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怪しい先輩に連れられて部室棟を進む。
歌を歌いつつ前を歩く先輩はえらく機嫌が良いみたいだ。
なぜか、先輩が歩くと人の多い廊下に道ができる。
そして後ろに続く私たちを見た周りの先輩方が気の毒そうな視線を向けてくるのだ。
……今年も哀れな一年生が捕まったのねってどういうことですか怖い。
随分と奥まで入ってきた。
人がいなくなった廊下に廃棄と書かれた机が積んである。
本当に私達は部室に向かってるのかさえ不安になってきた。
光も一緒だし大方のことには対処できると思うけど……
廃棄物の間を縫うように進み突き当りまできた。
「ついたで~」
先輩が振り返り背後を指す。
壁と同じ色のドアがついていた。
……ここまで来ないと気付かないくらい壁に同化している。
「ここが我が学園緑化委員会(仮)や!」
「「緑化委員??」」
名前だけはまとも、じゃないかな?
「ちゃうでー緑化委員会(仮)や!この(仮)が一番重要なんやで?」
一気に怪しくなりましたね。
先輩に促されるまま部屋のなかへと進む。
意外と……綺麗な部室だった。
部屋のなかは壁一面をしめる大きな窓からの光で明るい。
物は多いけれど片づいているし、雰囲気としてはお洒落なカフェのような感じだ。
窓辺には緑化委員らしく鉢植えの花が並んでいる。
「なかなかやろ?」
先輩が得意げな笑顔を向けてくる。
世間ではこれをドヤ顔と呼ぶのですよ、先輩。
「何故(仮)なのですか?」
落ち着きなく辺りをみている私に変わって光が先輩と話し始めた。
「そらあれやろ、緑化委員会は学園に正式な委員会としてあるんやから同一名はあかんやん?」
確かに重複する物は認められないでしょうね。
「活動は緑化活動ということですか?」
「大筋はそうやな、あとはまぁ諸々や」
会話の方は光に任せて私は部室の備品見物に勤しもうかな。
「桃華?話し終わったよ?」
「……ん、素敵な部室です」
全然話し聞いてなかった。
「話聞いとらへんなーとは思っとってんけど……そんなに部室気に入ってくれたん?」
先輩が面白そうにこっちを見て首をかしげる。
「はい、どれも素晴らしいアンティークです」
さすが、といったところか。
「可愛いお嬢ちゃんに褒められるなんて光栄やな!そういえば自己紹介しとらへんかったな~、三年の黄金柊やよろしゅう」
やっぱり……この人も攻略対象か。
『黄金柊』二周目以降に部活動見学でランダムに現れる隠しキャラ。
遭遇率は極めて低いため存在を知らないプレイヤーの方が多い。
隠しキャラの割に細かな設定も多く製作者の意図がわからない謎なキャラとして有名だ。
もちろん顔は文句なしの美形、黒ふちの眼鏡と少し長めな髪と低い声が腰に来る関西弁がセクシーな年上のお兄さんだ。
アンティークのセンスがいいのも幼少期は海外でのお屋敷暮らしと先輩の家が貿易商ということで目が養われているのだろう。
自己紹介と一緒に手を差し出していた先輩と握手を交わしこちらも名乗る。
「水無月桃華です」
「久東光です」
2人揃って頭を下げる動作は昔から一緒にいただけあって息ぴったりな動作だと思う。
室内のアンティークについて先輩が話してくれるのを聞きつつ時間を過ごした。
そろそろ出なくては、と先輩に申し出れば廃棄の物品がなくなる廊下まで見送りに出てきてくれた。
「気にいってくれたんやったら是非入ったってな?他の部活も見てよく考えるんやで~」
笑顔で手を振って見送ってくれました。
文化系部室の並ぶ廊下を2人で歩きつつ部活風景の様子を窺っていく。
個性的な部活も多くあったけれど惹かれるものはない。
「光、私は入りたい部活動が決まりました」
「だと思ったよ、黄金先輩のところでしょ?」
部室棟の奥の奥にある緑化委員会(仮)の部室だけが部屋の造りが違うらしく、ほかの部室はあんなにも自然の明かりに満ちた暖かい空間にはなっていなかった。
窓の大きさから部室の広さまで違う。
あんなに奥の、壁に同化しているかのような扉に隠されたあの部屋はどうやら特別らしい。
「はい、あの部屋気に入りました」
「桃華は洋風なものが昔から好きだもんね」
「……家の中にはありませんから」
「うん、むしろあったら少し残念だから」
純和風の我が家では全ての部屋が畳に襖。
洋風アンティークなんて一つもない。
鎧やら刀なんかはたくさんあるけども。
「僕ももう少し運動部とか見てから惹かれるところがなかったら黄金先輩のところにしたいな」
「後悔のない部活選びにしてください」
今日のところは帰ろうかと、私たちは部活棟を後にした。