17
どうしたものか。
校外学習後のお土産の確認やらなにやらも落ち着き日常の戻った今日この頃。
私はどうやら今、フラグを立てるか立てないかの分岐点にいるような気がする。
「水無月様!」
「水無月様!!」
「お返事を聞かせてください!」
たぶんこれは悪女フラグ。
どう考えても悪女フラグだと思う。
呼び出された学園内のとある教室には私の他に数人の男の子。
何でこうなったんだったっけ?
笑顔が引き攣るのを感じつつ少しの間現実から目を逸らせることにしようか。
*****
それはお土産をもらった日の夜まで遡る。
知らない人たちからもらったお土産の多くには品物と同時に手紙が入っていた。
内容は所謂ラブレター。
お土産のチェックをしていた厳ついお兄さんたちがいつもより騒がしいと思ったらどの家から潰すかという相談をしていたのには流石に驚いた。
帰宅を告げれば明日からは誰かしらが護衛につくと言って譲らず大騒ぎになった。
本家(我が家)に勤めている組員全員とおじい様、お母様、お父様にお兄様まで加えた家族会議にまで発展した。
笑い事にならないくらい大変だった。本当に。
護衛を拒否する私とそれを尊重してくれるお兄様やお母様、断固抗議すべきと刃物を持ち出す強硬派(おじい様も含む)、せめて護衛だけでもという穏健派(お父様も含む)と派閥ができ論争を交わした。
そうこうしている間にも朝はくるわけで、それから数日は光と会うこともままならず部活にも顔が出せずと本当に散々だった。
桃城くんとは教室の中で会ってはいたけど、室外の廊下には誰かしら護衛が立っているという状況。
そんな状態に私がいつまでも耐えられるはずもなく、おじい様とお父様に対して怒ったのが昨日の夜の話だ。
……一度怒ると手が付けられないと昔からお兄様には苦笑付きで言われていたけどそれに関しては納得できない。
暴れたことなんて一回もないのに。
ちなみにちょっと頑固なだけよね?とお母様は笑ってらした。
おじい様とお父様と『おはなし』をした翌日、やっと普通に学校に来ることができた。
光にここ数日の愚痴を聞いてもらいながらの登校だったけど。
登校早々に職員室に顔を出して先生にここ数日のことについて謝罪をすれば、どうやら私は命を狙われていることになっていたらしい。
解決してよかったね、と言ってくださった。
少し心苦しいけど否定せずそのままにしておいた。
そんなこんなで光が毎時間の放課に訪ねてくるということ以外にはいつも通りの日常になった。
*****
と、思ったのだけど。
教室移動の帰り道にすれ違った男の子に紙を渡され、そこに書かれてあった内容の通り来てみればこの様だ。
……特別教室棟なんて人が来ることもないだろうし積んだかな私。
「水無月様の美しさに撃ち抜かれたんです」
「貴女の微笑みは女神のようです」
「お言葉を、貴方の御意思を聞かせてください」
まさか呼び出した相手があのお土産の人達だとは思わなかったんだからしょうがないと言い訳したところで聞いてくれる人はいないのだけど。
上手に切り抜けるための言葉を探しても、どれもこれも悪女フラグしかたたない。
敵は作りたくないしだからといってこの人たちとお付き合いするつもりもない。
……睦峰様との婚約のことを持ち出してもいいけれど本人に許可を取っていないのに見知らぬ彼らに教えることは憚られる。
光にもまだ言ってないし……おそらく向こうも松宮様達に話してはいないみたいだし。
そもそもこんな事で迷惑をかけるわけにもいかない。
さて、いよいよ本当にどうするか。
現実逃避もそろそろ限界だし。
私に思いを伝える(?)ことに気を取られるのもそう長くはもたないはずだ。
光は私を探しているかな?
見つかった時には怒られるだろうけどしょうがないか。
「水無月様」
「水無月様、どうか御言葉を」
「水無月様のためならどんなことだってします」
「水無月様は僕たちの女神、そのお言葉は絶対です」
「水無月様……どうしてお答えをくださらないのですか?」
「水無月様に忠誠を」
あぁ……おかしなことになってきた。
どんどん怪しい方向に話が向ってる?
「あ…の……?」
「「はい!水無月様!!」」
もうやだ怖い。
一斉に声を揃えて返事されるとすごく怖い!
迫力がすごい。
「私は皆さんが言うような人ではないです」
前のめりになって話を聞く姿勢は真摯な気持ちが伝わる、けど怖い。
「女神とかよくわからないです」
そんなことはないと口々に言われる。
前のめり怖い。少し後ずさる。
「私は中学生にお付き合いとかそういう事はまだ早いと思います」
何を言い始めたんだろうか私は?
ちょっとお口が勝手に動き出してますよ。
だれか止めてください。
「わ、私今はまだ勉学や部活動、学校行事等の学生の本分に力を注ぎたいのです」
聞いている皆さんの目がキラキラしてます。
あれですか、尊敬のまなざし的な奴ですか。
「わかって……いただけますか?」
*****
「はぁ……」
疲れた。
あれから私の話に納得してくれた(?)皆さんにお帰りいただいて、やっと一人になりました。
移動する元気が湧くまでここで休憩。
後ろ二列分ほど残る席の一つに腰かけ机に伏せる。
……これで三年間は悩まずに済むかな?
学生の本分に、か。
高校でもこの言い訳使えるかな。
でも婚約しているのは事実だし……
これはさっきの人達への裏切りになるのかな。
「嘘は……ついてないんだけどな」
気持ちが嬉しくないわけではない。
ただ恋愛ごとには興味がない。
私がここにきて成し遂げるべきことは極力フラグを立てず静かに平和に生活することだ。
お家のが潰れることもお兄様や幼馴染に嫌われることもなく、高校卒業を迎えるための布石をまくこと。
それが中等部にいる間に私がやらなくてはいけないことのはず。
そのために、積み重ねてきた努力なのだから。
「ここで何をしてる……って水無月さん?」
ドアの開く音に机に伏せていた顔を上げれば、隙間から顔をのぞかせる見知った顔に安堵の溜息がこぼれた。
「元気がなさそうだけど、体調が悪い?」
私の座っていた机まで歩いて来てくれた。
言葉と同時に額に手のひらが当てられる。
「熱はなさそうだね」
「はい大丈夫です」
にこっと笑って見せる。
「ご心配ありがとうございます、草薙先生」
見つかったのが草薙先生というのは少しいただけないな。
他の先生ならどうとでも誤魔化せそうだけどこの人には通じない気がする。
なぜここにいたか聞かれても正直に答えるわけにはいかないし。
「こんな空き教室で何をしてた?」
にっこりと笑顔で尋ねられる。
……光と同じ種類のにっこりだと思うのは気のせいか。
下手なことを言うと見透かされる。
「ちょっと考え事を」
「へぇ?一応僕も先生だし君より少しは長く生きているから相談にも乗るけど?」
「あ、いえ大丈夫です全然」
むしろ今この状況のが問題です先生。
見逃してください。
「さっき何人かの男子とすれ違ったんだけどね?」
「……はい」
「この教室の方から歩いてきたんだよね」
「……そうですか」
「口々に水無月さんの名前を出していたと思ったけど」
「……」
もうほとんど掴んでるじゃないですか。




