秋の長夜の紅き月 その8
秋の長夜の紅き月 その8
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血色の真紅石が降り立った。
光を発する物はすべて破壊され、今ここにあるのは暗闇と紅い月から降り注ぐ小さな赤光だけである。
「みんないるの?」
暗闇に向かって尋ねた。
すると何処からともなく暗闇の中から三人の人影が現れ、足音を立てることもなく、血色の真紅石へ近づいていく。
暗くて背格好程度しか判別出来ないが、屈強な体格を持つ男が一人、闇の中でも隠すことが出来ないツインテールを持つ女が一人、そして、背中を丸め杖を頼りに歩いてくる老人が一人である。
「っけ、刀と槍は魔術師にやられた。斧は何処かで油を売っていやがる」
血の気が多そうな男の声と共に研ぎ澄まされた刃物がこすれ合う音が木霊し、
「斧って、何処で何をやっているのかしらね。もう。鞭からの招集を無視するなんて後でどうなってもし~らない」
続いて弦を弾いたかのごとく、妙に明るい女の声が響き渡り、
「あいつのことなんてこの際どうでも良いじゃろう。それよりも、鞭は何のためにわしらを集めたのじゃ?」
最後に皺れた声の男性が何処までの凍えきった音色を奏でた。
紅い月に照らされた世界に捕らえらし悪魔達が、血色の真紅石の招集に呼応して、ここに集った。
「はいはいはい。それ私が何となく分かっちゃったの。鞭がさ、魔術師と戦ってるの私ずっと見てたんだ。もちろん鞭の圧勝だったけど、それなのに空には紅い月が出たままだし、私の夜ご飯も戻ってきてないじゃん。だから、鞭は私たちに魔術師のとどめをさせって言いたいんじゃないのかな?」
無駄なまでに元気よく、空に浮かぶ紅い月を指さし、ツインテールの女性が口を尖らせる。
「頼める、みんな?」
血色の真紅石は肯定するように首を傾げた。
★ ★ ★ ★ ★
オータムが目を覚ましたとき、彼女の体は芝生の上に寝かされていた。
耳を澄ませば空が流れている音が聞こえてくる。
秋の夜風が吹き抜けていき、疲れ切った体には気持ちよかった。
深呼吸を一度、覚悟を決めた。
「Summo・・・・・・」
右手を握りしめ、呪文を唱えようとしたオータムだったが、再び燃え上がる痛みが体中を駆けめぐったため、最後まで唱えきることが出来なかった。
どうやら、血色の真紅石に植え付けられたこの痛みを伴う熱は、オータムの魔術に反応して発動する仕組みらしい。
「Damn it !」
オータムは吐き捨てるように吼えると、握りしめた拳で自分が寝ている土手を力の限りに叩き付けた。
魔術師であるオータムが、唯一にして絶対であった魔術を封じ込められたのだ。
今のオータムはただの人間と何ら変わりのない存在。
そんなオータムが悪魔が五人もいる世界に取り残され、その上、この世界には彼女が誤って招き入れてしまった部外者もいるはずだ。
言葉では言い表せないほどに、最悪で絶望的な状況だった。
「あ、目が覚めたんですね」
自責の念から鬼のような形相で星空を睨み付けていたオータムの視界に、突如、おかっぱ頭の女性が現れた。
悪魔かと思い、咄嗟に素手で彼女の首を絡め取ろうとしたが、おかっぱ頭の女性からは一切魔力の気配がしなかった。
どれだけ巧妙に魔力を隠すそうともこれだけ接近していれば少なからず魔力を感じ取れるはずだ。
オータムはゆっくりと警戒心を解いていく。
彼女は悪魔ではない、一般人である。
この世界を作るときに間違って招かれてしまった不幸な女学生だと判断したからだ。
「良かった。空から落ちてきたときはびっくりしましたよ。はい、これ氷です」
小夜子は安堵の微笑みを浮かべると、そう言って、ビニール袋に入っていた氷を差し出した。
何とかしてオータムを川から土手に引き上げた小夜子は、水を蒸発させてしまうのではないかと思えるほどのオータムの体温に驚き、近くにあった居酒屋からこうして氷を幾つか拝借してきた。
もちろん、犯罪行為であることは分かっているが、この限られた人間しかいない世界で、法律が、常識がなどいう概念は無用であるとここに来て、小夜子も開き直っていた。
「Thank you」
オータムは小夜子から氷を受け取ると、そのまま素肌に押し当てた。
凍てつくほど冷たくて、急激な温度変化に肌が悲鳴を上げているが、この痛いほどの冷たさが今は、心地よい。
「あの、日本人じゃないですよね。私の言っている言葉分かりますか? Ah,Can you speak Japanese?」
「Yes。大丈夫。日本語は、すこしなら、はなすることも出来る」
けして流暢ではないが、目の前の金髪の女性が少なからず日本語を喋れることに小夜子はほっと胸をなで下ろした。
英語が苦手だというわけではないが、それはあくまで学業の上での話でだ。
外国の人と英語でまもとに話した経験は無く、もし意思の疎通が出来なかったらどうしようかと不安だったのだ。
「良かった。あ、自己紹介がまだでしたね。私は、長沢小夜子です」
小夜子はそう言って、オータムに対して左手を差し出した。
オータムの肌は既に冷めており、触っても違和感は感じられなかった。
起き上がったオータムは背中やお尻についてた泥を払いのけ、自分を助けてくれたおかっぱ頭の女子高生を真っ正面から見つめ、友愛の印を込め、右手を差し出した。
「うわあああああ」
が、小夜子の手を握り返される前に土手の向こうから女性の悲鳴が聞こえたのだ。
魔法が使えない事に心の中で舌打ちをしながら、オータムは迷うことなく悲鳴がした方へと駆けていく。
「月島さん」
小夜子もオータムの後をついて走り出す。
その腕が胸元で不安そうに握りしめられているのはその悲鳴の主に心当たりがあるからだろうか。
「Why」
土手の上にから見た光景にオータムは呟いた。
この世界にいる魔術師はオータム一人であるはずだった。
彼女以外に悪魔と戦うものなどいないはずだった。
にも関わらず、オータムの見つめる先で、斧を持った一人の悪魔と刀を持った一人の女性が戦っていた。