねてみる。
「草薙恭弥だ高等部に上がった時にはよろしく頼むよ」
瞳を隠して光っている眼鏡がこの人の不思議さを際立たせているのか。
草薙恭弥……攻略対象者ではないけどやはり何か引っかかる。
眼鏡で素顔はわからないけど違和感がある。
名前に心当たりがないから気のせいなのかな……?
「草薙先生、私は水無月桃華ですこちらこそよろしくお願いします」
こちらも自己紹介をすれば、何やら思い当るところがあったらしい。
「水無月……杏璃の妹か」
「はい、杏璃は私のお兄様です」
自慢のお兄様ですよ。
『水無月杏璃』名前を出すのは初めてでしたよね?
高等部にいるお兄様は私のお兄様だけあって、中等部にも名前が聞こえてくるほど優秀な方。
お兄様は理系だから草薙先生とも面識があるのかな。
「言われれば似ているな、杏璃の妹ね」
「ありがとうございます」
お兄様と似ているだなんてなんて嬉しいことを言ってくださる先生なのだろう。
尊敬します。
「……杏璃の事が相当好きなんだね」
「はい!」
自然に零れる笑みのままに頷けば、そうかいと頭を撫でられた。
……この人にも妹がいるのかな?
なんとなく私の妹としてのレーダーがそう言っているような気がする。
「もうこんな時間か、そろそろ帰った方がいいかもしれないね」
すっかり草薙先生に懐いた私は、科学室の整理を手伝っていた。
もちろん水やりを一通り終わらせてきたところでここに戻ってきたのだ。
……部室には戻ってないけど。
「はい、また遊びに来てもいいですか?」
「構わないよ、だいたいはここにいるからまたおいで」
じょうろ片手に部屋を出れば、先生が見送ってくれた。
草薙先生いい人です。
上機嫌で部室に戻れば、般若がいた。
……心配性な幼馴染の存在を忘れていた。
「こんな時間までどこに行ってたの?桃華?」
にっこり。
笑顔が怖い。
光の後ろにいる黄金先輩に視線で助けを求めれば両手を上げる降参のポーズが返ってきた。
……どうやら私がいない間先輩にも迷惑をかけたらしい。
「特別教室棟で科学室のお片付けの手伝いをしていました」
「なんで突然科学室なんだい?」
にっこりから表情が変わらない光がとても恐ろしい。
「水やりでまわっていたら咳き込む声が聞こえたからです」
「咳き込んでいた人を助けたってことかな?」
「はい」
正直に話したし許してくれるかな?
「ちなみに科学室にいた人って言うのは女の人だよね?」
「いえ、男の先生でした」
答えた途端にむにっと頬をつねられた。
相変わらずにっこりのままだ。
もの凄く怒っているのはわかるけど。
殺気に近い怒気がユラユラしているような錯覚を覚えるほどに。
「入学初日に言ったこと覚えてる?」
入学式の日のこと?
「善処しますですか?」
「うん、それ」
片側だけだった頬の指が反対側も増えた。
両頬をつねられています。
「まったく桃華は自覚が足りないって何回言えばわかってくれるのかなぁ」
「ひかりゅ……?いひゃいれす」
呂律が回らなくなってしまったではないですか。
「桃華、あのね君は自分が思っているより容姿が優れているんだよ」
「身内贔屓とかそういうのじゃないからね?」
「警戒心が足りないってことだよ、疑えって言ったよね」
「無防備に男の人と二人きりになるなんて馬鹿としか言えないよ」
「桃華が強いのは知ってるけど男の人には純粋に体格差があるってことを忘れないでね」
いっつマシンガンとーく。
これは相当お怒りだ。
「……ごめんなひゃい」
でもまた行きます。