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粛清やら親衛隊やらなんやらと衝撃的な事件から数日。
何事もなく(?)日々を過ごしまして、本日の夕刻には婚約発表パーティーが開かれます。
ついに。来てしまったのですよこの日が。
「桃華お嬢様……本当に洋装もお綺麗です」
組のお兄さんたちの奥様方が服選びからメイク、ヘアアレンジ他いつもより気合をいれて整えてくださいました。
着物の着付けは自分で出来るけれど髪を結うのはどうにも苦手で、いつも彼女たちにはお世話になっている。
更にいうなら洋装、所謂ドレスというものはさっぱりわからない。
今日のパーティーはとあるホテルのホールをお借りして開くのでドレスを着ていくことになったのだ。
別に和装でも良かったとは思うけど、今日のお母様の気分は洋装だったというだけのことだし。
睦峰様も今日は洋装で来られるとの事。
一応主役の私たちは忙しく動き回ることになるのだろうし、夜ご飯は食べられないかもしれないな。
招待客のリストを見ながらそれぞれの顔を思い浮かべていく。
日曜日なのに友人たちに会えるというのは嬉しい。
憂鬱だったけれど少しだけ会場に行くのが楽しみになった。
*****
「今晩は睦峰様」
お母様とお兄様、それからおじい様と共に会場へ来た。
それぞれ挨拶に向かわれたので、私は睦峰優様のところへ。
やっぱり制服の時とはだいぶ印象が変わる。
うん、さすが王子と呼ばれるお顔ですね表情がなくともお美しいです。
「……こんばんは」
じーっと無言で凝視される。
なにかおかしな所でもあったのだろうか。
首を傾げていたら、睦峰様が何かを納得されたようでこくりと1つ頷いた。
「……かわいい…と思う」
「んぅえ?……あ、ありがとうございます……?」
ほ、褒められた……ですと?
睦峰様に?お菓子にしか興味を示さない睦峰様に??
ついつい可笑しな声を出してしまいましたじゃないですか。
「睦峰様も素敵です」
「……ありがと」
ちょこっとだけ睦峰様の表情筋が緩んだようで、喜んでくれたみたいですね。
……というか、なんだこの恥ずかしいやり取りは。
誰にも聞かれてなくてよかった!!!
開場の時間になると、招待客の方々が入って来てくださった。
初めに挨拶をするまでは私たち二人は会場の奥で人がそろうのを待つことになっている。
増えていく人を見つつ、会場の中に目を向けていく。
椅子のないテーブルたちの上には立食用のお料理が並び、ウェイターの人達は飲み物を乗せたお盆をもって会場の中を回っている。
ちなみに会場に飾られているお花は私と睦峰様のおばあ様が活けたものだ。
おばあ様たちもお若いころからのご友人なのだとか。
あ、光と桃城くんも来たみたいだ。
赤城様と松宮様もおそろいになっている。
「……龍雅…ほんとに来た」
睦峰様のつぶやきに心の中で同意しつつ、あれだけ過保護なのだから来るでしょうとは言わないでおいた。
そういえばあれ以来一度も会話はしていない。
挨拶はサロンで会った時しかしていないし。
良好な友人関係とは言えないお付き合いをしている。
あ。
草薙先生がお兄様と談笑されているのを見つけてしまった。
すごく行きたい。
あそこに混ざりたい。
けれど今は我慢するしかないのですね……
あまりに見すぎたのか、草薙先生がこっちに気付かれた。
僅かな笑みと一緒に小さく手を振ってくださいました。
気付いたお兄様も笑顔と一緒に手を振ってくださいました。
しあわせとはこういう感情の事を言うのでしょうか。
自然に緩む頬をそのままに、お兄様たちに手を振り返す。
あーかっこいい。
お兄様、本日も素敵です。
眼福眼福。
っと、ん?
