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かくして放課後。
教室で食べ損ねたお昼を一人寂しく食べていたら仏頂面の待ち人が来た。
美味しいご飯がのどを通りづらくなる顔つきというか雰囲気ですね。
私は入ってきた人に構うことなく遅めのお昼を済ませていたら、無言で向かいの席に座られた。
見られながら食べるのってすごく食べづらいってわかってるんですかね。
嫌がらせですか?
まぁなんでもいいや。
あ、今日の卵焼き真ん中にチーズが入ってる。
美味しい。
「……水無月桃華、俺と話す気はあるのか?」
ないですよ。
話があるのはそちらでしょう?
私はあなたに用事はないです。
と、いう思いをこめて視線を返す。
おそらく伝わらないだろうけど。
「嫌われているようなので、声も聞きたくないのかと」
視線をお弁当に戻しつつ言えば、向かいに座っている人の機嫌が悪くなる気配がした。
それはそれは失礼な態度ですよね。
わかってますよ?
もちろん、わざとですから。
でも私の事どうこう言える立場じゃないですもんね?
「……確かにな、なら簡潔に終わらせる」
こちらとしてもそのがありがたい。
「そうしてください」
光は先に部活に行っているけど、遅くなれば迎えに来るだろうし。
「水無月桃華、お前は何だ?」
「人間ですけど」
「……」
いや、この人突然何を言いだすんだろう?
嫌われすぎて人と認識されてないってどんだけですか。
そしてその可哀想な物を見る目はなんですか?
質問の答えあってますよね??
「お前…あほなのか?」
「喧嘩売ってます?買いますよ?」
あ、素が出るまずい。
淑女としてはよろしくない。
「それはお前の方だろう!お前はイレギュラーだ何者だと聞いている」
喧嘩なんて売ってませんし。
……まぁそこはどうでもいいか。
私がイレギュラー?
それは何から見て……察しはつくけど。
「私が無能で我儘なお嬢様として存在していないことに対する感想ですか?」
にこっと笑顔を返す。
「……そこまでは言わない」
多少は思っていると。
「貴方こそ、私の何が気に入らないのですか?」
「気に入らない理由?違和感を覚えるものに不快感を抱くのは普通だろう」
なるほど確かにそうでしょう。
思ったとおりに動かないイレギュラーは邪魔でしょうし。
何より予測のつかない行動というのは目障りである以上に脅威だ。
私はきっとこの人に疑問を投げかけるべきなのだろうな。
貴方こそ、何なのだと。
でもそれではこの人の思う通りなのではないですか?
決定的なことはどちらも口にしたくはないらしいし。
どちらが核心をついてもお互いに傷は負うのだろうし。
腹の内、手の内をお互いにさらせば手を取り合うこともできそうだけれど。
それでは少し、面白くない。
だってあれだけ突っかかって来ていたのに、手の内を見せたら反転するようじゃつまらないでしょう?
見せたからこそ更なる敵対もあるかもしれないけど。
先の見通しがつく者同士、盤のこっちと向こうでサイを投げる方が楽しそうだし。
この人はシナリオ通りの『赤城龍雅』を。
私はシナリオに抗う『水無月桃華』を。
どこまでの知識がこの人にあるのかはわからないけど。
演じたものが違う。
その時点で相容れないのは当たりまえでしょ?
既に反対のそれなのだから……少々の私の匙加減で遊ぶのなんて些細なことですよ。
にっこりを作っていた顔を素に戻す。
睦峰様張りの無表情になっていることだろう。
光や家族以外の前では出さないようにしているのだけど。
「貴方が何を目指しているかも元が何だったのかも興味はありません」
「どういう意味だ」
「私は私の大事な人たちの幸せのためにできることをやります」
「……」
「邪魔をするのなら、例え『赤城龍雅』サマであろうとただでは済ましませんよ」
「それは…こちらのセリフだ」
「この『水無月桃華』は貴方の知っている『キャラクター』ではないのですよ?」
「そんなことはわかっている」
「私の周りの人々が『水無月桃華』と同様に『シナリオ』から離れていっています」
「……!」
「変化はその者だけに影響を与えるのではなく周囲をも巻き込むと、覚えておいてください」
でないと私に一敗喰らわすこともできませんよ?
淡々と告げ言葉を切るのと共に表情をふわりと緩めて見せる。
赤城様の身体が強張るのが見て取れた。
油を差すつもりが度が過ぎたかな?
「……そうツンケンしていては敵を増やすだけですよ?」
家の名前と優れた容姿だけで渡っていけるのがほんの僅かな間だけだということは『水無月桃華』を知っている貴方になら判ることでしょう。
せいぜい勝てない相手に喧嘩を売らないように。
鼻を効かせることです。
では、と固まる赤城様を残して教室を後にした。
*****
部室の戸を開けば、なぜかいつもより人が多い。
「黄金先輩、光、おはようございます…?」
棚の上の金色の招き狸を磨いていた黄金先輩が振り返る。
「お疲れさん、新入部員やで~」
黄金先輩のご機嫌な声に出迎えられた部室にいたのは、苦笑気味の光と……
紅茶に口をつけている睦峰様。
「……お世話になります」
「あ、はい……気に入られたのですね」
私の心情ですか?
唖然とする、とはこの事でしょうね。
三度目ということもあって定位置になっている椅子に座り戸口の私を振り返る睦峰様は相変わらずの無表情。
まぁ……いっか。
私もいつもの席に向かい荷物をおろし座る。
「なんやお人形さんみたいな子が増えてきたな~」
「二人とも静かですからね」
黄金先輩と光の会話を聞きつつ、今日のお菓子を広げる。
何となく款だけれど明日からは睦峰様もお菓子を持参してくるようになる気がする。
光から紅茶を受け取って机に置く。
今日はいつもの倍以上声帯を使った気がする。
明らかにあーから始まる不機嫌な人のせいで。
というより一日の間にいろいろありすぎた。
来月まではもう何もない、はず。