黄金先輩も見えたみたいです。
光と桃城くんのところに合流しましたね。
奇抜なご趣味をお持ちな黄金先輩ですがお洋服の趣味は良いようで。
やはり彼も攻略対象、遠目に見る分では残念なイケメンの残念が消えますね。
彼に限った事ではないけど。
のんきに人間観察をしていられるのもここまでのようだ。
開場の扉が締められたということは全員おそろいなのだろう。
おじい様と睦峰のご当主がそれぞれ挨拶をし、立食パーティーが始まりました。
私と睦峰様は2人揃ってお客様に挨拶をしていく。
睦峰様……ここでも相変わらずの発言速度ですね。
良いと思いますよ?マイペース。
少し将来は不安ですが。
よろしくお願いします、ありがとうございますを繰り返しつつ会場をまわる。
クラスメイトやサロンでご一緒の方々は挨拶し終えましたね。
あとは身内、というか親しい方々だけ。
少し気が楽になる。
まずはお兄様と草薙先生の元へ向かう。
「ご招待ありがとう、二人とも」
いつもの白衣と少しくたびれたスーツ姿でないというだけで随分と麗しいですね。
眼鏡の奥の目は見えませんが、作り物ではない笑顔です。
「お越しいただきありがとうございます草薙先生」
お兄様も含め三人そろって頭を下げ、ふと思う。
この人はもしかして、事の真相に気付いていたりするのでは?と。
お兄様がいる以上、その話はできないので今は聞けないけれど…
草薙先生に近づき耳打ちすることにした。
「……せんせいこの間の事はお兄様には言ってませんよね?」
この間の事、で伝わったらしい。
先生の雰囲気が呆れた様子から面白がるようなものに変わった。
「今は、まだ言ってないな」
それはいずれ、言うおつもりだと。
耳打ちをする時に掴んだ腕を握る手に力を籠めれば、くすくす笑われた。
「今回だけだからな?次にあんなことがあったらすぐに報告する」
「……二度と、絶対に起こしません」
知られるとまずい人に弱みを握られた気分ですよ。
「桃華は草薙先生と仲がいいのだね」
「は、はい!お兄様!」
このお優しい笑顔が消えるのだけは本当に勘弁なのですよ。
「二人で内緒話?」
ぎくりと、背中が固まる。
引き攣りそうになる顔を笑顔にとどめつつ返す言葉を考えていれば、草薙先生が引き受けてくれた。
「この間発作が出たところを助けられてね、以後の体調を聞かれていただけだ」
おぉう……さすが先生、口が回りますね。
「そうだったんですか、桃華は良い子だね」
あぁ、今はそのお褒めの言葉が胸に刺さります……
睦峰様はなんとなく事情を察したのか、視線に呆れが入っている気がする。
二人にゆっくりしてくれるよう告げ赤城様と松宮様のところへと向かう。
「水無月さん……あの先生に…怒られたんだ」
そういえばあの日、光にお説教されてる時に怒られたことも口走ったっけ。
隣にいた睦峰様なら知ってる、か。
「そうです、頭の回る先生だと思います」
思い返してみると、草薙先生と関わった日は光に怒られているような気がする。
巡り合わせが悪いのかな。
「……二人とも…来たんだ」
睦峰様、珍しく自分から声をかけたと思ったらそれですか。
危うく吹き出しそうでしたよ。
「来たんだって酷いですね、優と水無月嬢からの招待ですよ?龍雅はともかく自分は来ますよ」
相変わらずの笑顔、招待客の女の子が色目き立つ気配がする。
黄色い声に片手を上げてこたえるくらいのサービスを軽々やってのける辺りが胡散臭さの原因なのだろうか。
「…来るっつったからな俺は嘘はつかない」
赤城様は笑顔の欠片もないですね。
安定のご機嫌具合で。
「……ん…ゆっくりどうぞ」
睦峰様の無機質っぷりもちょっとは収まってたはずだったんだけど。
この人達と一緒の間はやっぱり素が出るんだね。
「桃華嬢、とてもお綺麗ですよ」
惜しげなくもたらされる笑顔とお褒めの言葉。
ありがたいけど、その社交性をもう少し両サイドの2人に教えてあげてほしい。
「ありがとうございます、松宮様のお召し物も素敵ですね」
にっこりと営業スマイルを返しておく。
「クスッ……やっぱり水無月嬢は面白い人ですね」
それはどういう意味ですかね。
いや、興味はないですけど。
「……水無月嬢もいつもに増してお綺麗だ」
赤城様の口からまさかそんな言葉がでるなんて驚きですね。
「赤城様から言ってもらえるなんて嬉しいです……これは得策かと思いますよ」
後半は赤城様にしか聞こえないボリュームで告げれば赤城様の顔がひきつるのがわかった。
敵を増やすべきではないという忠告が理解してもらえたみたいでよかった。
「お前の言う事を聞いたわけじゃないからな…」
小声で反論が返ってきたけど。
「赤城様もお素敵ですね、お2人とも寛いでいってください」
赤城様にも笑顔を向け軽く頭を下げる。
「モモ!優!お疲れ様!!」
桃城くんの裏表のない笑顔に癒される日が来るとは……
「ありがとうございます桃城くん」
「ん……疲れた」
黄金先輩は睦峰様の頭を撫でている。
「お2人さんええ感じにお人形さんみたいやな~」
これは……褒められているんですよね…?
この人の置物の趣味から行くと、ねぇ?
「桃華、優お疲れ様」
「光来てくれてありがとうございます」
光は私の頭を撫でてくれる。
はぁ……癒される。
「にしてもモモは遠くから見るとお姫様みたいだな!」
「褒めてますか?貶してますか?」
遠くから見るとってどういう事かな?ん?
………いや、私もさっき似たようなこと思ったけど。
「褒めてるぜ!今日のモモはいつもより可愛いぞ」
「あ、ありがとうございます」
ストレートすぎて照れます。
「確かに今日は一段と磨かれてるね」
「お姉さんたちが張りきって下さったので」
「あぁ…あの人達か……」
遠い目をする光は彼女たちのお気に入りですもんね。
遊びに来ると可愛がられていたのも懐かしい。
あの頃の光の女装写真はたくさん持っているけど本当に可愛かった。
*****
婚約発表パーティーとはいえ軽いものにしてもらったこともあり、形式的なものは何もない。
夜が更ける前に解散となりました。
普段が和装の身としては、ヒールの付いた靴というのはつかれる。
今日は足のマッサージをしてから寝るとしよう。
「婚約、か」
この婚約はイレギュラー。
私の婚約者は『赤城龍雅』であったはずだ。
もともと『水無月桃華』と『睦峰優』の関わりはほぼない。
イレギュラーで婚約という関係になるのなら『久東光』が妥当だろう。
このしっくりこないズレはなんだろう。
私という存在のイレギュラーが起こしたものなのかな。
考えても無駄かもしれない。
でも対策はねらないと。
『水無月桃華』の失態を繰り返すわけにはいかないのだから。




